Mint   試し読み




 昔、まだガンツに関わり始めて数カ月という頃、俺は暫く戦闘に参加しないでいた。
 ステルス機能に気づいてから、余計な危険に晒されるよりも周囲を観察した方が得策だと思ったからだ。
 気配を消し身を潜めて、戦う人々を観察していた。
 いま現在メンバーにはどんな性格の人間がいるのか、極限状態に追い込まれた奴はどんな行動をするのか、そういう奴らを背後から操るにはどう煽ったら良いのか……。
 これから暫くこうしてガンツに使われ続けるのであれば、情報はたくさんあった方が良い。
 自分が真っ向から戦いに行ける体質でないのは理解していた。狙うのなら囮戦闘か、瀕死の星人を頂くかだ。
 そんな事を考えながら、俺はミッションを眺めていた。相変わらずバタバタと忙しなく走り回る奴らを見ていると呆れを通り越して退屈だ。
 ステルスモードという便利な機能があるというのに、誰一人それに目を向けない。戦闘に生かそうともしない。それを愚かだと思って、俺は奴らを見下していた。
 不意に、近くで風が起き、不可視の存在に星人の身体が切り裂かれた。
『!』
 急いでそちらに目を遣るが、そこには何もない。
 見えない何かが音も立てずに疾走し、メンバーが手を焼いていた星人達を次々に斬り伏せていく。 
 誰かいる、と気づいてから見えているメンバーの顔を確認した。ここに居ない誰か、それが……。
『……確かに使える機能だな』
 バチバチと光を散らしてステルスモードを解除したのは、和泉だった。血塗れのソードを手に、笑う。
『なるほど、参考になった。……西』
 振り返った和泉の視線に晒されて俺は一瞬身体が強張り、動けなくなった。
 今の俺は不可視のはずで、目が合うなんて有り得ないというのに、指一本動かせなくなる。
 眩しさに、目を焼かれるようだった。




 びく、と身体が震えて目が覚めた。
 視線を彷徨わせ、ベッドの上にいる事を確認する。ミッションの夢を見た時はいつもこうだ。咄嗟に手首を探るが、そこにコントローラーは無い。少しづつ戻ってくる感覚に頭が鈍く痛んだ。
 自分はまだ生きているのか、今がいつですぐさま動いても危険はないか? 
 疑心暗鬼で鋭敏になりささくれ立った気分が元に戻るまでには暫しの時間がかかる。
「……」
 シーツの上で身体を縮め、小さく呻いた。布団の中は温かいが、部分的に外に出ている肩や足先は寒い。いつも目覚める時に密着している温かい身体が無かった。そのせいで寒いんだ、何処へ行った、と思いながら頭を上げる。
「……、ずみ」
 呟くように呼んでみるが、近くに人の気配はなかった。聞こえるのは、窓の外から響く車や電車の音だけだ。
 出掛けたのだろうか。この部屋は駅にも近く、コンビニもすぐそこだ。先に起きた和泉が遅い朝食を買いに行くのは良くある事だった。
 そういう時、俺は絶対に起きられない。欲しいモノを言って、後はベッドでごろごろとしている。……腰が立たないからだ。これは和泉のせいなのだから、パシリに使うくらいはいいだろう。土曜の俺は昼までベッドの住人だった。
「ねむ、……」
 俺は欠伸をしながらベッドを下り、シーツを引き摺りながらバスルームに向かった。無茶をされた腰の鈍痛と、眠さを伴う身体のダルさは異常なほどだ。
 そのままシーツを洗濯機に放り込み、横のガラス戸を開ける。タイルに降り立った途端、玄関で物音がした。和泉が帰ってきたのか、と思いながら戸を閉める。そのままぬるめのシャワーを浴びた。
「……ダッセ」
 タイルを叩く湯を眺めながら、数時間前の事を思い出す。何の心境の変化があったのかは分からないが、昨夜の和泉は少し変だった。痛みを与えたり、言葉で弄ったりするのなら驚きはしない。しかし昨日は……その逆だった。痛み以上に辛いのは快感で、頭の中がそれだけに埋め尽くされて窒息してしまいそうだった。
『……西』
「!」
 幻覚が、幻聴を伴って現れた気がして身体が震えた。
 昨日行為が始まったのはこのバスルームだった。いつもは無理矢理に入ってくるクセに、酷く念入りに解されて散々泣かされた。欲しいだろう、言ってみろ、と慣れた言葉で弄られる事もなく、快感だけに翻弄されて俺は自分からねだらなくてはならなかった。
 和泉が欲しいと何度も乞い、漸く与えられたのはベッドに移ってからだ。あの時も正面から抱き締められて、快感に蕩けた頭でも一瞬驚いた。そんなぬくもりに包まれた事は、ほとんど無い。
 抱き締められる云々以前に、ベッドに伏せて尻を高く上げさせられる格好で抱かれるのが一番多かった。そうやって服従の姿勢で背後から貫かれ言葉で弄られると、いつも羞恥と快感で涙が滲んだ。
 それが常だったのに、昨夜は全く違っていた。泣かされたところは変わりないが、そこまでの工程がまるで違う。
『西……』
 また幻聴だ。俺はバンッと強くタイルの壁を叩いた。
 そうでもしないと幻覚に頭の中を支配されそうだった。あんな、甘い……いや、鋭さのない声音で呼ばれたのも初めてだ。
 貫かれ揺さぶられている間もずっと和泉はあの声で何か囁いていた。もう思考の働いていない頭では、耳元で告げられるその内容を理解する事はできなかったが。
 和泉の声には、思い出すだけで身体の奥底がぞくりとするような、条件反射的にそうさせられてしまう程の力があった。
「ッ……」
 そろ、と下肢に触れてみる。そこは緩やかに反応を示していて、俯きながら両手で性器を握り締めた。
 触れてしまってから、どうしよう、と躊躇する。恐らく部屋には和泉が戻って来ていて、水音がしているからシャワーを浴びている事にも気づかれているだろう。これでまさか変な声など上げてしまったら、恰好のからかいのネタだ。
「……ん、ッ」
 唇を噛んで、タイルの壁に身体を押し付ける。身体が言う事を聞かなくなっていた。
 昨日の和泉が幻覚のように後ろから現れて、俺の手の上から操っているかのようだ。
 そんな言い訳をする自分が酷く滑稽に思えた。今の俺はただの発情期の犬みたいで、情けない、と思いながらも手は快感を追いかけて止まらない。
「ふ、……ッンン」
 冷たいタイルに身体を押し付けていると、そこが温まってまるで人肌のようになってくる。そこに腰をすりつけるようにしながら、唇を噛み締め声を堪えた。
 和泉の大きな手がこれを包んで扱き上げる、その時の動きを想像する。いつもの、少し乱暴で痛みが混じるような扱いではなく、昨夜のように丁寧にゆっくりと快感に炙られる様を想像した。それだけでガクガクと膝が震え、壁伝いに床へと滑り落ちる。
「は、……ッ」
 頭から湯を被り、呼吸が苦しくなった。俯いて床にへたり込み、それでも無意識に跳ねる腰を揺らしながら射精する。
 吹き出した白濁を手のひらに受け止め、それが湯と共に排水溝に流れていくのをぼんやり眺めた。
「……何やってんだ俺……」
「ホントに何やってんだお前」
「!」
 俺の呟きに被さる様に声が聞こえた。驚いて振り向くと、バスルームの戸は半分開いていて和泉がゆっくりとこちらへ入ってくる。
「あ、……え、ッと」
 咄嗟に頭の中が真っ白になって、反発の言葉も抵抗も、反論も出てこないないまま引っ張り上げられ強い腕に腰を抱かれた。
「……あれだけヤッて足りなかったのか?」
「ち、が……」
「それとも……ああ、思い出したのか」
 淫乱、とからかう事もせず和泉はバスルームを見回して笑った。
「まあどちらでもいいが、……右手を相手にするくらいなら、俺にしとけ」


       ‡





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スパーク新刊 和西合同誌のショコラの試し読みです。
エロは薄いですがラブラブ和西なかんじですー。



2011/10/08




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