中原に鹿を追う

 それから数日は特に何事もなく過ぎて行った。
 もし私のみで帰って来ていたならばこう平和にはいかなかっただろう。兄を支持する者達は私を攻撃し、私を支持する者達は私に胡麻をする。なぜなら私か兄かが父の意向次第で次の皇の長になるからだ。皇の長に気に入られれば出世は決まったも同然、つまり、皇族にとっては、私と兄のどちらを選ぶかがその後の命運を分けるのだ。
 私の能力が異常に強いとわかった時から続くこの争いが、私は大嫌いだ。これのせいで、近くに誰かの気配がすると眠れなかったり、ひどい時には拒食ぎみになったりしているのだ。
 しかし、今回はなみが大きな働きをしてくれている。兄を支持する者達からの攻撃は、天然なのか考えているのかはわからないがなみがうまい返しをして、ふっと気づくとすっかり仲良くなっていたりする。又私を支持する者達は、私の恋人に見える距離に女に見えるなみがいることで、必要以上に近づいてこない。それに気づいて以来、私はなみの性別をわからせないよう気をつけている。私はつくづくなみに精神上助けられていると思う。
 だから礼のつもりで、なるべくなみのわがままを聞いてやるようにしているのだか、イセンの観光名所を兄などから聞き出しては、あっちへ行きたいこっちへ行きたいともううるさいうるさい。そこに、すっかりなみを気に入ってしまった父が同調して、その観光地の近くに出た悪霊の元に私を派遣したりするものだから、ほぼイセンの国中を制覇してしまった。そしてそのせいで来ない私を心配した妖怪達に土産話をしているうちに寝落ち、とまあ平和だが目まぐるしい日々を過ごしていた。

 そんな折、皇の長から皇族全員への召集命令がかかった。

 間仕切りの類を取り払って広くした部屋に、所狭しと皇族たちが座っている。病気や急用による欠席者もいるが、これでほぼ全員だ。
 行事でもないのに、こんな皇族を集めてまですることなど、一つしか思いつかない。
「…結局、どちらなのだろうな」
 隣に座っている兄が話しかけて来た。皇の長の息子である私たちは、最前列の中央に座っている。
「何がですか」
「白を切るな。跡継ぎの話だ」
 兄は、いや、この場にいる全員が、今日この場で次の皇の長が決まるのだと思っているのだろう。正直、私もそう思う。
「それで、お前はどう思う?」
「…さあ。やはり年功序列ではないですか?」
 普通は、長男が皇の長の座を次ぐ。
「だが、お前ほどの能力者もいないだろう」
 長男がよほどできが悪かったり、その下の者があまりに優秀な場合などはそれに当てはまらないこともある。
 つまり、今回は全くわからないのだ。
「それに緋色という色は縁起がいい」
 兄が、今はまだ空の上座を見ながら話し続けた。
「お前も知っているだろう。緋の宮と呼べる者は、お前の他には創始様のみだ。それに、創始様の髪色も白だったそうじゃないか。創始様の生まれ変わりが国を治めないというのはおかしな話だろう」
「そうやって私を推しつつも、本当は自分がなりたいと思っておられるのでしょう」
 イラついてきて、横目で兄をにらみあげると、他には口をつぐんでそっぽを向いた。
 兄がやっと黙ったので、私は竹中さんに預けてきたなみのことを考えていた。
 そうしてしばらくいると、奥の襖が開いて皇の長が入って来た。ざわついていた皇族達も水を打ったように静まり返り、皆居住まいを正す。
 皇の長が、急な召集にもかかわらず集まってくれたことへの感謝から始まる前口上を述べているその間、私はもしもの時のことを考えていた。
 もしも私が皇の長になれば、この兄か私かの権力闘争は静まるどころか激化するだろう。私を皇の長の座から引き摺り下ろせば、兄がその座に座ることができるのだから。
 兄が皇の長になれば、私が兄を引き摺り下ろす意思がないことを 示したり、日本へ行く方法を見つけ次第そちらで永住することを決めたりなどして争いを防ぐだろう。だが、私が皇の長になった後、兄がこの様に争いを避けようとするとは思えない。兄の行動の端々からは皇の長になろうとしていることが伺えるからだ。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。わしの跡継ぎを決めるためや」
 だから争いを防ぐためには兄が皇の長二ならなければならないのだが。
「次の皇の長は、緋の宮、白廉とする」
 跡継ぎは、皇の長の意向次第だ。




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