Affair(前編)

【和西前提の桜西で、桜井視点。 ちなみに吸血鬼襲撃後です。時間軸にはあまり突っ込まないようにお願いします…orz】
















 夕方から降り出した雨は、突然の豪雨になった。
 傘を持っていても足元のスニーカーが濡れる程で、風が強くない事だけが救いだと思う。
 誰かが上からシャワーをかけているみたいな雨の中、家に向かう道を足早に歩いた。
「……あれ?」
 ふと見たマンション前の道端に、人が突っ立っていた。
 傘もささず、頭からびしょ濡れになっている。
 どこかで見たような制服で肩に鞄をかけて、ぼんやりと佇んでいた。
「えっと、……西、だっけ?」
 そう呼ばれていたような気がする。
 ただ、ガンツ部屋で見かけた時とは少し雰囲気が違って見えた。
 年上の相手に不遜な態度をとるような、そんな奴だったと思う。
 でも今は、人形のように表情を無くして何もないコンクリートの地面を見つめていた。
 すぐ側のマンションを出たあたり、ほんの少し広場のようになった場所だ。
 西はただ一点を見つめたまま、微動だにしない。
 降り続く雨は、どんどん強くなるようだった。そのまま通り過ぎればいいのに、俺は何故か気になって近寄って行ってしまう。
 お節介なのは判っているし、関係ないと言われてしまったらそれまでだ。でも何故か放っておけない気がした。
 雨でハッキリとは判らないけれど、……西は泣いているように見えた。
 そんなの、無視していけないだろ。
「……西?」
 ゆっくりと近づきながら、声をかける。
 凍りついたように動かなかった肩がぴくりと反応して、濡れた髪の張り付いた白い顔がこちらを向く。
「なあ、風邪引くだろ。……顔真っ白だぞ」
「普通真っ青とかじゃね?」
「紙みたいに真っ白だよ、ホント」
 反応があったことにホッとした。
 そのまま近づいて行ってそちらに傘を傾けると、西が吹き出して笑った。
「こんだけ濡れてたら今更傘の意味ないし」
 ふら、とそのまま歩いて行ってしまう。
 帰るのかと思ったらすぐ側の公園に入って行くのが見えて、俺は後を追った。
「……何か用なのか」
「え、……いや、」
 振り返った西に問われて、俺は口籠った。
 変な奴、と呟いた西はまた俺に背を向けて歩き出す。
 さっき西があの場所から動いた瞬間、足元に献花があった。
 とても一人が持ってきたような量ではなく、何人かがそこに花を供えにきたのが判る。
 交通事故か何かかな、と思った。
 西はあの場所で、無表情のまま何を考えていたんだろう。
 それが気にかかって仕方ない。
「……西、これから雨強くなるって」
「そうか」
「ちゃんと家帰って、風呂とかで温まらないと風邪引くし!」
 手首を掴んだら、ようやく西の歩みは止まった。
 こちらを振り返る瞳には、前に見た刺々しさがまるでない。
 うるさい、と言われるかと思ったがそんなこともなく、妙にびくびくしていた自分が馬鹿みたいだった。
 少し強引にその手を引いて傘に入れる。
 掴んだ手首は、俺の指で一回りしてしまうくらい華奢だった。
 背は俺から見たらそんなに小さいとは思えなかったが、全体的に骨が細いのかも知れない。
「俺が風邪引くとお前が困るのか?」
「あ、……」
「……お前、名前なんだっけ」
「知らないで喋ってたのかよ!」
 やっと、西の目がちゃんとこちらを向いてくれた。
 俺はそれに安堵しながら、桜井、と自分を指差した。
「ああ、それでチェリー……」
「……」
「童貞な」
「うるさいな! 中学生だったら普通だろ!」
「……俺はお前より経験あると思うけど」
 無人の公園の中に二人して突っ立って会話しているのは、はたから見たらちょっと変だった。でも、西がこの場から動かない限り俺も動けない。
「ってか、中学生に手出したら相手犯罪者だよな」
「……」
 思わず突っ込んだら、西は少し考えるように沈黙した。
「……同じ未成年でも?」
「え?」
「そうか、……」
 西の瞳が、スッとまたビー玉のように光を失って陰った。
 降り注ぐ雨を見ているようなのに、その目には何も映っていない。
 俺は咄嗟に掴んだままだった西の手首を引っ張った。
「経験ッて!」
「……は?」
「ど、どんなのだよッ」
 西の関心をどうにかこちらに向けたくて、適当な事を口走った。
 意識をどこかに飛ばすような、泣いてるみたいな西を見るのは何だか辛くて、どうにかしたいと思ってしまう。
 西は何度か瞬きをしてから、視線を伏せて笑った。
「試してみるか?……チェリーには刺激が強いかもしれないけどな」
「なッ……」
「キスくらいはしたことあるか」
 シャツを掴まれて、西の顔が一瞬ブレるほど近づいた。
 冷たい唇が重なってきて、何度か啄ばまれる。
「……くち、」
「え、あ……え?」
「開けろ、……」
 唇が触れ合ったまま囁かれて、むず痒いような感覚に身体が熱くなった。
 からかわれるみたいに舌で口の中をつつかれ、ちゅく、と濡れた音を立てられると、俺は無意識に両手で西の頭を引き寄せていた。
 肩に落ちてくる傘をそのままに、息を乱しながら唇を貪る。
 雨で少し濡れていた西の目元が潤んだようになって、薄っすらと赤く色づいて見えた。
「……こっち、」
 来いよ、と西に促されて、俺は逆らう事なんて考え付かなかった。









「ッ、……西! ッオイ!」
 雨で濡れていた髪は、触れると冷たく思ったよりも柔らかかった。
 必死に相手の頭を押し遣ろうとするのに、上手くいかない。
「……大人しくしてろ」
 囁く西の声が少し掠れていて、それだけでドキッとする。
 吐息を零すその薄い唇に、何度も性器を含まれていた。こういう行為は初めてで、何をどう比べたらいいのかは判らないが、西のそれは酷く巧みだと思う。
 公園の暗い茂みの中なんて普通そんな気分になるはずがないのに、どんどん熱が上げられていった。
「イク時は言えよ、……」
「え、ちょ、ッ……待っ、ムリッ!」
「ああ?」
「西、ヤバイ、……離しッ!」
 指先で扱かれながら先端に舌を這わされた瞬間に、視覚的にもヤバ過ぎて堪え切れずイッた。
「はぁ、はぁ、……は、ッ」
 背後の木に凭れながら呼吸を整えていたら、地を這うような低い声が聞こえてくる。
「オイ童貞のクセに顔射とか、……いい度胸だなお前」
「はあ!?……え、マジ! ご、ごめ……」
 見下ろすと、跪いて俺の下肢に顔を埋めていた西が、白濁塗れの顔を擦っていた。
 あわあわと意味のない声しか出なくて、俺は慌てながら鞄からタオルを取り出し西の顔を拭いた。
「俺んち、結構近くだから……ええと、服とか。とりあえず洗ったりとか……」
「……お前の家?」
 不思議そうな顔をして、西が俺を見上げた。
 その反応に逆に俺の方が驚いて、それから頷いた。
「風邪引くし」
「明日土曜だから風邪引いても寝てれば平気だろ」
「そういう問題じゃないッて!」
 俺は西の手首を掴んで、また引いた。
 傘と鞄を拾って歩き出すと、西は大人しく着いて来る。
 その反応が少し意外に思えて肩越しに振り返ると、西は俺が掴んだ手首をじっと見つめながらあの目をしていた。
 ぼんやりと何かを思い出しているような、見ていると胸が苦しくなるような表情だ。
「……西ッ」
「ん」
「えー、……と、腹減った?」
「別に」
「あ、そう……」
 家までの数分の道は、そこからずっと無言だった。
 所々出来ている水たまりを踏みながら、既にびしょ濡れの西は頓着せず歩いて行く。
 
 今日の西はどうにも危なっかしくて、不安定に見えた。
 時折戻ってくるクセに、またどこかへ意識を飛ばしている。
 俺はそれを繋ぎとめたくて、必死に頭を巡らせていた。

 家に帰ると鍵が締まっていて、またかと思い鞄から鍵を取り出した。
 俺が一番の日は、だいたい母親が出かけている。
 夕飯は冷蔵庫の中に入っていて一人で食べるのが常だった。
 出かけてるらしい、と呟いたら西は「そうか」と小さく呟いた。
 その様子が少し気にかかったが、早く風呂に入れてやらなくてはと思いバスルームに連れていく。
「着替え、出しといてやるから入ってろ」
「……?」
「服、俺のサイズで普通に入るだろ?」
「どうせ脱ぐのに、わざわざ着るのか」
「……へ?」
 声を裏返らせた俺の目の前で、西は濡れた服を脱ぎ始めた。
「わ、……」
 男の裸なんて見ても普通は何でもないはずなのに、さっきの行為があったせいか妙にうろたえてしまう。
 それでなくとも、濡れて透けた白いシャツが張り付いた西の身体は色気があった。
 思わず赤面して目を逸らすと、堪えた笑い声が聞こえてくる。
「もう一度抜いてやろうか?」
「!」
「……それとも風呂に、一緒に入るとか」
 ぶんぶん、と首を横に振ると、西はあっさりと頷いてバスルームに入って行った。
 一人で脱衣所に残され、ため息をつく。
 濡れた服を二人分、洗濯機に放り込む。乾燥までセットしてからその場を離れ、腰にタオルを巻き付けたまま服を取りに行った。
 服に着替えてホッとすると、どうも腹が減ったような気がしてキッチンに向かう。
 案の定、手紙と共に夕飯が置いてあった。
 ハンバーグの付け合わせをつまみ食いしていたら、廊下から西が顔を覗かせた。
「……西も食う?」
「……」
 柔らかく茹でられたジャガイモを差し出すと、西は口を開けて俺の指からそれを食べた。
 一瞬触れた唇の柔らかい感触が、落ちつかない気分にさせる。
 今度はサラダからプチトマトを拾って、また差し出してみた。
 すると丸いトマトの表面にぷつりと白い歯がぶつかって、それを齧り取った。
 ざわっ、と自分の中で不思議な衝動が沸き上がるのを感じる。
 西は残りのトマトを齧り取って、滴る液体に濡れた俺の指まで舐め取っていった。
「……に、し?」
 口の中が緊張でカラカラになって、俺は西から目が離せなくなっていた。
 西は少し考えるように沈黙してからこちらを覗き込み、囁く。
「お前は寝てるだけでいいから、……」
 来いよ、と誘う声はあの時と一緒で、どうしてこの声に逆らえないのか俺はだんだんと判り始めていた。

 寝ているだけで、という言葉の意味を、自室に戻ってベッドに押し付けられてから知る。
 俺に覆い被さるように伸し掛かってきた西は、俺の瞼の上に手を置いて「目を瞑れ」と囁いた。
「見たら萎えるだろ。……お前は目を瞑って女の裸でも想像してろ」
 下肢だけ服をずらされて、腰の上に西の肌を直接感じた。
 目の上は塞がれていたがそのせいか余計にリアルに西の太股の感触が伝わってくる。
 俺は、さっきからずっと自分の性器が興奮して勃ち上がっているのを知っていた。
 西の仕草や視線ひとつにも心臓がドキドキして、熱が堪え切れなくなっていく。
「……ッ、ぁ」
 西の手を添えられて少し扱かれた性器が、ゆっくりとキツイ粘膜に包まれていった。
 苦しそうに息を詰めるのが聞こえて、ふと心配になる。
 俺は心地良いけれど、西の声は何だか苦痛のように思えて仕方ない。
「西? 大丈夫か」
「ッ、るさ……黙って、……」
「でも何か痛そうな、……」
 西は挿入してすぐに腰を上下し始めた。
 ギシギシとベッドが揺れて、俺の快感も高められていく。すぐにイッてしまいそうな快感に襲われて、俺は唇を噛んだ。
「あ、……ッく」
 西が息を詰めると、中がキツく締まった。それが俺には余計に心地良かったが、西の呼吸は泣いているかのように震えていて気が気じゃない。
「なあ、西……?」
「触るなッ!」
 急に鋭い声で言われ、俺は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……でも何か痛そうだし、無理してんじゃ……」
「痛くて、いいんだ」
「……?」
 呟く様に言った西の声音が、沈んで聞こえた。
「痛いほうが感じる変態なんだよ俺は」
 投げやりに言う西の声は自嘲を含んでいて、何だか俺まで苦しくなる。
「嘘だろそれ」
「!」
「絶対嘘だ。……だって西、泣いてる」
 手を伸ばしたら、偶然頬に触れる事が出来た。
 指先に濡れた感触がして、すぐに離れていく。
「……痛くないと、苦しい」
「西?」
「あいつが置いてった痛みのが強くて、……苦しいッ」
 目元を覆っていた手が外れて、眩しい視界が戻ってきた。
 俺の上に跨る様に座った西が泣きながらこちらを見下ろしている。
 あいつって誰だろう。たぶん、こういう行為を西に教え込んだ相手なんだろう。そして、そいつが居なくて西は苦しんでる。
 俺は両手を伸ばして、相手の華奢な背を抱き締めた。

「痛いので泣かれるより……慰めたいな、俺は。駄目かな」
 長い睫毛にいっぱい涙を纏わせていた西は、暫しの沈黙のあと、返事の代わりに俺に抱きついてきてくれた。









【続く】
2011/06/08

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