Kiss










 抱き締めてフローリングに押し倒したその髪から、あの匂いがする。
 彼の持つ本来の淡い香りではなくて、コロンのような匂いだ。
 キスをしながら服を乱していくと白い肌に幾つもの赤い跡が見えた。
 それを誰が付けたのか、知っている。
「……ッ」
 滑らかな白い肌の、太股を無造作に割り開く。奥に手を伸ばすと、入口が怯えるように閉じていた。
「今日は和泉くんとしてきた?」
「……!」
 問いかけると、彼は一気に顔を紅潮させて言葉に詰まった。
 ああやはりそうなのかと思う。この匂いも、身体の跡も、全て彼の置き土産だ。
「じゃあ、慣らすのはいらないね」
 え、と彼が驚いたような声を出した直後に、腰を打ちつけて奥まで一気に犯した。
「ッ!?……うッ、ぁ」
 ビクンッ、と彼の身体がフローリングの上で波打つ。
 じわりとその目に涙が浮かぶのを見て、顔を近づけた。
「西くんの中、柔らかい」
「ッ! 馬鹿か、……何言ッ、て、……ッあ!」
 今度はゆっくりと腰を引いて抜ける前にまた押しこんでいく。
 喘ぎ声が出そうになったのか、彼は顔を逸らしてぎゅっと瞼を閉じた。
「声、……」
「っん、……う、」
「出していいのに。誰も聞かないよ、ここなら」
 目尻から流れた涙を、舌先ですくい取る。
 ぺろりと舐めたら少し塩の味がした。
「堪える必要ない」
「あ、ッ……」
 太股の裏を掴んで大きく開かせた。膝が彼の顔の方へ近づいていて、少し苦しそうだった。
 腰の後ろに手を遣って引き寄せながら、中を突き上げる。
 すると彼は引っ切り無しに声を上げて身体を震わせた。
 急過ぎる快感に、彼は弱い。
 すぐに意識を飛ばしてしまって、朦朧とした表情になるともう声を堪える事を止めていた。
 それが彼の防衛本能なのかな、とも思う。
 本当に壊れてしまわないように、どこかでバランスをとっている。
「……西くん」
「う、あッ、……ひぁッ!……」
 開きっ放しの唇から、吐息と喘ぎと、赤い舌が覗いている。
 誘われるように唇を近づけた。
「ふ、……ん、ンッ」
 ちゅ、と唇を軽く合わせるとふわふわとした舌先が触れる。
 濡れたように赤く見える唇をぺろりと舐めたら、彼も舌を差し出してきて唾液が絡んだ。
 ちゅく、と濡れた音を立ててキスが深くなる。
 腰を揺らすと吐息が乱れ、合わさった唇から忙しない呼吸が漏れた。
「西、くん」
 キスの合間に呼びかけると、快感に潤んだ瞳が見つめてくる。
 その瞳の、色が好きだなと思う。
 こうして組み敷いて身体を開いている時だけ、その瞳が蕩けたように色を変える。
 自分の中の、全く確証のない曖昧なイメージだった。
 気のせいだろうというのも何度も思った。でも、行為の度にこの瞳の色に魅入られる。
「ん……、も、無理ッ」
 苦しげに眉を寄せて、彼が訴えてきた。
 どうしたの、と問いかけると溜まっていた涙が一粒溢れ、目尻を伝っていく。
「息が、続かない……」
「……」
 それは可哀想なことをした、と思って触れるだけのキスを何度も繰り返す。
「触れる唇を少しずらしたらいい?」
「……違う。その、…中を動かされると」
 ふい、と彼は顔を逸らした。その頬が薄っすらと赤い。
「何がなんだかわからなくなって、呼吸もできなくなる……」
 伏せた瞼の、ふわふわした睫毛にたくさんの涙の滴が集まっていた。
 綺麗だなと思って舌を伸ばしたら、彼の中でも腰を進めてしまったらしく、ぎゅっと内壁が強く締まる。
「西くん、締めすぎ……」
「だ、ッだってお前が! ……急に、動くから」
 ぼそぼそとした声はだんだんと小さくなって消えた。
 そこで漸く結論を導き出す。
「入れてる時は」
「……?」
「集中してそれだけする、……ことにする」
 えっ、とまた驚いたような声を上げた彼を無視して腰を揺らした。
 そうすると彼はもう言葉を発する余裕もないようで、ガクガクと揺さ振られるままに快感に身を任せていた。

 同時にすると彼が辛いなら、個々にするんでもいい。
 先程から向けられる彼の言葉の一つ一つが、自分の中の嬉しさを大きくしていた。
 彼の身体がどれだけ変えられても、こうして触れている時は自分だけの物だと思う。
 独占欲、という言葉の意味をようやく理解した。
 一人占めしたいその『欲』という感情を、自分は本能と勘違いしていた。
 欲望のままに彼を蹂躙しているのだと思っていた。
 けれど教えられて気がついた。自分が、彼を愛しいと思っているから欲を持つのだという事に。
「西くん、……」
 そっと呼びかける。別に彼が反応しなくたって構わない。
 喘ぐその唇にキスを落とす。
 応えてくれなくとも構わないと思うのに、それが条件反射なのか必死に応えようとしてくれる。 
 好き、という気持ちを込めて何度もキスをした。
 そうして触れあいながら二人とも白濁を吐き出して、彼はぐったりと気を失った。
 彼の綺麗な黒い髪を撫でながら、目を細める。
 白さが際立つ彼の身体が、眩しいような気がした。






「……まさか締め出しを食らうとは思ってなかったな」
「機嫌が悪かったんじゃないのか」
 部屋の外で、西くんと和泉くんが話している気配がしていた。
 このマンションから出られない間も、外の世界の事は何かしらの方法で知ることができる。
 しようと思えば、人の家の中の様子までよく見えた。
「あいつに機嫌とかあるのか?」
「……さあ?」
 歩き出す彼らが向かうのが、駅の方ではないのを知っている。
「今日は何か特別だったのか」
「とくべつ? 何が?」
「いや、特別変なプレイ……ッて!」
 ゴンッ、と酷い音が響いた。
 西くんが手持ちの鞄で和泉くんの頭を叩いたらしい。
 しかも、そのままでは身長が届かないからと、持ち手を掴んで振り上げて叩いていた。
 それで首が折れない方がおかしいような気がしたが、……そうか和泉くんはガンツスーツをまだ着ているんだった。
 西くんがそれを考えて行動したのかどうかは、判らない。
「お前、帰ったら覚えとけよ?」
「……もう忘れたッ」
 先に立って早足で歩く西くんは、いつも自分から墓穴を掘っているように見える。
 でもそれを和泉くんは楽しんでいるようだった。
 それを見ながら、自分は箱庭を眺めているような感覚でいた。
 西くんが色々な表情を見せる、その映像を追うのは楽しい。
 それで何度も、彼の抱かれた跡を目撃する羽目になるのだとしても。

 外での彼が、前より生き生きして見えるから、それで良いのだと思った。







2011/05/21

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