小説 | ナノ
0センチからはじまって


先輩達が卒業して私は早川くん、中村くん達と共に3年になった。

「名前先輩、なんか今日落ち着きないッスね。」

フットワークの合間に汗を拭いながら声を掛けられる。期待の新人だった黄瀬くんも2年生になった。

「もうね、落ち着けないよ。だって今日はさ…」

入口の私服姿と目が合って言葉を止める。心の底から喜びが込み上げてきて息をするのも忘れた。
今日一番の走り、今出さないでいつ出すというのか。

「笠松先輩ー!!」

勢い付いて足が止まらず先輩の胸にぶつかると、心底呆れた顔でため息をつかれる。

「久しぶりだな。」
「はい!3か月ぶりです!」

きっと私の顔は緩み切っていて、もしも尻尾があったなら千切れるぐらい回っているだろう。こんな風にご主人様に忠誠を誓えば、いつも痛いぐらいに頭を撫でてくれるのだ。

「先輩、お変わりないですか?」
「ああ」
「大学はどうですか?」
「んーまあ、やっと落ち着いたとこだ」
「大学の部活は…」
「俺のことはいいんだよ。新しいチーム見て欲しいっつたのはお前だろ」
「そうでした!よろしくお願いします!」

尊敬する大好きな先輩。頼りになって格好良くて、海常を引っ張ってきた憧れの主将。
私がマネージャーと主将以上の感情を抱いているのはここにいる2、3年なら誰でも知っている。我ながら分かりやすいと思う。

あの頃とは違ってコートの外から静かに練習を見守る先輩。本当に、卒業してしまったことを改めて実感した。


練習が終わり後輩たちに囲まれる姿に、口元を緩めながら片づけを始めた。体育館を出たところにある水道でドリンクボトルを洗っていると先輩が隣に来た。

「手伝う。」
「そんないいですよ!先輩にこんな事させるわけには…」
「いいんだよ、もう引退したんだから。一回も手伝ってやれたことなかったからな。」
「そんなの、当たり前ですよ。選手でスタメンで主将なんですから。」
「これで洗えばいいのか?」
「あ、はい。ありがとうございます。」

洗ってくれたボトルを吹きあげていく。体育館からは自主練をしているのであろう、ボールの弾む音が聞こえた。

「どうです、今年の海常は。」
「もう大分仕上がってるし大丈夫だろ。個人的に言うことは言ったから俺に出来るのはここまでだな。」

あとはお前が支えてやってくれと手を止めずに言った。私は今までより大きな声で返事をして、肩を丸めて洗い物をする背中に一歩下がって頭を下げた。

「今日はありがとうございました!」
「いいんだよ、可愛い後輩のためだ。」

一度振り向いて見せてくれた笑顔。他の女の子には見せないこの顔に何度自惚れそうになったことか。

女子が苦手な笠松先輩が私とだけ話せるのは、私がマネージャーでチームメイトとして見てくれていたから。優しくしてくれるのも、頭を撫でてくれるのも、私を女子として見ていないから。
気が付いたときにはそれなりに泣いたりもした。

可愛い後輩。それが答えなのだ。

それでもよかった。先輩といられるなら。
でも卒業してしまった今は?

「え、なっ名字どうした?!え?」

カランとボトルの落ちる音がした。
背中に抱き付いた私に、どうしていいかわからずに焦る顔が容易に目に浮かぶ。

「ずっとしたかったことをしただけです。」

意味を理解したであろう先輩は耳から首にかけて真っ赤になった。少々強引だったけどこうでもしないと気づかないでしょ?

もう我慢するのはやめた。ただの後輩じゃなくて、もっと見て欲しい。だから、

「これからは覚悟しといてくださいね、先輩?」

受けてたってやる、と包まれた両手に今度は私が真っ赤になった。


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