小説 | ナノ
尊敬する先輩にエールを


「笠松先輩って律儀なのね。」

購買で人気のいちご牛乳を飲みながら言う彼女の言葉に開いた口が塞がらない。

なんでも、たまたま拾った笠松先輩のタオルを届けたらしい。それ以来毎日昼休みにやってきてはお菓子などの差し入れを持ってくるそうだ。
理解しがたい行動ではあるが、驚いたのはそこではない。あの笠松先輩が、女の子に、だ。

名字名前、海常1年。見た目は普通、よりは上。よりはちょっと下と言ったところか。

「悪いから断ろうにも、渡すだけ渡して走って行っちゃうんだよね。だからさ、黄瀬くんから言っといてくれないかな?もうお気持ちは充分伝わりましたからって。」

それだけ伝え終わると、今日の差し入れであろう紙パックを持ったまま彼女は去って行った。本当のお気持ちはこれっぽっちも伝わってないようだ。


「何やってんスか、笠松先輩…」
「まぁ黄瀬。会いに行ってるだけで笠松にとっては大きな進歩だろう。」

顔を真っ赤にして項垂れる笠松先輩を守るように取り囲む3年の先輩達。いつもよりはるかに小さいその姿はなんとなく見たくなかった。

「先輩達は甘やかしすぎっス!もう少し積極的に!」
「いや別に俺はっ!」
「今日その子にもう断ってくれって言われたんスよ。先輩、本当にこのまま終わっていいんスか?」

これまでにないぐらい真剣な顔で促した。上手くいけばそれでいい。ただ俺は先輩にはいつだって男らしくいて欲しかった。そっちのが大きいかもしれない。

「…そう、だな。」


それから先輩は不器用でたどたどしくも話しかけ、名前を聞き、連絡先を聞き、頭を悩ませながら慣れないメッセージを送り、ついには一緒に帰る約束を取り付けた。

とりあえず順調。帰りにマジバに誘うよう最後のアドバイスをして、あとは見守るだけで大丈夫そうだ。

「って!本当に見守る気っスか?!」
「笠松が心配じゃないのか。」

二人から死角になる席から食い入るように聞き耳を立てる森山先輩。

「森山は仲間思いだな。」

と、それを生温かい目で見る小堀先輩。この人達の関係はよくわからない。

笠松先輩は彼女を先に座らせ飲み物を買ってきてあげたようだ。そこらへんはさすがに紳士。問題は会話だ。

「すみません、飲み物まで買ってもらっちゃって。」
「大丈夫、だ。こっちこそ急に誘って、すまない。」

ぎこちなさは残るものの、以前に比べれば話せている。目を合わせて話すのは…まだ難しいっスかね。

「どうして誘ってくれたんですか?」
「え?」

突然の問いかけに明らかに動揺している。この質問、今の笠松先輩には荷が重すぎやしないか。俺達3人にも緊張が走る。
彼女は固まった先輩を見て困ったように笑うと、先に沈黙を破った。

「ごめんなさい、変なこと聞いて。でも私みたいな取り柄もない普通の生徒に、笠松先輩みたいなすごい人が声をかけてくれるなんて。いや、なんか変な意味じゃないんですけど…すみません…」
「別に俺はすごい人なんかじゃ、」
「バスケ部の主将なんて、私からしたら雲の上の存在なんですよ。」

そう言ってふわりと笑う彼女に何も言えなくなった笠松先輩。返答に悩んでいるのか見とれているのかはわからないけど。

「なぁ、なんかもう見てられないんだけど。」
「そうだな、今日はもう充分だろう。よくやったよあいつは。」
「シッ!笠松先輩、なんか喋るっスよ!」

「取り柄がないなんて言わないでくれ。」

やっと相手の目を見ることが出来たようで、はっきりと話し始める。

「例え、仮にな。周りが名字さんをそう言ったとしても、俺にとっては違う。特別だと思ったから今日、誘った。」

少し切ないような、でもますっすぐな視線と言葉に今度は彼女の方が黙り込んで見る見るうちに顔が赤く染まっていった。

「そんなこと言うの、反則です。意識しちゃうじゃないですか。」

つられて赤くなる笠松先輩が今度はまた目をそらした。

「…してくれてた方がいい。」

静かになる二人。でもそこにあったのはさっきみたいな気まずさではなく、温かくて優しい時間だった。


女子は苦手だけど、笠松先輩は笠松先輩な訳であって。こちらが心配することなどなにもなかった。

「やっぱり笠松先輩は、誰よりも男らしいっス!」

感極まって涙する先輩二人を引きずってこれから歩みだすであろうその人たちを背中で見送った。尊敬する先輩の幸せを願いながら。


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