鍵がない檻

気になるようになったのは苗字の携帯の着信やメール受信を伝える携帯のランプが授業中ずっと点滅を続けているという事だった。
本人は慣れているのかバイブレーションや着信音は使用していないようで5分置きに着信して光る画面を無視して授業に集中してた。
もしかしたら気付いていないのかもしてれないと声をかければ『大丈夫』と言って携帯の電源を切ってしまった。
もしかしたら家族からとかで何か緊急な連絡があったんじゃないかと思ったのだが…。


「いいのか?」


『いいの、内容なんて見なくても分かるから』


つまらなそうに授業を聞いている苗字の制服の袖から見えたのは痣だった。
1年の時から同じクラスで二年間、こんなことなかった。
三年になってから突然である。
そういえば部活も最近暑いというのにジャージを着っぱなしであった。
不審には思っていたが噂でDVの疑惑も流れていたので何を言ったらいいか分からない。
俺の些細な一言で友人である苗字を傷つけてしまうかもしれないのだから。


『笠松、あてられてんぞ』


「え」


声をかけられたことで先生に問題を当てられていることが分かり、慌ててノートを持って黒板の前に立って指定された問題を解いて席に戻る。
そして席に戻った時、見てしまったのは携帯の電源を再び入れたのか机の下で見つめている苗字。
そしてたまたま再び着信画面となり大きく表示された名前は

黄瀬

と自分の後輩の名前があった。

授業中にずっとメールや電話をしていたのは黄瀬?
確かにアイツらは先輩後輩であるがベンチの名前とレギュラーの黄瀬はあんまり会話している姿は見なかった。
むしろ関わりは薄いと思えた。
授業が終わり俺は先生が教室から出ていくのを確認すると苗字から携帯を奪った。
そのときの苗字の表情はこの二年間と少しの間で一度も見たことがないような表情をしていた。
そして俺は着信履歴と受信ボックスを見て驚愕することとなる。

着信82回、未読受信メール102件。

全て黄瀬からのものだった。
俺は思わず内容を確認する。
苗字は奪い返そうとする素振りは見せず、茫然と俺の様子を見ていた。
「なんで返信してくれないの」「もしかして浮気してるの」「今何してるの」「電話に何で出ないの」「怒らないから返信して」そんな内容がズラズラ続いていてゾクリとした。
知らなかったのだ。
自分の後輩が、あの黄瀬が、あの明るい黄瀬が苗字に歪んだ愛情をぶつけていることを。


「なんで、言わなかったんだ…っ」



『笠松はさ、こんな実験知ってる?』


犬を二匹用意して一匹には檻と鎖で拘束して、もう一匹は首輪も檻もない。
カランカランと合図の音がすると犬に電気を流す。
もちろん一匹は逃げられなくて一匹は逃げることができる。
それを繰り返した後、拘束していた首輪と檻をなくして、また合図の音を鳴らす。
すると拘束をしていなかった犬は音とともに一目散に逃げ出したが、先ほどまで拘束されていた犬は、もう逃げられる状況だというのに逃げなかった。
これがDVなどを受けている人間の心理と同じ。
「逃げられないもの」と分かってしまうと檻がなくても逃げ出そうとしないで痛みを素直に待つ。
よく「なんで逃げないんだろ」って言う奴がいるけど、そういうことなのだと苗字は淡々と話した。


『俺はその犬と同じ、黄瀬から逃げられないってもう頭が決めつけちゃったんだと思う』


「そんな…!分かっていて、そこまで…!」


『お願いだから、黄瀬にもカントクにもみんなにも言わないで』


「…ッ!」


でも友人が物理的にも精神的にも傷付いているといのに黙っていろというのか?
何時からこんなことが始まっていた?なんで俺はクラスメイトで部活も同じで一緒にいる時間が長いと言うのに苗字の変化に気付くことが出来なかったのだろう。


『バスケ部の空気をこんなことで乱すのか?笠松キャプテン』


嗚呼、俺は何て無力なんだろうか。
コイツが言えなかった理由は、きっとこれもあったのだろう。
自分が言えば一番の戦力である黄瀬の信頼が薄れ、支障がでると分かっていたのだろう。





イライラしていた。
返信がこないうえに電話にも出ないのだ。
名前先輩に一目ぼれした俺はずっとこの調子だ。
ぶっちゃけ才能ない人なのかなって見下していたのだけれど容姿に性格に惹かれ追いかけるようになった。
幸いにも友人は少ないようで、だいたい会話するのは笠松先輩とかバスケ部の三年の先輩方だけのようで安心した。
部活中しか学校では会えないけどそれでよかった。
だってこの後、毎日俺の部屋であっているのだから。


「ねえ、なんで今日返信も何もしてくれなかったんすか?」


『く、は、黄瀬、ごめ、授業中、だったから…っ』


そんなの俺だって同じ学校に通っているんだから同じっすよ。
腹に体重を乗せて細い首を絞める。
今まで知らなかった、自分がこんなにも執着しやすい性格だったなんて。
たまに部屋に泊まらせたりするけど名前先輩の家族に不審がられないように週一が限界であった。
しかもこの部屋は自分の家族が暮らしている部屋ではなく名前さんと愛を育む場所のために借りた小さなアパートであった為、自分の家族にも不審に思われてしまう可能性があった。

しっかりとお仕置きする。
ああ、なんで先輩の癖に俺より二年も長く生きてるくせに恋人の付き合い方すら分からないんすかねえ。
もしかして俺が初めて?だったら少しは優しくしてあげたい。


「ねえ名前先輩、今こんなのあるんすよGPSアプリ」


『…』


あ、さすがに知ってた感じ?
俺に殴られ蹴られた名前先輩の目の前に買ったGPSを見せても、あんまりいい反応をしてくれない。
でもそのくらいじゃ俺は怒らない。
むしろ自分の手で傷付いてぐったりしてしまった名前先輩が可愛い。


「登録しとくんで、これでお互いに何処にいるか分かるっすね」


幸せでしょ?と微笑んであげると嬉しいのか涙を一筋流す。
頭を撫でてあげて携帯を操作してインストールする。
いやあ、便利な世の中になったなあ、なんて。


「それじゃ、また明日。愛してるっすよ」


寄り道禁止っすよ、見てるからねって携帯をちらかせると頷いて夜道の中に消えていった。
家に帰ると俺は部活着を洗濯籠に投げ入れてシャワーを先に浴びた。
学校でも浴びたけど名前先輩に今日のことでお仕置きしていたらまた汗をかいてしまった。
部屋に戻って一息。
あー、そういえば明日も朝練で早いんだ。
宿題とか怠いからまた女の子たちに見せてもらおう。
スクールバッグの中身を詰め替えているとボールペンのインクが切れたのを思い出し机の上にあるペン立てのボールペンに手を伸ばす。


(あれ…?)


こんな形のボールペンなんてあったけ?
そう思えるような違和感を発しているボールペンを手に取る。
ボールペンなんてどれも似たり寄ったりだから分からいのだけど。
だけど俺がいつも買っているのは安い百円ショップなどのものだ。
しかし俺が手に取ったボールペンは少し高そうな万年筆のようであった。
もしかしたら家族の誰かのを持ってきてしまったのかも知れないな、と見ているとキラリとボールペンが光った。
俺は思わず立ち上がった。


「カメ、ラ…?」


そう、そのボールペンには隠しカメラが搭載されていたのだ。
俺はぞわりとして部屋中を探し回った。
盗聴器や隠しカメラを合わせて12個。
俺の部屋中に取り付けられていた。
まさかファンの誰か?女の子?でも家に入れた覚えはないし部屋の鍵も壊れていない。
さすがに俺が不在の時、誰かが訪ねてきたら母親も一言言ってくれるだろう。


(いや、まて)


いた。
一人だけ俺の部屋を頻繁に出入りしている存在がいた。
俺はおもわずアプリを起動させた。
何時もならあの安いアパートに誘うがお仕置きをしないときや家族がいないときは家に誘うのだ。
そう、名前先輩は俺の特別だからー…。

そして映し出された地図が光っていた場所は紛れもなく俺の家の外。
カーテンを慌てて開けると玄関の前に立っていた名前先輩だった。
携帯を見つめていた名前先輩は俺に気付くと微笑んで手を振った。
そして俺の携帯が鳴り響いた。


『≪入れて、黄瀬≫』


俺は寝ている家族に気付かれないように名前先輩を中に入れた。
そして盗聴器と隠しカメラを目の前に出して問う。


「なんすか、これ」


『これが俺の愛情表現だよ』


にこり、と微笑んだ。
一瞬何を言っているのか分からなかった。


『黄瀬が今何をしているか四六時中把握していたいんだ、好きだから』


俺だけじゃなかった。
狂っていたのは
俺だけじゃなかったのだ。


『メールとか着信がきているときはいいけど、お前は家に帰ると途端に連絡してくれなくなるから不安になっちゃって』


黄瀬が寝てるときもマンガ読んでるときも筋トレしてるときも、ずっと見てた。


『でもたまに俺以外の人を呼ぶから…寂しくなっちゃって』


ごめんね、俺が怖い?そうやって目を伏せて悲しげに言う先輩は可愛くて抱き寄せた。
俺もあんたも狂ってるから、あんたを否定することなんてしないよ。


『本当に…?じゃあ許してくれるよな…?』


「うん…、っ!?」


チクッと腕に刺さった何か。
名前先輩は気にしない様子で俺の首筋を愛おしげに舐めている。


「縫い針…!?」


俺の腕に突き刺さる縫い針。
そこまで痛いわけじゃないけど、これ以上深く刺されたら痛いに決まっていると慌てて引き抜く。


『黄瀬、黄瀬…俺は今日笠松以外と話さなかったよ。でも黄瀬は何人の女の子と話したの?知ってるよ。朝の挨拶に28人昼食に誘われるのが6人帰りに12人そのほかにも8人…』


「あんた、まさか…」


俺の制服にも盗聴器つけてる?
そんな言葉が怖すぎて出てこなくて。


『うん、制服だけじゃなくて黄瀬の身に付ける服、全部。駄目だよ黄瀬はモデルなんだから、もう少し気を張らないと』


取り敢えず、今日女の子と話した人数分だけ縫い針で刺すから。
黄瀬はモデルだから大きな傷じゃ駄目だと思ったから。
ねえ、俺のこと好きだから許してくれるんでしょう?


『よくドラマで包丁とかで刺しちゃうシーンがあるけど俺はあれ嫌い』


「名前、せん、ぱ」


『だって一回や二回で死んじゃうなんて悲しい、でもこの針でなら何千回と刺さないと死なないから』


さく、そうやって俺の腹に刺さった。


『黄瀬、愛してるよ…』


「は、はは…」


捕まってたのは、俺だったのか。


捕まったのはどちら様?
高尾バージョンもあります



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