Unrequited Love 試し読み







 コンクリートを響かせていたのは二つの足音だった。
 片方は息せき切って走っている乱れた音、もう片方はゆっくりと確実に追い詰める足音で逃げ場などないと無情にも宣言しているかのような落ち着きぶりだった。
 それでも前者の足音はコンクリートを蹴りつけ走り続ける。諦められない生への執着がそこにあり、それを嘲笑う足音から逃げていた。
「ハァ……ハア……ハァ……!」
 風を切るような音がして、何か細長い物が鋭く空を飛んだ。それは走り続ける人体を突き抜け、悲鳴と共に灰色の壁に突き刺さる。
 走る音は消え、短い呼吸と呻き声だけが響いた。急速に静寂が広がっていく。
「……、ッ」
 左足の太股を貫かれた西は痛みに遠退きそうになる意識を必死に繋ぎとめ、背後を振り返った。コツコツと音を立てて近づいて来るのは、ガンツスーツにパーカーを着込んだ『自分』だ。
「……痛い? まだ死なないよな?」
「ッざけんな……!」
 短く悪態をつきながら、返り血にまみれた己の姿はこんなにも恐ろしいものかと西は苦々しく思った。こんな事でもなければ一生知らなかった事実だ。
 この星人が西の姿を借りて現れたのは、ミッションが始まってすぐのことだった。ガンツ部屋で常に戦闘向きでないと認識されていた西の姿に、メンバーはさして注意を払わなかった。そしてそのまま、何人かのメンバーは殺された。 
 西が慌ててステルスモードを解除し、漸くメンバー達は星人の思惑に気付いた。その殺戮の後に狙われたのは勿論、邪魔な「オリジナル」の西だ。
「本当に、ヤワな身体……」
「!」
 星人は呆れたように囁くと、西の足に刺さったガンツソードを掴みぐいぐいと押し込んだ。
 傷を抉られる痛みに堪えかねた西の悲鳴が廃ビルに木霊する。
「自分の武器でやられるのってどんな感じ?」
 星人は背後から西の頭を掴み、その顔を壁に打ちつけた。脳震盪を起こし霞む視界の中、西は舌舐めずりをする自分の顔を仰ぎ見る。
 星人は姿をコピーした時、オリジナルの性格も多少吸い取っていくのだろうか。自分も、力の差が歴然とした相手を弄る時こんな表情をしているのかもしれない。
 そう思うと、西は急に笑いがこみあげてくるのを感じた。このままでは恐らく嬲り殺しだ。ガンツソードはスーツを簡単に貫通してしまうし、銃も使われれば何度目かで耐久が保たずお終いだった。
 廃ビルの外では戦闘の声と銃の音がしていた。他のメンバーは大物の星人を相手するのに精一杯で、こちらには目もくれないだろう。そもそもこの、西に変化した星人はガンツの指令の中に入っていなかった。倒せば点数稼ぎになるのだろうが、進んで倒しに来る奴がいるとは到底思えない。
「弱いんだよ、……お前。今まであった目触りな黒集団の中で一番弱い」
 ガツッ、と再び星人は西の頭をコンクリートの壁に打ち付けた。灰色に赤い血が広がり、壁伝いに滴っていく。
「何でお前なんているわけ? 邪魔なんじゃないの。早く死んじまった方がいいって自分でも思ってるだろ?」
 嘲笑するのは己の声そのままで、朦朧とした頭の中ではリアルな精神的攻撃だった。
 貫かれた太股からの出血も足元を赤く染める程で、西にはもはや抵抗する気力も体力も残っていない。
「……なあ、お前ってなんの役に立つの?」
「う、あッ……あああッ!」
 ズッ、と太股を貫いていたソードが乱暴に引き抜かれた。苦痛の悲鳴と共に崩れ落ちた西は、蹴り飛ばされて自分の流した血溜まりの中を転がる。
 傍の壁に背をつけ見上げると、ソードを振り上げる影が見えた。それは明らかに一回で首を落とすような仕草ではない。次は肩か腕か、死なない程度に何度も貫かれるのだろうと西は思った。
「……悪趣味だな」
 諦めて目を瞑りかけた西の耳に、低い呟きが届いた。驚いて見上げる前に、降り注ぐように撒き散らされた赤黒い血がコンクリートを染める。ゴトリ、と西の目の前に落ちてきたのは自分の首だった。
「……!」
 それは一瞬にして溶解し、どろどろとした黒い液体となってコンクリートに染み込んでいく。西は呻きながら身体を起こし、先程の声の主を見上げた。
 見なくとも誰だかは判り切っていて、確認するのも億劫だというような視線だった。
「……あの大物はどうしたんだよ」
「とっくに殺してきた。いつまでも転送が始まらないから、どこかに敵が残ってるんだろうと思ってな」
 コントローラーを翳す和泉を見て、西は苦々しい表情を浮かべた。
 助けられた事に対してだけでなく完全に同じ姿の自分達を和泉はどう見分けたのか、ただ勘で切りつけただけなのか、それが西の中では強く引っ掛かる。
 ……その為に西は、和泉の言葉の矛盾にその時気付けなかった。
「間違えたらどうするつもりだったんだ」
「勿論先に腕を落としてみたが?」
「……それでも!」
 声を荒げた西に向って、和泉は頭を横に振り僅かに笑った。
「腕くらいお前はいくらでも再生されるだろ。ミッションが終われば元通り、だ」
 ジジジジッ、と転送が始まり和泉の片腕が消えはじめた。西は唇を噛んでその様子を見つめている。
「……」
 西の悔しそうな様子を、和泉は鼻で笑っていた。苛々としていた西にとってそれは余計に腹の立つ要因で、傷の痛みも忘れる程の怒りに包まれる。
 同時に、助かったと思った途端に襲う恐怖もあった。つい先程まで死線の綱渡りをしていて、いつ命を落としてもおかしくない状態だった。今更冷や汗が吹き出し、心臓が早鐘を打ち始める。
 和泉が姿を消すと廃ビルは静まりかえり、余計に心臓を締めつける緊張感が増していった。西は自分が足先から転送されはじめているのに気付いていたが、唐突に襲ってきた震えは簡単には止められそうにない。
 振動する指先で、震えた肩を必死に抑え込む。転送される先にはまだたくさんのメンバーがいる、早く止めなくては、と思いながら俯いた西は光の帯に飲み込まれていった。




 西が再び顔を上げると、すぐ目の前にガンツ球があった。
 身体の震えは止まっていなかったが、西は何事も無かったようにそのまま部屋の隅へと向かう。すぐにベルが鳴り採点が始まった。
 メンバー達が生き残った事への安堵や加算された点数への喜びを口にして、解散していく。西に化けた星人がいて、それがメンバーを殺した事はほとんどの人間が知らないようだった。
 確かにあの場にいた者は驚愕の内に殺されてしまっていたな、と西はおぼろげに思い出す。その後の恐怖でだいぶ印象が薄くなっていたが、あれだけでも充分衝撃的な場面ではあった。
 西にとっては、もう一人の自分が現れてそいつを星人だと判っているのは自分だけという状態だ。いつもは傍観を決め込む西が、流石にステルスを解除して危険を知らせた。しかし、その次の瞬間そこにいた数人が全て切り裂かれて辺りは血の海になった。
 ……その光景に茫然としていた西を、もう一人の西は死体からソードを拾い追いかけてきた。走っても走っても一定の距離を保ったまま追いかけられ、じわじわと痛めつけられる恐怖は身も凍りつく程だった。
 叫び出したい程の恐ろしさと、喉が締め付けられ声も出ないような恐怖、両方を感じながらひたすらに走った。
 ガンツスーツ出力を全開にして走ったのは、西にとってはほぼ初めての経験だ。それでも逃げ切ることはできず、攻撃さえする事ができなかった。
 恐怖に支配された中でも、それを悔しく思う気持ちがある。
「……ックソ……!」
 部屋の壁に寄りかかりながら、西は小さく呟いた。それが思いの外響いた気がして顔を上げると、部屋の中はガランとしていて誰も残っていない。
 全員帰ったのか、と安堵した直後玄関に通じる戸が開き和泉が戻ってきた。
「……漸く正気に返ったか」
「何で、……まだいるんだよ」
「着替えてただけだろ」
「……あ、ッそ」
 西は俯き加減で短く言うと、そのまま和泉の横をすり抜けて玄関に向った。その足音が途中で躓いたように止まる。
「……」
 和泉の手が、一回りしてなお余るほど華奢な西の手首を掴んでいた。西は無言で肩越しに振り返る。
 お互いのガンツスーツが出力を上げる甲高い音が、細い廊下に響いた。
「……ッ」
「ッはは、……西、お前此処にきて何カ月だ?」
 スーツの表面は強化され筋肉を浮き立たせるが、西も和泉も上から服を着こんでいる為に大きな変化は現れない。常人ならば目にも止まらない様な速度の蹴りが、和泉の長髪の端を掠っていく。
「……未だにスーツも使いこなせないのは、お前くらいだろ」
「ッるさい!」
 西の怒気が籠った叫びと共に打ち出された拳は、和泉の手のひらに易々と捕まっていた。そのまま握り込まれ、ギチギチと音を立てて締めつけられていく。
「……ッう、あ…ッ!」
 苦痛に呻く西の身体を、和泉は壁へと押し付けた。体格差の歴然とした身体をわざと認識させるように、上から西の顔を覗き込む。痛みに歪んでいた西の表情が、屈辱と羞恥に淡く染まる。
 押し付けられた和泉の身体は、その先の行為を容易に想像させた。西は幾度となくこの身体に抱かれ、その痛みと快楽を知っている。
「……跳ね退けてみろよ」
 出来るならな、と鼻で笑う和泉の顔が近づき、西は首筋を這うさらりとした黒髪の感触に目を瞑った。
 その濡れた様な、冷たくも感じる髪が己の身体を直接這っていく快感を、西は嫌というほど良く知っていた。



       ‡




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「Vortex」ボルテクス、のCou部分試し読みです。
R18ではないですが和西は前提。昔の二人です。恋愛未満、肉体関係だけはある(笑)みたいな。

恋とか愛には気付けない和泉と、認めたくない西君のもだもだしたかんじのお話です。星人はとっても鬼畜です。笑。


そんなんですがよろしくおねがいしますv



2011/10/11




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