REGRET  試し読み

Act.1







 失敗した、と思った時にはもう後ろ手に腕を捻り上げられていた。
 いま着ているのは制服だけで、今更ガンツスーツがない事を後悔する。
 いつもなら、コントローラーもスーツも、……鞄に武器だって入っていたのに。
「……ッ!」
 横に停まっていた車に押し込まれ、シートに身体を押し付けられた。
 カチッ、と背後で音がして、両手首を背後で固定されたのが判る。
 何か硬質なプラスチックのような感触がした。
 なんだ?、と不審に思う。
 もし星人の襲撃なら、こんな場所に引っ張り込まなくとも俺を殺せるはずだ。
 今は深夜で道を歩いている人間もほとんどいない。
 俺はミッションの帰りで、先程大きな交差点で和泉と別れたばかりだった。
 そこから角を一つ曲がったところが俺のマンションで、エントランスに入る直前に背後から捕まっていた。
「……西、丈一郎君」
 ゾッとするような、粘着質な声で呼ばれた。
 聞き覚えのない男の声だ、と思いながら俺は身体を硬くして息を潜める。
「やっと捕まえた。……思ったよりも、反応が鈍いんだ?……ああそうか」
 ねっとりとした声音が、僅かに笑ったようだった。
「さっきの彼に散々可愛がられた後で、動きが悪いのかな」
 ここ、と尻を鷲掴みにされて息を飲む。
「腰が立たないとか……?」
「ッ……!!」
 男は尻の狭間に指を滑らせてきて、制服の上からその場所を押してきた。
 ぐっ、と力を込められると嫌悪感に涙が滲みそうになる。
 唇を噛んで必死にそれを堪えると、俺は声のする方を見上げた。
「止めろッ!」
「……」
「はな、せッ!」
 睨み上げた先に、背の高い男が身体を丸めるようにしてこちらを覗き込んでいた。
 視線が合うと、そいつはニヤリと笑って俺の頭をシートに押し付ける。
 強い力で押さえつけられ、ぐいぐいと圧力をかけられた。
「やっぱり可愛いな。……うん、やっぱそれがいい。連れてこう」
「……?」
「オイ、車出せ」
 男がドアにロックをかけると車は滑るように走り出した。
 俺を押さえつけたままの男は、時折片手で背を撫でてきたり、太股に触れてきたりして気味が悪い。
「お前、ッ……誰だよッ」
 嫌悪感を抑えて、何とか声を絞り出す。
 すると男は笑い声を上げた。
「たくさん手紙を出したのに、忘れちゃった?」
「!」
「薄情だなあ、……まあ、いいけど。これから、好きにするから」
 すぐ着くからちょっと眠ってて、と声をかけられ口に何か布を当てられた。
 一瞬むせ返るような甘くキツイ香りがして、目の前が暗くなる。
 そのまま俺はシートに身体を預け、気を失っていた。



       ‡



 約二か月ほど前、家のポストに俺宛の白い封筒が入っていた。
 始めはただ白い便せんが一枚入っているだけで、何だコレ? と思って捨ててしまった。
 次の日には、同じ封筒に写真が一枚入っていた。
 それは俺の写真で、確実に隠し撮りと判るような、ピントのぼやけた遠距離からの拡大写真だった。
 気味が悪い、と思って俺はそれを破り捨てた。
 その次の日から、送られてくる写真はどんどん鮮明になっていった。
 俺の表情までしっかりと映っている正面からの写真は、どこから撮ったのかと背筋が寒くなる気がした。
 アップの写真はそれから暫く続き、何日も何日も、俺の目や唇、頬などを部分的に撮ったものが送られてきて、流石に恐ろしくなって全て焼き捨てた。
 こういうものは誰かに相談すべきかと思ったが、誰に言って良いものだか判らず、ただ毎日送られてくる封筒を処分することだけを考えていた。
 例えば、……和泉に言ったら、あいつはどうするだろうか?
 鼻で笑って、悪戯に怯える臆病者だと言われるかもしれない。
 かといって、ガンツに愚痴ったところでどうにかなるものでもないだろう。
 なら、自分で解決するしかない。
 目的の判らない相手に対しどうしたら良いのか、明確には判らなかったが。
 そのうち送られてくる写真は俺の日常を追うものになっていた。
 朝マンションのエントランスを出て、電車に乗り学校へ行って、帰ってくる。
 追いかけてきているのか、と思った俺はステルスモードでそっと外出してみた。
 家を離れて少し移動してしまえば、何処へ行ったか判らず追いかけて来られないと思ったからだ。
 けれど、その次の日の朝に届いた写真を見て、俺の血の気は一気に下がった。
 それは和泉が俺を犯している時の写真だった。
 俺の顔と、身体だけが映っていて、和泉の姿はほとんど画面に入っていない。
 写されたのは確実に外だった。少し薄暗く、木の影などが見える。
 どこだ、と思い記憶を必死に追いかけた。
 そうして、二か月程前に和泉の家の近くの公園で犯されたのを思い出す。
 俺は蒼白になってその写真を取り落とした。
 こいつは現在の俺を追いかけているのではなく、今までの記録を送ってきているという事に、そこで初めて気がついた。
 背筋が寒くなるような恐怖に襲われ、俺はその写真を拾ってそのまま和泉の家へ走った。
 早朝のマンションは静かで、和泉も部屋で確実に眠っているだろうと思ったが、……どうしても、一人ではいられなかった。
 部屋のカギなど貰っていないから、チャイムを何度も押して和泉が出て来るのを待つ。
 そのうち苛立ったような返答があって、扉が乱暴に開いた。
『和泉ッ!』
 掠れた、悲鳴のような声が出た。
 不機嫌そうな顔をして出てきた和泉が、驚いて硬直する程だ。
 泣きそうになるのを必死に堪えていたら、部屋の中へ引っ張り込まれた。
 戸が閉められても、俺はその場で震えながら和泉の腕にしがみ付いていた。
 そんな俺の様子が物珍しかったのか、和泉は暫くそのままでいた。
 しかしすぐに飽きたようで、俺の身体を強制的に抱き上げ部屋に運んでしまう。
 ソファに落とされ、上から和泉が顔を近づけてきた。
 俺は涙を堪えながら、握り締め過ぎてくしゃくしゃになった写真を差し出した。
 和泉はそれを伸ばしてしげしげと眺め、それからため息をついた。
 すぐにテーブルの上のライターを手に取ると一瞬にして焼いてしまう。
 ポイ、と灰皿に落とされたそれは黒い破片になっていた。
 和泉はたまに煙草を吸う。それでライターも灰皿も置いてあるらしいが、俺の前で吸った事はまだなかった。
 この灰皿は、飾りのようなものだと思っていた。
 そこに真っ黒な灰が散っているのが、何となく汚されたようで気持ちが悪い。
『それで?』
『……あ、』
 言葉に詰まる俺に和泉は再度顔を近づけ、首筋に顔を埋めてきた。
『俺を叩き起こした用事がコレだけなら、……こっちの処理くらい付き合え』
 ぐい、と押し付けられたのは硬くなった下肢の膨らみだった。
 和泉は俺が泊まった日の朝でもたまに朝勃ちをして、寝起きの俺を唐突に抱いていたから、処理したいというのはいつもの事だった。
 でもそれどころでなく混乱していた俺は、腕を突っ張って身体を捩った。
『い、ずみッ……待っ、』
『待てねーな』
 身動きの取り難いソファの上で、ろくに抵抗も出来ないまま服を脱がされる。
 いつもの触れ方で全く動揺もないまま、和泉は俺の身体を開いていく。
 こいつは何を考えているんだろう?
 いくら神経が太くたって、気味悪く感じないものか?
『ッあ、……ンンッ』
『ノリ気じゃなかった割には、随分感じてるじゃないか』
 からかうような言葉が耳元に吹き込まれた。和泉の長い指が俺の中を乱暴に掻き回していく。
 そのうち思考も上手く働かなくなっていき、快感を追うだけで精一杯になっていった。
『……余計な事は、考えなくていい』
『ッン、あッ……ぁッ』
 熱い塊が押し付けられたと思ったら、それはすぐに俺の中に押し入ってきた。
 腰を打ちつけられる度に堪え切れない声が漏れて、持ち上げられた足先が揺れる。
 縋りつく様に和泉の背に手を回した。
 すると、珍しく両腕で抱き締められる。
 与えられる温もりに戸惑っていると、再度耳元で『余計な事は考えるな』と囁かれた。
 それで漸く、こいつが俺の思考を他に逸らそうとしていたのだと知る。
 確かに俺は恐怖でパニックを起こしていたが、それをセックスで宥めるってのはどうなんだ?
 正直、どうしてそうなったんだ、と抗議したい気持ちでいっぱいだった。
 でも身体は快楽に落とされていて、文句を言う余裕などない。
 ただ人形のように揺さ振られて、和泉の熱に翻弄され、気がつくと絶頂に押し上げられている。
 和泉との交わりはいつも、灼熱に思考を焼かれて真っ白になる。
 何も残らないし、何も生まない、それだけの行為だ。……本当に、それだけのはずだった。


 その日から、和泉は俺の外出時によく側にいるようになった。
 学校の行きと帰り、ミッション後や和泉の家に泊まった帰りなどは、俺のマンションまで一緒に来ていた。
 そしてエントランスに入っていく俺を見届けてから、帰ってくれているようだった。
 不思議なことに、和泉が俺とくっついて行動するようになってから手紙はピタリと止まった。
 それを言うと、和泉は肩を竦めて『良かったな』とだけ言った。
 ただ、俺も和泉もあの手紙の相手があっさり引き下がったとは思っていなかった。
 だから、和泉は何週間も送り迎えを続けてくれた。
 それが、一カ月。
 そこまで何の事件もなく過ぎて、俺達の気はだいぶ緩んでいた。
 むしろ俺は、和泉がいつ止めると言い出すか、それに気を取られ始めていた。
 いつの間にか、一緒に登校して夕方待ち合わせ、また一緒に下校するのが日常になっていた。
 たまに用事があって本屋に寄ったり、コンビニに寄ったり、そういうこともするようになっていて、まるで普通の友人関係のようだった。
 強制的にあの部屋に連れて行かれ、無理矢理足を開かされて犯されていた時には、こんな時間が過ごせるなんて思ってもみなかった。
 からかうような口調はそのままだったが、身体の交わり以外のコミュニケーションに、俺は居心地の良さを感じ始めていた。
 放課後になるといつも、携帯に和泉からのメールが入る。
 今日は少し遅くなるだとか、駅前のゲーセンで待っているだとか、そんな内容だ。
 それに短く「判った」と返信をして、退屈な学校を後にする。
 それが、一カ月続いていた。
 『もう一カ月』なのか『まだ一カ月』なのか、一般的に人間がひとつの環境の変化に慣れるのにどれだけの日数を必要とするのかは判らない。
 けれど俺は、すっかり馴染んでしまっていた。
 いつも和泉が隣にいる、そういう日常に慣れ親しんでしまって、それがいずれ無くなってしまうという事が酷く恐ろしく思えた。
 俺達の様子が変わったと思ったのか、不思議そうに問いかけてきたガンツには事情を説明してあった。
 話しながら、自分にも同じことを言い聞かせる。
 これは非常時の特別ルールなんだ、と。
 今の状態には期限のあるのだと、再認識した。
 こんな生温い関係はいずれ終わる。
 また一人で歩く事になるのだから、いつでも離れられるようにしておかなくては駄目だ。
 慣れ過ぎてしまっては一人で立てなくなってしまう。
 和泉の隣が心地良くて、離れ難くなっていく。

 それが一番、恐ろしかった。


 その日、ミッションの後ガンツ部屋でまた二人に抱かれた。
 和泉に後ろから抱き締められ、足を開いたまま固定されて、羞恥に泣きながら男の性器を受け入れる。
 裂けなくなったね、とガンツに褒められながら舌先で涙を拭われた。
 俺の背後で和泉が笑いを堪える気配がして、俺は赤面しながら俯いた。
 こうやって二人の身体に、俺は慣らされていく。
 受け入れる事に慣れて、和泉に足を開かされると奥が疼くようになっていた。
 ガンツの舌が執拗に俺の身体を舐めるのにも、快感が強すぎていつも泣かされた。
 俺自身がアイスクリームになって、ガンツの舌の熱にどんどん溶かされているかのようだった。
 心地良い、と思うようになってしまったら、もう駄目だった。
 性器を舐められ喉の奥に深く銜えこまれると、その快感が堪え切れず、いつの間にか「もっと」とねだるように腰が揺れた。
 和泉に後ろから咎められるまで、自分が腰を振っている事にさえ気づかなかった。
 欲しいならいくらでもするよ、と言って俺の下肢に顔を埋めるガンツを見ていると、頭の中が沸騰しそうになって別の意味で涙が溢れた。
 こんなに意味不明で、始めは強姦にも似た関係だったはずなのに、俺は二人を拒む気を無くしかけていた。
 それに気づいてしまったら、胸が苦しくなって、俺は無言で帰り道を歩いた。
 和泉が送ってくれるのを、自分から『もういい』と言って足早に進む。
 それでも和泉は俺の後をちゃんと着いて来て、家の近くまで来ると交差点の所で大きなため息をついた。
『じゃあな』
 ポン、と背を叩かれて和泉が離れて行った。
 振り向いてその背中を眺めながら、もう和泉は明日の朝には来ないだろうな、と思った。
 そういう態度をとったのは自分なのに、今更涙が出そうになった。
 俺はそのままマンションに向って、……エントランスに入る前に、背後から羽交い締めにされた。


 そのまま、拉致される。
 一カ月。そう『たった一カ月』だ。
 俺達は気を緩めてしまっていた。
 あれだけ警戒していたのに、別の事に気を取られいつの間にか忘れていた。
 ミッション後には二人に抱かれるせいで、いつも俺はガンツスーツを着ていない。
 細かな事が全て裏目に出た。
 和泉は俺の不在にきっと気づかないだろう。
 前のあの関係に戻ってしまえば、和泉が気まぐれに呼び出した時にしか会わないからだ。
 いつ、気づいてくれるだろう。今日抱いたから、明後日か、その次か。
 どちらにせよ絶望的だ、と俺は思っていた。



       ‡



 誰かの嬌声が聞こえていていた。
 甘えているような高い声で喘ぎながら、許しを乞うように泣く。
 それに被さるように低い男の声がしていた。
 その声には、聞き憶えがある。あれは……。
「い、……み」
 ぼんやりと瞼を上げると、目の前に大きな液晶のテレビが置かれていた。
 そこには肌色がブレるほど大写しになっていた。
 スピーカーからは激しく打ちつける濡れた音がしていて、何かのアダルトビデオの類かと思う。
『……和泉ッ』
 悲鳴のように掠れた声がスピーカーから聞こえて、俺は目を見開いた。
 画面に映っていたのは、服を乱された俺だった。
 背後には黒髪が揺れている。あれは恐らく和泉だろう。
「な、……なんだ、これ」
 映像に驚いて身体を捩ると、不自然な姿勢で拘束されているのが判った。
 周囲を見回してみて、自分が柔らかい一人掛けのソファに座らされているのが判る。
 その肘かけに両足を開くように固定され、バンドのようなもので縛られていた。
 両手は白くふわふわとした何かが巻かれていて、胸の前に固定されている。
 天井から皮の紐が垂れてきていて、俺の手首はそこに繋がれていた。
 引っ張ってもそれはびくともせず、俺はその場から動く事が出来ない。
「目、覚めた? よく映ってるだろコレ」
 液晶テレビの上に手を置き、あの背の高い男が姿を現した。
 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていて、嫌悪感に鳥肌が立つ。
 部屋は薄暗かったが、先程の夜道よりはマシだった。
 年齢は三十代くらいだろうか、ジーンズによれたTシャツを着ているだけの、特徴のない格好をしている。
「これ。まだいっぱいあったんだ……送り損ねたからあげるよ」
 そう言いながら男が目の前にばら撒いたのは、あの写真だった。
 様々な角度から、犯されている俺の姿が映っている。
 泣いている顔のアップや、首元、胸元など部分的な写真もたくさん交じっていた。
「あの公園に設置してた、俺のカメラが自動で撮ってきたものなんだけどさ。よく撮れてると思わない?」
 俺は目を見開いたまま硬直していた。
 あの写真を封筒から出した時の、血の気が引くほどの恐怖を思い出した。
 今までずっと和泉が近くにいたから考えなくて済んだ。それが、今になって堰を切って溢れ出す。
「ああ、いいなその怯えた顔……」
 ぐいッと顎を持ち上げられた。男は笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。
 痛んだ茶髪の髪が、ふわふわとこけた頬にかかっていた。不健康そうな顔色の、不気味な男だ。
「追いかけて、もっと色んなものを撮ったんだ。見せてあげるよ。……時間はたっぷりあるから」
 気味の悪い粘着質な声音が、耳元に吹き込まれる。
 俺は身体を竦めて、目を逸らした。
 俺の反応を男が楽しんでいるのは判っていた。
 けれど、こみ上げる吐き気と嫌悪感を抑える事は出来なかった。








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Act.1〜5までのお話。
当て馬ですけど<ストーカー
それがあったから自覚する愛情、みたいな話になりました。
玉男の愛は揺るぎないけど、西君と和泉が認めたくない恋心をちゃんと認めるまでの話。
和泉×西描写のが多くなっちゃったかも…。玉も忘れないで……。


Act.4と5は完全エロのみみたいな…。
エロ度は濃い、けど意外とアブノーマルシチュは少ないかも。
4はガンツと和泉と3P。5は後日談的に和泉とエチ。

つまるところエロ本だってことです。それだけはまちがいない。


2011/06/05

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