死んだら何も残らないというのは、確かにそうだった。眠くなるようには死ねない上に、そのまま何かが迎えてくれるわけでもなかった。でもまぁ、それで良かった。

でも、死のうとしたことを後悔はしていない。

「生きてたらええことある、って言うけど、そんなことないね。」

目の前に座る少女は俺に言った。その内容は間違いではないし、むしろ正しいのだ。人生の中で死にたくなるようなことは腐るほど体験するのに、イイコトは死にたくなんてならない。逆に「生きてて良かった」なんて、"生きる"ことに感謝するのだから、不思議だ。大人になった今でもそう思う。生きていることに感謝したり恨んだり、なんで"生きる"ってこんなに忙しいんだろうか。

「今まで生きてきて、色んな綺麗事言われたけど、それは全部私を傷つけたし。」

綺麗事を言う奴は、大抵誰かに愛されてて、嫌なことも嬉しいことも全てを"充実"に変換していける力を持った恵まれた人生を歩むんや、と少女は言う。それが出来へん私を不器用なんやという人もおったけど、どうしたらええんかは誰も教えてくれへんかった、とも言った。

「なぁ、私って自己中心的なんかな。」

少女は問いかけた。大人に意見を聞いて縋っていかなきゃ不安な時期っていうのは、誰にでもある。少女の言うような"恵まれた"人にも"恵まれていない"人にも。

「自己中心的でない人間なんていないね。俺は君の話を聞くのが仕事で、そうすることで給料をもらえる。だから、俺は君の話を聞く。君のためにしているようで、これは俺のためだ。君の言うような"綺麗事"を言うなと言うなら、これが事実だ。俺も自己中心的、君も、自己中心的。」
「そんなんでよく務まるなぁ、この仕事。」
「君が問いかけたことに、君の望むように答えただけだろ。」

言い返せなくなった少女の目を盗んで、笑った。

「………生きるって、めんどーやわ。」
「あぁ、それは同感だ。ただ、死ぬ直前はそう思わなかったね。もっとやりたかったことがびっくりするくらい溢れてくるんだ、走馬燈とはちょっと違う。」
「は?」
「俺はね、君が考えてることを一瞬で考え込んで死のうとしたことがあるよ。力を入れていた部活も、愛してくれてた人も同時期になくした時期だったね。びっくりするくらい一瞬だった。これは綺麗事じゃないね、体験談だ。」

少女は聞いていない振りをする。それは、聞いている、ということだ。

「こういう体験を、同じような境遇とか気持ちを持った奴に前もって知らせておかないとまずいなって、思ったから、こういう仕事してるけど。それは、綺麗事だよ
な。」
「綺麗事やね。」
「君みたいに綺麗事で傷つく人間もいるけど、綺麗事で救われる人間もいるんだよ、不思議だよな。」
「……ほんま、あんたみたいなんが医大卒業できたとか、信じられへんわ。」
「ははっ、俺もだよ。」

意地悪く笑ってから、少女は眠ったように黙り込んだ。次に発せられる言葉を、俺は待った。そして、言った。いや、叫んだ。

「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!母さん!!!かあさん、かぁさあああああああああ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!」

首つり自殺をした母親の隣で自殺未遂を犯した18歳の青年の中には、彼の自殺した母親が"少女"の姿で住んでいる。





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