06
トラファルガーが俺に触れようと手を伸ばす。
思わず俺も手が自分に触れるのを待った。
だけれども俺の腕を掴んだのはトラファルガーではなかった。
村の長(おさ)だった。
一族のみんなも俺からなぜか距離を取っている。
どうしたのかと戸惑っていると長の一言で全てを理解する。
「リア、お前は言ってはならない言葉を言わなかったか?」
『え…?』
そう。
俺は言ってしまったのだ。
図書館でトラファルガーの誘いを肯定したのだから。
俺は完璧にこの島の、鳥籠の掟をやぶってしまったのだ。
一気に冷える指先。
だらだらと嫌な汗が背中を伝う。
ああ、俺は明日、目玉をくり抜かれて死ぬのか。
メイヨーが泣いているのが見えた。
メイヨーはこの鳥籠で一番の遊女だったのだ。
そんな彼女は俺と同い年というだけで座敷に何時まで経っても上がらない俺を姉のように心配していてくれていたのだ。
「リア…」
『トラファルガー、本当にこの島を守ってくれてありがとう。海賊でもいい奴っているんだな』
初めての俺のお客さん。
そして最後のお客さんだなんて何てベターなドラマなんだろうかと俺は自嘲すると素直に捕まった。
『早朝にお前は島を出て真っ直ぐ進め、今出たら暗くて危険だ』
「お前はそれでいいのか?お前が守った島に殺されていいのか?お前は、リア、俺と一緒に島を出ないのか?」
出ないんじゃない。
出れないんだよ、トラファルガー。
この島を出られたとき、それは死んだ時なのだから。
ああ、だけれども欲を言うならば売られた俺の目玉はお前に買われたい。
だってお前は俺の瞳を見てしまったから。
依存してしまえと俺は笑った。
トラファルガーは俺の笑みを見ると目を見開いた。
もうきっと会うことはないだろう。
▼
次の日の朝、俺は広場のど真ん中で磔(はりつけ)にされた。
周りには俺の死刑を見物に来た一族(家族)たち。
好きで見に来るやつなどいない。
長の命令だ。
目の前に一番幼い者たちが座り、後ろに行くほど年上になっていく。
見せつけるのだ、見せしめだ。
自分が次の愚か者にならないために。
「見ろ、これが愚か者の末路だ」
長が目玉をくり抜くための棒を俺に突き付けてきた。
黒い布が取り払われる。
その瞬間に震えだす体。
俺は恐怖しているんだ。
ああ。死ぬのが怖い。
せめて黄色い花や青い空が見てみたかった。
トラファルガーの船に乗ってこの鳥籠から逃げ出すことができたら。
『ぐ…あ!!』
「「「!?」」」
まだ何もしていないのに苦しみだした俺に一族たちは動揺する。
痛い、まだ長は何もしていないのに、なにもされていないのに心臓が痛い!!
(トラファルガー!)
あいつだ、そう瞬時に理解した。
トラファルガーに奪われた心臓が痛い。
あいつが俺を殺そうとしている。
「無駄な演技はよせ!」
長は俺が演技をしているのかと思ったのか怒るが吐血しだした俺を見て演技じゃないと察知した。
メイヨーが俺に駆け寄る。
ダメだ、庇ったらお前まで罪にされてしまう。
しかし俺が思ったことと違うことをメイヨーは叫ぶ。
「逃げなさい!リア、あなたは私たちの夢を背負うのよ!」
ずきんっと痛んだ心臓。
本当に殺したいのならばもうすでに握りつぶされているはずの心臓。
トラファルガー、お前は俺を呼んでいるのか。
俺はお前と一緒に、外に。
『曲がれえええええええ!!』
バキンと曲がる俺を拘束していたもの。
驚いた一族を切り抜けて港に向かって俺は走り出した。
メイヨーの腕を引いて。
後ろを見れば怒り狂った一族たちが追いかけてきていた。
特に長の表情はこの世のものとは思えないくらい怒り狂っていた。
見えたトラファルガーの船。
『トラファルガー!』
甲板に立っていたトラファルガーは俺とメイヨーを見て口端を吊り上げた。
手には俺の心臓が握られている。
そしてあの例の妙なサークルを出すと俺だけを甲板に移動させた。
『え…?』
どうして、メイヨーは移動させない?
戦力にならないから?荷物になるから?
動揺して説明を求める視線をトラファルガーに向けるがトラファルガーは俺を見てくれない。
『メイヨー!!』
捕まってしまったメイヨーに手を伸ばすが船は岸を離れていく。
捕まった衝撃でメイヨーの目を覆っていた黒い布をほどいた。
俺の緑の目とメイヨーの緑の目がかち合った。
『トラファルガー、頼む、メイヨーはあのまま島に残れば殺さてしまう、頼む、なんで黙っているんだよ!』
「リア、いいの、私が頼んだのよ」
図書館に沢山図鑑があるのはどうして?
それはこの島にいる子たちみんなが外の世界にあこがれているから。
真っ白な世界には存在しない黄色い花や青空を見てみたいからなんじゃないの?
でもみんなは外に出れない。
だから。
「私を置いていくことが後ろめたいというなら、外の世界を私たちの代わりに見てきて」
『…え?』
「あなたは私たちの希望の光なのよ」
初めて島を生きたまま抜け出す。
これはこの島の歴史を変えることとなる。
そして変えなくてはならない。
この島に生まれる子供たちにカラフルな世界をみせてあげられるように。
「黄色いお花の名前…なんだったけ…私あの花の花言葉が好きなの。見てみたいなあ、そしてあなたにあげてみたかった」
『とってくる、そして何時かこの島にたくさんの花を持って帰るから…だから!』
ふわりと微笑んだメイヨーはどんどん小さくなって見えなくなった。
泣き止まない俺にトラファルガーは何も言わずただ傍にいた。
隣のぬくもりは酷く優しく温かかった。
「黄色い花の名前、知ってるのか?」
落ち着いた俺に投げかけた言葉はそれ。
俺は初めて見る白以外の空に驚きながらも答えた。
『ひまわり…花言葉は…』
貴方だけを見てる
※花言葉は本やサイトによって異なります