Memento (後編)







「機嫌が良さそうね」
 唐突に言われて、俺は新しい煙草に火を点けながらそちらを見遣った。
 黒い髪を掻きあげながら、すらりとしたスーツ姿の女が近寄ってくる。
「いつもは、こんな乱交騒ぎに参加しないって聞いたけど」
「たまには」
 銜えた煙草から紫煙が燻る。
「……ヤりたい気分の時もある」
 クラブの中では獲物の女達と、同族のメンバーが騒ぎまわっていた。
 血と、精液と、嬌声と悲鳴が混じり合ってフロアは賑わっている。
「貴方が?」
「変か」 
 唇の端を上げると、女は少しだけ肩を竦めた。
「意外、ではあるわね」
 女の視線の先には、さっき俺が使って失神させた獲物の身体が転がっている。
 そんなに荒っぽく扱ったつもりはないが、いつもこうだった。
 俺が試した後の獲物は使い物にならないと、すぐに運ばれていってしまう。
 それが面倒になって暫くこういう場所に顔を出していなかった。
 だが今回は、少し勝手が違う。
 別の用事の為にこれが必要だった。
「久しぶり、なんだよ」
「え?」
 カウンターを離れて女の脇を通り過ぎながら、続ける。
「……性欲を感じたのが、な」
 クラブの扉を開けて外へ出ると、ネオンで明るい街中に出た。
 慣れた道を歩き、手の中のキーを指先で玩ぶ。
 馴染みの店の上層階、それはホテルの鍵だった。
 そこに今、獲物を一匹閉じ込めてある。閉じ込めて半日、……どうなっているだろうか?
 俺は宝箱を開けるような気持ちで、その場所へ向かった。









 部屋の扉を開けると、寝かせておいたはずのベッドルームに人影は無かった。
 物音ひとつせず、どこにも姿が見当たらない。
 俺は銜えていた煙草をテーブルの上の灰皿へ押し付けた。
「……」
 サングラスやコンタクトを持っていれば一発なんだろうが、俺はアレを好まなかった。
 あいつを学校帰りに捕まえ、制服の下には例のスーツを着たままの状態で此処に連れて来た。持ち物を何一つ奪わず閉じ込めていたから、これは予測の範囲内だ。
 新しい煙草に火を付け、紫煙を深く吸い込む。
 目を閉じて、部屋の中をゆっくりと歩いた。
 一歩進む度にどこからか、絨毯の上を擦るような音が聞こえてくる。
 あいつは、俺に酷く怯えていた。
 俺が動けばそこから遠ざかるように身体が動くはずだ。
 聴覚が異常に発達している俺達は、人間の予測を遥かに超えるような小さな音を拾える。
 音のする方へ少しづつ方向転換して歩いていった。
 後ろに退くようにずるずると移動する音が、微かに続いている。
 場所を確信した直後、俺は早足でその場へ進んで退路を塞いだ。
「……居たな」
 手を伸ばすと、蹲った身体の髪に触れることができた。
 バチバチと音を立てて光が散り、俺を見上げる瞳と視線が交差する。
「俺が怖いか?」
 唇の端を吊り上げて笑いながら問うと、恐怖に彩られていた表情が強い反抗の色を帯びた。
 その頭を掴んで引き起こし、バスルームへ引き摺って行く。
「止めろッ! 離せッ!」
 暴れる身体を押さえつけ、衣服を一枚づつ剥ぎ取った。
 黒い例のスーツまでパーツを丁寧に外していくと、そのうち抵抗を諦めたのか大人しくなる。
 スーツを壊す事もできたが、この身体にぴったりと寄り添っているそれを脱がす作業は思いの外面白かった。
 時折愛撫のように肌を撫で擦ると、小さな声が上がる。
 感じているらしいと判って、俺は喉の奥で笑った。
 それからシャワーを使って身体とその中まで丁寧に洗ってやると、羞恥に頬を染めながら抵抗する。スーツもなく力の弱い身体を押さえつけるのは簡単だった。
「……嫌だ! 離、せッ!」
 濡れたままの身体を抱き上げて、バタバタと暴れるのをそのままバスルームから運び出す。
 ベッドの上にそっと下ろして、上から両方の手首を押さえつけた。
「!」
 俺の顔を真正面から見つめて一瞬驚いた顔をする。
 シャワーの水で濡れて火の消えていた煙草を床へ捨て、そのまま伸し掛かった。
「初めてでないのなら、手加減は要らないな?」
 俺の言葉にスッと青ざめる表情を覗き込む。
 口を開いて唇を近づけると、俺の牙が見えたのか怯えるように目が閉じられた。
 震えている身体をシーツに押し付け、唇を貪る。
 バスルームでこいつの身体に触れた時、中に指を入れても感じる事のできる身体だと判った。
 既に、誰かがこいつを抱いている。
 それを複雑に思う気持ちは、俺の中で『普通』ではあり得なかった。
 ここ暫くは、特に執着もせず強く何かを求める事もない、そういう生活を続けていた。
 いつの間にそれが覆ったのかは判らない。
 この感情が嫉妬と呼ぶものなのだとしたら、……あの女が聞いたら今日よりももっと驚くだろう。
 あの獲物を抱いてきたのも、こいつを抱き潰さない為だと知ったら呆れを通り越すに違いない。
「ン、……は、ンンッ……ふ、ぁッ」
 苦しそうに息を継ぎ、眉を寄せる表情に煽られる。
 先程のシャワーで濡れた黒い髪が白いシーツに散っていた。
 首に沿うように張りついた髪は思ったよりも長い。
 俺は首筋に舌を這わせて、濡れた肌を辿った。
 白い肌に時折歯を立てるとその痛みに身体を竦め、小さな悲鳴を上げている。
「ん、ッあ!……つ、……痛、いッ」
 先程中を洗っただけで、手加減もせずに腰を進めると高い声が上がった。
 それは苦痛混じりの嬌声で、こんな行為でさえも感じているのが判る。
「……慣れた身体だな」
 呟くように言うと、相手は耳まで赤くなって目を逸らした。
 その華奢な身体を反転させてうつ伏せのまま貫き、腰を揺らすと断続的な喘ぎが漏れ始める。
 楽な姿勢を探してやろうと思ったが、中が強く締まって快感を伝えてきて、思わず苦笑した。
「こういう方が感じるのか」
「ち、がッ……ん、ッあ、……ああッ!」
 その身体を引き起こし背後から抱き締めた。
 俺の方へ背を凭れるようにして身体を預けてきて、繋がりが深くなる。
 耳に心地良い嬌声に目を細めながら、腰を打ちつけた。
「どんなモノが出入りしてるか、……見てみろ」
「!」
 正面に顔を上げさせると、そこには大きな姿見があり、開かれた白い身体が全て映っていた。
 細い腰を抱き締めながら俺が突き上げると、中がきゅうきゅうと締まる。
 自分の乱れた姿を見て、余計に感じているらしい。
 片手で性器を刺激してやりながら、その項に口づけた。
 ガリッ、と牙を立てて噛みつくと細い身体が跳ねる。
 滲み出る血を舐めながら、激しく腰を打ちつけた。
「あッ、い、たいッ……嫌ッ、も、……止め、ッ」
 うなじの次には肩、腕、手首、……どれも小さな噛み痕をつけ血を舐める。
「止めろという割に萎えないな」
 性器を指先で弄ると泣き声のような嬌声が上がった。
 身体中の感覚が鋭敏になっているらしく、どこに触れてもビクビクと反応を示す。
「あッ、あ、……ッン! あぁッ」
 ベッドの揺れを利用して強く突き上げた瞬間、白濁が散った。
 絨毯の上へ精液が飛び、そこを白く汚す。
 射精による脱力でうつろになった瞳がそれをぼんやりと見ていた。
 その中へ同時に熱を吐き出すと、ビクンッと震えながら全てを受け止める。
 ぐったりとした身体をベッドへ下ろし、そのまま腰を打ちつけた。
 精液で濡れて滑りの良くなった内壁を擦り、再び熱を高めていく。
 抜かずに始まった行為に、戸惑った視線が向けられた。
 しかしそれもすぐに快感に蕩けていく。
「あ、ッン……は、ぁッ、ンンッ!」
 声を堪えようとしたのか、自分で噛み切ったらしい唇から血が滲んでいた。
 それに誘われるように唇を合わせる。
 甘い血の味はすぐに快感と混じりあって、どちらの味か判らなくなっていった。










 目を瞑っていたら、眠っていたはずの小さな身体が動いた。
 俺の唇に触れてきて、何をする気かと興味を引かれ眠ったふりをする。
 つ、と牙の先を指先で辿られて、むず痒いような感覚に襲われた。
「……珍しいか?」
 声をかけると、起きていると思わなかったのかビクッと震えて手が遠ざかる。
 その手首を掴み、俺は口を開けた。
「触りたいなら好きにしろ」
「……」
 一瞬青ざめて息を止めていた相手が、そうっとまた指先を俺の口へと近づける。
 尖った牙の先を指が掠めていった。
 だんだんと顔が近づいてきて、俺の口を覗き込むようにする仕草がヤケに子供っぽい。
 俺は吹き出しそうになるのを堪えた。
「……満足したか」
「う、…ん」
 手が離れてから問いかけると、複雑そうな顔をして俺を見上げてくる。
 他人に牙を触らせたのも初めてだった。
 そんな事、こいつは知らないだろう。
 俺がモノに執着するということ自体も珍しいと、……これから先も知る事はないだろうが。

「他にはないのか」
「……別に、」
 戸惑うように視線を逸らす、その身体を抱き締める。

 俺にとっての数年はさして長いものではなかった。
 だが、好んで女を抱かなくなったのもあの頃で、……食事を作業のように感じ始めたのも同じだ。
 ただ一人執着出来た相手を抱く事と、唯一飲みたい血、両方を求めた結果がそれか。

 ……これは思ったよりも重症だな、と思いながら俺はこの状況を楽しんでいた。









2011/06/11


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