毒を吐き、愛を食べる少年
「一年生の苗字名前だよ、大輝お前の教育係だ」
二年になった冬。
成績が異常なまでにガタ落ちした俺に教育係が付いた。
赤司に連れてこられたのは赤司くらいの身長をした一年。
紺色の髪に、ヘの字に結ばれた口さらに加えるならば無表情。
目付きは悪くいかにも愛想の悪そうな後輩。
「三軍で後輩だけれど一年の中で成績は主席そのうえ既に高校生レベルの知識はある」
「後輩にベンキョー教われって言うのかよ!つか黄瀬は!?」
「涼太はテツヤが教育係、大輝は名前。テツヤによれば二人は無理だそうだ」
「だったら俺がテツで…!」
いいじゃないか、相棒なんだから。
そう言おうとしたとき冷ややかな視線が俺を突き刺す。
視線を送った主は後輩で俺の教育係に任命された苗字。
『青峰先輩、変なプライド持ち合わせないで下さいよ馬鹿なんですから』
そして思いっきり毒を吐き出した。
『その公式違いますって何度言ったら分かるんですか?』
『その程度も出来ないのなら小学校からやり直すべきですね』
『どうして出来ないのか理解に困ります』
「…だああああああああ!!」
『叫んでも問題は解けませんけど?』
まだこれなら緑間に教わった方がマシだ、そう思わせるほどに苗字は毒舌であった。
コイツぜったい友達いないだろ、そう感じてしまう。
しかし頭が良いというのは本当のことらしく教え方がそこらへんの教師より上手い。
休み時間と部活が始まる前にみっちり教えに来る苗字を見てクラスメイトたちは後輩に教わってるのかとバカにするし、たまったものじゃない。
(とにかく期末で点数取ればコイツとおさらばできる…!)
苗字のバックには赤司がいる。
逆らったらどうなることやら。
ならば赤司が納得し苗字から俺を開放するようにすればいいだけのことだ。
『馬鹿ですね、青峰先輩』
しかし、そんな希望も儚く散り(人の夢と書いて儚いと読むなんてよくできた漢字である)数学と英語の再テスト。
結果、苗字は休みの日に俺の家まで来ることとなった。
初めて見る私服はパーカーにデニムと簡素なものでコイツもそういえばバスケ部でバスケが好きなのだという事を思い出した。(バスケ好きな中学一年生ってこんなもんだろうな、黄瀬はオシャレすぎ)
『じゃあテキストを開いてください』と言われて広げると手を出してきた。
「…んだよ」
『返却されたテストを見せてください、参考にしますんで』
俺は一瞬渋るがもうコイツが毒を吐くのは分かりきったことだと諦めて英語と数学のテストを見せると思った通り、予想通り、『馬鹿ですね本当に』と返ってきた。
「じゃあテメエの点数は何なんだ」と苛立って聞けば『オール90点以上ですが?』と言われて更にイラッとして。
『じゃあ取り敢えずここからここまで…分からなくなったら聞いてください』
ノートとテキストを見比べながら解いていく。
こうやってノートとか見れば解けなくもないんだけど生憎ノートは持ち込めない。
駄目だ、バスケしてえし雑誌読みたいし飽きてきた。
おベンキョーなんてものは俺のガラじゃないのだから。
「…そういやお前ポジションどこなんだ?」
『それ早く解いてください』
作戦失敗。
くそ真面目ちゃんタイプは話も逸らせないようだ。
苗字と俺の共通点は一つだけ。
バスケ好きという事だけ。
『…青峰先輩と同じポジションですよ』
「え!?」
答えてくれた、という事と同じポジションであったことの二重の驚きに俺は思わず驚くと机の上に乗っていたお茶が零れて思いっきり苗字を濡らす。(ついでに俺のテストとノートもだ)
『あんた本当何やってるんですか!』
声を張り上げた苗字は流石に怒ったようで。
俺は慌ててベッドに置いてあったタオルで濡れた部分を拭いた。
『自分で拭きますから貸してください!』
奪い取られたタオル。
思ったよりも強く掴んでいたそれ。
嗚呼、コイツ小さいけどやっぱり運動部なんだな、と思わせるような力に俺は引っ張られてそのまま倒れこんだ。
そして見えたのは押し倒したかのように見える体制と散らばったテキストと真っ赤になった苗字の顔であった。
『ば…っかじゃないですか、先輩』
震えた声と悔しそうな表情。
え…?なにこれ、何でそんな表情するわけ?
いや待て、落ち着け俺。
コイツは男で後輩で毒舌で。
(か…可愛いじゃねえかおい!!!)
いやまさか、そんなことって。
そう思っていれば真っ赤になったままの苗字が逃げ出すように家から出て行った。
「まじかよ…」
あんな反応、期待してませんでした、はい。
▽
「思ったより成績が伸びたじゃないか」
「そーかよ…」
あの日の次の日から何事もなかったように苗字は俺に勉強を教えに来た。
期末テストの結果、俺は平均点をいき一般的な学生の成績までいった。
一年の張り出されている学年順位の一番上に苗字名前としっかり掲載されていたのを見ると俺の勉強を見ながらも簡単に自分も成績をとったのだと感心した。
「これでもう心配はないな」
「あ?」
「名前に教わる必要性もないだろう」
「…」
その通りだ。
分からなくなったら同じ学年の奴に聞けばいいだけのこと。
もうそこまで焦って勉強する必要性もなくバスケに打ち込めるのだ。
これで接点はなくなってしまった。
同じ部活とはいえ一軍と三軍では体育館すら違うのだから。
だけれど、俺はあのとき見せた苗字の表情が忘れられないでいた。
「そのことなんだけどよ、期末とか中間の時期になったらまた頼みたいんだけど…」
「大輝」
赤司が俺に成績表を返した。
「名前がどうしてお前に勉強を教えることになったか分かっているな?僕が名前に命令したからだ」
「命令…?」
「…悪いけれど、リードを離す気はないんでね」
そういって廊下を歩いて行った。
リード、犬ってことか?
少なくとも苗字は赤司のお気に入りのようだ。
主将とはいえ赤司も三軍すべての部員に目が行き届くわけじゃない。
それなのに苗字のことを知っていた。
俺は最初成績が良い部員だから知っているのかと思っていたが違うようだ。
俺は、部活の時間、こっそりと一軍の使用する体育館を抜け出して三軍の体育館へと向かった。
懸命に練習している部員の中で見覚えのあるやつを見つけ声をかける。
「なんでここに青峰がいるんだ」と声が聞こえたが気にしないで苗字を体育館の外に連れ出した。
『あの…なんですか?』
「いや、悪い、あんま考えないで呼んじまった」
『な、何ですか…それ、』
汗を拭っていた手が頬へと向かう。
視線を逸らし恥ずかしそうに俯く。
「ほら、お前に俺、お礼とか何にもしてなかったし」
『いいんですよ、それに自慢ですし青峰先輩に勉強教えられたこと』
「え?」
『勘違いしないでくださいよ、一軍でキセキの世代と呼ばれているエースで、貴方が俺と同じポジションだからです』
まるでそれは、子供がプロの選手に憧れているかのような表情であった。
「…、今度1on1でもすっか?」
『いいんですか?』
「お礼みたいなもんだよ」
じゃあ、と苗字が少しだけ笑った瞬間、急に顔が強張って何時もの無表情になった。
「1on1なら僕が相手するよ、名前」
『…赤司先輩』
俺の肩を掴んで笑うは赤司。
俺が体育館を抜け出したことに気付いたらしい。
「俺と同じポジションなんだから俺の方がいいだろ」
「大輝…少し勘違いをしているようだから言っておこう」
赤司は俺から離れて苗字の顎を掴み上げた。
苗字は全く抵抗しない。
「リードを手放す、つまり名前は僕の犬であることは大輝も理解しているね?」
やはり先ほどの発言はそうだったらしい。
赤司は苗字を気に入っている。
「気に入っているとかそういう領域じゃない。苗字家は代々赤司家に仕える家系なんだ」
「は!?」
「つまり僕の父に名前の御父上が仕えているんだ、付きっ切りでね。だから名前は僕と同じ学校に進学し同じ部活に入部している」
それじゃあ、この学校に進学したのもバスケ部に入部したのも赤司がいるからってことかよ。
「大輝のポジションになったのはたまたま、別にバスケが好きなわけじゃない」
「…嘘だ、苗字は確かに俺に」
「"憧れていた"?」
見透かされたような気分になり押し黙る。
赤司は苗字の耳元で囁く、さあ言ってごらん、本当に憧れているのか?
お前の隣にいるべきは赤か?青か?
『俺の主は赤司征十郎様、全ては征十郎様が良い学園生活を送られるためのことです。青峰先輩への教育は征十郎様が試合にエースを欠場させてはならないと考えてのことです』
俺はこのとき、全て合点がいった。
中学一年生の癖にテツみたいに礼儀正しい言葉遣い。
成績優秀、真面目、これは全部赤司家の躾だったってことか。
「良い子だ、さあ大輝、体育館へ戻ろうか」
俺がふらつきながら足を進め、思わず振り返ったとき。
泣きそうな顔していたのは、
赤司、どうして手放す気がないのに俺に接触させるようなマネをしたんだ、
そう問えば赤司は笑って
「躾けには飴と鞭、両方がないとダメじゃないか」
飼い犬の躾の一貫なのです
書いてて思ったこと
青峰先輩とかキセキの世代を先輩ってつけるとなんか興奮する