ただいまとばいばいと、これからよろしく異世界日常

 アディの家に居候して、今日で56日目。ロイルたちに誘拐されてから、約二週間が経った。
 先日、アディに殺されたりロイルに物盗まれたりして踏んだり蹴ったりになっちゃった人がどうなったかという結果報告に来てくれたケーラが、気になる話を漏らしていった。
 日本人だったというロイルの先祖の話だ。
 ロイルたちのお屋敷(先日私達が行ったところは一時的に借りただけだったそうな)の書斎を探したら、初代であるレイヤ・ハーチェスの日記が発見されたらしい。そのものは持ってきてはくれなかったが、ケーラが読める中で重要そうだと思ったところのみの写本はもらった。ちなみに、レイヤ・ハーチェスの日本語表記は「八江麗也」だった。ということは、ロイル・ハーチェスは八江ろいるになるわけか。変なの。
 ケーラの話によると、レイヤは25歳でこちらの世界に来て、こちらの世界で死んだと言われている。そして、こちらに来てから死ぬまで老いも育ちもしなかった。死亡原因はよくわかっていなくて、仕事中に他殺やら事故死やら。ケーラ個人としてはまだ生きている可能性もあると考えているらしい。
 持ち前の演技力で何とか相槌はうっていたけど、内心穏やかではなかった。
 成長しないのかよだったら1.5mのまま止まるってことか嫌だなー。まあこの歳になったらどっちにしろあんまり伸びないけどさ。って、こんなことは正直どうでもいいんだよ。
 問題は、前例は帰れなかったということだ。
 もちろん、帰れる確率は0ではない。レイヤが初代怪盗ハーチェスとして生きることを選択して、帰れるものを帰らなかったというだけかもしれない。でも、確率がかなり下がった。
 今までの私は、読んだことのあるファンタジー小説では帰るためのノルマをこなせば帰れるんだから、それまで楽しんでやろうと思っていた。だから、私はこの世界を物語の中と認識して、冷静でいられた。
 でも帰れないなら話は別だ。物語の中の日常がリアルな日常となり、リアルな日常はただの私の記憶になる。これまで私が思っていた世界観が180°ひっくり返されるような、不安。わかんないかなぁ。
 とにかく私は不安で、最悪自殺を考えるほど思いつめて、その日は眠りについた。
 しかし、私は我ながら幸せな性格をしていると思う。
 一晩寝たら、昨日のようなウジウジとした不安はすっかりなくなっていて、代わりにあったのは、どうせ帰れないならこっちで第二の人生歩んでみてもいいよねーというなんとも能天気な考えだった。
 ロイルに以前図太いだとか肝が座ってるだとか言われたけど、もしかしたら本当にそうなもかもしれない。異世界トリップってみて初めて見つける自分ていうのも、なんだかな。
 そして、今のこの状況である。
「最近ねー、布系破壊にハマってるんだー。時間のあるときには糸になるまでばらばらにするんだよー。」
 実に楽しそうに、布のカバンをバラバラにしていく破壊癖の王子、セルジア。
「それって途方もなく時間のかかる作業じゃ…あ、今のとこ早すぎて見えなかったじゃねーか。説明しろ」
 それを面白そうに眺めながら、第四王子相手に俺様全開な黒猫怪盗、ロイル。
「なんで俺こんなに犯罪人の知り合いが多くいるんだ。俺は仮にも国の兵士だぞ…」
 紅茶しか飲んでないのに酒に酔ったようにくだを巻くいじられ系兵士、ターリス。
「まぁまぁ。どうせみんな捕らえることのできない面々のですから。諦めたほうが楽ですよ?はい、紅茶おかわりです」
 紅茶に酔うターリスをあやすヘタレ助手、ケーラ。
 カオスだ。
「るっせーよ犯罪者。てめーに慰められたかねーよ怪盗の助手。てめーらはいつか絶対捕まえてやっからな」
「負け犬の遠吠えですか。哀れですね」
「慰めろや」
「だって今あなた慰められたくないって言ったじゃないですか」
「そう言う意味じゃねーよ。一般人の友人が欲しいってことだ」
「リトがいるじゃないですか」
「いや、あいつなんか一般人っぽくねーし」
「それは確かに」
 失敬な。
 そして肝心の家主、優しい殺人鬼アディはというと、寝室で寝込んでいる。風邪っぴきであんな無理をしたあと、ゼリーに薬が混ぜ込んであることに気づき、食べることを拒否したせいで、高熱が長びいてしまったのだ。馬鹿。
 なんとまぁ、めまぐるしくて面倒くさい異世界日常。でも、悪くない。死ぬまで続いても。
 そいう思いながらも、一般人っぽくないと言われて傷心の私は自室にこもって英語の単語を覚える作業をするのだった。



…5分と持たないが。


〔無表情女子笹原リト・終〕

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