Memento(前編)

【ちょいパラレル設定です。氷西で大阪編あたり】











『子供は駄目だ。採れる血が少ない上に、親が騒ぐせいでリスクの方が高い』
 振り翳された日本刀が、夜闇に薄っすら光を放って見えた。
 銜え煙草の口元が僅かに吊り上がって、俺を見下ろしてくる。
『命拾いしたな。好奇心は身を滅ぼすぞ』
『オイ、逃がすのか』
『ガキの戯言なんざ、誰も耳を貸しはしない。行くぞ』
 遠ざかる黒いスーツの集団を、俺は凍りついたまま見つめていた。
 足元には肉の塊のようになった死体があって、鉄サビくさい匂いを発している。
 そのまま大通りからサイレンの音がして、駆けつけた警察に発見されるまで、俺はその場を動けずにいた。


 あの時の俺はまだガンツの存在も知らずスーツも持たず、武器もなくて、あいつらの放つ殺気に怯えるしか出来なかった。
 それが今は、対等に渡り合える力を持っている。
 これは大きな違いだ。俺はもう、猟奇的な殺戮や血の海に怯えるように小学生ではない。
 ガンツ部屋に現れたあの男は、昔と全く変わらなかった。
 髪の長い女を連れて、悠々と煙草を吹かしている。
 
 恐らく、俺の存在など覚えてはいないだろう。
 視線一つ、髪の毛一本まであの頃と変化のない男とは違って、俺の身体は随分成長していた。
 星人を巻き込んでも、ミッションはいつものように始まる。
 転送されながら俺は武器を手に握り締めて、目を瞑った。
 あの男の視界に、俺は入らない。
 その他大勢としか認識されていない。
 悔しく思うのと同時に、それも仕方ないと頭の端で思った。
 あの男の油断はいずれ仇になる。
 ミッションとは別だが、隙があればあの吸血鬼だって潰してやろうと俺は思っていた。









「……おい」
 転送直後、顔を上げた途端に声をかけられて俺は硬直した。
 振り返るとあいつが一人で煙草を吹かしている。
 近くにはあの女も、ガンツメンバーもいない。
 あたりを見回すと商店街の真ん中である事が判った。
 俺はコントローラーを操作してエリアの確認をする。
「何だそれ」
 俺の手元を覗き込んでくる男を、俺は睨み上げた。
「お前に関係ないだろ。俺の道具だ。……女の居場所なら判らない、自分で探せ」
 踵を返し足早に離れて行くと、後ろからゆっくりと着いて来る気配がしていた。
 どれだけ角を曲がっても、早足で進んでも着かず離れず追ってくる。
「……」
 歩きながら、此処が東京でない事は判った。
 商店は時間帯のせいかシャッターが閉まっている所もあって判断がつき難い。
 歩いている人間には俺の姿が見えているようで、普通のミッションではないのだけは感じていた。
「……あいつら死ぬかな」
 遠くにガンツスーツの集団が見える。
 転送直後らしく、あの子供を探しているようだった。
 きょろきょろと見回している加藤がこちらを向きそうになって、俺は反射的にコントローラーのスイッチを押した。
 すぐ側の商店のガラス戸を見て、自分の姿が不可視になったのを確認する。
 俺の横を、加藤達が走って通り過ぎて行った。
 少しの間だけその姿を目で追ってから俺は逆方向に歩き出す。
「合流しないのか?」
「!」
 すぐ近くで声がした。
 ふわりと漂う煙草の香りに眉を顰める。
「俺は俺の考えで行動する」
「そうか、……」
 とくに興味がありそうでもないのに、何故質問なんかしたんだ。
 意味が判らず視線を上げると、男は目を細めてこちらを見ていた。
 ステルスモードに入っているはずの、俺を、だ。
「……何故見える」
「見えてはいないな。感じるだけで」
「……」 
 手を伸ばし、その顔の前で振っても確かに視線が動かない。
 妙な感じだと複雑な気分でいると、急に男は吹き出して笑った。
「……ガキっぽい事、するんだな」
 振っていた手を掴まれて、手首を拘束される。
「空気の動きでそれくらい判る」
 驚いて手を引こうとするがびくともせず、俺は唇を噛んだ。
「……前からガキはガキか」
「ああ?」
 呟くような声が聞こえて不審げに見遣ると、手を引かれて路地に押し込まれた。
 商店とビルの隙間の人一人がやっと通れるような隙間だ。
 自然と身体は密着して、煙草の匂いが強くなった。
「覚えてないか?」
「……」
「俺が同族の制裁に出てた頃の話だ。お前にとってはかなり昔か」
 こいつには今、俺の姿は見えてないはずだ。
 なのに視線が合うような錯覚に陥る。
 顔を覗きこまれて、一瞬息が止まった。
「あんなに小さかったガキが、……ここまで成長する程の時間が経ったんだな」
 確かめるように手首を握られて、それを壁に縫い止められる。
 両手を拘束されるともうどうする事もできなかった。
「……な、んで」
 どうして判った。何で俺だって認識してるんだこいつは。
 その疑問が通じたのか、男は笑いながら短くなった煙草を地面に捨てた。
「判らないと思ったか? お前は知らないだろうが、俺が戦闘中居合わせた人間を見逃したのはお前が初めてで、……最後だ」
 煙草の匂いのする唇が、確かめるように俺の鼻先や頬、首筋に触れてくる。
 俺はいつ噛みつかれるのかとびくびくして身体を竦めていた。
 すると、くつくつと喉の奥で笑いを堪えているのが聞こえてくる。
「俺達の牙は刺して血の吸えるようなモンじゃない。傷が付く程度で、……。ただ、お前の血なら一口、味見したいとは思う」
 言いながら喉の上に舌を這わされて、俺は硬直したまま顔を逸らした。恐怖に身体が震えるのが判る。
 ガンツスーツを着ているのに、圧倒的な力の差を見せつけられて抵抗する事もできなかった。
 敵わない、と認識するのは苦しかった。でも身体が竦んでしまって言う事を聞かない。
「傷をつけるのが惜しい身体だな」
「!」
 ガンツスーツの上から身体のラインを辿られて、その手つきに赤面する。
 性的な意思を込めて触れる、そんな事をされるとは思ってもみなかった。
「……、今日はこれで許してやる」
 囁きと共に唇が重なってきた。
 逃げる俺の頭を押さえつけ、壁に追い詰めるようにして唇を貪られる。
 舌でなぞられて吐息が漏れた瞬間、下唇に歯を立てられた。
「ッ……」
 尖った犬歯が薄い皮を裂き、口の中に血の味が広がる。
 それを楽しむようにキスが深くなった。
 舌にも所々歯を立てて、小さな傷を作っていく。
 口の中の傷は一瞬出血するが、すぐに止まってしまう。唇は特に皮膚が薄いせいで大げさに血は出るが、大した傷ではない。
 どうやらこいつはそれを判っていて、そこに傷をつけているらしい。
 ……キスは、血を味見するおまけみたいなものだろう。
 こんな口づけに意味なんかない、と思わなければ意識を持って行かれそうだった。
「ンッ、……んん、ッ」
 唾液混じりの血を啜って、男の舌が離れていく。
 俺は散々弄り回されて息が上がりきっていて、呼吸を整えながら相手を見上げた。
「……解除しろ」
 頬に唇を押し当てられて、低く命令された。
 俺は操られるようにコントローラーのスイッチを押して、バチバチと光を散らしながらその場に姿を現す。
 男は唇の端を吊り上げて笑い、俺の腰を抱き寄せた。
「美人に育ったな。……次はあの妙な玉とは関係ない時に見つけてやる」
「ッ……は? 何、が……」
「見られながらする趣味は無いからな」
 ちゅ、ともう一度唇を吸われて腕が離される。
 日本刀を手にしながら路地を出て行く後ろ姿を、目で追った。
 また、何もできなかった。
 好き勝手されるだけで、俺は動けもしない。それが情けない。
「……クソッ」
 俺は思いつく限りの悪態をついて路地のゴミを蹴りつけた。
「ガンツ、……見てんのか。それでか、……」
 俺はどこを見るでもなく空中を見上げ、呟いた。
 舌打ちをしてまたステルスモードに切り替え、路地を出る。
「……」
 道に、先程までは無かった妖怪の死体が累々と連なっていた。
 全て鋭い刃物で切り裂かれ、散らされたようになっている。
「あの野郎……ッ」

 まただ。見逃されて、助けられて、どれだけ俺を惨めなガキにすれば気が済むんだあいつは。
 湧き上がる怒りと苛立ちが、それ以外の感情を覆い隠した。
 その下にどんな気持ちか隠れているかなんて、俺はまだ考えたくもないと思っていた。








(続く)
2011/06/10

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