ナマエと別れた後、少しだけ散歩がしたい気分になって珍しく歩いて帰ることに決めた。その刹那、不意に叫び声が耳に届く。やれやれ、今日もヒーローに休む暇はないらしい!
びゅんと飛んでいけばその先には緑色の髪をした彼が立っていた。…来るんじゃなかったかな。いやいや、でも、まだ朝なんだけどなあ。なんて考えながらそっと彼に声をかける。
「やあ、フリッピーくん」 「アァ?」
無視なんてすれば確実に文句を言うだろうと踏んで声をかけてみたけれど、どうやら失敗だったようだ。既に覚醒してしまっている彼は、人一倍に面倒くさい。面倒な事になったと思いつつも、一先ず地面に足をつける。
周囲を見てみるとフリッピーくんの足元には三人の死体と大きな血の海が広がっていた。うーん、被害にあったのはディスコとペチュニアにラミーだろうか。きっとディスコがフラグを立ててしまったのだろう。これは私の予想だが。間に合わなくてすまないと思いながら、フリッピーくんを見る。
「朝からご苦労なことだね」 「ッせーな」 「おっと刃物を振り回さないでくれよ、危ないじゃないか」
やれやれという意味で溜め息をつくと、フリッピーくんは小さく舌打ちをした後私を見た。交わった視線に、たじろがずにはいられなかった。
おかしい。
いつもなら否が応でも確実に殺し合いに発展するはずなのに、それなのに今日のフリッピーくんときたらどうだ。私にガンを飛ばしはするものの、何ひとつアクションを取らないではないか。
「おい」 「何かな?」 「アイツ、どこだよ」 「あいつ?」
頭にぽんと、フレイキーが思い浮かぶ。彼女は性格の悪い彼にとって意地悪をするのに絶好の相手らしかった。しかしどうやら違ったようで、私は向こうの言葉を待つことに決める。……って何だこのやり取りは?いつもと全く違う流れに鳥肌さえ立ちそうだ。
「今日自己紹介してた新入り」 「ああ、ナマエ…」
失敗した。本日二度目の失敗だ。成る程、彼の言うあいつはナマエのことだったのか。目の前の彼はニヤリと笑って「ナマエか」と呟いた。
はっきり言って私はフリッピーくんとナマエを会わせたくなかった。はっきりとは分からないけれどただ、何と無くと言うか、本能的にというか。少しだけ二人が出会うところを想像してみたけれど、言いようもない不快感に襲われたのだ。
「なァんかアイツ、ちょっかい掛けたくなるんだよなァ」
フインキが。そう言いながらフリッピーくんはニヤニヤと下品な笑いを零して手に持ったサバイバルナイフをくるくると回し始めた。雰囲気とまともに言えないくせに、随分と偉そうだな。
「君が誰かに興味を示すだなんて、珍しいじゃないか」 「別に」 「…そうかい」
「ンだよ元気ねェな、ヒーローさんよォ」 「気のせいじゃあないかな」 「フン、そーかよ」
どっちでもいいと言うように近くの木にもたれ掛かるフリッピーくん。こんなまともに会話をしたのはたぶん初めてじゃないだろうか。申し訳ないが、ちゃんと会話が出来たヤツだったのだと少し驚いた。雰囲気はできていないが。多分彼はふいんきが正しい言い方だと思っているタイプの人間だろう。
「そういう君こそ、いつもとは違うじゃないか」 「俺ァ今機嫌がいいからなァ」
だろうな。普段の彼ならここまで私と口を聞いたりしないだろう。…相当機嫌がいいらし。わざわざ鼻歌までご披露してくださっている始末だ。
確かにナマエはどこか小動物を連想させるところがあるし、多少の加虐心を煽るところもある。…多少ということにしておこう。とりあえず。しかしまさかこんなにもフリッピーくんの興味を引くとは思っていなかった。「じゃあな。今度会うときはブッ刺してやるよ」
フリッピーくんの声にハッと意識を彼に戻す。既に私に背を向け歩き出したその姿はやはり現実で起きているものとは到底思えなかった。
「またねフリッピーくん。私は刺されないから安心してくれ」
今はどうしてか、何よりもフリッピーくんにナマエをとられる事が癪だと思った。私も大概、いつもとは違うらしい。
あんまり人の事を言える立場ではないのかも。と思っていると不意に「助けて!」と叫ぶ声が耳に届いた。
軽く自分で頬を叩いてヒーローモードに切り替えて、真っ青な空へと飛び出しどんどん速度を上げていく。さあ、今度こそ人助けだ。声の主がどうか無事で待っていてくれますように!
20150318 |