小説 | ナノ
農家の娘事情

練習が終わり、鍵を持って部室に戻る。最後の戸締りも主将の仕事だ。ドアを開けようとしたら、中から今日いないはずの名前の声がした。

ーハッピーバースデートゥーユー

歌ってる。今日は誰かの誕生日だったのか。そんなこと言ってた奴はいただろうか。

ーハッピーバースデーディアだいちー

「って俺かよ!全然誕生日じゃねえよ!」
ーあ、大地!お疲れ!

部室には通話中のままの携帯と、ワイシャツを握りしめて崩れ落ちるように笑う半裸のスガがいた。

「なんなんだお前ら」
ースガっちがさぁ、着替えてる間スピーカーにするからなんか歌っててって言うから
「仲良しだな、あいかわらず」

2人の仲の良さに対しては、学校で常に行動を共にしてようが、散々一緒にいたのに土日に電話してようがなんとも思わなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。

「「おつかれーす!」」

田中と日向、その後ろから影山も入ってきた。

ーその声は!田中だ!
「その声は…名前さん!!」
「女子だ!女子の声がする!」
ー日向もいるの?てことは影山も?
「日向います!!」
「いますよ、名前の姉貴。」
「ちょっ影山?!なにその呼び方?!」
「そう呼べって言われたんで。」
「呼ばなくていい。俺が許可する。」
ーちょっとスガ!勝手に許可すんな!それはそうとさ、キャベツいる?
「キャベツだけもらってもなぁ。どうすればいいんだか」
ーコールスロー?
「大体の男が苦手なやつー」
ーあっそう。じゃあいちごもあげない
「すまん!いちごは欲しい!」

キャベツとかいちごとかなんなんですかと訪ねて来た日向に、あいつの家が農家なのだと説明する。メインは米だが、野菜もやってるそうだ。

「日向、俺はな…名前さんのご実家に行ったことがある!!」
「うぉー田中さんすげーー!!でも実家って?一人暮らし?なんですか?」
「この近くのお姉さんのところに住んでて、週末は実家に戻って農業の手伝いをしてるんだぜ!夏休みみんなで手伝いに行った。そしてその後は…」
「その後は…?」
「バーベキューだ!!」
「「バ、バーベキュー?!」」

バーベキューと聞いて日向と影山が、まだ繋がっている電話の前で必死に行きたいと頼んでいる。名前は快諾し、こき使ってやるからなと笑っていた。
これから車に乗るからと言って通話は終わった。明日は月曜日、こっちに送り届けてもらうのだろう。

「土日は来れないから正式なマネージャーじゃなかったんですか?」
「そうだよ日向。あいつさ、多分本当は部活やりたかったんだと思うんだよね。スポーツ好きだし。だからまた練習来るけど、許してやって」
「スガさん去年も俺らにそれ言ったけど、誰も許さないとかないっすよ」
「いやぁあれで本人気にしてるからさ!」
「それって…」

好きなことが出来ないのって、辛くないんですかね。影山が悲痛な面持ちで言った。もし自分がバレーが出来なかったらって考えたのかもしれない。

「親に引かれたレールかもしれないけど、小さい頃から好きだからやってる。これ、あいつの言葉な。辛いとは思ってないんじゃないかな?家継ぐ気満々だし。でも気にしてくれたって知ったら名前喜ぶと思うぞ。ありがとな影山」
「うす」

最初は名前が一方的にスガについて来ているのだと思った。すぐにそうでないということはわかったが。あいつの話をするスガはいつもより優しく笑う。父親かってな。

今はお互いが、お互いといるのが楽しくてしょうがないと言った具合だろうか。これで付き合ってないとか…そういうのはこれまで散々考えてきたから、今では考えることを放棄している。
ただ万が一付き合うなんて事になったら、俺と旭は泣いちゃうかもしれないなぁ。


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