春だ。少し暖かい。

「今からちょっと買い物に行ってくるけど、何か欲しい物ある?」

少し薄めの上着を着ながら彼女は言う。ちょっと暑いなぁ、とぼやきながらも財布や携帯を鞄に詰め込む彼女を、柄にもなく可愛いと思った。

「特にないけど、着いていっていい?」
「珍しい。」
「ちょっと暖かくなると変な人増えるから。」

彼女は吹き出して笑った。なんだよ、心配してやってるのに。

「あとは免許とりたての若者が事故りやすい。」
「巻き込まれたら大変だもんね、っ」

まだ笑ってる。そんなに僕が君を心配するのは変だろうか。いつも心配してるのに。伝わってない?おかしいな。

僕も気持ちばかりの上着を着て、随分とぼろぼろになったスニーカーを履く。そろそろ買い換え時かな。彼女にねだってみようか。いや、まだ穴空いてないしな。水溜まり踏んでも浸水しないだろうから、いいかな。

「そのスニーカー、買い換える?」
「あー、今同じこと考えてたけど、まだ大丈夫そう。」
「そう?」

春色のパンプスを履いた彼女は、心なしか機嫌が良い。今ならねだれば買ってくれそうだけど、まぁ、いいや。

さりげなく車道側を歩く僕に、彼女は腕を絡めてくる。胸当たってる、と言えば、当ててるんですー、なんて、色気なんてまるでない答えが返ってくる。こういうとこが好きだ。

「眠いー。」
「暖かいからね、帰ったら昼寝でもするか。」
「するー。」

今にも眠ってしまいそうな表情で歩く彼女の目を覚ます、つんざく音が聞こえた。

黄色と緑のステッカー。飛び散るヘルメットの残骸。

「…え、ちょっと、なに?」

昼下がり、交差点がざわめく。

「言ったろ。免許とりたての若者が事故起こす、って。原付とクラッシュした。」

派手に壊れた車。エアバッグが膨らんでいる。

「見ないで良い。もう行こう。」

陽気で暖まったコンクリートに横たわる原付の運転手。そして朱。

「うん…」

彼女は早く立ち去ってしまおうと、僕より先に歩き出した。

僕はこっそり振り返る。ちらりと原付の運転手の肉体がえぐれているのが見えた。少し暖かいから、薄着だったんだろうなぁ、と考えた。あぁ、まるで潰れたイチゴみたいだ、とか。

けして美しいとは思わないけど、生きてた(少なくともさっきまでは)んだなぁ、と変に実感した。

「ねぇ、早く行こう…」

僕が横にいないことに気付いた彼女は、数m先から僕を呼び寄せた。

彼女も、ひとたび開いてみればイチゴみたいなのだろうか。甘くて、酸っぱくて、喜びに満ちた、そんな―――。

いや、それはないな、と僕は頭を振った。春の陽気にやられたのはどうやら僕らしかった。



* * *
無印の相馬様の誕生日にこっそり捧げます。
お誕生日過ぎてしまってる上、微妙にダークでごめんなさい。
酸素中毒者仕様なので許してください。

3月31日:誕生花はイチゴ。花言葉は「無邪気」「誘惑」「甘い香り」など





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