病み双子シリーズA
僕のことを見分けられる人が世の中に数人います。
まずは双子の兄弟の涼太。
まあこれは間違えるはずがない。
だって自分と同じ顔をしてても自分が自分だと分かっていれば、もう1人は兄弟だから。
そして家族。
仕草とか雰囲気で分かるらしい。
テレビを見ているときのソファーの座り方でも僕は普通に座って背もたれに身体を預けて楽にしてるけど、涼太は足を組んだりソファーの背もたれに腕をかけたりしてるとか。
あとは歩くのが早いのが涼太で遅いのが僕、とか。
ここまではみんな家族。
だけど一人だけいる、家族以外で僕と涼太を見分けることができる人。
赤司くんだ。
1年生のとき同じクラスだったこともあるけど彼は一度だって僕を間違えたりしない。
最近では僕と涼太を名前でキチンと呼んでくれる。
僕はそんな彼に惹かれていた。
「あ、あの!これ、黄瀬くんに…っ」
ああ、またこれだ。
何時だってワンパターン。
彼女が作ってきたのかお菓子は涼太に向けて。(バレンタインとか一番大変だったりする)
僕は笑って『僕は名前だよ』と言おうとしたとき後ろから「彼は涼太じゃないよ」と声が聞こえた。
振り返ると赤司くんが微笑んでいた。
『後姿でも分かるのかい?』
「もちろん、全然違うよ」
『…、あ、ありがとう』
「お礼をいうほどじゃないよ」
赤司くんはクスクス笑う。
どうして赤司くんのような人が僕と仲良くしてくれるのかが分からなかった。
▽
黄瀬名前に惹かれるようになったのは何時頃だろうか。
入学当初はヤケに容姿が良い双子の兄弟がいるという噂だけ聞いていた。
最初は同じクラスになって隣の席で大人しくて気遣いができる子だったから仲良くなっただけだった。
しかし2年になって違うクラスになってあまり接点が無くなった時、入部してきたのが涼太だった。
本当に驚いた、彼の内気な性格上バスケ部に入るとは思わなかったから。
だけれど僕の勘違いは一瞬で終わった。
ハキハキとした動きと明るく自信に満ちた表情は彼でないと分かった。
そして「黄瀬涼太です」と名前を言われて双子の兄弟であることを知った。
涼太の名前に向ける愛情は過剰だった。
一度だけ目撃したが名前になりすまして女子生徒と会話しているときだ。
そして涼太の愛情は家族愛でなく、恋愛の方であることに気付く。
しかし当の本人である名前は涼太の過剰な愛に気付かない。
「おい黄瀬!テメェちょっとツラかせよ」
『!?』
そんなある日。
僕は涼太に勘違いされた名前が校舎裏に連行されたのを目撃する。
涼太はあの容姿と運動神経のせいで色々な人に恨まれやすいようだ。
僕は流石にまずいと慌てて追いかけた。
暴行になったらどうしようか、と自分自身部活に所属しているため悩んでいると動きがあった。
「お前のせいで俺の女が」
「お前のせいでレギュラーになれなかった」
「お前のせいで!!」
『…』
「!?」
このときの名前が彼らに向けた目は酷く冷たく見下したものだった。
あの何時もの優しい笑顔はどこにいったのか。
僕は思わず息を飲む。
『僕は涼太じゃないよ、』
「は?何言って―…っ!?」
ゴッと鈍い音がした。
喋る男の顎を名前が蹴り上げたのだ。
いきなり蹴られたことで倒れてしまい、意識を失う。
『人が喋ってるときは静かにしようね』
「「…っ」」
『僕は黄瀬名前。今度涼太にこういった事をしようとしたら許さないよ』
僕は、いや僕たちは忘れていたんだ。
きっと涼太すら忘れていることだろう。
涼太の後ろでひっそりと笑っている彼もまた、涼太と同じDNAを持っているということ。
運動神経も、尊敬しない人に対しての態度も。
涼太の後ろで見えなかっただけで秘めていた本性。
『そもそも容姿も運動も敵わない君たちが悪いんじゃないか』
このときの冷たい目に僕は何故だか自分と似ている感じがした。
彼にもあるんじゃないか、見えないもう一人の自分。
俺と僕が入れ替わってしまったように。
三人の男たちをボロボロにした名前は容赦なく男の1人の髪を引っ張り上げて立ち上がらせる。
『僕すら倒せないくせに…お笑いじゃないか』
「ゆ、ゆるして、くれ、も、もう、」
『許してくれ…か、ううん、そうだなあ』
何時もの優しい笑顔はどこへ行ったのか。
微笑んだ、という表現でなく、口端を吊り上げ目を細めたと表現すべき顔。
『…許すわけないでしょ?僕のこと涼太と間違えること自体不愉快だったんだ』
「ひぃ!!」
ガッと膝を顔に当てると男はそのまま気絶してしまった。
残りの2人はガタガタ震えて逃げ出せる状況ではない。
『助けてほしい?』
その問いに首が取れてしまいそうな勢いで頷く2人。
『じゃあこのことは内緒にしてね。君たちの怪我は君たち同士のケンカで出来たもの。僕と君たちは会ったことない、そうでしょ?』
「は、はい…」
気付くことがでいなかった。
涼太の後ろで何時も笑っているから気付かなかった。
何時も涼太がキラキラ眩しかったから分からなかった。
体育の授業もずっと飛びぬいているのに涼太が重なって分からない。
涼太が何時も前に出て名前を守っているように見えるから知らない。
もしかしたら名前は涼太並みの運動神経の持ち主なんじゃないか。
もしかしたら名前は涼太をああいった輩から守ってきたんじゃないか。
僕はそのギャップというか、本性と言うか。
そんなものに惹かれてしまった僕は好きになった。
(だから、何時か振り向かせてみせるよ)
僕は前を歩いている背中に声をかけた。
まだ早朝なので廊下に人はいない。
最近では後姿でも黄瀬兄弟を見抜くことができるようになった。
しかし朝は何時も2人で登校してきているのに1人で歩いているなんて珍しい。
「名前、おはよう」
―…ふ、と僕の声に振り返る。
僕はこの時、悪寒を感じた。
おはよっす、赤司っち
そうやって笑ったのは確かに名前だった。
君は君で僕は僕で僕は君
もうちょっと続きます