【パラレル】妖狐和泉×人間西君

日記にあったこの妄想の派生です。












「オイ、……」
 腕を掴まれて弾かれたように顔を上げると、大きな手が伸びてきて俺の顎を掴んだ。
 ぐい、と無理矢理に顔を上げさせられ光彩の薄い瞳が覗きこんでくる。
「顔色が悪いな。……ったく、ヒトはひ弱だからな……」
 キラキラとした宝玉の様な瞳に見とれていたのは一瞬で、続いた言葉に胸がずしりと重くなる。

 ざあ、と背後から吹いてくる風が涼やかな音を立てて竹林を揺らしていった。

 歩いて来た道は、俺にはもう判らない。
 前いた村には全く未練など無かったが、知らない土地に来て知らない山を歩いている事に対する不安は少しだけあった。
 キツイ労働には慣れていたから、長く山を歩くのも耐えられると思っていたが、どうやら甘かったようだ。
 先を歩く白い尻尾を追いかけるだけで精一杯で、息が上がってしまっていた。
 苦しくて立ち止まろうとすると、和泉は振り返りもせずに行ってしまうから必死になって進んだ。
 たまに川の水で喉を潤し、和泉の採ってきてくれる木の実や川魚を食べて、夜になると落ち葉を集めた場所に布を敷いて眠る。
 そして、日が昇るのと同時に起こされ一日中歩いた。
 数日もしないうちに足の裏にはマメが出来て、膝が疲労でガクガクと震えるようになり、和泉を追いかける事もままならなくなる。
 和泉は遅れがちになる俺に漸く気づき、少し足を止めてはまた歩き出す俺の腕を吊り上げる様に持ち上げた。



 足手まとい、と言われた気がして心臓が潰されるかのように痛んだ。
 もう俺には、和泉の側しかいる場所が無いのに、邪魔になってしまったらどうすればいいだろう。

 村に居た時、俺はずっと贄だった。

 搾取され、切りとられ、戯れに掻き回され、好きなように食い散らかされる餌だった。
 そんな、死んでいるような毎日の中で銀色の狐の姿を見る事だけが幸せだった。
 俺の生きている時間は、その時だけだった。
 
 そうだあの時からずっと、俺は和泉の存在に生かされていた。
 だから、……要らなくなったのなら元に戻るだけか。
 生きるのを、止めるだけの事なのかもしれない。

「……オイ」
「あ、……」
「また下らない事考えてんじゃないだろうな。……仕方ねぇ、乗れ」
「!!」

 ふわりと白い尻尾が揺れたと思うと一瞬にして人の形をしていた和泉が大きな銀狐に変化する。
 たん、と地面を打つ前足だけで俺の首程の太さがありそうだった。
 そのふわふわした毛皮がすりっと頭を寄せてきて、すぐに服を摘ままれ放り投げられた。

「ッわ!!」
『掴まってろ』

 たてがみのように長く白い毛に必死にしがみつくと、物凄い速度で狐は走り出した。
 ごうごうと耳元で風が鳴る。
 目まぐるしく変わる景色は、見ていたら目が回りそうだった。
 だから必死に目を瞑って毛皮にしがみ付き、その温もりと鼓動を聞いていた。

 生きている、生き物のぬくもりに触れるのは安心する。
 どれくらいぶりだろうと考えて、そういえば旅を始めてから一度も和泉は俺に触れなかったと気付く。
 先程腕を掴まれて、顔を上げさせられたあの時が、本当に久しぶりの接触だった。

『着いたぞ』
「……へ?」

 池の様な場所に、鹿や兎や猿などの動物が集まっていた。
 白い煙がゆらゆらと辺りを漂っていて、俺は首を傾げる。

「……湯?」
『らしい。この匂いがしたから誘導してたんだが、……あの山道はお前みたいな子供には辛かったみたいだな』

 ぽい、と荷物のように放られて勢い良く湯の中に落とされた。

「う、わッ!! てめ何すんだ!!」
「ついでに泥だらけの着物も晒して絞って広げとけ。……そいつらも毛皮を洗ってるから同じだ」

 人の形に戻った和泉が、いつもの白装束で岩場に足をかけていた。
 俺は少し遠巻きにしていた動物達を見回して、そろそろと着物を脱ぐ。

「俺は向こうで食料でも探してくる」
「あ、……えっ、入らないのか?」
「……」

 チラ、と和泉が一瞬こちらを向いた。
 俺の顔をじろじろと眺めてから、呆れたようにため息をつく。

「その身体中の傷が癒えたらな」
「は……?」
「お前は知らないかもしれないが……。妖狐にはヒトに紛れて生活している奴らもいる」

 和泉は頭の後ろを掻いてうざったそうに眉を顰めた。

「そういう奴らの糧は、人の精気だ。雄も雌も、ヒトを抱いて精気を喰らいながら生きている」
「……」

 こちらを見下ろしてくる和泉の瞳が、一瞬戸惑うように揺れる。

「俺はお前に触れたら、抱かずにはいられない。だが抱けば、気をつけていても本能で精気を食っちまう」
「……!」

 驚いたように目を見開く俺をバツが悪そうに見ると、和泉はこちらに背を向けた。

「安全な場所に連れて行くまでは、なるべく触れない。……だから怖がるな」

 町についたらお前の自由にしろ、と囁くような声と共に和泉は姿を消してしまった。
 瞬く間に崖を降りて行ったのだと気付くまでに、暫しの時間がかる。

「……」

 ポカン、と暫く放心している俺に、すいすいと猿が近寄ってくる。
 小さく甲高い声を上げてリスが木が降りてきた。

「……あのさ」

 独り言をただ呟くよりはと、返答しそうもないこいつらに向けて口を開く。

「怖がってなんか、ねーよ……」

 ちゃぷん、と指先を湯の中につけた。
 ゆらゆらと歪んで見える指先に視線を落とすと、自分の顔が赤面している事に気づく。

「抱きたいとか、初めて聞いたんだけど」

 頬も顔も、耳まで熱い。
 こんなの全部、この湯につかっているせいにしたかった。

「早く言え、バーカ」

 少しでも好かれていると自覚できるのは、浮き立つ程に嬉しかった。
 こんな身体を、和泉が気遣って抱きたいなどと言ってくれるのが、奇跡みたいだと思う。

「どこの町に下りたって、俺には和泉しかいないのに」

 いつ、言ってやろうか。
 ギリギリまで黙っててみようか。
 町に着いて和泉が言い難そうに「どうする」なんて聞いてきたら、思いっきり罵倒してやろう。

 『和泉の側がいい』って、自分から抱きついて触れてやろうと、俺は心に決めていた。





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妖狐和泉×人間西君でした!









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