「ただいまー」
「ただいま、ってここお前ん家じゃねーから」
「いいじゃん別に」
振り返って文句を言ってみるけど、そんなの全然聞かずに彼は布団に倒れ込んだ。
「もう寝るの?」
「や、ちょっと疲れただけだ」
「そっか、お疲れ様」
そっとおでこに手を当てて微笑む。
毎日大変そうだけど、先生は金曜日から週末にかけては必ず私を家に呼ぶ。先生と生徒の恋愛なんて許されることじゃないけど、私はこの時が幸せだったりする。
「寝ててもいいよ?今から夕飯作るから」
「サンキュ、でも大丈夫だ」
こんなに疲れてる先生は久しぶりかもしれない。私は少し眉を寄せながら、先生の言葉に笑顔を見せた。
料理をしているとしばらくしてから彼が台所に入ってきて、私にちょっかいを出してきた。
「あ、ちょっと!つまみ食いしない!」
「いいだろ、後で腹に入るんだから一緒だ!」
毎回お決まりのパターン。私が料理してる間はほとんど後ろに立って見ている。
もしかして包丁もあるから心配してくれてるのかな、なんて考えると自然と顔がニヤける。
「何ニヤけてんだ?」
「ん?別に!ほら出来たよ」
食卓に並んだご飯を綺麗さっぱり平らげてくれるのは、いつでもやっぱり嬉しいもので。毎週レシピを考えてくるのも楽しみの1つだったりする。
「先生、お風呂入ってー」
テレビに夢中になっている彼は私の声に全く気づいてない。私は先生のそばに座って、キマってる髪の毛を両手でぐしゃぐしゃっと崩してみた。
「何すんだよ!この髪型、どんだけ時間かけて…」
「お風呂に入って下さい!」
頭を押さえながら喋る先生を遮る。
「早く入らないと冷めちゃうよ」
「おまえも一緒に入るか?」
ついさっきまで髪型を崩されてムッとした顔をしてたのに、いつの間にかニヤリと意地悪く笑っている。
「ばか!早く入りなよ」
背中をトンと押すとしてやったりと笑う先生。私はさっき彼にもしたように、自分の頭をぐしゃぐしゃっと掻くと部屋の片付けにうつった。
◇
「ふあー、寝るか!」
お風呂に入ってから2人でテレビを見ていると、大きな欠伸をしながら先生が声をかける。
先生はごろん、とねっころがると私に向って腕をのばす。
「さすが体育教師。筋肉だけはあるよね」
「あ?“だけ”って何だよ」
腕枕は私だけの特等席。そっと腕に頭を乗せると先生の顔が近くていつもドキドキしてしまう。
ちらっと先生を見ると目が合って、私は先生の頬に手を伸ばす。
「明日はどっか出かけるかー」
私の手を頬に当てたまま、優しく笑って先生は言う。
なんだかんだ言って忙しい先生が土曜日1日空いてるのは珍しいから、楽しみでしょうがない。
「楽しみだね」
「ああ、明日も早えんだからもう寝ろ」
おやすみ、と上から落ちてきたおやすみのキス。先生の下ろしてる髪が顔に当たってくすぐったい。
「うん、おやすみ」
私たちはもう一度だけ唇を合わせると、眠りについた。
◇
――ピピピピピ、ピピピピピ
ぱちんと目覚ましを止めた。隣を見ると、気持ちよさそうに寝息を立てている先生。目覚ましは聞こえなかったみたいで、まだ起きる気配はない。
「起こすの、もったいないな」
先生の幸せそうな寝顔を見てると頬が自然と綻んでしまう。昨日ふと見せた疲れた仕草を思い出して、自分勝手だけど、今日のお出かけはキャンセルしようと思った。
もぞもぞともう一度布団に潜り込む。お出かけじゃなくたって、家にいるのも悪いもんじゃない。
そんなことを考えながら、目を閉じた。
「んー…?」
ゆさゆさと揺すられる感覚に、眠い目をこじ開ける。
「おい、」
「あーおはよう」
「おまえ、今、何時だかわかってるか?」
その言葉に時計を見ると、もう昼過ぎ。
「お昼だね」
「今日は出かけるんじゃなかったのか?」
軽く目を擦りながら頷くと、短いため息が聞こえた。
「おまえ、1回起きただろ?」
「なんで」
「目覚まし止まってた」
先生は私に目覚ましを放ると、布団の上に座った。
「起きたんだったら俺も起こせよ」
「だって先生かなり気持ちよさそうに寝てたんだもん!」
少し拗ねて言うと先生は眉を寄せた。
「疲れてそうだったから…もう少し寝かせてあげようと思って」
「なっ、俺のことなんか気にすんなよ、おまえらしくねえ!」
私の意図を知ってか、彼はちょっと顔を赤くした。
「別に出かけなくてもいいの!」
先生の横に座って頭を先生の肩に預ける。
「こうやって2人でダラダラするのもいいんじゃない?」
「そりゃ…嫌じゃないけどよ」
「じゃあ決まり。今日はゆっくり休みましょー」
彼は、わかった、と私の腰に手を回した。
「今日はイチャイチャしたいってことだよな?」
先生はニヤリと笑って耳元で囁く。
邪魔者は排除するの今日はおうちに2人きり。
「家の中だからって今日は一日中離してやんねえからな」
「望むところよ」
(2010.03.26)
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