浴室
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足の裏に触れた冷たい石の感触が心地好かった。

丁度1ヶ月程前から風呂場の排水溝が詰まってからは辛うじて使える浴槽でシャワーを浴びる生活が続いている。
浴槽の排水溝が詰まらないように網のようなものを入り口につけてから蛇口を捻ると生温かい湯が身体を温めて、私は跳ねた滴が目に入らないよう薄く目を細めた。

髪の毛を洗うと濁った水が浴槽に溜まり始めた。汚れた泡の隙間から小さな魚が顔を出し、酸素を吸い込むのが見えた。
私は時々考える、この浴槽の下には海がある。排水口は浴槽と海を繋げる入り口のひとつで、きっと私の下には鯨やサメそれから小魚たちが暮らしているんだ。

シャワーからは止めどなく水が流れていた。海に流れ切らなかったというよりは、まるで逆流してきたかのように生温かい水は私の胸まで迫ってきている。
地球温暖化のせいね、海面が上昇しているのよ。
魚たちがまるで陰湿な女子高生のようにひそひそ話を始める。

泡がぶくぶくと音をたて陰鬱な黒い水が足元から湧き上がる光景がうっすらと瞼の裏に映った。
水は胸元まで押し寄せてくる。
―水を止めなければ―
はっとして蛇口に手をかけると浴槽の隣に性格の悪い男が立っていた。

「胸糞悪いわね。不法侵入だわ。」

メローネはニヤニヤしながら浴槽の縁に肘をつくと面白いものを見る子供のような視線を浴びせた。


「なんか用でもあるの?」

「別に何もないさ。気分は良好かい?」

「最悪よ、お陰様でね。」

身体にタオルを巻いておいて良かった。まったくこの男は油断も隙も無いのだから、
私は彼が嫌い、特に理由が有るわけでなく、それは本能的と言うか衝動的なもので言葉で言い表すことのできないものだ。

「生憎暇じゃないのよね。さようなら、」

どうしてこの男は私にちょっかいを出してくるのか、もともと体調も良くないので私の機嫌は真っ逆さまに落ちていく。早く出ていこう。
立ち上がり浴槽から出ようとメローネの横を通り過ぎると強く右手を引かれてびちゃりと浴槽に落とされた。

それからアイツは私の首に両手をおいてごく僅かな力で締め出した。私は滅茶苦茶に手足を動かして抵抗するけれどアイツの腕は長くて短い私の手足では抵抗らしい抵抗もできなかった。

その間にも浴槽の水は私の鼻や喉からどんどん体内に進行してきて、頭の中はメローネへの怒りで沸騰しそうだった。いきなりなんなんだこいつは!気が狂ってるんじゃなかろうか。ほんとにムカつく殺してしまいたいしね死ね死んでしまえ。

しばらくもがいているとメローネの腕はゆっくりと私を水の上へ引っ張った。
水から助け出された私は口から鼻から目一杯水を排出し思い付く限りの罵倒と呪いの言葉吐き出した。

「いきなり何すんのお前?ほんとなんなんだよ。お前気持ち悪いよ死ねよキ×ガイしねしねしね。」

私がこんなにも怒り狂ってるのにも関わらずアイツは私の顔を指差して大笑い。

「アハハハ…醜いね。」

私は腹を抱えて笑う糞男の横っ面に渾身の右ストレートを喰らわすと今度こそ浴室を出た。
性格の悪い男はそれでも笑っていて歪んだ笑い声が浴室に反響していた。




















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