腹を括る

「理由は二つ」
 皇の長は上機嫌に続けている。
「まず一つは、彼が遠く離れた地へ行き、見聞を深め帰ってきたことや。白廉から聞く話にはいちいち驚かされる。伝説として伝わる月も見てきとる。しかもその国…日本やったか?そこはイセンとよう似た文化を持っとったらしい。もし我が国が困難に陥った時でも、このような知識の多さは我が国にとって大きな助けとなるやろう」
 私の背中に多数の視線が突き刺さるのを感じる。
 私は、膝においた手をじっと見つめていた。
「もう一つは、皆も知っとる通り、彼の魂にある」
 やっぱりか、という声がちらほらと聞こえる。
「緋色に輝く目。素晴らしく強い能力。これだけでも、わしは彼が幼い時より、我らが先祖である創始様の生まれ変わりと違うか、と思うとった。そして遠方から帰ってきた白廉を見て、わしのその思いは確信に変わった。白廉は、五年の歳月が経ったにもかかわらず、髪の長さや顔つきこそ変われ、背ぇはほとんど伸びとらん。本人はそれを気にしとるようやが、これはここで成長が止まったのではなく、極端に遅いからやとは考えられへんやろうか?もしそうやったなら、創始様が千年生きはったという伝説と重ねることができる。もちろん、ただ単に身長が低いだけかも知らんが、仮にそうやったとしても白廉が誰よりも強い能力者であることに変わりはあらへん。強過ぎて不安定やったことも、南殿がいることでその心配はのうなった」
 気がつくと、膝の上の手はギリギリと痛いほどに強く握られていた。
「以上より、わしは、わしの後を緋の宮に託したい」
 異論は、と形式ばかりの問いがかけられる。
 皇の長の決定に異論が唱えられたことなど、今まで一度もない。兄も、父も、この場にいる誰もが、発言するとは思っていないだろう。
 私はまだ、うつむいた顔をあげることができないでいた。
「それでええな、緋の宮」
 そんな私の様子に気づいているのかいないのか、皇の長が私に直接問いかける。
 私は、その有無を言わさぬ問いかけに、腹を括って、思い切り良く顔をあげた。
「失礼を承知で、お断りいたします」
 場に、どよめきが走った。兄もこちらを見ている。視界には入らないが、驚いた顔をしていることだろう。
「…わけを、聞いてもええか?」
 正直にいうと、やりたくないからなのだが、それは言えない。言えるわけがない。
「私は自らを、皇の長にふさわしくないと評価します」
「自分の魂は、創始様のものではない、と?」
「…そういう意味ではありません」
 第一、父も兄も皆みんな、創始様や前例に拘りすぎなのだ!
「私が創始様の生まれ変わりかどうかは問題ではありません。私自身の問題です」
 そう言っても、頭の硬いお貴族様には今一ピンと来ていないようだ。
「この5年間、私は学校という学び舎で集団生活をしておりました」
「何故?」
「…そう、決まっているのです」
 あああ話しの腰を折りおって面倒臭いなこの愚兄が!
「その中で生活をしているうち、私は上に立って人を率いるよりも、下で動いている方が性に合っているのではと思うようになりました。具体的な理由があるわけではありませんが、私はそう思います」
 本音を言うと、いろいろと考えるのが嫌なのだのだ。他人がどういう性格でなにが得意かなど考えるくらいならば、全部自分でやる。
「それから次が最大の理由なのですが」
 案の定良くわかっていないお貴族様達を置き去りに、先を続ける。
「私はあちら、日本へ行く方法がわかり次第、なっ…南と共に日本へ行き、そこで暮らします」
「えっ」
 なぜか兄が一番反応した。しかし無視。
「南が日本へ帰る、ということはご理解いただけるでしょう」
「そりゃ…まあ故郷やからのう」
 父上はわかってくれているが、他の者はもしかすると日本という単語すらわかっていないかもしれない。
「はい。私はそれについて行くつもりです」
「何故だ。あの小娘が故郷へ帰るということならば、お前の故郷はここだ。ここにいればいいだろう」
 なんで兄はこんなに必死なのだ?あと小娘とは、南のことか?男なのに。
「私は、ご存知の通り能力が不安定であり、南がいなければ日常生活も辛いのです。今までずいぶん南に甘えておりましたから、もう南なしで悪霊をうまく返す自信がありません」
 広間の後方で、襖の閉まる音がした。
「…ですから私は、皇の長には、兄、青の宮煌雅を推薦します」
 兄弟仲が悪いことを知っている、この場の全員が騒めく。誰より兄が戸惑っているようだ。私はそんな様子を一瞥もせずに続けた。
「兄上は、行動するよりもむしろ人を使う方がお得意でしょう。それに今後もずっと、このイセンにおられる。私は適任かと思います」
「…だが、私にはお前のような非凡な能力も知識の多さもない」
 争ってきたはずの私たちが互いに譲り合うというのは、少々滑稽だな。
「我が国は永らく太平の世が続いております。そうそう必要になることはないでしょう」
「しかし」
「しかし、もしもそれが必要な時には」
 兄を、横目で見上げた。
「その下には私がいます。日本からいつでも帰って、いくらでも働きましょう」

「と、いうわけでー!次のこーのちょーはがっすんにけってぇーい!」
「そんなに劇的な展開のあった決定だったの!」
「ああ…緊張に押しつぶされるかと思った」
 ここは枚座の楽屋。集まりの終わったその足で、月夜主演の『赤紫終焉伝』が千秋楽を迎えたのを見に来、その後月夜に招かれて入ってきたのだ。
「ふふふー。白廉ちょっとかっこよかったよー?」
 そしてその場で、案の定盗み聞きをしていたなみがウキウキと月夜―いやもう皓洋か―に語り出し、今ちょうどそれが終わったところだ。
「にしてもさ緋の宮、なみちゃんと一緒にニホン?に永住って、なんなの結婚?」
「プロポーズ?!」
「ちょっと待て。ちょっと待て」
 性別を考えろ性別を。先ほどの緊張と、それが終わった後兄に頭を撫でられるという屈辱イベントがあったこともあり、どっと疲れがのしかかる。
 その後しばらく世間話などをし、気がつくと木格子の外は黄昏時だった。
「あっ!すまん皓洋。俺が帰るまでなみを預かっておいてもらって構わないか?」
「ん、別にいいよ」
「ええー!白廉どこ行くのー?」
 私は、戸口で肩越しに答えた。
「母に報告だ」



〔低身長男子八江白廉・終〕

|×
- ナノ -