29
体調もまだ優れていないというのに俺はベッドから起き上がると立体機動装置を慣れた手付きで装着した。
刃の数を確認してから日が昇ったばかりの早朝、自室から出た。
廊下には当たり前だが誰も歩いてはいない。
部屋のドアの内側からいびきが聞こえるくらい静かな朝である。
カツンカツンと、廊下に響く自身の足音。
俺は歩んでいた足を唐突に止めるやいなや後ろを振り向いて剣を後ろに向けた。
「…っ、ハイネ分隊長?」
『おはよう、妙に早起きだな』
俺の後ろにいたのは俺の隊にいる青年であった。
俺が分隊長として初めて出陣するとき俺の体調を心配しにきた奴だ。
「ハイネ分隊長こそー、早起きですね」
『そりゃ俺が1人きりになるためだよ』
朝弱い俺を叩き起こし、着替えの乱れに文句を言い、食堂で当たり前のように一緒に飯を食い、仕事を一緒にして、夜には会いに来る。
ー、リヴァイが俺の隣に必ずしもいたのだ。
だから俺が1人きりになるには苦手な朝方しかないのだ。
リヴァイよりも誰よりも早く起きてコイツに会わなくてはならなかった。
『お前は俺が1人のときにしかいない、そうだろ』
「何のことですか」
『とぼけるなよ、今はお前と俺の2人きりだぜ?』
だってお前は確かに存在していなかった。
壁外調査のときも。
『お前はー、人間じゃない』
「ははっ、では巨人ですか?」
『違う、お前は嫉妬の塊だ』
それを言うと青年はクツクツ笑い、パンパンと拍手をした。
ご名答、ということか。
青年の正体はリヴァイと俺に向けた嫉妬の塊が人の形をしたものであった。
人類最強と崇められるリヴァイと、なり損ないと言われても最強の次に君臨する俺。
凄いと心から思ってくれているかも知れない、心から憧れているかも知れない。
だけれど人間は醜い。
自分の知らない心のどこかで嫉妬しているのだ。
「すごいなあ(でも俺も上に行きたい)」「憧れだなあ(何時まで仕切ってるのだろう)」
そんな無意識からできた嫉妬が人々の身体から出てきて、集まり凝縮し変形しそして青年の姿になった。
立体機動装置の破壊もそれ。
死んでほしくないけど、もしも事故で死んだら俺(私)が上に上れるかも知れない
そんなような気持ちから。
スポーツ選手への憧れと似ているかも知れない。
「すごいなあ」と思い憧れているのは確かなのに、その人がいては自分は一生ユニフォームを貰えないという。
「貴方に俺は消せない。俺が消える方法はひとつ。リヴァイとハイネが死ぬことだ」
『そうか』
「言わば俺はストレスの塊だからな、ストレスが全て発散されなければ消えない」
『死ぬ以外でないのか?』
さすがに命はいやだと素直に言えばクツクツ笑いニタリと口端を上げた。
「お前が傷付いてる姿が見たい」
もしかしたら死んだほうがよかったのかも知れないって思わせてやるよと。
君がため、プライドなど消し去ろう