分厚い推理小説を読んでいるルームメイトに、飲むかぃ?、と問えば、あぁ、という短い返事だけが返ってくる。勿論、奴が飲むことを前提で2杯もミルクティーを淹れたのだから、その返事は予測済みであり、その返事でなければ困る。
「いつもと味が違う………。」
「あぁ、気付いた?」
ティーバッグを変えたのか、と言われたが、僕はNOと答えた。なぜなら、僕はこの社のティーバッグが好きだし(寧ろ敬愛していると言ってもいい)、変に凝ったものよりは安価で手に入れやすいからだ。
近くに出来た新しいパン屋で買ったスコーンを皿に乗せ、奴の前のテーブルに置いた。君にしては気が利く、と奴は言い、スコーンを手に取り、齧りついた。
君にしては、なんて余計な一言だと、出会った頃なら噛みついただろうが、今はもうそんな愚かな(そう、愚かな)ことはしない。何を言っても、奴なら僕を論破する。
「で、何故いつものティーバッグなのに味が違う。」
「CMで見たんだよ、ロイヤルミルクティーの作り方。」
僕はあえて得意げに答えた。
牛乳と水とティーバッグをマグカップに入れて、レンジでチン。たったそれだけ。でも、美味しいだろう?
そう言ってスコーンを囓っている僕に、奴は少し考えてから、ほぅ、と呟きにも似た感嘆を漏らしてから本に向かい直した。奴がさほどレシピに興味が無いのも、僕は分かっている。
こんな沈黙には慣れている。特に何もしなくてもいい。奴は本に夢中なのだから放っておくべきだ、何も発するべきではない。このスコーンはハズレだな、と微妙に水分量の多いそれと批評を、更なる水分で流し込んだ。
「君は、あと何度、僕にこのお茶を淹れてくれるんだろうね。」
奴が言葉を発するのは、いつだって突然だ。
「さぁね。ティーバッグ2つも使うから、しょっちゅうは作らないよ。」
そこまで恵まれてる財布じゃないから、勿体ないし。
そう付け加えると、奴は顔を歪めた。なんだぃ、そんなにこのロイヤルミルクティーが気に入ったのか。そんなにしょっちゅう飲みたいのか。
僕がどこか冷めた目で奴を見ていると、奴はソファから立ち上がり、さっきまで読んでいた本を僕に突きつけながら、口を開いた。
「そうじゃない。僕は人間だし、君だって人間だ!」
「知ってるよ……君がいくら奇人変人だとしても、僕と人体構造は一緒、人間だろ。わかってる。」
「我々が人間である限り、いつかどちらも死ぬ!」
「そ、そうだね。」
「つまり、君がいつまで僕にこうやってお茶を淹れてくれるか、僕にだってわからない!」
半ば発狂気味に奴は吐き捨て、ソファにうずもれた。
なんなんだ、と思った。久々に奴の行動理由が分からない。
「……僕は、僕は、君が淹れてくれるお茶が大好きだ…」
「僕は家政婦じゃないぞ……」
「わかってる……わかってるさ………」
奴のメランコリックにも慣れたもんだが、収め方は未だに分からない。
もう1杯淹れてやればいいのか?
「っていうか、好きなのは僕の淹れるお茶だけか!?恋愛感情なんて要らないが、もっと他に好きなところくらいあるだろう!友達として!!!!」
ルームメイトとして!!!!
「あるさ……僕みたいな奇人変人をまともに扱ってくれたり話しかけてくれたり、何かと連れ出してくれたり、心配してくれたり、名前で呼んでくれたり、まぁ、その、お茶を淹れてくれたり……とにかく君の世話焼きなところは大好きさ…感謝もしている……」
そう言う奴の顔は真っ赤だった。気持ち悪い。素直すぎて。奇人変人のくせに。
なんて、そんなことを思ってる僕の顔も多分真っ赤なんだが。
「だから…その………君がいなくなるのが、僕は…怖い…」
「……心中でもしよう、ってか。」
「死にたくは、ない…」
「君は本当に我が儘だな……」
とりあえず飲めよ、と促せば、これまた素直に奴はマグカップを手に取った。いつもこれくらい素直なら、と思ったが、やはり気持ち悪いな、と思い直した。
ずず、と一口飲んでから、奴は続けた。それと同時に、僕は水分量が気に入らないスコーンを手に取った。
「……なぁ、」
「なんだぃ。」
「僕と結婚してくれ。」
突然の奴からのプロポーズに、僕はスコーンを落とし、そして、
「き、君のその一人称が然るべきものになれば、考えて、あげる……よ…?」
と、返すしかなかったのだ。
* * *
僕っ娘は嫌いじゃないです。好きでもないけど。
そして例の社のティーバッグを敬愛しているのは私です。
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