人気の無い丘の上。
佇むように、泣くように、その家は建っている。
誰かに見つけて欲しそうに。
誰からも見つけられないように。

そこに住んでいるのは、まるでその家を擬人化したような少女だった。

一人で生きるには寂しいその家で、彼女は声もなく生きている。
怒りを物に当たり散らすことで表現し、悲しみを部屋に閉じこもることで表現しする。
喜びを表すことは出来ない。

何かを伝える度に、伝えようとする度に、彼女は俺を傷つける。

「ローザ、今日は良い天気だ。散歩にでも行かないか?」

台所に立つ彼女に話しかける。
別に同居してるわけじゃない。
ローザ、という名前は俺が付けた。
声を持たず、文盲の彼女は自分の名前すら他人に伝えられない。

彼女は俺の言葉に反応する素振りすら見せず、黙々とパンケーキを焼いていた。
聞こえていないわけではない。
いつものことだ。

気にせず朝刊を読みながら彼女の返答を待つこと5分。
俺の目の前にあるテーブルに、どかり、と皿が置かれた。
重なったパンケーキ5枚と、それらに突き刺さる、ナイフとフォーク。

「…たまには外に出ねぇと、身体に悪いぞ。日光に当たらないとビタミンDが体内で生成されなくなって骨とか歯が脆くなるんだからな。」

ナイフとフォークを抜きながら彼女にそう言うけれども彼女は聞いてくれない。
日当たりのいい場所に家が建ってるから大丈夫、と言わんばかりの表情で僕を睨み付け、部屋を出て行った。

一人になった部屋で、俺はパンケーキを食す。
彼女は一日一食しか食べない。
俺に朝食を作った後は部屋に籠もり、昼食は辛うじて二人で食べ、俺に夕食を作った後は風呂に入り寝る。

「旨い…」

材料の買い出しなんかは全部俺に任せっきりの彼女だが、その分料理はうまかった。

その他は欠陥だらけの彼女と、ローザと知り合うことになったのは、彼女の両親が作った借金を取り立てるのが俺だったというだけなんだが、何故同居までしているのかはわからない、わかりたくもない。

ローザが物心ついた頃には既に両親は娘を置いて夜逃げ。
仕方なく娘に借金を返してもらうことにしたが、どこでどう同情して同居になっただろうか。
1年より前のことは思い出さない主義だ。借金以外は。

最後の一切れを口にねじ込み、皿をシンクに持っていこうといたところで。
俺の意識は突然暗転した。





次に目覚めたときは見事に夜で。
ソファーに俺を押し倒して、俺の首を絞めていた。
右手人差し指にはめているらしい指輪が食い込んで痛い。

いつのまに、どうやったのかは知らないが、俺は脱がされていて。
彼女も脱いでいた。
俺に薬を盛って、勝手にヤってたらしい。
彼女の顔は火照っていた。

これも、たまにあることだ。
慣れた。

首を絞められたら、俺も声が出ない。
俺を自分と同じ土俵に立たせることで、ローザは過度な興奮を覚えるようだった。
俺の首を絞めながら、彼女は酷く熟した笑みを浮かべていた。
初めこそ怖ろしく思ったもんだが、慣れた。そう、慣れたのだ。

女の首を絞めながらイくのはキモチイイと聞いたことはあるが、逆はどうなのか知らない。
知り得ることなど一生ない。

ただ彼女が泣きそうな顔で、笑うもんだから、もう、どうでもいい。
借金も、彼女の生い立ちも、俺の行く末も、どうにでもなればいいと思った。
この家が、このまま誰にも見つからなければ良いとも思った。

首を絞められながらイくのは、気持ちが良かった。



* * * * *
年末からずっと温めてた話。




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