秀才のエースが手を伸ばしても笑えるだけ
『皮肉なコンビですよね』
どんなに届かない、開くことのない扉。
秀才と天才の差が大きいことは一番自分が分かっている。
恵まれた体型と恵まれた身体能力、恵まれたセンス。
俺にはないものを持っているのが自分の相方のアツシだってことくらい分かってる。
火神にだって届かないのは、とっくに理解してる。
だからって諦めるなんてできない。
それぐらい好きで勝ちたくて一歩でもいいから、お前たちの見る景色が見たかった。
俺を見下ろすは紫原名前。
紫原敦の双子の兄である。
俺の笑顔を見て『気持ちが悪い』と言い放った男。
身長は2メートル1センチ。
敦より髪は短くアツシと違って先輩である俺に対してキチンと敬語で話す。
だが、どんなに礼儀正しい言葉を使っていても内容は先輩に言う、いや人に言うような言葉じゃなくて。
ああ、この二人はやっぱり双子なのだと思わせた。
「何が言いたいんだ?」
『いえ、分かるんですよね…俺と貴方は同じだから』
弟と比べられてきた名前にとって天才であるアツシが妬ましい存在であった。
似たような体格なのに同じ苗字なのに同じ血が通ってるのに。
自分にはなくて兄だけがもっている天才への鍵。
名前は俺と同じ、秀才であったのだ。
弟分、本物の弟に差を見せつけられた俺たち。
俺の笑いを見て『気持ちが悪い』と言い放ったのはきっと内心嫉妬でいっぱいでいるのに笑っていたからだと見破られたからだ。
『敦はきっと、あなたのことを傷つけますよ。嫉妬にまみれて泣いて喚いたって敦には何も届かない』
だって、努力していて出来ないのが悪い。
何でできないのか分からない。
何でそんなに本気になれるのかが根本的に理解できない、そもそもする気ない。
だってできるのが当然であったから。
『双子でエースをしたところで俺たちは仲が悪いから駄目です、だからあなたに任せますが…やめるのは今ですからね』
じゃあどうして君はここ(陽泉)にきた?
いくらだって他校に進学することが出来た筈じゃないか。
それはきっと、きっと本当はアツシのことを認めていて憧れているから。
俺も嫉妬ばかりで爆発してしまいそうだけど。
タイガのこともアツシのことも羨ましいと思って素直にすごいと思っているんだと思う。
「…俺、名前のことが好きになりそうだよ」
『アメリカンジョークはやめてくださいね、氷室先輩』
これは同じ境遇を持った人、名前に恋した俺の話。
身長差、18センチ。
心の距離、計測不可。
今の距離、2メートルと少し、もう3メートル、4メートル…。
「名前ー、お菓子はー?」
『…話しかけないで』
今日の観察結果。
紫原兄弟の仲、良好とはお世辞にも言えない。
しかしアツシの方は兄である名前のことを嫌っていない様子。
見えるのはしょうもないくらいのアツシへの嫉妬心。
練習には紫原兄弟両方とも真剣に取り組む。
負けが嫌いなのは2人そろって同じようで違うのは才能の違いとバスケへの愛情。
一度、WCの直前にこの双子がケンカしているのを見たことがある。
「もういいじゃん、俺ずっと言ってるよね?名前は黒ちんと似ててそういうところが不愉快」
『敦には分からないだろうね、人の努力すら…あんたがいなきゃ俺は試合に出れたのに』
双子揃って似たような体格と同じポジション。
似ているプレースタイル。
試合にだすなら上手い方をとるのが当然。
「プレースタイル変えれば?体格は恵まれてるしさー…双子の癖に何で俺と同じじゃないわけ?」
『…兄弟で双子なら何でも一緒だと思ってんの?』
ガッと頭に手を乗せたアツシは冷たく自分の双子の兄に言い放つ。
「俺と同じなくせに名前は持ってない、文句があるなら辞めれば?努力何て才能を前にしたら何の意味すら持たないことくらい中学生の時からずーっと言ってきたし名前だって理解していた筈だよ」
同じような体型、同じポジション。
同じ苗字同じ髪色。
でもアツシは持っていて名前は持っていない。
去って行ったアツシを見送って俺は名前に話しかけた。
振り返ることのない名前に俺は首を傾げて前に回るとズビズビと鼻を啜りながら泣いていた。
「…名前、寮に戻ろう」
『うう、ううー…っ、何で、俺には、ないの?敦にはあって俺にないの?悔しい、俺の方が練習してきたし。敦よりバスケが好きだし』
ああ、分かるよ。
全部それは俺に降りかかってくる言葉だ。
『羨ましい…っ、』
手を伸ばして俺は頬を撫でる。
涙の痕を指でなぞると止まりかけていた涙がまた零れだす。
開花することのない秀才の俺たちは天才がどうしようもなく羨ましかった。
俺たちが一段一段上っていく階段を三段飛ばしで上っていくようで。
俺たちがどんなに探しても見当たらない鍵を何事もなかったようにポケットから取り出してしまう。
「俺からしたら名前だって羨ましいよ、背も高いし体格もいい。センスだってある」
『でも俺にはキセキの世代のようなものを持ってないし!』
俺相手(先輩)敬語が崩れアツシと同じような口調になる。
嗚呼、本当は敦と同じで先輩に敬語を使うの苦手なのかな、だけど少しでも大人になろうとしていたのかもしれない。
別に君は背伸びしなくたって十分高いのに。
「人と比べることないさ、まして兄弟なん、…て」
その言葉によぎったのは。
タイガ…火神の姿だった。
『・・・なんで、あんたが泣くんだし』
「本当、俺たちは似ているね」
ああ、でもやっぱり届かないな。
もう少しなのに俺は名前にすら届かない。
だから研究して練習して並べるようになったんだけど…。
「好きだよ、名前。俺は支えになりたい、そして俺のことを支えてほしいんだ」
『―…は』
「WC、絶対に勝とうな」
▽
「だーからーもういいや俺やーめたー名前と交代してよ」
『!!??』
同じポジションで、同じ髪色なのに同じ苗字なのに同じような体格なのに俺には敦のような才能や反射神経がなかった。
足の力も瞬発力も全部弟に負けた。
「いいでしょー?名前は俺のお兄ちゃんだしやってくれるでしょ?」
『敦…お前…っ!』
だけど俺の手は敦を掴むことはなかった。
何を言っても無駄だ、ずっと一緒にいて分かっていた筈じゃないか。
俺は弟の敦に敵わない、俺は振り上げようとした兄としての手を下す。
こういうときにしか、敦は俺を兄と呼ばないのだから。
『分かったよ、お兄ちゃんが出てやるか―…』
そのとき、氷室先輩が敦の頬を殴った。
殴って叫んで泣いて、俺が一番したかった行動をした。
そのとき、俺は胸の中で何かを感じたのだ。
結局試合に負けてしまって、敦は試合を辞めると言って俺にユニフォームをやるとまで言ってきた。
俺は自分より大きな弟を抱きしめた。
『お疲れ様…それに氷室先輩もお疲れ様でした』
敦は俺のジャージを握りしめて自身の泣き顔を見せないように俺から離れなかった。
氷室先輩はそんな弟の姿を見て少し微笑んだ。
俺もその笑みに少し口端を上げると顔を逸らされるもんだから疑問に思ってると告白されたことをとたんに思い出した。
俺は思わず氷室先輩から視線を逸らす、すると黒てぃーと目が合った。
軽く頭を下げられ俺は手を振った。
(ありがとね黒てぃー、敦はこれで一歩成長できた)
本当は兄としての役目だったんだけど。
『あの…氷室先輩』
「ん?」
『よかったら、今度一緒に練習しませんか…?』
「!!」
だから俺も一歩進もうと思う、
紫原双子の成長と
秀才の二人の背伸び
おまけ(おふざけ)
(それにしてもこれは一歩前進したんじゃないか!?)
氷室は練習最中に小さくガッツポーズを作る。
同族嫌悪に似たようなもので自分が思いを寄せている名前から練習に誘ってくれることはなかった。
それにあからさまにコチラに向ける視線が変わっているという事に氷室は気付いていた。
(yes!!)
そして氷室はあろうことか―…階段を何個か吹っ飛ばしてキスをしようとしてタイミングを見計らっていた。
しかし大きな問題が存在した。
(そう、問題は18センチも上にあるlipにどう届くかだ)
台を持ってくるのも絵にならない、背伸びでもいいがそれでも届かないかもしれない。
胸倉掴んだりして引き寄せても構わないが嫌がるかもしれない。
何よりどんな手段でもスマートに決まらないと何か恥ずかしい。
「室ちーん、全部声にでてるしー」
「!?」
「何で悩んでるかわかんねーし、いいー?見ててねー名前ー」
氷室が茫然としている間に敦は遠くで練習していた名前にパタパタ近寄っていく。
誠凛との試合で兄弟仲もよいものとなり、今では部内の空気もいい。
『何、敦』
「ちゅーしよ、ちゅー」
『は?意味わかんねー…っ!?』
「ohhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!?」
ね?こうすればいいんだし―何で出来ないのか分かんなーい、とやっぱり自分が出来ることがどうして出来ないのか分かってないネジの抜けた発言に部内は溜息。
「アツシは大体身長が名前より大きいじゃないか!!」
「え?あ、そっかーじゃあ大きくなれば?」
「son of a bitch!!」
それで頑張って名前にキスしようとしたけどやっぱり届かない氷室でした。
※son of a bitch(真似しないようにしましょう(笑)、意味的には畜生が!!です)
届かない(物理的に才能的に)をテーマに書きました
氷室と紫原のコンビは大好きです
支え合う、ではなく皮肉のコンビですね彼らは
お互いにそれで刺激を受けて成長できるのだと思います