4日目

目が覚めると小さい照明だけ付けられた知らない天井があって、体を起こそうとした瞬間激痛が走った。
それで殴られたことを思い出して、自分はまだ生きていたのかとぼーっと思った。

辺りを見渡すと、私の横で椅子に座ってウトウトしている高尾くんの姿があった。
その奥の壁には時計がかかっていて、その針は9時を指していた。
外が明るいから、朝なのだろう。


「………」

自分で切ったはずの手首には、少しシワになっているけれど丁寧に包帯で巻かれていて、高尾くんに見られちゃったかなとか考えて。

不謹慎にも私を忘れてる彼が心配してくれてたら嬉しいなって感じて苦笑いした。


「……高塚、さん?」

「あ……」


まだぼやけているのか、彼は目を擦りながら私を呼んだ。
私が彼に苦笑いを浮かべながら“ゴメンネ?”と言うと、覚醒したのか目を見開いて立ち上がり、私の両肩を掴んだ。

「だ、大丈夫!?」

正直掴まれた肩の部分も蹴られて痛むが、彼の真剣な眼差しが嬉しくて首を縦に降った。

すると彼は安心したのか、力を無くしたかのように椅子にどかりと座り、息をついた。


「……誰に、やられたんだよ」

「え?」

彼の声は怒っていて、私は慌てて彼の顔をみると、その顔にいつもの悪戯っ子のような笑顔はなかった。


「…なんかさ。よくわかんねーけど、緑間とか他の男とかと高塚さんが話してる姿みると妙にイラつくんだよ」

「………」

「でも初対面の奴でイライラするとかワケわかんねえし。それでもやけに緑間と仲良い姿みて、付き合ってんのかと思って聞いたら高塚さんは傷ついた顔するし、緑間には怒られるし」

高尾くんは自傷の笑みを浮かべながら頭を掻いた。
混乱しているのだろう、目が泳いでいる。

「んで、昨日高塚さんが消えたときに隣の奴に聞いたら“付き合ってから…”って言葉がでてさ」

「………ッ!!」

必要以上に高尾くんが記憶喪失だってことを言わなかったのが仇になった。


彼は今、かなり混乱しているんだろう。

「ねぇ、ホントに俺らって最近会ったばかりなのか?」

「………」



なにも言えなかった。
もう誤魔化しが利かない程にまで彼は知ってしまっている。

どうしようか、真っ白な頭で考えていると、ドアが開く音がした。



「高尾と高塚は付き合っているのだよ」

「緑間、くん…!」

「高塚が転校してきたのは7月。毎日一緒にいて周りも呆れるほどのバカップルだと言われていた」

「…な、なんの話だよ…」

「お前は実の彼女を忘れているのだよ。記憶喪失だと言い訳をしてな」

緑間くんは廊下で私たちの話を聞いていたのか、いつも以上に冷たい目で高尾くんを見て言った。

突然のその言動に高尾くんは目を信じられないと言うかのように緑間くんを見た後、どこか納得したような顔を浮かべて苦笑した。

「…だから、緑間といる高塚さん見てイライラしたりしたんだな。納得した。」

「高尾…くん」

「ごめんね、高塚さん。かなり迷惑かけたよな…。正直まだ全然思い出せてはないけど…必ず思い出すから。」


“だから、待ってて?”


彼のその言葉で、今まで溜めてきた様々な思いが爆発したかのように涙が出た。
それは止まることを知らないかのように流れ続けて、更にそんな私を見て抱きしめてくれた高尾くんの久しぶりの温もりを感じた途端、声をあげて泣き出した。










「ぐす…っ」

今、私は高尾くんの前向きな発言に対する喜びと子どものように声をあげて泣いてしまった恥ずかしさに挟まれてどんな顔をすればいいか分からず、高尾くんの肩に頭を置いたまま硬直していた。


「あーっと…高塚、さん?」

高尾くんも抱きしめたままの長時間体勢は恥ずかしいのか、私の頭をぽんぽんと優しく叩きながら私を呼んだ。

緑間くんはいつの間にか席を外してくれていたらしく、ドアが開く音と彼のため息が両方聞こえた。


「高尾。どうせ病院に来たら診察していけと看護師の方が言っているのだよ」

「あ…おう。…高塚さん、ちょっと行ってくるな」

「…ってらっしゃい」

高尾くんは私の肩を掴んで優しく上げると、はにかみながらそう言って部屋を出た。

空いた椅子に今度は緑間くんが座った。
私はベッドに寝転んで顔を隠す。

泣いた後だから目が腫れてるだろうな。

そう考えていると、私の後頭部に冷たいものが乗った。


「これで冷やすといいのだよ」

手で掴んで見ると、それは濡れタオルだった。
ご丁寧にミニバケツに水を張ったものまであった。

私は彼が水を汲んでタオルを濡らしている姿を想像して笑ってしまった。

「…なんだ」

「いや、ごめんね。…ありがとう」

不機嫌になってしまった彼にお詫びと感謝を伝えて、私は仰向けになって目にタオルを乗せた。
ひんやりしていて気持ちいい…なんて考えていると、緑間くんがポツリポツリと語り始めた。


「…高尾はバカでしつこくて常に何を考えているかわからんが、実は真面目で、嘘はつかない奴だ。だから、お前は信じて待っていてやれ」


普段では絶対出てこない緑間くんの高尾くんを褒める言葉に、私は唖然とした。

これが高尾くんが言ってる“滅多に見られない真ちゃんのデレ”ってやつか。

緑間くんの不器用な慰めに笑いそうになるのを堪えて、私は声をだした。

「これは高尾くんに報告しなきゃね」

「なっ…!?」





高尾くんの記憶がなくなってから、初めて進歩できた気がする。

私1人の力ではどうにもならなかった現実が、周りの力によって少しずつ溶かされていく。

私も頑張らなきゃと思いながら、目の前で怒ってる緑間くんを見て笑った。





記憶喪失の彼と7日間の恋模様 4日目






「…忘れてる、か。」

廊下で1人佇む高尾は、病室を出てすぐにため息をついた。

俺のせいで苦しむ高塚さん、迷惑をかけている緑間。
なんとしてでも思い出さねぇとな。

その考えが後に更に彼を追い込むことになるとは誰も知らずに、ただ時間は過ぎていくばかりだった。




……………………………
記憶喪失って実際になるとどんな気持ちなのだろう。
やっぱり置いていかれたような気持ちにはなるのかな。
とか考えながら私はレポートの存在を忘れ去りたいと思った←


(20121113)



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