12

はっと目を覚ますと見覚えのない天井が見えた。
飛び起きると青峰と黒子に挟まれるようにしてベッドで寝ていた。
2人を起こすと特に体調に問題はないようだ。


(黄瀬は…?)


ポケットを慌てて探ってポストカードを見るが黄瀬はいない。
アイツだけ置いて行かれたのか?
可能性はないとは言い切れない、アイツだけ人間ではなく絵だからだ。


「ここは、どこでしょう?」


「外国の一般家庭っぽいな」


こういうの海外映画で見たわ、と青峰はあたりを見回す。
俺も少し周りを見回すと確かに西洋風の作りの家だ。
ここは寝室のようでベッドと机が中央に置かれ、ドアが奥にある。
その机の上には紙が1枚だけ乗っていた。
3人でベッドから降りて紙に書かれた文字を読み上げる。

ある日のことです。老いぼれた男は思いました。結局自分には生涯を共にする妻もいなかった。両親も兄弟もいなかった私に結局何が残るんだろう―…。


「何かの小説みたいですね」


『ああ、』


「それにしても紫原は何なんだよ、俺たちにのことアリスとか言って―…」


そう当の本人がここにいない。
そしてここはどこなのか。
悩んでも分からないならここからどうにかして脱出することが先決だ。
俺たちは取り敢えず寝室から出た。
すると簡素なキッチンとクローゼット、そして大量の絵が散らばっている絵の具の匂いが充満している部屋があった。
黒子はその絵を見て言った。


「ゲルテナの絵です、これ…!」


「げるてな?」


『黄瀬を描いた作者の名前だ』


黒子は黄瀬によって何度もゲルテナ展の夢を徘徊したおかげで彼の絵はほとんど覚えてしまっているようだ。
キッチンにはまた紙が置かれている。
読み上げれば先ほどの紙の内容の続きらしい。


老いぼれた男は、ふと自分の周りにある作品を見ました。「ああ、私には沢山の息子や娘(作品)がいたじゃないか」男は最期の力を振り絞って最後の作品を完成させると亡くなりました。最期の息子(作品)の名前は写真を撮られる男です。


「黄瀬くんのことが書かれてます…!」


「じゃあ老いぼれた男ってのは…ゲルテナのことか?」


『つまりここは黄瀬の生まれた家ってことか』


嫌な予感しかしない、そう思いながら家中を見たが特に目ぼしいものがない。
俺たちは家の外に出た。
本当に日本ではないような風景がそこには広がっていた。
西洋風の小さな家を囲む様に森がある。
遠くには西洋の町が広がっていて一本道もある。
ゲルテナは人をあまり好まなかったのか離れに住んでいたようだ。
「いきましょう」と黒子の言葉に俺たちは足を進める。
一本道を進んですぐ、大きな岩が見えた。


『黄瀬!?』


そして大きな岩に寄りかかる様に寝ている黄瀬を発見した。
慌てて駆け寄って声をかけると「喉乾いた…」と小さくぼやいた。
俺たちはその言葉に安心して青峰が走って家まで戻って水をコップに入れて戻ってきて黄瀬に飲ませた。


『黄瀬、大丈夫か?』


「…あれ、葉月っち…黒子っちに青峰っちも…ここ、どこっすか?」


「分からないんです、それよりも―…」


黒子の視線の先、黄瀬が持っていた紙だ。
青峰が本人に確認も得ずに奪い取る。
俺と黒子が青峰の持つ紙を見るとやっぱり先ほどの内容の続きだった。


写真を撮られる男はゲルテナ最期の作品として有名となり、世界中を回って展示されるうち、感情が生まれました。ああ、俺も人間になりたいなあ、と。強い感情を持った美しい作品は魂が宿り、彼は人間の世界で生活するようになりましたが彼は絵の世界に友人を招きたくなり、ついにいけないと分かりながらも引き込んでしまいました。


「これ…黄瀬くんの…」


「なんすか?その紙…真っ白じゃないっすか」


『!?』


首をかしげる黄瀬。


「とりあえず…コップ、返しに戻ろうぜ」


青峰がそう促し黄瀬と一緒に家に戻ると「ここ!俺ん家!」と表情を明るくさせた。
家に飛び込み「お父さんの香りがする」と嬉しそうにした。
ゲルテナが亡くなって60年近くたつ。
黄瀬が実家に帰るのは60年ぶりになる、ということなんだろう。


『じゃあ、ここは黄瀬の実家…?なんで病院のクローゼットなんかに繋がって…』


―…良い子悪い子、悪い子、あんたのこと、写真を撮られる男。


「「「!?」」」


『紫原の声…?』


―…寂しさ紛らわせるために友人二人を絵に閉じ込めようとした、ただの絵の分際で


「あ…っ、あ、俺は…」


「黄瀬くん!僕は気にしてませんから落ち着てください!」


―…勝手な感情で友人を殺そうとした
自分が人間になれないから絵にしようとした


「あああああっ!!」


「おい黄瀬!落ち着け!!」


黄瀬が犯した罪をダイレクトに言ってくる。
どうして紫原が黄瀬のことを知っているんだ?


―…所詮絵なんだよ?人間になれるわけないじゃん


ガタガタ身体を震わせて膝を付いた黄瀬。
顔は真っ青になってしまって俺たちは黄瀬に駆け寄る。


「ごめんなさいごめんなさい、俺、俺…っ」


―…判決!有罪!さっさとただの絵具に戻ればいいじゃん
これが人間に憧れた哀れな絵にふさわしい末路だね


ガクンっと黄瀬が大きく傾くと家の風景も傾き揺らめく。
酔いそうになり、目を閉じる。
暫くして足に床がついた感覚がして目を開けると見慣れた俺の部屋にいた。


「ここ、葉月ん家じゃねえか…何が何なんだ?」


「黄瀬くん!!」


黒子が駆け寄った先―…俺の部屋の隅に立っている黄瀬がいた。
黄瀬の目には光が宿っておらず生気を失っている。
ポタポタ、と黄瀬の身体から絵具が漏れている。
綺麗に整った顔も絵の具で染みて歪んでしまっていた。
俺は慌てて黄瀬の本体である絵を見た。
何時も綺麗な絵が絵具でぐちゃぐちゃに荒らされている。


『黄瀬…』


―…判決!有罪!さっさとただの絵具に戻ればいいじゃん


つまり紫原を止めないと黄瀬はただの絵の具に戻ってしまうという事だ。
呼吸音は聞こえるから死んでいるわけではないが、精神が崩壊している。
自分がやってしまった過去を突きつけられたのだ、無理もない。
早くしないと…。

すると絵具を床や壁に叩き付けたような音が聞こえる。
振り返れば黄瀬の文字が俺の部屋に書かれていた。


こ ん ば ん わ ア リ ス 
ク ロ ー ゼ ッ ト
開 け て み る ?


「おい!葉月の家の中にクローゼットはあるか!?」


『あ、ああ…確か奥さんの部屋に…』


「案内してください!」


俺たちは黄瀬を置いて奥さんの部屋に入る。
誰もいない部屋。
俺たちはゴクリ、と息を飲んでクローゼットを開けて飛びこんだ。


(紫原は人外…もしくは憑りつかれているのかもしれない)


まだ分からない、けれど早くしないと黄瀬が絵ではなくなってしまう。
それだけは嫌だ。


(俺の、初めての、友達なんだ…)



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