・自宅前(夜)

愼一(しんいち)(21)、玄関の鍵を開けて自宅へ入る



・リビング(夜)

愼一、リビングに入ってくると鞄をソファに置く
ジャケットを脱ぐとソファの背もたれにかけてソファに寝転ぶ

愼一 「……」

愼一、天井を見ている
ふとズボンのポケットから携帯電話を取り出すと画面を見る
画面には留守番電話を知らせる表示がされている

愼一M「ずっと消せない伝言がある」

じっと画面を見つめているがしばらくすると携帯を机の上に置く
そのまま腕で顔を覆う

愼一M「三年前のあの日、俺は逃げ出すことしかできなかった」



・実家のリビング(回想)(夜)

愼一 「え?家庭教師?」

愼一(17)、学校から帰ったところで母親と話している

母親 「そう、今日から頼んだのよ。あなたもこのままじゃあ駄目だって分かってるでしょう?」
愼一 「……。でも、そんな急に」
母親 「いいから早く部屋へ行きなさい。先生がお待ちになってるから」
愼一 「……」

愼一、文句を言おうとするが諦めて部屋へ向かう



・実家の自室(回想)(夜)

愼一M「家庭教師なんて大層なもの、頼んでくれなくても良かったのに…」

愼一、部屋のドアを開けながら声をかける

愼一 「すみません、待たせしてしまって」

愼一、言いながら部屋の中にいる森坂圭司(もりさかけいじ)(22)を見て黙る

愼一 「……」
圭司 「いえ」

圭司、微笑むと立ち上がる

愼一M「初めて見たあの人は、とても優しそうに見えた」

圭司 「初めまして、森坂圭司です。これからよろしくお願いします」

圭司、軽く頭を下げる



・リビング(夜)

ソファに寝転んで相変わらずうな垂れている愼一

愼一M「あの頃の自分からは凄く大人に思えていた。今の俺はあんな大人にはなれていない」

携帯電話が鳴る
愼一、ソファに寝そべったまま手を伸ばして携帯を取ると電話に出る

愼一 「もしもし」

相手の声を聞くと起き上がる

愼一 「あー、うん。今帰って来たとこ」

愼一M「落ち着いた声に長い指。耳元で聞こえる笑い声。三年経った今でも鮮明に思い出せる」

愼一 「うん。うん。いや、そうだね」

言いながら足を床に下ろす

愼一 「うん。分かった。じゃあ、また」

電話を切る
すると携帯の画面をじっと見つめる
相変わらず留守番電話を知らせる表示が出ている

愼一M「あの人は今、どこで何をしているのかもわからない」



・実家の自室(回想)(夜)

机に愼一と圭司、二人並んで向かっている

圭司 「正解。よし、じゃあ少し休憩しようか」
愼一 「やったー。もう俺疲れたー…」

愼一、机に突っ伏す
圭司、それを見て笑う

圭司 「ははっ。でも良く頑張ってるね。この分だと僕が教え無くても大丈夫だったんじゃない?」
愼一 「えっ?」

愼一、起きて圭司を見る

愼一 「そんなことないよ!先生が教えてくれるから成績だって上がったんだ」
圭司 「そう言ってくれると嬉しいよ」

圭司、微笑む
愼一、その笑顔にはっとし、照れて目を逸らす

愼一 「いや、あの、先生教えるの上手いからさ」
圭司 「そう?」
愼一 「うん。他の教えてる奴とかに言われない?」
圭司 「うーん。そうだね」
愼一 「な。そうなんだって」
圭司 「でも、こんなに素直にそう言ってくれたのは愼一君だけだよ」

圭司の微笑む顔にたじろぐ愼一

愼一 「べ、別に素直とかそんなんじゃ…」
圭司 「ううん。君の素直なところ、好きだよ」
愼一 「え…」

愼一、圭司を見る

愼一M「あの頃の俺にとって好きだという言葉は大きすぎた。それをさらりと言ってしまうあの唇が、どうしてだか、俺を惹きつけて仕方なかった」



・教室(回想)(夕方)

放課後の教室で荷物を鞄に入れている愼一
窓際で外を見ている友達A

友達A「おい、ちょっと見てみろ」

小声でそう言うと手招きをする
すると教室内にいた友達Bと友達Cがそこへ行く

友達B「お、あれ二組の女?」
友達C「今時校舎裏で告白かよー」

小声で気づかれないように話す友達A、B、C

友達A「おい、愼一も来てみろって」

くすくす笑いながら手招きをする友達A
愼一、そこへ行く

愼一 「こんなことしたら悪いよ」

愼一、言いながらも下の様子を見る

女生徒「好きです」

女生徒、言うと顔を真っ赤にして俯く

愼一 「……」
友達C「お!言った」
友達B「さーて返事はー?」

愼一、席へ戻ると鞄を取る

友達A「おい、結果見ないのかよ?」

友達A、楽しそうにしながら言う

愼一 「いいよ。悪いし」

愼一、少し笑って言うと教室を出る



・実家の自室(回想)(夜)

圭司 「告白?」

愼一と圭司、二人並んで机に向かっている

愼一 「うん。隣のクラスの女の子が」
圭司 「へぇ、なんだか懐かしいな」

圭司、くすっと笑う

愼一 「え?」
圭司 「いや、答えも分からずに告白するのってさ今ではもう無いから」
愼一 「…どういうこと?」
圭司 「今じゃ相手の気持ちが分かってないと告白なんて出来なくなっちゃった」

圭司、微笑んでいる

愼一 「そう…なんだ」

愼一、その笑顔に照れて目を逸らす
圭司、その表情を見て口元だけで笑う

圭司 「可愛いね」

圭司、愼一の髪に触れる

愼一 「……」

愼一、圭司から目を離せない

圭司 「好きだよ。愼一君」

圭司、愼一に軽くキスをする
愼一、緊張してぎこちなくそれを受ける



・リビング(夜)

愼一、携帯を持ったまま立ち上がるとベッドに横になる
唇に触れる

愼一M「好きという言葉は必ずしも告白というわけではない。俺はあの人に告白をされたわけじゃなかった。ただ好きという言葉と、時々もらう優しいキスを受け取っただけだった」

愼一、寝返りを打つ
携帯が目に入る

圭司 『好きだよ』

愼一M「今でも分からない。あの言葉が本当の気持ちだったのか。信じたかったのに、信じられなかった。あの好きという言葉」

愼一、目を閉じる



・駅前のバス停(回想)(夕方)

愼一、バス停のベンチに座っている
すると駅の方から圭司が歩いてくるのを見つける

愼一 「先生!」

圭司、愼一に気が付く

愼一 「偶然」

愼一、笑って言う

圭司 「今帰りだったの?ほんとに偶然だね」

圭司、笑う

愼一 「うん!ほら、行こ」

愼一、微笑んで歩き出す
並んで歩いていく二人



・リビング(夜)

テレビがついている
ベッドに寝転んでぼんやりとテレビを見ている愼一

女性 『好き』

テレビにはドラマが映っている
バス停で話をしている女性と男性

男性 『あぁ、俺も好きだ』

愼一 「……」

抱き合う二人
愼一、テレビを消す



・実家の自室(回想)(夜)

机に向かって座っている二人
圭司、愼一にキスをする

愼一 「……」

圭司、愼一の髪を撫でる

圭司 「好きだよ」
愼一 「……」

圭司、ふっと微笑む
その表情を見て少し俯きながらも頷く愼一

愼一 「うん…」

愼一、圭司を見る

愼一M「声に出すだけで恥ずかしかった。たったの二文字を伝えることが、それを口に出すことが出来なくて。いつも頷くだけしか出来なかった」

圭司、微笑んでもう一度キスをする

圭司 「好き」



・バス停(回想)(夕方)

圭司、駅の方から歩いてくるとバス停に座っている愼一を見つける

圭司 「……」

圭司、微笑む

圭司 「愼一君」

圭司が声をかけると驚いて立ち上がる愼一

愼一 「あ!えっと…偶然…はは…」

愼一、苦笑いをする

圭司 「偶然だね」

圭司、笑う

愼一 「い、行こっ」

愼一、顔を赤くしながら歩き出す
並んで歩く二人



・街(回想)(夕方)

並んで歩いている二人

愼一 「なーんかあっという間だったなぁ」
圭司 「そうだね」
愼一 「……」

愼一、俯く

圭司 「?」

黙る愼一を不思議そうに見る圭司
愼一、ぱっと圭司を見る

愼一 「俺、先生に会えてよかったよ」
圭司 「え?」

圭司、驚く

愼一 「最初は家庭教師なんかいらないのにって思ってた。でも先生に会えたから、だから」

圭司、愼一の言葉を遮るように手を引くとキスをする
驚く愼一

愼一 「っ…」
圭司 「もう会えないみたいな寂しいこと言わないで」

圭司、ふっと笑う
その表情に真っ赤になる愼一

愼一 「……」
圭司 「来週の23日、二人でどこか出かけようか」
愼一 「え?23日って……」

圭司、微笑む

圭司 「愼一君の誕生日」
愼一 「え……」
圭司 「合格祝いと誕生日合わせて。それとも、もう他に約束してる?」

愼一、首をぶんぶん振る

愼一 「ううん…してない…でも」
圭司 「でも?」
愼一 「これで…終わりじゃないの?」
圭司 「終わりにしたくない」

圭司、もう一度キスをすると微笑む

愼一 「……」

愼一、圭司を見つめる

愼一 「俺も…」

愼一M「あの時のキスの感覚、傍で微笑むあの表情。辺りには誰もいなくて、キンと冷えた空気が静かで冷たかった」

圭司、愼一の手を引いて歩き出す

愼一M「ねぇ先生。あの時俺が好きだって言ったら、あなたも好きだと言ってくれましたか」



・リビング(夜)

風呂上りでベッドに座っている愼一
静かな部屋に時計の音が響いている
ふと時計を見ると日付が23日をさしている

愼一 「……」

圭司 『素直で可愛いところかな』



・実家の自室(回想)(夜)

愼一、部屋に入ってくると机の上に腕時計が置いてあるのに気が付く

愼一 「あ……」

愼一M「先生の腕時計…」

愼一、時計を見る

愼一 「走ればまだ間に合うか」

愼一、部屋を出る



・駅前(回想)(夜)

走ってくる愼一
辺りを見回す

愼一 「遅かったか……」

愼一、息を付いてもう一度辺りを見ると改札口のところにいる圭司を見つける

愼一 「あ、いた!」

愼一、改札口に走っていく



・改札口(回想)(夜)

愼一、圭司に声をかけようとする
するとそこへ女性が来ると圭司に話しかける

女性 「圭司」
愼一 「っ…」

愼一、咄嗟に物陰に隠れる

女性 「それで?」
圭司 「ん?」
女性 「もう、さっきの話の続き!」
圭司 「あぁ」

圭司、微笑む
楽しそうに話している二人の声を聞いて俯く愼一

女性 「どこが好きなの?」
圭司 「素直で可愛いところかな」

愼一、はっと顔を上げる

愼一 「っ……」
女性 「もう!やだぁ!」
愼一 「……」

圭司 『君の素直なところ、好きだよ』
圭司 『可愛いね』

笑い合っている二人の声を聞いて泣き出しそうになる愼一

愼一M「そうか…そうだよな。あんな言葉。ただ、からかわれてただけだったんだ…。第一男に本気であんなこと言うわけない…」

愼一、腕時計を握り締めると走っていく

愼一M「好きなんて言葉…」



・実家の自室(回想)(夜)

愼一と圭司、二人並んで机に向かっている

圭司 「うん。大丈夫そうだね」
愼一 「……」

圭司、愼一を見て心配そうな表情をする

圭司 「愼一君。どうしたの?今日はなんだか」
愼一 「え?」
圭司 「何かあった?元気ないけど…」

愼一、はっとして首を振る

愼一 「ううん。なんでもないよ、いつも通り」

愼一、笑う

圭司 「…愼一君」

圭司、愼一に触れようとする

愼一 「そうだ」

愼一、それを避けて立ち上がる

愼一 「先生この間時計忘れてったよ。これ」
圭司 「……」

愼一、腕時計を圭司に渡す

圭司 「あ、そうか、ここに忘れてたんだね」

圭司、受け取る

愼一 「もう忘れ物なんかしちゃだめだよ」
圭司 「うん、ごめんね」
愼一 「うん…」

愼一、少し悲しげな顔をする
それを心配そうに見る圭司



・玄関(回想)(夜)

玄関に送りに出ている愼一と母親

母親 「どうもお世話になりました。ありがとうございました」

頭を下げる母親

圭司 「いえ、こちらこそありがとうございました」

圭司が頭を下げると電話が鳴る

母親 「あら、すみません。愼一、先生お見送りしてね」
愼一 「うん…」

母親、家へ入って行く

愼一 「……」
圭司 「……」

圭司、様子のおかしい愼一を見る

圭司 「愼一君、やっぱり何かあったんじゃない?」
愼一 「え?」
圭司 「僕、何か言った?」
愼一 「っ……」

女性 『どこが好きなの?』
圭司 『素直で可愛いところかな』

圭司 「愼一く…」
愼一 「ううん!何にも!」
圭司 「……」
愼一 「なんか今日疲れててさ、だからかな?」
圭司 「そう…」
愼一 「……」
圭司 「愼一君、23日」
愼一 「っ…」

そこへ母親が来る

母親 「愼一、お友達から電話よ」
愼一 「…うん」
母親 「すみませんバタバタしてしまって」
圭司 「いえ」
愼一 「ありがとうございました」
圭司 「うん」
愼一 「…さようなら」

愼一、目を見ずにそう言うと家の中に入っていく

圭司 「愼一君─…」

愼一M「あの人の姿を見たのはこれが最後だった」



・玄関(回想)(夜)

母親、ドアを開けると圭司が立っている

母親 「あら、先生」
圭司 「あの、愼一君は…」
母親 「愼一なら友達が誕生日を祝ってくれるとかでさっき出て行きましたよ」
圭司 「そう…ですか」

圭司、悲しげに少し微笑む

母親 「あの子先生と約束してたんですか?」
圭司 「あ、いえ。僕が急に押しかけたんです。すみません」
母親 「そうですか?なんだか申し訳ないです」
圭司 「いえ、失礼します」

圭司、言うと去っていく



・バス停(回想)(夜)

人が疎らな駅前に一人歩いてくる圭司
バス停のベンチを見るとそこに座る
圭司、携帯を見る

圭司 「……」

辺りを見る



・河川敷(回想)(夜)

一人、河川敷に座っている愼一

愼一 「……」

圭司 『来週の23日、二人でどこか出かけようか』

愼一、携帯を開く
23日の21時を表示している

愼一 「……」

愼一、携帯を握り締めて俯く

愼一M「会いたいのに」

圭司 『好きだよ』

愼一M「こんなに好きなのに」

圭司 『素直で可愛いところかな』

愼一 「っ……」

愼一M「なんで」

携帯が鳴る

愼一 「……」

画面を見ると圭司からの電話

愼一 「……」

画面を見つめている愼一
しばらくすると留守番電話になる

愼一M「怖くて会えない。怖くて、会いたくない」

画面には留守番電話が表示されている
それを見て一筋涙を流す愼一
そのまま携帯を耳に当てて伝言を再生する

愼一M「嘘だって知りたくなかった」



・リビング(夜)

ベッドに寝転んで携帯を耳に当てると伝言を再生させる

愼一 「……」

圭司 『僕です。愼一君、あのバス停で待ってるから。君にもう一度、会いたい』

愼一、携帯を耳から離すと涙を流す
時計の日付は23日をさしている

愼一M「先生。あの頃の俺は好きという言葉も口に出せない子供だった。気持ちを伝えることがどれほど大変なことかも知らなくて、たったの二文字を口に出すことがどれほど勇気のいることか、あなたに出会って初めて知った」

窓の外では雨が降っている

愼一M「信じることが、どれだけ大切なことだったか今になって分かった。何もかもが怖くて、傷つきたくなくて、何も確かめもせずに逃げ出した俺は、あなたのことを三年経った今でも忘れられずにいる」

愼一 「……」

愼一、立ち上がると携帯を持って家を出る

愼一M「一番信じなきゃいけないあなたを、俺は信じられなかった。好きなのにと、その気持ちを盾にただ、逃げただけだ」



・バス停(夜)

雨が降る中、誰もいない駅前に傘を差して愼一が来る

愼一M「どうしてあの時それが分からなかったのか。今更もう遅いのに」

傘を畳むとバス停のベンチに座る愼一

愼一 「……」

愼一M「三年前の今日、あなたはこうしてずっと俺を待っててくれたんだろう。俺を信じて、ずっと、こうして、一人で…」

愼一、携帯を取り出すと耳に当てて伝言を再生させる

圭司 『僕です。愼一君、あのバス停で待ってるから。君にもう一度、会いたい』

耳から離して画面を見つめる

愼一 「……」

伝言を消去しようとするが躊躇する

愼一M「もし今あなたに会うことが出来たのならば、俺はあなたに…」

伝言を消去する
愼一、涙を画面に落とす

愼一 「……」

圭司 『愼一君』

愼一M「低くて、優しくて、甘い声がいつまでも耳について離れなかった。あなたは今、どこで何をしていますか──」

雨が降る中、足音が聞こえてくる
俯いて伝言の表示が無くなった画面を見ている愼一

愼一 「……」

足音が近づいてくると視界の中に靴先が見える
ゆっくりと顔を上げる愼一
愼一の前に圭司(25)が立っている
向かい合っている二人

愼一 「先生…」





おわり

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