小説 | ナノ
せめて、の三秒間

4月も終わる頃、季節外れのインフルエンザにかかった。そしてそのままゴールデンウィークに。
熱はもう下がっているけれど潜伏期間というのがあるらしく、外に出てはいけないらしい。その潜伏期間も昨日で終わったと思ったら、連休も最終日だった。
バレー部のみんなは合宿終わったのかな。スガは元気かな。1週間以上会わないなんて初めてだ。

小さくかけていた音楽をかき消すように、ピンポーンとチャイムが鳴った。重い体を持ち上げてドアを開けるとそこにいたのは今しがた考えていた人物だった。

「スガだー!」
「お前さ、今誰が来たか中から確認してから開けた?」
「確認?いつもしないけど…」
「女の二人暮らしなんだからそういうのちゃんとしろよ!家族がいる実家とは違うんだからな!」
「はい…」

挨拶もなしにいきなり怒られて落ち込む。久しぶりに会えて嬉しい気持ちが台無しだ。

「久しぶりだな、名前!」

顔を上げるといつものニーってした笑顔だった。落ち込んでた気持ちがサラサラ流れてどこかへ行って、やっぱり会えて本当に本当に嬉しいと思った。

「これ差し入れ!姉さんは?」
「おねえは仕事。わープリンだー!てんきゅー!一緒に食うべ」
「体はもう大丈夫か?なんか歩き方変じゃね?」
「とっくに治ったんだけど寝すぎて腰が痛い…」
「ははっ床ずれかよ」

テーブルで一緒にプリンを食べた。私が好きな焼きプリン。スガがうちに来ることはあまりない。今日は特別な日だ。怪我の功名ってやつかな。

スガは私が寝込んでいた間のことを話してくれた。旭と西谷が戻ったこと、烏野因縁の相手との練習試合は完敗だったこと。そして、スガは今後正セッターから外れるだろうということ。

「1ミリも思ってないけど一応言うね…腐るなよ!そんな男だとは1ミリも思ってないけど!」
「当たり前だ!思ってなくてもありがとな!」

お互いの拳をぶつけて笑い合った。
つけたままだった音楽が止まって、軽快なロックナンバーから、同じバンドのバラード曲に変わった。イントロこそ明るかったが、Aメロは静かで聞き入ってしまう。
今日が辛いからって明日も辛いままだなんて思うなよ、みたいな歌詞だった。

「なんかしんみりしちゃうな!次の曲にするべ!」
「あ、うん。ちょっと待って、」

次の曲へのボタンを押そうとして考えた。
自分のポジションを明け渡すことを受け入れて、それでも試合に出ることは諦めないと。チームが上に行けるならそれでいいと。スガは本当の意味で強い奴。そんなことは知っている。でも、本当に「前向き」なだけなのかな。その言葉の中に「辛い」はないのかな。

「スガ」
「ん?」
「今日はしんみりしよう」

私なそんなことを言うのが意外だったのか、スガは何も言わずに目を見開いた。その後はお互い何も話さずにただただメロディーと歌詞に耳を傾けた。
たまには立ち止まらないと大切なものが見えなくなる、疲れた時は大丈夫だから深呼吸して、そんなメッセージだった。

負けない どうせきみのことだから
そう締めくくり音が止んだ。最後の曲だったみたいで、次の曲が始まることはなかった。

「明日から練習いっぱいしようね。私球拾いでもボール出しでもなんでもするから。影山も、みんなも、対戦相手も、観客も、全員が驚くようなプレー見せてやるべ」
「…そうだな。ありがとな、名前」
「うん」
「ありがとう」
「うん」

前ばかり、上ばかり見て走り続けるスガの心が置いてきぼりにならないように。一瞬でも足を止めてあげられるとしたら私しかいないでしょ。自惚れだって君は言うかな。真面目なのは私に似合わないなんて言いそうだ。


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