「え?聞こえないって」

「だから…―」


廊下でばったりと志波に会った。
彼はなにかを言っているみたいだけど、彼の声の低さと回りの騒音のせいで聞き取れない。


「もう、何?」

「ちょっ、」


私はしびれを切らして志波の首元をぐいと引っ張り彼の口を耳に寄せた。


「今日、誕生日なんだろ?だからおめでとうって言っただけだ」

「え、そうなの?ありがとう!」


もっと重要な話かと思った、私がそう言うと志波はすぐに私から離れてフッといなくなってしまった。

私は志波の後ろ姿を目で追いながら、肝心の彼からはまだ一言も祝ってもらってないことに気がついた。


「んー、志波が律儀なだけかな」


そう呟いて自分を励ます。
でも胸の奥の方では心がズキリと痛んだ気がした。





「お疲れ様でしたー」

「おい、憐!」


バイトが終わって店にいた2人に声をかけると、彼に名前を呼ばれた。


「何?」

「今日はもう遅いから送ってく」

「いいよ、別に…」


そう言って彼に背を向けると、ぐいと腕を捕まれる。


「送ってく」


目を合わせて真剣な顔でそう言われると、断ることができなくて私はゆっくりと頷いた。



彼の少し後ろを歩きながら、私は小さくため息をついた。
空を見上げれば月が浮かんでいて、自分の誕生日があと数時間で終わることを語っている。


前を歩く彼を見ていたら、急にくるりと振り向いたので少し驚いた。


「ど、どうしたの?」

「今日、憐誕生日だよな」


少し目線を外して話す彼は、少し照れているように見えた。


「え…覚えてたの?」

「お前の誕生日忘れるわけないだろ」


ちらりと私を見て彼ははにかむように笑った。


「…おめでとう」


目を細めて綺麗に微笑んだ彼が発した言葉に、胸の奥が熱くなる。
気づいたら私は彼に胸に飛び込んでいて。


「…遅いよバカ」

「悪い、なかなか憐と2人になれなくてさ」


ぎゅっと抱きしめられて、いつもより小さな声で言う。


「志波に話し掛けられてる時、俺どうしようかと思った」

「…瑛に言われないと意味ないんだからねっ」


顔を上げて彼を見ると眉を寄せて苦笑いしていた。
もう一度胸に顔を埋めるとふわりとコーヒーの匂いが香る。


「憐…来年も隣にいるから」

「…そうじゃなきゃ許さないよ」


目を合わせて笑いあうと、ゆっくりと唇が重なった。







「これ、やる」

渡されたのは小さな箱。

「なに?結婚指輪?」
「まあそんなとこ」
「ばっ、ばか…でも…ありがと」



(2010.06.13)
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お誕生日の炬燵ちゃんにささやかなプレゼント!
似てない瑛の上遅くなってごめん。

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