ある時代、ある国のあるところに、一人の少女が居た。愛する両親のもとで、彼女は心優しく、そして大層美しく育った。彼女の年齢が2桁になった頃、大好きだった母が死んだ。父は妻を亡くした悲しみを埋めるため、ほかの女と結婚した。その女には3人の連れ子が居た。死んだ母親に似ても似つかぬ意地悪な継母と、少女より一回り年上の嫌みしか言ってこない義姉たち。父は彼女たちの本性を知らずに結婚したのだろう、いつしか仕事を理由に帰ってこなくなった。少女はひとりぼっちになった。継母と義姉は、何かと少女にケチをつけては殴り、蹴った。ご飯がまずい、部屋が汚い、顔がむかつく。謂われのない文句で打ちのめされた少女は、いつしか心に獣を飼うようになった。
「いつか父さんと、あの女どもに復讐してやる。」
不味いと言われたご飯には少しずつ毒を盛った。汚いと言われた部屋の壁をパリスグリーンで塗った。むかつくと言われた顔には出来るだけ笑みをたたえるようにした。ただ、その笑みが狂気に満ちたものであることは、少女以外の誰にも知られることはなかった。
数年経ち、継母と義姉は体調を崩しがちになっていた。少女はほくそ笑んだ。
時を同じくして、国の王子が花嫁を探しているという噂が少女の住む村を駆け巡った。1週間後、城で舞踏会を開くらしい。そこで王子に見初められた女が花嫁になるという。少女は「金持ちのすることは違うな。」と思いながら、一番上の義姉の皿に毒を盛っていた。
「お前たちの誰かが王子様と結婚したら、私も今より良い暮らしができるかしらねぇ。」
「間違いありませんわお母様!」
「もしかしたら、お母様が王子様に見初められる可能性だってありますわ!」
「お姉様の言うとおりですわ、舞踏会に行きましょうお母様!」
こいつらは馬鹿か、と少女は嘲笑いながら彼女たちの前に料理を並べた。
「お前らみたいな不細工なんざ、王子様に見初められるわけないだろ。」
そう言えたらどんなに楽かと少女は思ったが、暴力を振るわれるのはやはり嫌だったので言わなかった。
「おい、お前。」
継母に、少女は呼ばれた。一度も名前を呼ばれたことはない。
「なんですか。」
「舞踏会のために私たち4人分のドレスを作りなさい。」
「はい。」
あくまで事務的に笑いかけ、答えながら、少女はやはり4人を嘲笑った。
数日後、4着の立派なドレスができあがっていた。少女は出来上がった全てのドレスに、偶然、そう、偶然、漆を溢したのだが、4人には言わなかった。
ドレスを着て、宝石で着飾り、ヘアメイクも施した4人は、いつも通り少女に家事を押しつけ、意気揚々と出かけていった。少女は笑顔で見送った。勿論不愉快であったが、4人が見えなくなった瞬間少女は大笑いした。
一通り笑ったあと、彼女は家事をしよと家の中に入った。すると、玄関口に見知らぬ老婆が立っていた。老婆は言った。
「お前も舞踏会に行きたいのだろう?」
少女は、いいえ、と答えた。老婆はまた言った。
「お前も舞踏会に行きたいのだろう?」
はい、と答えなければいけないのだろうか。少女は思った。
「お前は王子と結婚する運命にある。」
老婆は言う。しかし少女に結婚願望はなかった。愛する実母の死を忘れるかのように他の女に手を出した父親と、人間性のかけらもない継母と義姉を見ているうちに、結婚が忌々しい物に思えていたのだった。ましてや、王室でぬくぬくと育った王子との結婚など考えたくもなかった。
「お前を舞踏会に行かせてやろう。」
老婆は勝手に話を進めた。いつのまにか少女の擦り切れた洋服は、4人のために作ったどれよりも立派なドレスとなり、伸びきった長い金色の髪は結い上げられ、豪華な宝石が首にあった。誰も舞踏会に行きたいなんて言っていないのに。
私の周りの大人は、みんな勝手な奴らばかりだ。
少女はそう思いながらも、勝手に用意された姿のまま、勝手に用意された南瓜の馬車に乗り込んだ。馬車は、生臭かった。
少女は初めて城を見た。大きかった。大きすぎて、入り口が分からなかった。馬車は、既にただの南瓜となっていた。帰れなくなった。やはり大人は嫌いだ、と少女は城の前にしゃがみ込んだ。
「こんなところで何をしている。」
ふと、頭上から男の声がした。
「勝手に舞踏会に連れてこられたのよ。」
少女はありのまま答えた。男は笑った。何がおかしいのだろうと、少女は苛立った。
「王子の花嫁になりたいと思ったんじゃないのかい?」
「思わないわ。温室育ちの人間には懲り懲りなの。」
男は見なりもよく、品も良かった。勿論、顔も良かった。彼が例の王子だ、と、少女にでも分かった。
「おもしろいね、君。」
くすくすと笑う。少女は、いくらかはその表情が美しいと思ったが、継母や義姉が憧れている人、であるというだけで嫌悪を抱いた。彼には罪はないとわかっていても。当然、結婚したいなどとは思うはずもなかった。
だが、彼と結婚することが継母と義姉に対する復讐になるのではないかという考えも浮かんだ。
そんな少女の考えなど知らず、彼は言った。
「良かったら、僕と結婚……いや、まずは友達からでいい、付き合ってもらえないだろうか。」
今まで、彼女たちに少しずつ毒を盛っていたことが酷く回りくどく感じられた。
「友達でいる時間なんて勿体ないわ、貴方となら幸せな結婚ができると思うの。」
怖ろしいくらい分かりやすい心変わりだとは分かっていた。しかし、使える物は使いたいのだ。権力、チャンス、なんでも。
「ほんとうかい?良かった!!」
僕は僕に媚びてくる女性となんて結婚するつもりはなかったんだ、君のような女性と結婚したかったんだ!
彼はそう言って少女を抱きしめた。少女は、彼の腕の中で、やはり嘲笑を浮かべた。
それから数日して、皇太子妃の実家の者が何者かによって殺されたというが、詳しいことも、真実かどうかすらも、分からない。
「お母様、そのお話は本当にあったお話なの?」
「さぁ、私には分からないわ。分かるのは凶器が国軍の剣で、めった刺しだったということだけよ。あと、この物語は、お父様に話してはいけないわ。」
「どうして?」
「女の子だけの、秘密なのよ。」
* * * * *
シロ的ブラックなシンデレラストーリーを。
童話病様に提出。
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