ふう、と息を吐いて目を閉じる。そうして浮かんでくるのはほんの少し前に起きた出来事。
わたしはいつものように町を歩いて、行きつけの本屋さんを目指していた。
この世に生きていれば、例えどんなに治安の悪いところでも、キラキラと栄えている町であっても、人とすれ違うことは当たり前だ。勿論わたしの住むこの町でもそう。人の量は多くはないとはいえ少なくもないし、これまでで何百回何千回と沢山の人とすれ違ってきた。
いつもみたいに人にぶつからない様に、でも早く本屋に着きたくて地に足がついていないような歩き方のわたしと、自信に満ち溢れたような足取りでコツコツと音を立てて歩くあの人。
すれ違った瞬間に、まるで時が止まったような錯角を起こした。今までには無かった、はじめての感覚。多分これはきっと運命だったんだと思う。
ふわりと香る香水の香り。さらさらと揺れる髪の毛。
香水の匂いがわたしの鼻を掠めた途端にどくりと心臓が音を立てて騒ぎ始めた。慌てて振り返ってみたけれど、近くの店に入ったのかあるいは路地へ曲がったのか。その人はもう居なくなっていた。
頭の回転が鈍るわたしはただ後ろを向き立ち止まる。姿はもう見えないのにいまだに鳴り止まない心臓。震える指先。滲む視界。そっとカバンの取っ手を握り直す。
「あ」
ふと、シャルの事を思い出しメールの作成画面を開く。彼には毎日といっていい程くだらないメールを飛ばしているから、きっと今回だって呆れながらも笑って助けてくれるだろう。
「け、て…っと」
打てたと同時にろくに文字も見直さずに送信ボタンを押す。相変わらず手は震えていた。
【ナマエ、17歳。ファーストラブ始めました( ∵ ≡ ∵ )とりあえず助けて】
そっと目を開けると、そこはいつもとほとんど変わらない世界が広がっていた。ほんの少しだけ、色褪せたような気もするけれど。
そういえば、本屋さんに行く予定だったんだ。慌てて足を踏み出しながら、携帯の時計を見る。もう一時間は経っていると思っていたのに、まだ家から出て十分しか経っていなかった。
20120417(20150314)