15

良い香りのする香水。
普通の中学生じゃ手の届かないような美容液。
お気に入りのワックス。
常に新作のお洋服。
何でも揃ったけれど、何もなかった。

みんな綺麗ねって言ってくる。
みんなお人形さんみたいって言ってきた。
そしてみんな格好いいって言ってくれる。
嬉しかった、けれどやっぱり満たされることはなかった。
何にもない、外見だけ見て俺の何を知っているんだと問いただしたかった。
けれど俺にそんな勇気はなくて。
難にも悩みがないような顔をしてクラスの中心で笑ってた。

学校で生きていく上で大切なこと。
愛想、笑顔、協調、同情、容姿、場の空気を読む力。
みんな同い年の癖に階級を作る。
これがスクールカーストと呼ばれるものだと俺はテレビの特集で知った。
容姿がよくて運動部でコミュニケーション能力が高くてオシャレだと上の階級。
その逆、文化部で地味な奴は下層。


(くだらない)


何が偉いと言うのか分からない。
容姿も趣味も恋愛経験も関係ない。
人間中身だ!!…なんて、言えないけど。
どうせ社会はそういう人間に人間が集まるようにできている。
内心くだらないと思いながらも俺は実行する。
褒められる容姿を使って、愛想よく笑って。

―…え?髪きったんだぁ
って笑って。
―…うん、どう?似合う?
って聞かれたら。
―…めっちゃ似合うよぉ
っと返しておく。
内心では馬鹿にしてもいい。
そうしておけば何とかなる。
「この前の髪型のままのほうがよかったんじゃない?」なんて絶対禁句。
―…えぇ、そうかなぁ、実は失敗したって思ったんだけどぉ
とか言ってくる馬鹿だったら。
―…え?うーんそうかなぁ、いい感じだと思うけど
っと悩む仕草をしてから
―…確かに、その美容室はずれじゃん
って同じ意見にしておけばいい。

これが俺の世界。
ちっぽけなバカでくだらない世界。
でもそういう馬鹿が多い世界なら仕方ないじゃん。
馬鹿が多いなら、それは「正しい」
多数決。
人数が多い方が正義。
そういう世界。

だから、やめてよ。
翼っち。
みんなと同じ方向を向いていようよ。
いくら自分の正義を通したところで、意味なんか。


「へぇーじゃあ今合宿で来てるんだぁ」
「まじラッキーだよね」
「私たちキセリョの大ファンなんだ」


「はは、嬉しいっす」


じゃんけんで負けた買い出し。
合宿場から離れて町まで来たけど女子高生のお姉さんたちに捕まってしまった。
こういうのはレギュラーじゃない奴らにやらせておけばいいのに。
内心イライラしながら笑う。
ここで冷たい態度とかとったら事務所に怒られんだろうなぁ。


「ねぇ、どこの合宿場にいるの?」


「え?」


三人グループの中の二人が少し離れると残った一人が折れにこっそりと声をかける。


「ここらへん合宿場多いからわかんないの。お部屋におじゃましちゃ駄目?」


「あー、えっと、6人部屋っすから」


まぁその部屋に7人いるんすけどね。


「じゃあこっそり抜け出せない?私…結構本気なんだけど」


胃がムカッとした。
何が本気だよ。
俺の何を知ってるんだ。
モデルの看板背負って町を偉そうに歩きたいだけじゃねぇの?


「ごめんね、俺もうそろそろ戻らないと―…」


「待って、お願い本気なの」


手を掴まれて買い出しの袋を落としそうになる。
するとパシッと袋を誰かが掴んだ。


『…何してんの、遅い』


「翼っち…!」


汗だくで息を切らしながらお姉さんを睨み付けると怯む彼女。


『スポドリ早く作らないと俺と桃井が怒られんだよ。早く帰るぞ』


「え、あ、あ、」


グイッと腕を引っ張ってくれる。
しかし彼女はまだ離さない。


「その袋だけ持って行けばいいじゃない、今私と黄瀬くんが話してるの」


『―…はぁ?』


ギロリと鋭い目が彼女を捉える。
ポタリと汗が俺の腕に落ちて思わずドキリとした。
まだ乱れている呼吸。
走ってきてくれたのかな…そんな期待をどうしてかしてしまう。


「ちょ!行こうよ!」
「何してんの!!」


すると戻って来た残りの二人が彼女を引きはがして逃げるように去って行く。


「こっわー」
「何あれ不良?」
「黄瀬くん大丈夫かなぁ」


「翼っち、」


『帰ろう、黄瀬』


鋭い目が、緩む。
汗を拭って大きな呼吸をする。
そんな姿はただの中学生だ。


「どうして、あんなことするんすか?」


『迷惑だったか?』


「違う、どうして自分の評価を下げてまで俺を守るんすか?」


買ってきた粉末状のスポドリに袋を片一方持って歩く翼っち。


『最初に会話したとき、黄瀬に俺は酷いこと言ったんだ』


「え?」


そうだっけ、と思い返す。
そういえば「人の噂を鵜呑みにする馬鹿」とか言われたっけ。
でもあれは俺から喧嘩売ったんだし仕方ないと思う。


『黄瀬はもう、そういう世界で生きてるのに、何も知らないであんなことを言って悪かった』


学校では自分の意志を貫いてもいいかもしれない。
悪い噂がたっても成績がしっかりしていれば問題ないかもしれない。
でも社会に出れば違う。
噂、実績、容姿、性格。
全てが自分の人生に響いて来る。

そう、俺のモデルと言う仕事。
それは噂がよくなきゃいくら容姿が良くてもファンがいなくちゃ生きていけない世界。


『黄瀬は俺よりもずっと大人だ』


キラキラと海が光る。
唇のピアスが綺麗に夕焼け色に染まる。


「…そんなことないっすよ」


『そうかもな、だけど俺は自分の思うがままに勝手に行動してるだけで理性も何もない』


「…」


『でもお前は自制して生きてる、凄いよ』


何もなかった。
何でも揃ったけど何もなかった。
俺が本当に欲しかったものは。
心からの、言葉。


「―…そういうこと言われたの初めてで嬉しいっす」


『そうか?案外皆分かって言わないだけかもしれねーよ?』


「俺は全員に認められるより、自分を見てくれる1人が欲しいっす」


『!』


この前似た様な言葉を俺に言った翼っち。
振り向いてそして、笑った。


「もう、そんな人は隣にいてくれてるから、俺は幸せ者っすね」


『―…バカじゃねぇの?』


クスクスと笑っている翼っち。
ベタでくさいけど。
夕日より海より綺麗に見えた気がした。


評価される世界
黄瀬に好意が芽生えた様子



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