日常になってきた生活の週一程度の非日常

 アディの家に居候して、今日で35日目。日数を数えるのも、私の家に帰る方法を探すのも、もうやめようかと思い始めた、今日このごろ。
 アディは昨日のうちに殺人衝動発散も済ませたばかりで、だいぶ楽なんだそうだ。だから今日の料理当番はアディ。昼食をいつもの倍の量を作っているのは、今日は
「こんちわー!」
 客が来る日だからだ。
「こんにちは。いらっしゃいセルジア君。」
「おじゃまします!アディ、お腹すいた!」
「もう少しだからねー。」
 来たのは、セルジア・ロートレイ。実は第四王子という誠にびっくりな身分なんだけど、かなり自由奔放な性格をしている。まあそうじゃなきゃアディみたいな犯罪者のところになんか来ないしね。そんな、笑顔の可愛い少年だ。
「リト!何か壊すものちょうだい!」
 ただし、破壊癖。
 私は部屋の隅においていた小物入れを渡した。道で捨てられた、壊すのが楽しそうなものを集めるというめんどくさいことも、もう慣れた。
 今日、本当はもう一人、セルジアのお付きのターリスという兵士が来るはずなんだけどな。
「セルジア、ターリスは?」
 訊くと、小物入れを分解している手を止めて、こちらをむいた。
 はい。眩しい笑顔をありがとうございます。
「撒いてきた!」
 そしてその顔でそんなひどいこと言わないでください。
 少し呆れながら、再び作業を始めたセルジアの手元を眺めていると、扉が大きな音を立てて開き、息を切らせたターリスが入ってきた。
「あ、いらっしゃいターリス。」
「噂をすればなんとやら、ね。あとドアの開け方五月蝿い。」
「え、もう追いついたの?早いね。」
「……っじゃーしゃす。お前がこの空間で唯一の癒しだアディ。リト、噂って悪いヤツじゃねーだろーな。あとドアの開け方はしゃーねーだろこちとら疲れてんだ。殿下についてはもういいです。って、何壊してるんですか?!」
「リトからもらったのだよ?」
「ならよし。」
 生真面目に一人ずつ答えていくターリス(推定A型)。確かに疲れてるようだけど、タフだから大丈夫だろう。
「リト、何か壊すものくれ。」
 ただし、ノット破壊癖。
 これはセルジアのお守り用だ。私はターリスが袈裟懸けにしていたカバンに、溜めておいたガラクタたちを全部入れてやった。羨ましげなセルジアの視線が背中に痛い。
 そんなガラクタ達をターリスは、丁寧にパズルのようにカバンに詰めて行く。
「やっぱりさぁ、アンタってA型でしょ。」
「は?」
「……なんでもない。」
 そうだった。この世界では血液型を調べる習慣はないんだった。いや、地球でもこんなに血液型を気にするのは日本人くらいなものだから、どうなんだろ。この世界でもほかの国なら血液型によって性格が決まるとかっていうのを信じてるのかな。うんもういいやなんか面倒くさい。
 ただ、分かったのは、私はまだこの世界に完全には感化されていないということだ。私はまだ日本人だ。
 どうせなら、まだ日本人のうちに、家に帰して欲しい。この世界の人になりきってから日本に返されるのは困る。というか面倒くさい。授業がわかんなくなってるだろうしね。
 と、視界が突然真っ茶色になった。
「リト?ご飯だよ?」
 アディが私の顔をのぞき込んでいた。茶色いのは、サングラスと前髪だ。息がかかるくらいに近いのは、身長的な問題だろう。
「……帰りたいの?」
 寂しいのを抑えて笑顔をつくろのが分かった。
 だから嘘をつくのが苦手なんだから以下略。
「いや、何か最近どうでもよくなってきたし」
 今度は心から嬉しそうな笑顔になった。けれどそれを隠すためか、顔を離した。
 だから嘘をつくのが以下略。
 食卓を見ると、セルジアもターリスも既に席についていた。セルジアはよくわかっていないが、ターリスは完全に呆れ顔だ。
「お前ら……本当に恋仲とかじゃねーのかよ?」
「違うって。異性ってだけでいっしょくたにすんな変態。」
 私はともかく、アディは横でキョトンとしてるから、まず恋仲が何かわかってないと思う。
「変態じゃねーよ無表情女。」
「無表情じゃねーよ。表情多少はある。」
「多少かよ。」
「よ、よくわかんないけど、リトもターリスも、ご飯食べよ?」
「アディ!ご飯なーに?」
「ん?チャーハンって言うんだよ。リトに教わったんだ。」
「しらないけど美味しそう!」
 なんか、アディとセルジアの会話を聞いてたら、この空間があったらどうでもいいような気がしてきた。
「ごめんごめん。食べよっか。」
 手先も器用で頭のいいアディのことだ、きっと私が作った時よりも、アレンジも加えて美味しくなっているだろうね。



- ナノ -