LOST CHILD 試し読み









 腕を掴まれた瞬間に、身体が竦んだ。
 折られそうなほど容赦のない力で引っ張られて、ベッドに倒される。
「ッ!……い、ずみッ」
 シーツの上に押さえ付けられ、まるで剥ぎ取るかのように乱暴に服を解かれた。幾つかのボタンが取れて床に落ちる音がする。
 シャツの前を開かれてベルトに手をかけられると、流石に我に返って抵抗した。
 和泉に力では到底敵わない。それを知っていながらも俺は両手を突っ張って相手の身体を押し遣ろうとした。
 しかし案の定、すぐに両手首を掴まれシーツに縫い止められる。
 外そうと暴れてもその手はびくともしなかった。
 何故こんな事をされるのか、と思う気持ちが強く、頭の中は混乱したままだ。
 数日前このベッドで触れられた時は、行為は激しくともこんな苛立ち紛れの傍若無人なやり方ではなかった。
 それがどうしてこんな事になったのか、俺にはまるで理解できない。
「……ッあ、」
 制服からベルトが引き抜かれ、押さえ付けられていた手首をまとめて拘束するのが見えた。
 成す術もなくベッドヘッドに繋がれる。
 肌に食い込む革のベルトの縁が擦れて痛みを生んだ。
 混乱と痛みと、理不尽な暴力に対しての悔しさでじわりと涙が滲む。
「今日は……泣いても許しはしない」
 低い、ぞっとする程冷たい声が降ってきた。
 顎を掴まれ顔を上げさせられると、声よりももっと冷えた眼差しに射抜かれる。
「……な、……ッんで、」
 こんな瞳は見た事がなかった。
 まるで、捕食者は獲物の言葉なんかに耳を貸さないとでもいうような、そんな態度だ。
 問いかけると、和泉は僅かに唇の端を上げた。
「銜え込んだんだろ、……ここに」
「は、?……ッな、……和泉ッ! 待ッ……」
 歪んだ口元は笑っているように見えるくせに、和泉の目は冷えたままだった。
 そのまま乱暴な仕草で俺の下肢を裸に剥いて奥に手を伸ばしてくる。
 何の潤いもない乾いた指をそこに突き立てられ、俺は息を飲んだ。
「ひ、……ヤ、ッ!」
 ぐい、と尻の狭間が両側に開かれ、長い指が捻じ込まれてくる。両足の間には和泉の身体があって、膝を閉じる事はもう出来なかった。
「い、たッ……和泉ッ! 痛いッ」
 愛撫のつもりなどまるでない指先が何かを確かめるように内壁をなぞっていく。
 和泉とするのは初めてではなかった。だから、そんな荒っぽい仕草にもそこは裂けずに和泉の長い指を受け入れている。
 けれど、いつもならジェルを足されて念入りに解してから触れられている場所だ。無茶な挿入のせいで引き攣れるような痛みはいつまでも襲ってくる。
 和泉は無言のまま散々中を掻き回してきて、俺はその痛みに泣かされた。
 さっき向けられた言葉の通り、いくら泣いてもその指は止まる事なく中を蹂躙していく。
 漸く指が引き抜かれた時には、混乱と苦しさで呼吸が激しく乱れていた。小さく咳き込んでいると、無表情の和泉がこちらを覗き込んでくる。
 自分の心臓の音が耳元にまで大きく聞こえた。
「玄野としてから一日も経ってないはずだよな?」
「は、ァ?……なに、」
「あいつに触らせたんだろ、……中には入れられてないのか」
 まるでこちらの言葉に耳を貸さず、和泉は全て決まった事のように話をしている。
 玄野が、何だって?
 俺が玄野とヤッたと思ってんのかこいつは?
 どうしてそうなったのか、聞きたかった。
 そんな意味のわからない誤解でこんな事をされているのかと思うと、急に涙の代りに怒りが沸き上がってきて、俺は繋がれたままの手を揺らして叫んだ。
「和泉じゃあるまいし玄野がやるわけないだろ! あいつはそんなことはしない!」
 こいつは事あるごとに玄野と自分を比べて、そこで優劣をつけたがる。
 現実の世界では確実に和泉の立場の方が優っているように見えるが、こいつの頭の中にあるのはガンツ部屋での事だけだ。
 ガンツに関わる事で玄野の話は、和泉にとって一番大きなコンプレックスと言えた。
 でもそれはミッションに関係する事だけだと認識していたから、こんな誤解をするとは思ってもみなかった。
 見上げた先の和泉は、俺の顔を覗き込んだまま凍りついている。
 玄野は確かに、時折俺の事を気にしていた。
 それは、戦闘訓練に参加しているおっさんや加藤やレイカ達と違って、俺は星人に狙われた時に怪我をしやすいからだ。
 あいつは怪我人を放ってはおけないし、一人も死者を出さずにミッションを遂行する事を目標にしている。
 昔から部屋にいる俺からしたら、そんな目標は馬鹿げたものだと思う。
 しかし、それに救われた事は何度もあった。
 そういう意味で無意識にあいつを頼りにしているかと言われれば、確かにそうだと気がついた。
 ただ、女じゃあるまいしそれであいつに抱かれようなんて思った事はない。向こうも彼女のいる普通の男だ。まともに考えればそんな関係になるはずがなかった。
 何のきっかけで和泉がそう思ったのかは判らないが、……玄野への対抗心でこんな事をされるのは傍迷惑も極まりないと思う。
「『あいつはそんなことはしない』、か……」
 少し俯いた和泉が、俺とは視線を合わせずに呟いた。
「随分信用してんだな、玄野を」
 こいつは何が言いたいんだ?
 不審に思いながら、いつもと様子の違う和泉を無言のまま窺った。
「確かに俺とあいつは違う。……だから俺はお前を、理解出来ないんだろ」
「……和泉?」
 判らないのはこっちの方だ。
 和泉の声は平坦で、先程の声よりもずっと薄ら寒い気がした。
「……」
「オイ! 和泉ッ!」
 ぐいっ、と突然片足を持ち上げられた。
 それを肩へかけるようにして和泉が腰を進めてくる。
 ひ、と一瞬息を飲む。何の潤いもない、先程弄られただけで解れてもいない場所へ性器が捻じ込まれた。
「ッ、……う、ァ!……ッぐ」
 悲鳴が喉に詰まって、声が出ない。
 目の前が真っ赤に染まったような気がした。
 満足に呼吸も出来ず、口を開いても酸素が入ってこない息苦しさに身体を捩る。
 すると、和泉は俺が逃げようとしたと思ったのか、腕で俺の身体を強く押さえ付けてきた。
「ッ!……ヤ、あああぁッ」
 腹部を押さえつけられ、上に擦り上がる事も出来ず腰を打ちつけられる。
 身体を真ん中から引き裂かれるような、強烈な痛みが襲ってきて、気を失いそうになった。
 意識が遠くなりかけると、引き抜かれて抉られる痛みの感覚に引き戻される。
 無理矢理押し入っては引き抜くという動作を繰り返す和泉は、セックスというより俺を殴って痛めつけているのと同じだった。
 こんなに狭い場所に突き入れたって、和泉も痛いだけのはずだ。
 だからこれは、相互に痛みを与えるだけの行為で、セックスではない。こんな暴力的な交わりは、快感を知っている身体には辛過ぎた。
「……西」
 早く終われと願いながら、なるべく意識を遮断していようと思うのに、和泉は時折俺の名を呼んでくる。
 恐らく無意識なんだろうが、僅かに呟くような声でも、繋がった身体には深く響いてきた。
 それが俺の意識を余計に鋭敏にさせて、痛みを鮮やかにしていく。痛みと混乱で溢れる涙が止まらなくなった。
 不意に、長い黒髪が一房垂れてきて頬に触れる。
「……ッずみ、」
 唐突に重なった唇は火傷しそうに熱く、いつもと同じように焼き尽くされるような錯覚に陥った。
 突き入れてくる性器の動きが滑らかになっていき、濡れた音が響き始める。同時に、鉄錆くさいような嗅ぎ慣れた匂いがした。
 どこか裂けて溢れ出した血が、潤滑剤の役割をしているんだろう。そんなことを、頭の端でぼんやり思った。
 このまま内臓も全てぐちゃぐちゃに突き崩され血の塊になって、殺されるのだとしても……まあ、和泉にされるのなら良いか。
 そんな事を考えていたら不意に大きな手が下肢に触れてきて、性器を掴まれた。
 緩々と刺激されてそこが快感を追い始める。
「……んッ、……ぁ」
 俺の呼吸に甘いものが混じり始めると、和泉のくちづけが優しくなる。
 口腔を犯し蹂躙していた舌が離れ、啄ばむ仕草で何度か触れてきた。
 下唇を軽く噛むように刺激されると、堪え切れない喘ぎが漏れる。
 これはもう条件反射のようなものだった。何度も何度も快感を刻まれた身体は、少しの刺激でもそれを思い出す。
 痛みを忘れようとする意識も何処かにあったのかも知れない。
 ほんの少しでも快感を追って、気の遠くなるような辛い痛みから逃げていた。
 性器を刺激してくる手に無意識に腰を押し付けて甘えていた事に気がついて、顔が熱くなる。
「ッ!……ッンン、ぁ」
 それまで無茶苦茶に突き入れるだけだった性器が、動きを変えた。
 感じる場所を何度も執拗に突かれ、俺は快感に蕩けた悲鳴を上げ続ける。
 西、と再び呼ぶ声がして視線を上げた。
 やんわりと口づけてくる和泉の表情は、部屋の明かりの逆光になってしまってよく見えない。
 ただその声音はいつものようにからかいを含んではいなかったし、先程のような平坦なものでもなかった。
 どこか途方に暮れたような、そんな聞いた事もないような声色だった。
 それが酷く気にかかって、手を伸ばしたかったのに拘束されていてそれが叶わない。
 だから手の代りに頬を寄せた。
 驚いたように俺を見る和泉の、黒髪を一房銜えて軽く引っ張ってみせる。
 今度は、その唇が笑みを刻んだのが見えた。
 すぐに抱き締められて性器を解放に導かれる。
 俺は白濁を吐き出すのと同時に、そのまま気を失っていた。





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痛々しい始まりですが、毎回のことながらこれでいて純愛です(…)
玄野が意外と出張ってくる話なんですが、和泉のクロノコンプレックスな話+西君への恋愛感情?云々のお話になってます。




2011/07/24 




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