・庭

春(はる)(44)、庭に咲く赤い薔薇に水をあげている
そこへ恵(けい)(38)が来る

恵  「おー、やっと咲いたのか」
春  「うん。もうちょっとかかるかと思ったんだけどね」

恵、しゃがみこんで薔薇を見る

恵  「へー、綺麗だな」

春、しゃがんだ恵を見て昔のことを思い出す

ルー 『ねぇ、春。このバラが咲いたら、春にプレゼントするからね』

春、微笑む

春  「ふふっ」

その笑い声に春を見上げる恵

恵  「何?」
春  「いや、昔ね、バラが咲いたら僕にプレゼントするって約束してくれた子がいたんだ」
恵  「バラを?」
春  「うん。元気かなーと思って」
恵  「へぇ。どんな奴?」

春、微笑む

春  「ずーっと年下の子」
恵  「なんだ子供か」
春  「うん。それが──」

春の言葉を遮るように、突然声がする

ルー 「春!」
春  「そうそう、こんな可愛い声で……」

春、言いながら声のする方に自然と目線を移す
玄関口にルイス・ヘイゼル・永久(ながひさ)(24)が立っている
春、それを見て驚く

春  「って! ルー!?」

春の声と同時にルー、走ってきて春に抱きつく

ルー 「春! 会いたかった! ずっと探してたんだよ!」
春  「る、ルー!? どうして君がここに……!」

ルー、春を見上げる

ルー 「春、約束したよね? 俺と結婚してくれるって」
春  「え……」
恵  「……」



・リビング

リビングにルーの声が響き渡る

ルー 「ひどいよ!」

ソファに座って涙目になっているルー
ルーの前に春、春の隣に恵が機嫌悪そうに座っている
カウンターに哲平(てっぺい)(28)と千尋(ちひろ)(18)も座っている

ルー 「やっと見つけたと思ったら……もう結婚してるだなんて……」
春  「いや、あのね、ルー」
ルー 「それにあんなでっかい子供まで!!」

ルー、言いながら千尋を指差す
千尋と哲平、驚く

春  「とにかく落ち着いて。ね?」
ルー 「こんなの落ち着いてなんかいらんないよ……」

恵、ため息を吐く

恵  「いいからまずは説明しろよ」
春  「う、うん。えっと、彼は僕のはとこのルー。イギリス人で、えっと」

ルー、拗ねている

ルー 「ルイス・ヘイゼル・永久」
恵  「はぁー……」

恵、ため息を吐いて頭を抱える

恵  「あんたんちは海外にまで親戚がいんのかよ……」
ルー 「なんだ、悪いか」

ルー、恵を睨む
目が合うと思い切り目をそらす

ルー 「ふんっ!」
恵  「なっ……!」
春  「えーっと、僕の20個下だから……もう24歳?」
ルー 「うんっ」

ルー、満面の笑みで春に答える

春  「大きくなったね」
ルー 「だから会いに来たんだよ。約束守ってもらおうと思って」
春  「あのね、でもそれは……」
ルー 「大丈夫っ。どうせ正式には結婚してないんだろ?」
春  「え?」
ルー 「養子だかなんだかーって、そんなの結婚したうちに入んないもんね」

恵M 「っこいつ……」

ルー 「春、一緒にロンドンに来てよ。それでちゃんと俺と結婚しよう? あの時約束してくれたよね? 俺と結婚するって」
春  「あの、それは……」

春、困っている

哲平 「さすが血が繋がってるだけあるな……」
千尋 「ん?」
哲平 「いや、なんでもない……」

恵、呆れている

恵  「そんな大昔の約束なんか無効だ無効。今更引っ張り出してくんな」
ルー 「何っ!?」
千尋 「恵ちゃんひどーい」
恵  「お前はこいつの味方か……」
ルー 「春! 目を覚ましてよ! こんなおやじより、俺の方がいいに決まってる!」
恵  「おやじだとっ!?」

春、ため息を吐く

春  「ルー。ごめんね。僕は恵ちゃんを愛してるから、君とは結婚出来ないんだ」
ルー 「春……」
春  「それに、君にはロンドンに──」
ルー 「じゃあいい」

ルーの言葉に、全員同時に言う

春  「え?」
恵  「え?」
哲平 「え?」
千尋 「え?」
ルー 「だったら春の秘密をばらしてやる!」
春  「秘密……?」
ルー 「俺知ってるんだからな!」
春  「えっと……何を……?」

ルー、黙って春に手招きをする
春、近づくと一枚の写真を見せられる

春  「はっ……!」
ルー 「ふふふ」
春  「だ、駄目! 絶対駄目! 駄目だよルー!」

ルー、写真を持って立ち上がる

ルー 「だったら結婚してっ!」



・リビング(夜)

哲平N「そんなこんなで、ルーは春さんが結婚すると言うまでこの家に居座ると言い出した。しかし、そんなわけにもいかないので、説得する間だけということになったのだけど……」

食事を用意している恵
味噌汁をルーの前に置く

ルー 「俺、あげの味噌汁きらーい」
恵  「だったら食うなっ!」

恵、味噌汁を下げる

春  「まぁまぁ」

哲平、それを見て苦笑いをする

哲平M「絶対恵ちゃんとは仲良くなんかならないだろうな……」



・客室(夜)

客室にいるルー、春、恵
哲平、千尋はドアの外から様子を見ている

ルー 「どうして俺が客室なんかで寝なきゃなんないのっ!?」
春  「ここじゃダメ……?」
ルー 「ちーがーうっ! だってこいつは春と一緒に寝てるんだよね!?」

ルー、恵を指差す
恵、呆れる

恵  「当たり前だろうが。あそこは俺と! 春の寝室だからな」

恵、勝ち誇った顔をする

ルー 「昔は同じベッドで寝てくれたのに……」
春  「あ、あのあれは……」
ルー 「そうだ!」

ルー、春の手を取って上目遣いをする

ルー 「ねぇ、春。春がこっちで一緒に寝ればいいよ。それで俺我慢するから」
春  「えーと……」

恵、叫ぶ

恵  「ふざけんなッ!! お前は客! 客は大人しくここで寝てろ!!」

ルー、叫ぶ

ルー 「春! 俺こいつキライッ!!」

恵とルー、にらみ合う
春、頭を抱えてため息を吐く

春  「はぁ……」



・客室(夜)

不機嫌になりながらもベッドに入ったルー
春、ベッドの横に座っている

春  「ルー、今日は疲れたでしょ?」
ルー 「春が一緒に寝てくれればそんなのふっとぶ……」

春、ふっと笑う

春  「気持ちは嬉しいんだけどね」
ルー 「ぶー……」

春、ルーの頬を撫でると微笑み、英語で話す

春  「君が僕を探して、こんなところまで来てくれたのは凄く嬉しかったよ」

ルー、突然の英語で話す春に驚く

ルー 「え……」
春  「また明日沢山話そう。でも今日はおやすみなさい。いい夢を」

春、言うと立ち上がり、部屋を出ようとする
恵が部屋の入り口から中の様子を伺っている
ルー、咄嗟につられて英語になる

ルー 「春」
春  「ん?」
ルー 「あ……いや、なんでもない……」
春  「おやすみ」
ルー 「おやすみなさい……」



・廊下(夜)

客室のドアを閉める春
恵、先に歩き出す

恵  「どうせそうだと思ってたけど、春って英語まで完璧なのな」
春  「英語はね、うちの方針でもう、全員が話せるように躾けられてきたから」

恵、呆れる

恵  「どんな家だよ、もー」
春  「うーん? 普通の家だよ?」
恵  「いや、普通じゃねーから……」
春  「そう?」



・車(朝)

運転席に哲平、助手席に千尋、後部座席に恵、春、ルーが座っている
後部座席で春を取り合っている二人

ルー 「お前もうちょっとそっちいけよ」
恵  「はぁ? てめぇこそもっと離れろ」
春  「まぁまぁ」

助手席で上機嫌な千尋に呆れる哲平

哲平 「はぁ……」
千尋 「皆で動物えーん♪」

哲平N「そんなわけで、ってどんなわけかもわかんねーんだけど……。あまりにも家での喧嘩が激しいので、気を紛らわせるために動物園に行こうと言い出したのは春さんで、必然的に俺が運転する羽目に……。大の大人の男5人でいったい何やってんだか……」



・動物園

春を取り合いながらもはしゃぐルー
春、疲れている
恵、機嫌が悪い
千尋、楽しんでいる
哲平、千尋に振り回されている



・動物園

哲平 「なんではぐれるんだよ……」

哲平、千尋、ルー、春と恵とはぐれてしまう

千尋 「さっきまでいたのにねー」
哲平 「携帯も繋がんねぇし……」
ルー 「きっとあいつがわざとはぐれたに決まってる」
千尋 「うーん、恵ちゃんそんなことするかなー?」
ルー 「するよ絶対!」
哲平 「まぁまぁ、とりあえず探そうぜ。きっとそう遠くには行ってないはずだから」

三人、歩き出す

ルー 「……」

ルー、千尋の顔をまじまじ見ている

千尋 「? なぁに?」
ルー 「いや、お前ってほんとに春に似てるよな」
千尋 「そりゃーだって、パパの息子だもーん」
ルー 「そうだけど」
千尋 「だったらルーも凄ーくカッコいいよねー」
ルー 「そうか? 別に普通だろ」

哲平、呆れる

哲平 「普通じゃねー……」
ルー 「ふーん。まぁでもあっちで同じようなこと言われてさ、モデルでもやってろって」
千尋 「えっ? ルー、モデルのお仕事してるの?」
ルー 「あぁ。そういえばお前もそうだっけ?」
千尋 「そーだよー! そっかー、ルーも同じなんだー」
ルー 「でも、それも出来なくなるかもな」
千尋 「え?」
哲平 「やめるのか?」
ルー 「ん? いや、別に」

ルー、突然静かになるが、しばらくするとふと何かを思い出す

ルー 「そうだ、昨日思ったんだけど」
哲平 「ん?」
千尋 「なーに?」
ルー 「春って英語になると途端に怖くならないか?」

哲平、千尋、同時に言う

哲平 「え?」
千尋 「え?」
ルー 「昨日久しぶりに春の英語聞いて思い出したんだ。日本語だと優しいのに、英語になると怖くなった」
千尋 「パパの英語なら聞いたことあるけど、怖くなんてないよ? いつもどーり」
ルー 「そうか……」
哲平 「春さんが怖いだなんて思ったことないけど……」
ルー 「俺も昨日びっくりしたんだ……」

ルー、何か考え込んでいる

哲平 「?」
千尋 「あ! パパだー!」

千尋、向こう側を指差すと、前から春と恵が歩いてくる
千尋、走っていく

哲平 「よかった」

哲平、言いながらルーを見ると、ルーまだ考え込んでいて春を見ない

哲平 「ルー?」

ルー、哲平の声にはっとする

ルー 「え?」
哲平 「春さん達いたぞ? どうした?」
ルー 「え? あ、別に!」

ルー、春の方へ走っていく

ルー 「春ー!」

哲平、その姿を見て不思議そうに首をかしげる

哲平 「?」



・庭(夜)

ルー、一人で庭に咲いている赤い薔薇を見ている

ルー 「……」

そこへ春が来る

春  「ルー」
ルー 「春」

春、微笑むと英語で話す

春  「綺麗に咲いてるでしょう?」

ルーも英語で話す

ルー 「うん」
春  「ねぇ、ルー」
ルー 「何?」
春  「何かあったんじゃないの?」

ルー、驚く

ルー 「え……?」
春  「ロンドンで、何かあったから僕に会いに来たんじゃないの?」
ルー 「……」

ルー、一瞬目線を泳がせる

ルー 「違うよ。俺は春とした昔の約束を守ってもらいに来たんだ。ただそれだけ」
春  「……」
ルー 「結婚の約束をしたんだよ? それ以外に何か理由がいる?」
春  「ううん」

春、首を振る

ルー 「それなのに、春は忘れてるんだもんな」

ルー、言いながら庭の奥の塀の方へ行く

ルー 「何があったのかは知らないけど、子供だっている」
春  「……」
ルー 「でも俺は深くは聞かないよ」

ルー、春を見て微笑む

ルー 「聞かれたくない事だってあるもんね。俺もそういうことあるから、なんとなく分かる」
春  「ごめんね」
ルー 「謝ることなんかじゃない。誰にだってそういうことがあるんだって、教えてもらった……」

ルー、目線を下げるが、また笑う

ルー 「千尋は凄くいい奴だよ。春に良く似てる」
春  「ありがとう」
ルー 「……」

ルー、塀の向こうに見える海を見る

春  「……」

春、ルーの後姿を見ると一息ついて話す

春  「ルー、もうロンドンに帰った方がいい」
ルー 「え?」

ルー、言いながら振り返る

春  「誰にも言わないでいてあげる。少し一人で旅行がしたかったんだって、そう言えばいい。君はもう立派な大人だから」

ルー、目を見張る

春  「きっと皆許してくれるよ」
ルー 「嫌だよ。どうしてそんなこと言うの?」
春  「ルー、君も分かってるはずだよ」
ルー 「何を……」

ルー、目線を下げる

春  「あの時の約束を、僕では叶えてあげられない」

ルー、春を見るが目に涙が滲んでくる

ルー 「どうして!? どうしてそんなこと言うの!? あの時ちゃんと約束したじゃないか!春も俺のことが好きだって言ってくれた! あの薔薇も受け取ってくれた! 何が……いけないの……」
春  「ルー……」
ルー 「ずっとおかしいと思ってたんだ。いつまで経っても連絡もくれない。会いに来てくれもしない。だけど春は嘘なんか吐かないって言った。ずっと傍にいれくれるって約束したんだ。それなのに……いつの間にか、いなくなって……俺の知らない奴と……」
春  「ルー」

春、ルーの傍に行く
恵、二階からリビングに下りてくると庭の二人を見る

ルー 「全部嘘だったのっ!? 全部……俺は……」
春  「嘘じゃない。でも駄目なんだ」
ルー 「何が駄目なんだよ……」
春  「ルー、泣かないで」

春、ルーの涙を拭う
するとその瞬間にルー、背伸びをして春にキスをする

春  「っ──!」

そこへ恵が来ると叫ぶ

恵  「何してんだよ!!」

離れる二人

春  「恵ちゃん……」

恵、怒っている

恵  「お前な、好き放題言ってんのも、多少のことなら目をつぶってやれる。俺からすりゃお前なんかガキだし、春が昔にそんな約束してたってんだからな。でもやっていいことと悪いことがあるくらい、もう分かるだろ!?」
ルー 「っ……」
恵  「ここに来た時点でお前が春の傍に入る隙間なんかねぇんだよッ! 春の親戚だかなんだかしらねぇけどな! さっさとロンドンに帰れ! お前の居場所はここには無いんだ!!」
春  「恵ちゃん──」

ルー、叫ぶ

ルー 「うるさいッ!!」

ルー、涙を拭うと恵を睨み付ける

ルー 「お前に俺の気持ちなんか分かりもしないだろうな。幸せにのうのうと暮らしてられるんだから。俺はずっと……ッ……」

ルー、左胸のあたりを押さえる

春  「ルー……?」
ルー 「ずっと、あの時のことを思って生きてきたのに……元気になったら、きっと叶えるんだって……ッ思って……」
恵  「おい……」

ルー、段々と息が荒くなってくる

ルー 「それなのに……っ……何もかも……」

ルー、崩れ落ちそうになるが、それを春が抱きとめる

春  「ルー!」
ルー 「はぁっ…………春……俺は……」
春  「ルー、君まさか……」

ルー、苦しそうに笑う

ルー 「ごめんね……春……再発……っ……したんだ……」

春、目を見張る

春  「どうして早く言わないんだ!」
恵  「救急車っ──」

恵、言いながらリビングへ戻ろうとする
しかし、ルーが力を振り絞って呼び止める

ルー 「やめろッ!」

恵、振り返る

恵  「何言ってんだ!」
ルー 「それだけは……やめてくれ……っ!」
春  「ルー……」
ルー 「鞄の……中に、薬があるから……、それで……落ち着くから……だから……救急車だけは……」
春  「恵ちゃん!」
恵  「あぁ!」

恵、二階へ走っていく

ルー 「だけど……俺、帰りたくない……もう嫌だ……。春が駄目なら……もう……俺に味方なんかどこにもいない……」
春  「ルー……」



・客室(夜)

客室のベッドに寝ているルー
傍に春と恵がいる
ルー、静かに話し出す

ルー 「今年の初めの定期健診で分かったんだ。あの頃と同じ。また入院しなきゃいけなくて……」
春  「そうだったの……」
恵  「……」
ルー 「でも、もう嫌なんだ」

ルー、涙が滲み、腕で顔を隠す

ルー 「あんな辛い思いなんかしたくない……もう治ったって言ったのに……」
春  「……皆心配してるよ」
ルー 「違う。あいつらは皆敵だ」
春  「敵?」
ルー 「嫌なのに……皆で俺に辛い思いさせようとする……」

恵、ため息を吐く

恵  「はぁ……」
ルー 「なんだよ……」

恵、呆れて返す

恵  「バカだなぁと思って」
ルー 「なっ……!」
恵  「そりゃお前は辛い思いしなきゃいけないかもしれない、でも入院しなきゃ死ぬかもしれないんだろ?」
ルー 「……」
恵  「皆心配してんのに、それを敵だーなんてな。心配してる奴らが可哀想だ」
ルー 「お前に何が分かるんだよ……、健康な体で、俺の気持ちなんか分かりもしないくせに……」
恵  「あぁ、わかんねーよ。風邪だって滅多にひかねぇしな。でもお前のこと思ってる奴らの気持ちなら痛いほど分かる」
春  「……」
ルー 「え……?」
恵  「代わってやりたいのにそれも出来ない。傍にいるしかない、それも許されないことだってある。大切な人が苦しんでるのに、何かしてやりたいと思うのに、何も出来なくて。心配するしかないんだよ。どうしても死んで欲しくなんか無いからな。お前に口うるさく言ってくる奴は全員そう思ってるはずだ」
ルー 「……」
恵  「そんで、お前が入院もせずにこのまま死んだら、全員が一生苦しんだまま生きることになる。どうしてあの時何としてでも入院させなかったんだろうってな」
春  「……」
恵  「お前にその気持ちは分からないだろ?」

恵、悲しげに微笑む

ルー 「……」
恵  「一度経験してることだもんな。そりゃ怖いだろ。でもな、ここに来た時点で、お前が死ぬと苦しむ奴らが3人も増えたんだぞ?」
ルー 「え?」
恵  「俺と、ちーと哲平だ」

ルー、驚く
春、微笑む

恵  「それでこいつは人一倍責任感じて、どうしようもなくなるだろうな」
ルー 「……春……」
春  「そうだよ。あのね、ルー。僕も昔、病気になったんだ」
ルー 「え? 春が?」
春  「うん。その時僕はずっとそのこと隠しててね、恵ちゃんを凄く苦しませた。君には僕と同じ過ちを犯して欲しくない」
ルー 「でも……、春も辛かったでしょう?」
春  「辛かったよ。でも皆と離れ離れになるほうがもっと辛かった」
ルー 「……」
春  「ねぇ、ルー。今なら皆の言ってくれたことが分かるんじゃない?」
ルー 「……でも……」
春  「うん。入院生活は辛いかもしれない。でも君はそれを一度乗り越えてる。だから大丈夫だよ。あの頃よりずっと強くなってるから。だからまた乗り越えられる。元気になって、また僕たちに会いに来られるようになるよ」
ルー 「……」

ルー、少し考えると布団をかぶってしまう

春  「ルー……」
ルー 「あの時の約束……覚えてる?」
春  「え……?」
ルー 「元気になったら……結婚してくれるって言ったの……」
春  「うん」

ルー、布団から顔を出して春を見る

ルー 「約束……守ってくれる……?」

恵、呆れる
しかし、春が微笑んでうなずく

春  「分かった」
恵  「えっ!?」
春  「約束するよ」
ルー 「絶対だよ……」
春  「うん」
ルー 「……」

ルー、自然と寝息をつく

恵  「……。おい。どういうことだよ……」
春  「まぁまぁ」

春、言いながら立ち上がる



・リビング(夜)

階段を下りてくる春と恵

春  「そろそろ僕も腹くくらなきゃ」
恵  「いい加減にしろよ春! じゃあ俺は──っ!」

春、突然キスをする

恵  「誤魔化してんじゃねーぞ」
春  「大丈夫だよ。僕は君だけのものだから」

春、言うと離れて電話の方へ行く

春  「きっと怒られるだろうなぁ……」
恵  「はぁ?」

春、電話の受話器を取ったところで恵を見る

春  「そうだ、今日はルーのこと見ておくつもりだけど、恵ちゃんどうする?」
恵  「一緒にいる!!」
春  「はははっ、分かった」

春、笑いながら番号を押す

恵  「ったく、わけわかんねーっつの……」



・病院の中庭(回想)

病院の中庭の花壇の隅に、小さな植木鉢に生えている薔薇の苗がある
その前に座っている春(23)とルー(3)

ルー 「もう少ししたら、花が咲く?」
春  「うーん、これはもうしばらく経たないといけないと思うよ」
ルー 「そうか。でもきっと咲くよね?」
春  「うん」

春、ルーの頭を撫でる

ルー 「ねぇ、春。このバラが咲いたら、春にプレゼントするからね」
春  「うん。楽しみにしてるよ」

笑い合う二人



・病室前廊下(回想)

病室の前で春がルーを探している
病室の向こうからルーが走ってくる
それを見つける春

春  「ルー! 駄目じゃないか! 勝手に出て行ったりしちゃあ──」
ルー 「春! 見て! 咲いたよ!」

ルー、手に一本のバラを持っている

春  「え……?」

春、ルーの目線にしゃがみこむ

ルー 「春。ねぇ、俺と結婚して? 俺、ずっと春と一緒にいたいから。だから、これを受け取って」

ルー、春にバラを差し出す
春、鼻でふっと笑う

春  「あぁ、ルーの病気が治ったら。な」

ルー、春に抱きつく

ルー 「うん! 春、絶対だからね」
春  「あぁ」



・客室(朝)

ルー 「……」

目が覚めるルー
起き上がってふとソファの方を見ると春と恵が寄り添って眠っている

ルー 「……はぁ」

ルー、ため息を吐く



・リビング(朝)

ルー、リビングのソファに座っていると二階から春と恵が下りてくる

春  「ルー!?」
ルー 「グッモーニン」
恵  「何がグッモーニンだバカ! 起きたなら起こせよ!!」

ルー、呆れる

ルー 「あんなに仲良く寝てるのを起こすほど俺はバカじゃねー」
恵  「なに……!」
ルー 「そんなことより、春。こっちにいい病院ない?」
春  「え?」
ルー 「あれば教えて欲しいんだけど」
春  「どうして?」
ルー 「俺、こっちで入院しようと思って。そしたら春にもすぐ会えるし」
恵  「はぁっ!?」
春  「え、だって君ロンドンに……」
ルー 「誰も帰るとは言ってないし」

ルー、笑う

恵  「バカ言うな! 昨日納得したんじゃねーのかよ!」
ルー 「だから! 誰も帰るとは言ってねーだろ!」

恵とルーが言い合いを始めると、二階から騒動を聞きつけて哲平と千尋が下りてくる

哲平 「朝から何やってんの……」
千尋 「おはよー……」

すると玄関のドアが閉まる音がして哲平と千尋の横を人影が通る

哲平 「?」
恵  「いいからさっさと帰れよロンドンに!!」
ルー 「いーやーだッ!!」

リビング入り口で英語の声が聞こえる

レイ 「こんなとこにいやがったのか」

ルー、その声がする方を見ると唖然とする

ルー 「オーマイガッ……」

全員一斉にそちらを見ると、土足のままでハロルド・ラルフ・レイモンド・ヨーク・永久(41)が立っている
どう見ても春にしか見えないほど春に似ている

恵  「春の双子……」
哲平 「どうなって……」
千尋 「パパそっくりー……」
ルー 「どうしてレイがここにいるんだよ!!」

ルーが叫ぶと同時にレイ、ルーの傍に寄って頬を叩く
それに驚く春、恵、哲平、千尋

ルー 「っ……」

レイ、ルーの胸倉を掴む

レイ 「お前のためにどれだけの人間が迷惑被ってると思ってる。向こうで全員がお前一人を探してるんだぞ。お前の遊びに付き合ってられるほど暇じゃないことぐらい子供じゃないんだ、分かってるだろ。その馬鹿みたいな脳みそでもこれくらい分かるはずだぞ」
ルー 「……」

ルー、レイから目が離せない

レイ 「いいか、今すぐ帰って病院に入れ」

ルー、涙が滲んできて英語になる

ルー 「嫌だ……」
レイ 「お前はどれだけ言い聞かせても分からないようだな。それほど馬鹿だったか」
ルー 「嫌だ! だって俺は春との約束を守りに来たんだ! 約束を破るなって言ったのはレイじゃないか!」
レイ 「はぁ……、都合のいい頭だな。なんだ、約束って」
ルー 「……」

ルー、顔を背ける

レイ 「……、春」

レイ、春を見る
春、苦笑いをする

春  「あの……、昔のプロポーズの話……」

レイ、呆れて掴んでいた服を離す
ルー、ソファに倒れる

レイ 「馬鹿か……」
ルー 「馬鹿じゃない……」
春  「あの、レイ。そろそろホントのこと話したほうがいいんじゃない……?」
レイ 「……」
ルー 「ホントのこと……?」

レイ、呟く

レイ 「俺に連絡してきたのはこういうことか……」
ルー 「何だよ! ホントのことって!」

レイ、ルーを見る

レイ 「お前がプロポーズしたのは俺だ」
ルー 「え……?」

恵、哲平、千尋驚く

恵  「え!?」
哲平 「え!?」
千尋 「え!?」
春  「……」

春、申し訳なさそうに笑っている

ルー 「どういうこと!?」

レイ、呆れながら話す

レイ 「実質あの頃、春がロンドンにいたのは一週間程度だったんだよ」
ルー 「え……」
春  「君の日本語の家庭教師にって、こっちにいた僕が君に会いに行ったんだけど、僕もあの頃忙しくて。すぐに帰らなきゃいけなかったんだ」
レイ 「でも春が帰るとなったらお前は泣き喚いて仕方なかった。仕舞いには肺炎起こして悪化させるわで、俺が引き継いで身代わりになったんだよ」
ルー 「……そんな……、でも。でもおかしい! だって春は優しかった! レイがあんなに優しいはずが無い!!」
レイ 「何だと」
ルー 「あ……だ、だって、そうじゃないか!」
レイ 「お前が言ったんだろ。『英語の春は怖いから日本語の春がいい』って」
ルー 「……」
レイ 「俺だってばれないように必死だったんだよ」

レイ、機嫌が悪い

ルー 「そんなわけ……って! そうだ! 皆お前のこと春って呼んでたじゃないか! お前はレイなのに!示し合わせてたとでも言うのかよ? 初めて会った人もそうだったぞ!」
レイ 「当たり前だろ。もともと俺はハルだからな」
ルー 「え……?」
春  「ルー、レイの名前、知ってるでしょ……?」
ルー 「え?」
レイ 「ハロルド・ラルフ・レイモンド・ヨーク・永久」
ルー 「あ……ハロルド……ハル……」
春  「僕がロンドンの親戚に初めて会った時にね、顔も似てて名前も同じじゃ大変だって、おじさまやおばさまがレイはハルじゃなくてレイと呼べばいいって言い出したんだよ」
レイ 「それから俺は親戚間じゃ、レイなんだよ」
ルー 「そんな……」

ルー、意気消沈する

レイ 「はぁ、馬鹿馬鹿しい」
春  「あの、レイ」
レイ 「なんだ」
春  「悪いんだけど……、靴、脱いでくれる……?」

レイ、靴を見る

レイ 「なんだ、日本式か。めんどくさい」
春  「ごめんなさい」



・リビング

リビングのソファに向かい合って座っているルーとレイ
二人の会話は全部英語

レイ 「出国できるくらいの頭は持ってたのか」
ルー 「し、失礼な! それくらい……できる……」
レイ 「大人だからな」
ルー 「っ! ……」

ルー、俯く

レイ 「昨日も発作起こしたらしいな。だから言ったのに」
ルー 「違う。少し興奮したせいだ」
レイ 「なんだ。春を襲いでもしたか」
ルー 「ち、違う! そんなことしない!」

レイ、鼻でため息を吐く

レイ 「それで。どうするんだ」
ルー 「え……?」
レイ 「この後のことだよ」
ルー 「……。ほんとに……」
レイ 「あぁ?」
ルー 「ほんとに、あの時ずっと一緒にいたのはレイだったの?」

レイ、ルーを見るが長くため息を吐いて目をそらす

レイ 「あぁ、そうだよ」
ルー 「ずっと俺の看病してくれたのも、勉強教えてくれてたのも、全部レイだったの?」
レイ 「……、本当は言うつもりは無かったんだけどな。春の奴……」
ルー 「……」

ルー、目線を落とす

レイ 「なんだ、俺だと分かった途端に記憶も消したくなったか」

レイ、ふっと笑う
しかし、ルー、首を振る

ルー 「違う」
レイ 「……」
ルー 「なんとなく……違和感はあったんだ……」
レイ 「……」

レイ、ルーを見る

ルー 「辻褄が合わないことも、なんとなくおかしいなって思ってた。レイに初めて会ったときも、初対面だって思わなかったんだ。それは俺の勘違いなんかじゃなかったのか」
レイ 「……そうだな。だが、まぁいい。あんな昔の約束。今更になってどうこう言うものじゃないだろう」
ルー 「え……?」

ルー、驚いてレイを見る

レイ 「忘れればいいさ」
ルー 「そんな……、約束は守るものだって教えてくれたのはお前だろ?」
レイ 「そうだが、これはその限りじゃない」

二階の階段上で話を聞いている恵、春、千尋、哲平

恵  「顔そっくりなのに、中身は正反対だな……」
春  「そう?」
哲平 「黒春さん……」
千尋 「かっこいいよね」

レイ、立ち上がる

レイ 「お前の記憶の中の優しい春は結局、どこにもいないんだ。あれは俺の演技だからな」
ルー 「そんな! だってあの時確かに受け取ってくれたじゃないか……!」
レイ 「……」
ルー 「あれも全部……嘘だったのかよ……」
レイ 「お前にはまだやることがあるだろ。優先すべきはそっちだ」
ルー 「レイ……話を逸らすなよ」
レイ 「話はもう終わりだ」

ルー、立ち上がると悲しげに叫ぶ

ルー 「レイ! 俺ほんとは春とあの約束守らなくていいんだって分かって安心してるんだ!」
レイ 「……」

階段上の4人、驚くが声を抑える

ルー 「でも約束は守らなきゃいけないと思ってた。だってあの時の約束はほんとの約束だったから。でも……でも俺はレイが……」
レイ 「はぁ……」

レイ、呆れたように額を押さえる
ルー、その様子を見て悲しげに俯く

ルー 「ずっと傍にいてくれたじゃないか……、あの時笑って分かったって言ってくれた……」
レイ 「お前は俺が嫌いなんじゃないのか?」
ルー 「え……」
レイ 「ずっとそうだと思ってたけど。お前が好きなのは、英語で話す俺じゃなくて、日本語で話す優しい春だったから」

レイ、ふっと笑う
ルー、その表情を見て泣き出す

ルー 「違う! 俺が好きなのは、ずっと一緒にいてくれたお前だよ! あの時、俺に笑ってうなずいてくれたお前だ!」
レイ 「そうか」
ルー 「だからレイ! お願いだよ……あの時の約束守って……俺の傍にずっといて……。ちゃんとロンドンに帰るから」

レイ、ルーの頭に手を置くとじっとルーを見る

レイ 「……」
ルー 「レイ……」

ルーの切なげな表情に、レイ、さっと表情を変える

レイ 「さぁ、話は終わりだ。帰るぞ」
ルー 「へ……? れ、レイ! 駄目なの……?」

ルー、泣きそうになる
レイ、それを見てふっと鼻で息を吐くと少し笑う

レイ 「約束忘れたのか?」
ルー 「え?」
レイ 「病気治したら。な」

レイ、ふっと笑う
ルー、嬉しそうに頷く

ルー 「うん!」

レイ、階段の方へ歩いていくと上を見る

レイ 「おい、聞いてただろ。話は終わりだ」

階段上の四人、驚く

恵  「あ……」
春  「あの……」
哲平 「バレて……」
千尋 「あれ?」



・リビング

全員リビングのソファに座っている
恵、呆れている

恵  「で? 結局どういうことなの」

レイ、日本語で話し出す

レイ 「なんだ、何も説明してなかったのか」

レイ、春を見る

春  「いや、あの、言っていいことがどれだかわかんなくて……」
レイ 「はぁ……」

レイ、呆れる

レイ 「俺は春の従兄弟のハロルド・ラルフ・レイモンド・ヨーク・永久だ」
恵  「なげー名前……」
レイ 「レイでいい」
恵  「あぁ。それで?」
レイ 「知っての通りこいつの病気が再発したんだが」
ルー 「……」
レイ 「うちの病院に入院することになったが、それを断固拒否しだしてな」
恵  「うちの病院……?」
レイ 「あぁ、うちの家系……あー、っと。おい、春。こんなことも話してないのか? 恵は永久に入ったんだろ?」
春  「いや、あの……ごめんなさい……」
レイ 「……。俺とルーはイギリスの永久家。所謂分家みたいなもんだ。春は本家の人間」
恵  「……」

恵、じと目で春を見る

春  「いやー……いろいろあって……」
レイ 「うちの家系は代々医者の家系なんだよ」
恵  「それでうちの病院か……。病院持ってんのかよ……」

恵、呆れて春を見る

春  「ははは……」
恵  「で、辛い思いするのがいやだって?」
ルー 「……」
レイ 「は? 辛い思い?」
恵  「あぁ、そうじゃないのか?」

恵、ルーを見る
ルー、目を逸らす

レイ 「馬鹿言え、そうじゃないだろ」

レイ、ルーを睨む

恵  「はぁ?」
レイ 「こいつが拒否する理由は小児科に入れないからだ」
ルー 「う……」

ルー、まずいといった顔をする
恵、春、哲平、千尋、驚く

恵  「小児科……?」
春  「どういうこと……?」

レイ、額に手を当てて呆れる

レイ 「こいつが昔入院してたのは小児科で、そこの方が落ち着くからと、このデカイ大人が駄々こねてるだけだ」
ルー 「ち、違うっ!!」
レイ 「何が違うんだ。その通りだろ?」
ルー 「違う! それはレイが小児科から出てこないからで……!」

レイ、呆れる

レイ 「当たり前だ。俺は小児科医だからな」
恵  「小児科医……」
レイ 「なんだ」
恵  「いや別に……」
ルー 「だから俺も小児科に入院する!」
レイ 「馬鹿言うな! いいから大人しく入院しろ」
ルー 「……」

ルー、泣きそうに俯く
春、微笑む

春  「ルーはホントにレイのことが好きなんだね」
ルー 「えっ? ち、違う! あの……!」
レイ 「……。まぁいい。この話は帰ってからだ」
恵  「っつーか! お前相手いるくせに春と結婚するとか言ってたってことだよな!?」
ルー 「へっ?」
恵  「だってそうだろ!? さっきも春じゃなくて安心したとかなんとか!」
ルー 「あっ……、あの……」

ルー、春を気にする

春  「ルーはレイの言うことちゃんと守ろうとしてたんだよね?」
ルー 「え……?」
春  「約束したことは守らないといけないって」
ルー 「……」

ルー、俯く

ルー 「うん……。俺が知ってる春はずっと傍にいてくれたし、それに優しかったんだ」
レイ 「……」

レイ、表情を出さない

ルー 「だから、あの時の約束をちゃんと守りたかった。でも、レイは怖いけど、今までずっと傍にいてくれた。一番近くにいるのはこいつなんだもん……。俺どうすればいいかわかんなくって……。でも会ったら分かるかもしれないって思った」
恵  「確かめに来たのか」
ルー 「うん。そしたら春はお前と結婚してて、なんだか良かったって思う自分もいたけど、でも、あの時の約束をずっと思って生きてきたのに、春はそうじゃなかったんだって思って、悔しくて……」

恵、ため息を吐く

恵  「結局、お前に振り回されたってことかよ……」
ルー 「ごめん……」
恵  「まぁ、いいんじゃねぇの。今回のことは、それだけ大事に思ってるって知ってるのに、騙し続けてた春とレイが悪いんだろ」
レイ 「……」

レイ、鼻でため息を吐く

春  「……」

春、申し訳なさそうにする

ルー 「恵……」
恵  「だってそうだろ? まぁ、お前は被害者だってことだな。俺もだけど」
ルー 「恵……お前、いい奴だったんだな……」
恵  「今頃気づいたのかよ。ったく……」

恵、ルー、笑い合う



・庭(夕方)

レイ、一人、タバコを吸いながら塀から見える海を見ている

レイ 「……」

そこへ春が来る

春  「レイ、もうすぐご飯出来るって」

レイ、呆れて春を見る

レイ 「お前の能天気は変わっていないようだな。俺がなぜここに来たか分かってるんだろうな?」
春  「はははっ、でもしばらくまた会えなくなるでしょ? ご飯くらいいいじゃない」
レイ 「はぁ……」

春、海を見る

春  「君も立派になったね」

レイ、春を見る

レイ 「お互い様だろ」
春  「……、僕はどうしようもないから」

春、ふっと笑う
レイ、また海を見る

レイ 「何があった」
春  「……」
レイ 「皆心配してたんだ」
春  「ごめんなさい。それしか言えないよ」

春、レイを見ずにいる

レイ 「……」
春  「でも、あの時のことを未だに話していなかったとは思わなかったな」

春、笑う

レイ 「……夢は夢であればそれでよかった」
春  「え?」
レイ 「あいつにとって、あの約束は生きる希望みたいなもんだった。だからそれを取りあえげれば、どうにかなってしまうんじゃないかと思ったんだ」
春  「レイ……」
レイ 「いつかこうなる気はしてたんだよ」

レイ、タバコの火を消す

レイ 「再発の傾向はもっと前から見えていたんだ。あいつには知らせてなかったが、いずれまた入院しないといけなかった。だからその時に希望がないと、きっと辛いだろうと思った」
春  「……」
レイ 「しかし、あいつももう子供じゃないからな。いい機会だったかもしれない」
春  「レイ。レイとルーはもうずっと……?」

レイ、はっと笑う

レイ 「いや。あの後、お前がいなくなって、あいつが退院できた年に俺は大学に入っただろ? それと同時にあいつも学校に通えるようになって、外の世界がよっぽど楽しかったんだろうな。あいつが17になるまで一度も会わなかった」
春  「そんなに?」
レイ 「あぁ、だけど、そのお陰で俺も春の役からやっと開放されたんだ」
春  「ふふ」
レイ 「お前の役はそれなりに辛かったよ」

レイ、笑う

春  「そう?」
レイ 「俺はお前みたいに能天気に笑えないからな」

春、笑う

春  「ひどいな」

レイ、笑いながら新しいタバコに火をつける

レイ 「あいつが俺をレイと呼ぶようになって、あの頃とは随分と変わってしまって、あの約束も忘れて。もう違うものを追いかけてるんだろうと思ってたんだけどな。驚いたよ。お前から連絡があったときは。まさかこんなところに来てるなんて思わなかった」
春  「僕も驚いたよ。話には聞いていたけど、本当に僕だって信じていたんだもんね」
レイ 「基本的に馬鹿だからな。あいつの脳は」

レイ、頭を指差して笑うと塀に背を向けてもたれ、リビングを見る
リビングでは千尋と哲平とルーが楽しそうに話をしている

レイ 「……」

春もリビングを見ると微笑む

春  「きっと大丈夫。強くなったし、君もいる」
レイ 「……、春もあいつと何か約束してやってくれ」
春  「え?」
レイ 「想像以上に辛いものかもしれないんだ。今回の入院は」
春  「……そう。うん。分かった。だけどレイ。君も無理しないで」
レイ 「俺は大丈夫だよ。こういうことには慣れてるから」

レイ、リビングの方へ歩いていく

春  「レイ……」



・リビング(夜)

ソファに座っている、ルー、千尋、哲平
ルー、何かを思い出し、考え出す

ルー 「待てよ……、そういえば、あの頃の春がレイだったってことは……」
千尋 「パパがどうかしたのー?」
哲平 「ん?」

庭からレイと春が入ってくる
ルー、ポケットから写真を取り出す

ルー 「この写真は春じゃな──」

いい終わる前に取り上げられる

ルー 「あッ!」

ルー、その方を見ると、レイが写真を見ている

レイ 「……」
ルー 「ぎゃー! こら! 返せ!!」
春  「?」

春、不思議そうに二人を見る
レイ、何でも無さそうにルーを見る

レイ 「お前が撮ったのか?」

ルー、焦る

ルー 「いや、あのっ! その!」

春、レイが持っている写真に気がつく

春  「……!」
レイ 「お前、そういう趣味だったのか」

レイ、写真をルーにさらっと投げる

ルー 「違うッ!! これはいつかなんかあった時のためにと思って……!」

春、両手で顔を隠している
そこへ恵がキッチンから出てくると写真を見る

恵  「なんだよ。って……!」

写真には、レイと執事の濡れ場が写っている

恵  「春!?」
春  「違うよ……」

レイ、ソファに座って足を組む

レイ 「それは俺だ」
ルー 「やっぱり……!」
恵  「なんちゅー写真を……」

恵、呆れる

千尋 「パパの秘密ってこれのことだったの?」
哲平 「結局春さんじゃなかったってことか」
恵  「おい、だったらなんであの時、春が焦って隠す必要があったんだよ……」

春、疲れている

春  「そんな写真、皆に見せるようなもんじゃないでしょ……」
レイ 「別に俺はどうってこと無いが」
春  「あの状況じゃあ僕だってことになっちゃうでしょ……もう……」
レイ 「馬鹿の考えることは単純だな」
ルー 「馬鹿馬鹿言うな!!」



・玄関(夜)

ルーとレイ、玄関に立っている
それを見送りに来ている、春、恵、千尋、哲平

レイ 「迷惑かけたな」
恵  「まぁ、終わりよければすべてよしってことで許してやるよ」
ルー 「いい刺激になったろ」
恵  「こいつ……あんまり調子のんなよ」

恵、ルーの頬を抓る

ルー 「いだいー!」

全員笑う

レイ 「それじゃあな」
ルー 「また会おうぜ!」

ルーとレイ、行こうとする
それを呼び止める春

春  「ルー」

ルー、振り返る

ルー 「?」

春、ルーに耳打ちをする

ルー 「春……」
春  「ね? 約束」

春、微笑む
ルー、嬉しそうに頷く

ルー 「うん!」



・玄関口(夜)

手を振って去っていくルー
ルーとレイの後姿を見送っている、春、恵、千尋、哲平

恵  「何言ったんだ?」
春  「約束だよ。未来の」
恵  「まーた約束なんかして……」
春  「今度は大丈夫だよ」
恵  「ほんとかよ」

恵、呆れて家の中に入っていく
それに続いて皆中に入っていく

恵  「しっかし、にぎやかだったなー」
千尋 「家族が増えて楽しかったねー」
哲平 「そういえばなんか寂しいような」
恵  「もう当分4人でいいよ……」

口々に言っている中、春、玄関の戸を閉めると靴箱の上に置いてある花瓶を見る
赤いバラが一輪刺さっている
それを見て微笑む

春M 「いつかきっと、今度は本当の、未来の約束を叶えようね」





おわり


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