怪盗ハーチェスの予告状

「こんな子知らないよ。」
 開口一番、嘘か微妙なことを言われてしまった。
 リトが現在見ている資料は、私が『炎』の可能性が高いと判断した、女の子の資料だ。家主アディは、急な客に驚いて紅茶の準備中。
「あの、リト、情報が欲しいので出来るだけ正確な表現をお願いできますか?」
「わかった。正しくは、覚えてない。」
 なるほど、これなら確実に嘘ではない。
「いやまぁ、見たことあるような気がししないでもないけど、あるとしても多分数回だと思う。少なくとも名前は覚えてない。」
「そうですか、おかしいなぁ……。」
「やっぱ確認してよかったじゃん。んじゃあ次の候補行こうぜ。」
 ロイル様にせっつかれて、皇子の方の資料を差し出す。すると
「あ、シロじゃん。」
「え?わんこなの?」
 丁度紅茶を持ってきた、動物好きのアディが一番に反応した。
「犬はあんたで間に合ってるよ。シロはあだ名。シロとか白いのとか言ってる。中学が同じだったんよ。」
 犬でないと言われ、大きな子犬はくぅ〜んと引き下がった。
 あだ名で呼ぶ仲だったとは…。
「お前の推測、アテになんねぇな。」
 ロイル様のキツイお言葉。うぅ、精進します。
「でも、どうのようにして貴女はこんな高貴な方と知り合われたのですか?」
「え、こいつ偉いの?」
 はっ?
「知らなかったんですか?!一国の主の弟ですよ?!」
「知るかよ。あっちの世界じゃこいつ普通に、身長はチビで態度はデカい男子中学生(当時)だったわ。」
 …そうか、そういえばリトは「異世界にいる今の状況は物語の中にいるのと同じ」と言っていた。同様に、あちらの世界の住人にとって「異世界」とはファンタジーでしかなく、情報も行き渡っていないのだろう。ならば、本来丁重な扱いを受けるべき皇子が平民として暮らしていたのにも、十分納得がいく。
「ではリト、彼が『炎』であるという方向で話を進めてもよろしいでしょうか?」
「うん、そうだね。まあもし『炎』じゃなかったとしても話はすべきだろうし、接触したいよね。」
 リトの目がいつも以上に座っている。何を話すかが少々気になります。
 そしてそのリトの隣にいるアディは、椅子の上で大きな体を小さく丸めて膝を抱えている。それを見たロイル様が、ニヤニヤ顔でアディのほっぺをつねった。
「寂しいか?」
 聞かれたアディは、ビクッと体を震わせた。
「……さびしくないもん。」
「そうだよなぁ寂しいよなぁ。今まで独り身だったのが二人暮らしになって、それがまた寂しい独り身に戻るんだもんなぁ。」
「さびしくないもんやめてよロイル!リトに帰らないでとか言えるわけないでしょ!ロイルの髪の白いところを三本の三つ編みにした後さらにそれを三つ編みにする刑に処すよ!」
「お前本当に殺人鬼なの?」
 その話を本人の目の前で言っちゃあ意味がないですよね?まあリトは気にせず帰るんでしょうけど。
「じゃなくて!それよりも!!」
 まだまとわりついてくるロイル様の手を振り払い、手をパタパタさせて何かを訴えようとしている。
「どうやってその海の向こうの白い王子様に会いに行くの?」
「ああ、イセンへの船くらいこちらでご用意できますよ。ね、ロイル様?」
「まあな。っつかイセン行きは俺らよりもお前の方が詳しいし慣れてるだろ?」
 私というより父ですけどね。父はフィールドワークの方が好きなたちらしく、よくあちこちに行っている。イセンはその中でも回数の多い国の一つだ。
「や、それもそうだけど、そうじゃなくってね、」
 アディの疑問はまだ晴れていないらしい。
「王子様は王子なんでしょ?そんな偉い人にどうやって会うの?」
 ……なるほど、その問題がありましたね。
 しょっちゅうこの国の王子が遊びに来ているくせに何を言っているんだ、とも思えるが、だからこそ王子の扱いをよく知っているのだろう。
「あっちも私のこと知ってるだろうし、私のこと言えば行けんじゃね?」
「いえ、その方法は難しいでしょう。というのも、イセン皇帝である彼の兄が厳しく周りを固めていて、少しでも不審な者は本人に会わせないようにしているのです。」
「なにそれ、ブラコンかよ。」
 情報の一つには兄弟仲は悪いというものもあるのですけれどもね。
「そのガードを抜けることはできないの?」
「出来るにはできるでしょうが、えっと……」
「っつかそんなめんどくせぇことしなくて良くないか?」
 ロイル様がなんでもないことのように言う。
「じゃどーすんのよ?」
「どーするってそりゃぁ」
 ニヤリと笑い、ロイル様は私の肩に手を置いた。
「俺らは怪盗ハーチェスだぜ?皇子様だろうがなんだろうが、盗んできてやるよ。」



〔垂れ目情報屋ケーラ・カシュアン・終〕

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