リクエスト企画04
「浴衣とか夏祭り和西」(ちょっと一部モブ西っぽいの含まれます)
浴衣を持っているかと唐突に問われて、首を横に振った。
着せてやったらでかけるかと再び聞かれて面食らう。
「実家にお前の話をしたら、俺の前の浴衣があるから使えと」
何を話したんだと突っ込むと、苦虫をかみつぶしたような表情をして和泉が枕に突っ伏した。
行為の後に二人でベッドに転がっている時間は、疲れはあるが平和だった。
眠気に見舞われていた俺は少し身体を起こして瞬きをする。
「上の兄貴が、たまたま新宿で俺とお前が歩いてるところを見かけたらしい」
そういえば先日、和泉は携帯で実家と長電話をしていた。
俺はシャワーを浴びていたから内容は分からなかったが、若干困っているような雰囲気が漂っていた。
またそのうち実家に帰るんだろうかと思っただけで、俺はその事をそのまま忘れてしまっていた。
「それでお前がよくうちに来てると話して、そんな友達は珍しいなという話になって……」
「それで何で浴衣だよ」
「次の夏祭りに連れて来いとさ」
「……」
黙り込んだ俺に、和泉は深いため息をついた。
嫌ならいい、と言って寝返りを打った和泉を見つめながら、俺は複雑な思いで黙り込む。
「お前の実家、遠いんだっけ」
「ここからだと電車でも少し距離があるな」
「なら、行く」
「は?」
地元でないなら行く、と言うと和泉は振り返って瞬きをし、意外そうな表情をした。
何故そんな事を言うのかとは、問われなかった。それに幾分安堵する。
昔、まだ小学生の頃だがよく行っている夏祭りがあった。
地元の子供はほとんど遊びに行くような場所で、そこで折り合いの悪い集団色々あってと面倒な騒ぎになった記憶がある。
それから、祭りといわれるものにはほとんど参加していなかった。
和泉が一緒なら誰も因縁つけては来られなそうだが、地元でないなら余計に問題なさそうだ。
「本当に行くのか?」
「ん……いいけど」
そうか、と拍子抜けしたような声を聞きながら、俺はシーツに転がってかったるい身体を沈ませる。
背中を直接撫でてくる和泉の手を感じて、まだするのかと問いかけた。
すると和泉は無言のまま俺の身体を引き寄せる。
唇を合わせられ啄ばむ様なキスがだんだんと深くなっていった。
先程まで貫かれていた部分に触れられると、期待するようにそこが反応する。
「ん、……ッぁ」
「力抜けよ」
「あ、ぁッ!……ンンッ」
そこに隙間も無いくらいの熱い質量を感じたのは、一瞬後のことだった。
思考は再び熱の中におちて行く。
和泉の家ってはどんな所だろうな、と俺は頭の端でぼんやり考えていた。
此処で大人しくしていろ、と言われ神社の石段の下の方に俺は座っていた。
和泉は俺が食べたいと言ったかき氷を買いに行っていて、屋台の明かりを眺めながらその帰りを待つ。
これは、さっきの「貸し」に対して要求したものだった。
和泉が俺のパシリをするなんて体験は、こんな事でもないと二度とできない。
幾分げんなりとした様子の和泉が屋台通りに消えると、何となく祭りの雰囲気から隔絶されたような不思議な気分になる。
昼頃からマンションで和泉に浴衣を着付けられ、同じ様に浴衣の和泉と共に電車に乗った。
和泉の実家までは早い電車に乗ればで三十分程で、大した距離ではなかった。
ちょっと変わってるから気をつけろよ、と言われて連れて行かれた和泉の家はデカい日本家屋で、俺はそれだけで竦んでしまった。
手土産も何も無くこんな場所にきて良かったんだろうかと思って呟いたら、中学生が阿呆な事言うんじゃねぇと頭を小突かれ中に連れて行かれる。
そこに揃っていたのは和泉の兄弟と親類で、祭りの為に集まっていたらしい。
俺は一言も喋る間なく集団に囲まれて菓子や茶を振る舞われ、借りてきた猫のように縮こまっていた。
和泉の兄貴達は、髪が長くないだけで顔がよく似ていて、和泉も年齢を重ねるとこうなるんじゃないかという見本を置かれているようで面白かった。
そいつらの「可愛い可愛い」と囃し立てる声だけは、「小さい」と言っているように聞こえてどうしても受け入れられなかったが。
和泉の家族は、皆身長が高い。兄弟など並べたら全員180超えているだろう。化け物かお前ら、と思ったがひたすら黙っていた。
囲まれると圧迫感がハンパなく、俺はなるべく壁に沿って近くに並ばれないようにしていた。
そんな大騒ぎの後に、祭りの準備があるからとみんな順に散り散りになっていった。
和泉に聞いたら、未だに町内の用事に借り出されているらしいと言っていた。
お前は行かないのか、と問うと「俺は此処に居ない計算になってるからいいんだ」と和泉は唇の端を上げた。
高校に通う為に一人暮らしをしている、それが免罪符になるらしい。
またきてね、と和泉の母親に言われ曖昧に返事をしながら家を出た。
何か奢ってやるよと言われて屋台通りを歩きながら、先程味も良く分からないまま食わされた菓子で満腹状態だった俺は、かき氷を要求した。
ハイハイ、と和泉はおざなりな返事をして俺を此処へ座らせ、それを買いに行って今に至る。
和泉の浴衣姿は、恐ろしく似合っていた。
親族のメンバーの中には着物姿の人間もいて、もしかしたら普通より和服を着る機会の多い家なのかもしれない。
歩き方や所作が手慣れていて、そんな気がした。
逆に俺はこんなもの全く着た事がない。
歩く時裾がはだけそうになったり、袖があるのを忘れたまま何かに手を伸ばそうとしたりして、その度に和泉が手を出してきて止めてくれた。
ただ、着乱れた部分を直すのに和泉はワザと際どい部分に触れてきて、止めろと言うのに何度もからかわれた。
でかけの着付けの時から悪戯は何度かあったが、実家に行かなくてはならないというのがあったからか、和泉の手はいつもより控えめだった。
……あくまで、「いつもよりは」だが。
実家の用事も終わってしまって、あとは祭りと最後の花火を見て終わりのはずだ。
帰ったらまた抱かれるんだろう。
夏休みは和泉の好き放題過ぎて何だか腑に落ちない。
その分宿題は手伝わせているから、まあ仕方ないが。
「あれ、西じゃねぇの」
びくっ、と身体が震えそうになって必死に踏みとどまった。
ゆっくりと視線を上げると、茶色や金の髪の、頭の悪そうな集団がこちらに歩いてくる。
声で、もう分かっていた。もう二度と会う事はないと思っていたが、また祭りで出会ってしまったらしい。
「なに、こいつ? 知り合い?」
「ああ? 小学校んトキの同級生」
「何それ、すげぇ前じゃね?」
「あー……だよなあ。久しぶりィ、西」
ずらりと囲むように目の前を塞がれて、俺は石段から立ち上がった。
「あの後いきなり転校しちまうからさァ……聞きたい事あったのによ」
金髪の、煙草臭い顔が近づいてきた。
ヤニ色に染まった汚らしい歯を見せてそいつは笑い、俺の耳元に囁く。
「あん時の変態男、どうだったよ。ヨかった?」
ぞわっと悪寒と共に背中を冷たい汗が伝い落ちた。
あの日、俺はこいつらに捕まり性質の悪いペドフェリアの男の元へ小遣い程度の金額で売られた。
そこには俺以外にも裸にされた幼女や、小さい子供がたくさんいて、思い出すのも気持ち悪いような奇妙な部屋に閉じ込められていた。
祭りの騒ぎに乗じて子供ばかりを集めたらしいが、そんな事をして見つからないはずはなく、俺は数時間後に警察に救出された。
裸にされて檻の中に入れられていただけだったが、他にもっと酷い目にあった子供は病院でカウンセリングを受けるほどだった。
震えながら俺の手を握った母親は、忘れなさい、と一言で切り捨てた。
それから一度も思い出そうとしていない。小学校も別の学区に引っ越して通い、なにも無かったと自分に言い聞かせていた。
それが、今になって記憶の淵から戻ってくる。
「……何、こいつ真っ青じゃね?」
「オイ、なんだよ変態男って?」
顔も知らない奴らが、口々に言い俺の顎を掴んで顔を上げさせた。
「こいつがチビのクセして生意気で、俺達に逆らうから、ガキの裸写真撮るのが大好きな変態に売っ払ってやったんだよ。……なァ、掘られてんなにヨかったのかよ? 西」
過去の恐怖に取りつかれて微塵も動けない俺に、そいつが肩を組むようにしてくっついてきた。
「思い出したか?」
耳元に温い吐息がかかって、頭から冷水をかけられたように血の気が引いた。
指先が冷たくなり、呼吸が苦しくなっていく。
刹那、……俺の横にいた男が奇妙な悲鳴を上げて飛び退いた。
「! つめてッ……なんだ!?」
ぱしゃん、と地面で赤い氷が弾けた。
無造作に人を蹴り倒して退ける影が見えて、俺はそろりと視線を上げる。
「少し目を離すと……これだからな」
ため息をつきながら、和泉は片手で絡んでくる男の腕をねじり上げ、軽く放り捨てていた。
こついはやっぱり何か武道でもやっていたんだろうか。そんな所作にも無駄は無くて、立ち回りをしているのに全く浴衣は乱れていない。
ぼんやりとしていたら、さっき俺の肩に触れていた男が和泉に殴りかかっていた。
その一撃は軽く避けられ、後ろから背を押しただけでそいつはバランスを崩して地面に潰れてしまう。
その上を、和泉が蹴りつけた。潰れた悲鳴が上がって伏せた身体が動かなくなる。
「西、行くぞ」
「……あ、うん」
喧嘩だ、と何処かで声がしていた。俺は和泉に腕を掴まれて神社のわき道を走る。
「祭りの自警団が来たら兄貴に見つかる」
和泉が珍しく焦った顔をして、道を急いだ。
ケモノ道のような緩やかな坂を上って行って、ひらけた場所に着くとそこは神社の裏手だった。
木々の覆いがぽっかりとそこだけ空いていて、花火が打ち上がるのが見える。
「……ほら」
「え」
手渡されたのは半分くらいに減った緑のかき氷だった。
「溶けたのもあるだろうが走ったせいでだいぶ零れたな……」
和泉が呟くのを聞いて、俺は小さく吹き出した。
もしかしてコレを片手にあの立ちまわりをしたのかこいつ。こんなモンさっさと捨てればいいじゃないか。なに律儀に残してんだよ。
「……あいつら知り合いか?」
「ん。別に」
「そうか」
和泉はそれ以上何も聞かなかった。
こいつはいつもそうだ。和泉は俺の過去には興味が無いし、詮索してこない。
変な気遣いがない分それが心地良くて、居心地良く思った。
俺はついていたストローでカチ割氷のようになった緑の液体を吸う。
メロン味のはずだが、こういうのはどれもただ甘いだけに感じるのは気のせいか?
チープな甘味料の味が妙に美味く感じられるのが、こういう屋台の不思議なところだ。
「西」
「ん?」
「舌出してみ」
言われてべ、と舌を出すと「すげー緑色」と和泉は笑った。
自分では見えないから、「じゃあお前も緑になれ」とカキ氷のカップを押し付ける。
「甘いのは、要らない」
「ああ?」
「要るのは、こっちな」
「!!」
急に口づけられて、舌を絡められる。
そんなもんで色が移るわけないだろ! と思うが両手にカキ氷をのカップとストローを持っていたせいで抵抗ができない。
空を幾つもの花火が染めていたが、俺は口づけに翻弄されていてその残像しか見る事ができなかった。
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和泉には異様なほど浴衣とか着物が似合いそう。
で、ヴァンパイアと対峙したときのソードの構えがちゃんと剣道なのが気になるんですよ。
居合いでもいいからなんかやっててくれと思う。
2011/07/31
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