水と炎

 ロイル様達にノートの内容をお話しすると、意外にもレイヤと名乗る彼の無茶苦茶は全スルーで、内容のことを話し始めた。
「まず水とか炎ってなんだ?」
「文脈から考えると人名でしょ。」
「もしくは水の女神ローリアと炎の神ロレイアか。」
「いやそれはない。」
 真面目に内容を考える気のあるトラム様、ロイル様、リトが頭を付き合わせて考えている。アディもふんふんと話を聞いている風ではあるが、本当に理解しているかは怪しいところ。
 私の父は、レイヤからノートを守る(と言うよりレイヤに一目お会いする)ための準備をしており、手持ち無沙汰の私はアディの遊ばれた髪を直してやっている。朝彼の袖口から血の匂いがしたから、髪もそんなもんなのだろうと思っていたが、サラふわだった。
 リトがコーヒーをすすりつつ言った。
「まあ、学校とか言ってるから、多分ここに私のことは含まれてると思うんだけど。」
「つまりお前が水か炎のどっちかってことか?」
「多分。」
 これは嘘。ということは、リトは確信しているのでしょう。
「で水か炎かっつったら、私が水だろうな。炎の実家はこっちって書いてあるけど、私違うし。生まれも育ちも日本だし。」
「あと、炎のように熱いリトとかリトじゃないよね。」
 アディがリトのほっぺをつつきながら言った。確かに熱いリトなんて想像がつかない。
「じゃあ水は暫定リトとしても、炎って誰だよ?」
「……。」
 沈黙が降りる。当然だ。誰もリト以外に異世界から来た人を知らない。
「ケーラ。お前の情報網になんか引っかかってねえの?」
 ロイル様に訊かれるも、全く心当たりがない。
「父にも協力してもらい、重点的に探して見ますが……リトこそ、なにか手がかりなどはありませんか?炎に当たる人の心当たりとか。」
 尋ねると、リトはうーーーと唸り出した。思いつかないらしい。
「じゃあ次。リト、お前に世界を行き来する能力が付けられたらしいが、一度やってみたらどうだい?」
 トラム様がリトに言うが、それは得策でないように思う。
「一回帰ったらそのあと時間が進み続けちゃうらしくてめんどいんでやめときまーす。」
 実にリトらしい理由づけだ。
「それに、うろ覚えなんすけど、私が来た時って夕方だったんっすよね。だから少なくともそれに合わせた方がいいかも。時差あるとあとあとめんどくさいし。」
 ……おや、それはつまり。
「リト、あっち帰った後もこっちに遊びに来てくれるの?!」
「本当にできるんならね。多分週一くらいで来るよ。」
 目を輝かせるアディにリトがなんでもないことのように言う。それに喜んでアディはリトに抱きついた。その拍子にアディの髪がそれを纏めていた私の手から離れてしまう。ああまた最初からやり直しかぁ。
 きゃっきゃする二人(主にアディ)を、トラム様がまるで孫を見るような目で見ている。
「そういえばトラム様、アディを随分気に入られたようですが、どうしてですか?」
「だってめっちゃ良い子じゃん。」
 はいそれは本当にその通りなのですが。
「やっぱ噂とかデータだけで判断しちゃあダメだな!為人を解るには実際合わねぇと。」
 でも、良いのでしょうか。殺人鬼と警戒する時からの変わり身が激しくて困惑してしまう。
「じゃあ次で最後だな、リト。」
「え?まだなんか議題あります?」
 怪訝な顔をするリトに、トラム様がずいっと顔を近づけた。
「この世界は、好きか?」
 ノートにも書いてあった質問だ。ロイル様もアディも、リトをじっと見つめる。
 彼らの視線を受けリトは、一つため息をついた。
「……まあ、まだ私は断片にしか触れられてませんけど、割と好きですよ、この世界。」
 嘘は見当たらなかった。
 アディはリトを抱きしめる力を強くし、ロイル様は当然だとドヤ顔。トラム様は目を細め、リトの髪をぐちゃぐちゃと掻き乱した。
「さ、真面目な話は終わりだ!遊んで来いよ若人共。ロイルが家に友達呼ぶことなんか初めてだからなぁ、やりてぇこととかたくさんあるだろ?」
「えっロイルも初めてだったの?」
「というか呼ぶ友達がいませんでしたね。」
「ぼっち乙。」
「うるせぇ!仲良くなるに値する奴が少ねぇんだよ。お父様も余計なこと言わないでください!!」
 憤るロイル様に爆笑しつつ、トラム様は私達を部屋から追い出した。



 そうして暫くロイル様達は屋敷で遊んだ。ロイル様が屋敷の各所で自慢をするたび、アディがとても良い反応をしてくれるので、満足したご様子だ。リトは序盤で疲れてしまい、途中に休憩室を見つけそこでゴロゴロしていたらしい。勿体無い。
 そしてその後、夕食を食べ、帰宅の時間となった。往路と同様、私が二人を馬車で送ることになった。
 アディは遊び疲れて途中で寝てしまった。小さい子どもかよ、と言いながらもリトは肩を貸してやっている。そしてふと何かを思い出して私に向き直った。
「あ、そういや、休憩室に手のついた派手なコケシみたいなのあったんだけど、あれなに?」
「コケシ?」
 その単語の指すものを教えてもらった。
「あの木彫りの人形ですか。あれは数年前トラム様がイセンで仕事をした際、土産物として持ち帰ったものです。お気に召しましたか?」
「いやそういうわけじゃなくて…ほら、あのコケシの服が日本の伝統衣装に似てたもんでさ。」
「そうなんですか?」
 聞くと、布を斜めに掛け合わせる着方や帯の留め方、柄の雰囲気などが似ているという。
 そこで、私の記憶の何かが刺激された。
「そういえば、イセンには『月』の伝説があります!そうそうそれから、不確かな情報ではありますが、イセンの建国者は炎を扱ったとも!」
「お?なんか関係あるんじゃね?」
「ありがとうございますリト!ではイセンから優先的に世界移動者を探してみます!」
「頼んだ。」
 そうしてリトは寝起きのアディを連れて家に帰って行った。
 アディの髪は最後まで気づかれず、私にくくられたままだった。


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