『白刃の絆』


ちりり、と。
一目で火花が散って魂に引火した。
初太刀を打ち交わせば、刹那、世界が一変した。
耳を焦がすような蝉時雨が彼方へ遠のき、まとわりついていた暑気も汗も肌を離れた。
視線も鼓膜も、意識も、心さえ、何もかもが目の前の男に集束した。
奪われるように。
荒削りの沖田と荒みきった斎藤は殺伐と打ち合い、びりびりと掌から腹の底まで伝う振動が激しく闘争心を掻き駆り立てた。
愉しさに心踊る。焦りに胸騒ぐ。
漸く。漸く互角の相手に巡り会えた歓喜の上で、ぎりぎりの一線で渡り合う快感が踊る。
沖田も斎藤も好戦的な笑みを浮かべて、夢中で一打ち一打ちに全てをかけた。
斬り結ぶ度、己を構成する一つ一つが沸騰して、深淵から酷く熱い渇きを覚える。
凌駕したい、倒したいと、強く欲した。
それは、渇望と呼ぶのも生温い、苦しいほどの飢餓そのもの。
灼熱の飢餓は度々暴れて、出会ったばかりの沖田と斎藤は決着のつかぬ喧嘩まがいの勝負に明け暮れた。
これまで数多の勝利を重ねながらどこか虚ろであった剣に、初めて快い息吹が通った、永遠の夏。

物騒な縁は一度唐突に絶えたものの、別れは束の間、変革を兆す千年王城で再び道は交差した。
天命か、飛び込んだつもりが手繰り寄せられたよう。
木刀を真剣に持ち替えても、二人は変わらなかった。
何をおいても、幼少から抱く本懐。
そのための、新選組の剣となる覚悟を、下知された芹沢暗殺を以て踏み固めた。
あの新選組胎動の夜。
沖田は暗殺の表舞台で存分に働き、その裏で斎藤が立ち回った。

「僕らを双璧って言う人もいるけど、笑っちゃうよね」

南天に望月、地上の闇に三日月の乱舞。
抜き身の菊一文字と鬼神丸国重とが火花散らして鬩ぎ合う。

「そうだな。あんたと俺は、違う」

鋼と鋼が衝突する度、強烈な振動に揺さぶられて鼓動が逸る。本能が猛る。
暗闇の中、互いの瞳を僅かも逸らさない。
薫風は宵闇を。宵闇は薫風を。
正視したまま、呼吸で感じる相手の剣に思う様剣をぶつけ、命懸けの演武に鎬を削る。

「僕は、斬るよ。近藤さんの邪魔になるもの、新選組に仇なすものは全部。迷いはない。斬れと命じられれば殺すまで。それが僕の意義だ。君は好きに君の意思を貫けばいい。でもまた新選組の意向に背くなら、二度はない」

新選組の剣は山南の意志を代弁して、しなやかな身のこなしで荒々しい剣撃を繰り出す。
おおらかにして隙のない美しい曲線の連続を描く、勇壮な舞にも似たその姿、薫風の印象さえ与えながら真義は人斬り。純粋に研ぎ上げられた殺意そのもの。

「新選組のためならば命令は遵守する。汚れ仕事も厭わん。近藤さんを、土方さんを、信じればこそ。だが、俺は俺であるために剣を手に取った。俺を曲げてまで振るう剣は持ち合わせていない。それだけのことだ。あんたが負う新選組の意向が間違っていると思ったなら、俺は俺の意志を通す」

新選組の影はにべなく脅しをはねつけ、宵闇に溶ける軽やかさで身を翻しては素早く刀を閃かせる。一撃一撃が鋭く深い。
抜けば玉散る氷の刃。落ち着き払った太刀筋は非情なまでに攻勢を緩めない。
二人は、相容れない。
本懐が、全く別のところにある。
近藤のため。
武士であるため。
幼少から抱える本懐は、そうあらねば己が己でなくなる、譲れないただ一つ。
根本から枝先まで、同じ新選組のための人斬りでありながら、何もかもがてんでばらばら、対極だ。
光と影。
陰と陽。
表と裏。
真逆な性格そのままに、二人は対極で剣を振るう。
実力は、伯仲。それも剣技の頂を争うほどであるものの、全てがあまりにもでたらめに食い違い、双璧という眩い称を冠する間柄には程遠い。

「君って本当頑固だよね。石頭」
「あんたは気紛れなわがままが過ぎるくせに、執念深い」
「当然だよ。近藤さんが僕の全てだ」
「ならば土方さんに負担をかけるな」
「どうあっても土方さんの肩持つんだ」
「土方さんが鬼になるなら俺は影になる。そう決めた」
「――残念だよ」
「――残念だな」

弾む呼吸で異口同音に惜しんだ二人は、一息に距離を詰めながら大きく振りかぶった。
凄まじい衝突に鋼と鋼が高らかに鳴り響く。
静謐の夜天に。その、昂ぶる身の内にも。

「君を殺すのは僕だと思ってたけど、君が君を貫くなら、僕の敵にはならないね」
「あんたがあんたでなくなることもあり得ない。俺もどうやらあんたの首は諦めねばならんようだ」

本来真っ先に斬り伏せたい相手を前に二人は心底残念そうに言う。
鍔競り合いの刃音が深淵の灼熱を揺さぶる様を、薫風と宵闇の双眸から互いに覗き込む。
初めて剣を交えた夏の日からずっと、激しい恋に焦がれるように餓えていた。
道が剣が交差する毎、鼓動が高鳴り血潮が沸騰し、絶頂にも似た昂揚に支配される。
灼熱の飢餓を潤すものは、唯一、相手の血のみ。
されど、決着を望む以上に終幕を拒む。
もっと剣を交えたいと、飢餓は増すばかり。
この餓えは生涯潤うことはないのだ。
沖田は近藤の剣。
斎藤は土方の影。
それだけが二人を誠の旗の下一つに繋ぐ。
それだけで二人は強固に繋がる。
己が身を白刃とし、対極の二人がこのときだけは太極の相を導き出す。
新選組のための、光と影、陰と陽、表裏一体。
これからは、違う立ち位置で新選組の敵を屠っていく。
激動の時代、動乱の都で打って出た大博打。まだ黎明。
光の中沖田はいつ何時も第一線で華々しく殺人剣を振るい、世に新選組を知らしめる。その圧倒的な強さは畏怖の対象となるだろう。そこに敵味方の区別はない。
劣らず斎藤も表で敵を斬り伏せる一方で、闇に身を置くことが多くなる。嘘も真も善も悪も等しく葬り、闇に降る血の雨の悍ましさを知って尚揺らがぬ覚悟で闇を負う。
本懐も意義も異なる二人は、新選組の剣であることが共通の生き方。
近藤、土方、山南。それぞれの絆が結ぶ複雑な関係の中に、二人は白刃の絆を貫く。

刀匠が玉鋼を打って剣を鍛えるように、二人は互いに何度もぶつかることで絆を強靭に鍛えた。
刃を交える度に絆は強度を増していく。
一番組組長と三番組組長を拝命した二人は挑むように見詰め合う。
口許には、笑み。

CG

「だが、あんたに背を任せれば、負けなしだ」
「そうだね。暫くは、背中を許してあげる」

背を守るつもりはない。預ける気もさらさらない。
だが、呼吸がぴたりと合致する男を背にして戦う心地よさを、知ってしまった。
双方押し合っていた剣を相手の刀身に滑らせるようにして、一旦引く。
それから解いた刀を再び彼我の狭間で軽く交差させながら、月華に濡れ光る切っ先をぴたりと心の臓の上に突き付ける。
契りか、挑発か、二人のみぞ知る。
初めて剣を交えた日から、まさに破滅的な恋に身を投じていた。
いつかこの餓えが火を噴いて身を食い荒らすのだとしても、迸る激情のまま、今の二人は駆け上がる以外の衝動を知らない。






(了)




k



←表題
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -