小説 | ナノ
今日も今日とて待ち伏せる


下ろし立てのマフラーに顔を埋めれば、自分の吐息が温かい。今年は暖冬とは言っていたものの去年より暖かいという実感はない。

授業から開放されて羽を伸ばす生徒達。降りてきては出て行く昇降口には、帰路に着く者部活に行く者。そしてある人を待つ者がひとり。


その人はバスケ部の背の高い男子と一緒にここへ来る。上履きを脱いで靴に履き替える、そして体育館へと向かう。いつも変わらないその動作を賑わう人達に紛れて見ているのが私。

友人たちに聞いてもそんな人は知らないと口々に言われるその人は、私の密かな想い人。


来た。

予想に反して彼は一人。いつものジャージではなく制服だった。透き通るような白い肌にきちんと巻かれた淡水色のマフラーがよく似合う。

話しかける勇気なんてない。こうしていつもと違う姿が見られただけで本当に幸せなのだから。いつか気付いてくれることを夢見て今日も私は身を潜める。


上履きを靴箱に入れ、スニーカーを取った彼の手から片方のそれが落ちた。数メートル転がるり、私の隣まで来た靴。拾おうと振り返った彼。

目が合ってしまった。

慌てて顔を隠すようにマフラーにもっと顔を埋めて縮こまった。胸の鼓動が強くなる。息の仕方がわからなくなる。
気付いて欲しかったはずなのに、今は早く帰って欲しい。


「すみません、ぶつかりましたか?」

すっかり熱くなった顔を上げるとすぐ隣に彼はいた。手を伸ばさなくても触れる距離で拾った靴を履いている。

いつも無表情で、たまに眠そうで、あんなに憧れたあの人がすぐ隣りにいる。苦しくて泣きそうで、でも嬉しくて。熱くなった顔が見えないようにもっとマフラーに隠れた。

「寒いですよね。」

急に掛けられた声に、何も反応が出来なかった。私に、彼が私に言ったのだ。もう理解の範疇を超えていて頭が、心が追い着かなかった。

「そうだ…これどうぞ。」

僕も寒いのは苦手なんですと言った彼の手から、使い捨てカイロが手渡された。

話しかけられた上にものをもらってしまった。イメージ通りの優しくて穏やかな人で、素敵すぎて胸が苦しい。
今日はラッキーイベントが多すぎる。運を使い果たして明日から不幸になっても、私は今日という日を後悔しないだろう。

ありがとうを言わなくちゃ。なにか話さなくちゃ。焦れば焦るほどわからなくなって私はつい聞いてしまったのだ。

「今日は一緒じゃないんですね。」

いつも見ているからこそ出てきた発言に、すぐに気付いて後悔した。頭の中で必死に言い訳を探しているたわたしだったけど、彼は気にしている様子はなかった。

「今日は部活、休みなので。」
「そ、そうなんだ。」

普通に返ってきた答えに安心して、会話が出来たことに感動して、只でさえ忙しい心次の彼のことばはとどめを刺した。

「いつも、誰かを待っているんですか?」

彼は私の存在に気が付いていた。そうとは知らず、息を潜めて見ていた自分。あんなに気付いて欲しいと夢に見ていたはずなのに、気付かないで欲しかった。恥ずかしすぎて耐えられない。

優しく微笑んで私を見つめるこの人はとても綺麗で格好良くて、好きで、好きで、好きで。


あなたを待っていましたと言う勇気は、やっぱり私にはなかった。


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