・廊下

公太郎(こうたろう)、廊下を歩いてくる
部屋の中の話し声が聞こえる

同僚A『神崎(かんざき)さんもどうせ今日予定あるんでしょー?』
綾  『ん?あぁ、まぁね』

公太郎、ドアの前で立ち止まる

公太郎(あ、なんだ。やっぱあるんだ…)
同僚A『いいっすよねー。俺なんかイブだってのに一人ですよー』
同僚B『そうなの?お前も来る?飲み会あるんだけど』
同僚A『まじっすか?行きます行きます!やったー!』
同僚B『リョウ様は今日何人の女と待ち合わせなんだか』
同僚A『え!?順番待ちっすか!?』
綾  『お前いい加減リョウっつーのやめろ。あやだ。あや』
同僚B『ホラみろ、突っ込みは名前のことだけだぜ?こいつやっぱタラシだタラシ!』
同僚A『あははっ!でも珍しいっすよね。男でアヤって読ませるの。俺も初めはリョウだと思ってました』
綾  『親が珍しいもの好きなんだよ』



・部屋

公太郎、音を立てて入ってくる

同僚B「お、ハム太郎!お前は?今日の予定!」
綾  「だめだめ。こいつ仕事あるもん」
同僚 「え?仕事?」
綾  「そ。俺から。どーせこいつが合コン行ったって黙ってるだけなんだから」

綾、公太郎を見て笑う
公太郎、綾を睨み付ける
綾、近づいてくる

綾  「なぁ?ハム太郎=H今日は迷子にならなかったのかな?」
公太郎「うるさい!」
綾  「なんだよ、上司に向かって取る態度か?」
公太郎「仕事って何!?」
綾  「こえー。図星だからって怒るなよ。一人で寂しくいるより仕事してる方がいいだろ?」
公太郎「さっさと言えよ!」
綾  「この書類。届けに行って」

綾、公太郎に茶封筒に入った書類を渡す

公太郎「書類?こんなもの郵送で─」
綾  「期限今日までだったんだよねぇ」
公太郎「そんなの、あんたが悪いんだろ!」
綾  「あぁ、そんなに合コン行きたいんだ?でもさぁ、それって意味あるの?お前が行っても─」
公太郎「っ!…分かったよ!届ければいいんだろ!?どこだよ!」
綾  「最初からそう言ってればいいんだよ」
公太郎「…っ!」

綾、小さな紙に住所を書く

綾  「住所はここ。簡単な地図書いといてやるよ」
公太郎「別に!」
綾  「あぁ、まぁタクシー使ってもいいんだけどな?その方が迷子にならなくてすむもんな?」
公太郎「こ、これくらい行ける!」

公太郎、紙を奪うと綾の横をすり抜けて出て行こうとする

綾  「ちょっと待て」
公太郎「何だよ!まだなんかあんの?」

綾、小さな紙を公太郎のコートのポケットに入れる

綾  「困ったら見な。役に立つから」
公太郎「困らないから必要ない!」

ドアを大きな音を鳴らせながら出て行く公太郎

同僚A「相変わらずですね、二人」
同僚B「リョウはハム太郎のことからかいすぎなんだよ。嫌われることばっかすんのやめたら?」
綾  「嫌われる?どこが」
同僚B「こえぇ…。いろんな意味でこえぇ…」
綾  「ふっ」
同僚A「でも大丈夫なんですか?ハムちゃんきっと迷いますよ」
同僚B「あいつの方向音痴はひどいからなぁ…」
綾  「それが楽しいんじゃん」
同僚B「酷い!最低!」



・街

イブの街中を沢山の人が行きかっている
その中で一人書類を持って歩いている公太郎
街頭テレビで天気予報が流れている

テレビ『さぁて、今日はクリスマスイブということですけれども!皆様どんな予定があるでしょうか?続いては気になるお天気です!』

公太郎M「あの忌々しい上司は、俺の秘密を知っている。方向音痴っていうのは、もう皆が知っていることで、いまさらどうこう言うことでもない。知らないうちにフラッと方向転換してしまう癖があるらしい俺の足は、絶対に目的地に行ってくれはしないんだ。俺の秘密っていうのは、女に興味が無いってこと。その弱みを握ったあいつは、顔を見れば俺に嫌がらせをしてくる。そうというのも、あいつが有名な女好きで、女たらしで、こんな俺のことを軽蔑してるからだ」

テレビ『今日の夜中ごろから雪になります。ホワイトクリスマスは期待していいでしょう』

公太郎M「それなのに、俺はあの忌々しい奴が好きなんだ。絶対に叶わないと分かっているのに、あの忌々しくて、むかつく綺麗な顔を、嫌いにはなれない。だから必死になって嫌いな振りをする。いつか本当に嫌いになることを願って」



・街

人が少ない裏通りを歩いている公太郎

公太郎(中川町はこっちだから、このまま行っていたらつくぞ。あれ?俺今日順調じゃないか!)

微笑む公太郎
ジングルベルが聞こえてくる

公太郎(サンタが導いてでもくれてるのかな?不幸な俺に…)



・街

大通りに戻るとカップルが増えてくる
相変わらず一人で歩いている公太郎

公太郎M「さすがにイブだもんな…。やっぱり家で一人でテレビでも見てた方がよかった…。いくら俺のこと嫌いだからって、こんな日にまで嫌がらせしなくてもいいのに…」

冷たい風が頬を撫でる

公太郎M「別に女に興味が無いからって、あんたに迷惑かけないよ。たしかに俺はあんたのこと好きだけどさ…。でも叶わないって分かってるから、行動にも移さないんじゃないか。何がそんなに気に入らないんだよ…」

公太郎、ため息をつくと目の前が白くなる

公太郎(そういえば雪が降るかもしれないんだっけ?寒いもんな。雪なんか降らなければいいのに…今頃きっとあいつは女の子とケーキでも食べてんだろうな。俺にこんなことさせてるのもきっと忘れてて、このまま雪が降ってきたら、女の子と空を眺めながらロマンチックにクリスマスを迎えるんだ…)

首を振る公太郎

公太郎(今こんなこと考えるのはよそう!さっさとこの書類を届けて家に帰ってコタツの中でチキンでも食おう!)

ふと前を見る

公太郎「あれ…?」

あたりを見回す

公太郎(どこだ…ここ…)

人一人見当たらない

公太郎(さっきまで大通りに居たはずなのに…)

立ち止まる

公太郎M「最悪だ。またフラっとどこか違う道に入ったんだ。余計なこと考えてたからだ…。なんだよ…。俺、どこまで惨めな思いすればいいわけ?何かしたっていうのかよ…?俺…何にもしてないじゃんか…」

公太郎「くそっ…」

下を向いて拳を握り締める公太郎
涙が零れて地面が濡れる

公太郎「…っぅ…」

涙とは違う雫が落ちる
雨が降ってくる
空を見上げる公太郎

公太郎「ほんとに…最悪な日だ…」



・街

雨が降っている
とぼとぼと、歩いている公太郎
手に握っている紙の文字が雨で滲む

公太郎(もう間に合わないかな…。そういえば時間とか聞かなかった…。きっとこのままたどり着いても怒られるだろうな…)

はぁっと、手に息を吹きかける公太郎
そのままコートのポケットに手を突っ込む

公太郎「ん…?」

ポケットの中の紙に気づく

綾  『困ったら見な。役に立つから』

公太郎(そういえばこれ…)

紙を取り出して広げる
電話番号が書いてある

公太郎(電話番号…。きっと届け先の会社だろう。さっさと案内してもらって帰ろう…)

電話をかける公太郎
呼び出し音が鳴る

男  『はい』
公太郎「すみません、そちらに書類を届ける予定でした横田(よこた)と申しますが」
男  『あぁ、やっぱり迷ったか』
公太郎「……」
公太郎(この声…)
綾  『どこにいるんだよ、今。それくらいわかんだろ』
公太郎「……」
綾  『なんだよ。どこにいるのかも分からないほど迷ったのか?真性だな』

嘲笑する綾

公太郎「……公園」
綾  『聞こえねえよ。はっきり言え』
公太郎「…コンビニの前に大きな公園がある…」
綾  『あぁ、すぐ近くじゃん。そのまま俺の言うとおりに行け。電話は切るなよ。どうせフラッとどっか行くんだろうから』
公太郎「……」



・街

マンションの前にいる公太郎

公太郎M「電話の向こうであいつは細かく道を言った。俺はその通りに歩いた。切るなとあいつは言ったけど、きっと電話の向こうでは俺なんかの電話に邪魔されて、女の子が怒ってるだろう。悪いことをしたな。と、思った。とたんに、なんだか惨めになった」

綾  『そこのマンションの八階の三号室。もう大丈夫だろ』
公太郎「……」
綾  『まさか、マンションの中でも迷子にはならないだろ?じゃあな』

公太郎M「最後まであいつは俺を鼻で笑っていた。お礼を言おうか迷ったけど、なんだか言うのが悲しくて、何も言えなかった。相変わらず俺は馬鹿だと思う」

マンションの玄関前で
部屋番号を押して呼び出しボタンを押す

公太郎(こんなずぶ濡れで、きっと先方はびっくりするだろうけど、しかたない。さっさと渡して帰ればいいんだから…)

インターホンに誰も出ずに、扉が開く

公太郎(…。いいのか?入って…)



・マンション

エレベーターを降りる公太郎
公太郎の足音だけが廊下に響く

公太郎(三号室。ここだ…)

三号室の前で止まるとインターホンを押す
扉が開く

公太郎「あの…。っ!」

綾が出てくる
驚いて書類を落とす公太郎

綾  「馬鹿、お前傘買うとかしなかったのか!?」
公太郎「……」

驚いて言葉を詰まらせていると、
乱暴に書類を拾い、公太郎の腕を引いて中に入らせる綾



・綾宅

強引に手を引かれる公太郎
リビングの扉らしきものが見えると同時に
そこにいるであろう、人のことを思い出す

公太郎「は、離せっ!」
綾  「何言ってんだよ、そのままだったら風邪引くだろうが。手だってこんなに─」
公太郎「いい加減にしろよ!」

公太郎の聞いたことも無い叫び声に綾黙る

公太郎「こんなことして…何が楽しいんだよ…俺がっ…あんたに何したっていうんだ…」

泣き出す公太郎

綾  「……」
公太郎「もうやめてくれ…ここまでしたんだからもういいだろ…。十分嫌がらせしてきたじゃんか…。あんたが俺のこと気持ち悪いって思ってるのはもう分かってるから…会社も辞めるよ…あんたの目の前からいなくなるから…もう許してくれよ…。これ以上…傷つけないでくれ…」
綾  「…っ」

綾、公太郎の手を引いてまた歩き出す

公太郎「っ!離せよ!」

ドアを開けて公太郎を中に突き飛ばす綾

公太郎「痛っ…」

公太郎、綾の前に倒れる
足元に倒れている公太郎を見下ろす

綾  「誰がお前のこと気持ち悪いって?」
公太郎「っ…だから、あんたが」
綾  「どこの世界に気持ち悪いと思ってる相手にこんなもん用意する奴がいる!?」
公太郎「え…?」

公太郎、見上げると、テーブルの上にクリスマスケーキがあるのに気がつく

公太郎「どういう─」
綾  「俺が馬鹿だった!」
公太郎「何…」
綾  「てっきりお前は俺のこと好きなんだと思ってたわ。違ってたんだな!お前は俺のこと、ただの嫌味な上司としか思ってなかったんだよなぁ!?」
公太郎「何言って…」

綾、公太郎の顔を見て目を逸らすと額を押さえて背を向ける

綾  「最悪だよ。もういいよ。帰れ」
公太郎「なんで…俺があんたのこと」
綾  「あの後、お前が酔っ払って女に興味無いって言ったあと」
公太郎「え…?」
綾  「お前家まで送って行っただろ。あの時、お前が言ったんだよ」
公太郎「俺が?」
綾  「あぁ。お前が。俺のこと好きだってな!」
公太郎「うそ…」
綾  「あぁ、嘘だったんじゃねぇの?酔っ払った勢いでさ、口からでまかせ。まんまとそれ聞いて喜んだ俺が馬鹿だったよ」
公太郎「喜んだって」
綾  「あぁそうだよ。喜んだよ。悪いか」
公太郎「嘘だよ!またからかってんだろ!?だってあんた女の子にしか興味ないって」
綾  「今まではな!でもお前のこと好きだって思ったんだ、仕方ないじゃないか。でもお前は違うんだろ!?」
公太郎「…い」
綾  「え?」
公太郎「違わない!だって俺…あんたが俺のこと嫌いだって思ってたから…きっと俺の気持ち知ったらもっと嫌われると思ったから…嫌いになろうと必死で…」
綾  「…」
公太郎「でも無理で」

公太郎、涙目で俯く
綾、その姿を見ると公太郎を抱き寄せキスをする

公太郎「んっ!?」
綾  「俺のこと好きなんだな?」
公太郎「んっ…うん…っ」
綾  「くそっ…やっぱお前可愛い…」
公太郎「……っぅ…んん…リ」
綾  「綾」
公太郎「…」

公太郎、笑う

公太郎「綾」
綾  「公太郎」

キスをする二人

公太郎「ん……っ…」



・リビング

綾ケーキを切っている
公太郎、窓から外を見る

公太郎「雪だ…」
綾  「え?」
公太郎「雪が降ってる」
綾  「ほんとだ。明日はホワイトクリスマスだな」
公太郎「うん」

綾、ケーキの刺さったフォークを差し出す

綾  「ほら」
公太郎「ありがとう。…うまい」

ケーキを食べる公太郎

綾  「ふっ」
公太郎「でもさ、なんであんな遠まわしなことするわけ?」
綾  「はぁ?そんなもん」
公太郎「?」
綾  「楽しいからに決まってんだろ」

意地悪く笑う綾

公太郎M「どこからかジングルベルが聞こえた気がした。サンタからのクリスマスプレゼントは、相変わらず、むかつく綺麗な顔で、不敵に笑っていた」







おわり




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