・L'ULTIMO BACIO
春(はる)(35)、レジカウンターに一人座っている
外はとても晴れている
カウンターの上でガラス細工の馬と羊を並べている春
春 「……」
・庭
恵(けい)(29)、庭で洗濯物を干している
シャツをバサッとする
恵 「いい天気だなー」
空を見上げる恵
・L'ULTIMO BACIO
春、相変わらず馬と羊を並べている
春 「うーん……」
馬と羊を見て首を傾げる春
春 「羊と言ったら狼かな……」
呟くと立ち上がって店のガラス細工が飾ってあるところへ行く
そこで狼の小さなガラス細工を持ち上げる
春 「白狼……」
言いながら微笑むと同時に店のドアベルが鳴る
ドアの方を見ると俊祐(しゅんすけ)(34)が立っている
春 「……」
俊祐 「よう」
春 「哉家(かないえ)……くんッ!?」
春、俊祐の姿を見て驚くと持っていた狼のガラス細工を落とす
春 「あっ!」
言うと同時に床に叩きつけられ、割れる狼のガラス細工
俊祐 「何やってんだよ」
その光景を見て笑う俊祐
春 「あ、あの、えっと」
俊祐を見て戸惑う春
俊祐 「あんた……」
春 「え?」
俊祐 「あんまり変わんねぇんだな。ははっ。なんか安心したわ」
俊祐、呆れて笑う
春 「どうしてここに…?」
春の問いに俊祐、一瞬目線を逸らすがどこか気恥ずかしげに春を見る
俊祐 「約束」
春 「約束…?」
俊祐 「お茶!飲むんだろ……。約束。守りに来た」
春 「……」
春、俊祐の言葉に呆然とする
俊祐 「なんだよ。忘れてんのか?」
俊祐、少し拗ねるようにする
春、その表情を見て満面の笑み浮かべる
春 「覚えてるよ。そっか。ふふっ。嬉しいな」
笑う春を見て俊祐、驚き、15年前の春の姿を重ねる
俊祐 「……」
春 「どうぞ。入って」
春、奥へ行こうとする
俊祐 「あ、いや。店、やってんだろ?また来るから今じゃなくても──」
春 「大丈夫。今日は終わりだから」
俊祐 「終わり?ってまだ昼だぞ…?」
春 「うんっ。ここはね、好きな時間に開いて、好きな時間に閉まるから」
笑っている春
俊祐 「はぁ…?」
春 「はははっ。まぁ入ってよ」
春、奥へ行く
それについていく俊祐
・リビング
恵、洗濯籠を持って庭からリビングに入ってくる
恵 「洗濯終わりーっと…」
独り言を言うと同時に春がリビングに入ってくる
恵 「あー春、買いも…」
恵、春の後ろにいる俊祐を見て言葉を止める
春 「恵ちゃん。こちら哉家俊祐くん。前に話したことあったよね?」
俊祐 「どうも」
俊祐、頭を下げる
恵 「あ、あぁ…どうも」
春 「哉家くん。こちら僕の旦那さんの恵ちゃん」
俊祐 「旦那…」
春 「うん」
俊祐 「……」
俊祐、恵を見る
恵 「あー気にすんな」
恵、手をヒラヒラ振る
俊祐 「……」
俊祐、春を見る
春、ニコニコ笑っている
恵 「それにしても珍しいな。春の友達とか」
春 「約束守りに来てくれたんだ。どうぞ。座って」
春、言いながら俊祐にソファを勧める
俊祐 「どうも」
俊祐、ソファに座る
恵 「約束?」
春 「うん。お茶する約束」
春、微笑む
恵 「そっか」
春 「恵ちゃん。今日ちーお昼までなの。迎えに行ってもらえる?」
恵 「……」
恵、春を見て少し黙るがカゴを持ち直す
恵 「はいはーい。昼もどっかで食べて遊んでくるわー」
恵、そのまま洗面所へ
・リビング
玄関の扉が閉まる音がして春がリビングに来る
俊祐 「いいのか?なんかすっげぇ怒ってなかった?」
春 「さすが。良く分かるねー」
笑いながらキッチンへ行く春
俊祐 「良く分かるっつーか…」
春 「大丈夫大丈夫。君に怒ってるわけじゃないから」
笑っている春
俊祐 「……」
春 「あ!ねぇ!」
春、キッチンから顔を出す
春 「あれ。持ってきた?」
俊祐 「あれ?……あぁ。これ?」
俊祐、紅茶葉の瓶を出す
春 「そうそう。懐かしいなぁ」
春、笑いながら引っ込むとティーセットを持って出てくる
春 「今ならもうちょっと奮発できるんだけどね」
言いながらソファに座り、瓶を手に取る春
春 「開けなかったんだ…?」
春、俊祐を見る
俊祐 「俺んちにこんな大層なティーセットなんか無いんだよ」
呆れて言う俊祐
春 「そう?ははっ」
笑いながら紅茶を入れる春
俊祐 「……」
俊祐、家を見渡す
春 「探してくれたの?」
俊祐、突然の春の言葉に驚く
俊祐 「え?」
春 「約束守るために」
春、紅茶を入れながらで俊祐の顔は見ない
俊祐 「……あぁ。うん、まぁ」
春 「ごめんね」
春、ティーカップを俊祐の前に差し出す
春 「あの時ちゃんと言っていけば良かったのに、何も言わずにいなくなっちゃって。約束持ち出したのは僕なのに」
俊祐 「いや。あの時はあれで良かったのかもしれないと思う」
春 「え?」
俊祐 「今になってみればだけどな」
俊祐、懐かしげに笑う
春 「そっか」
春、俊祐の笑顔を見て微笑む
春 「どうぞ」
俊祐 「あぁ」
俊祐、ティーカップを手に取る
春 「……」
俊祐 「……」
二人、黙って紅茶を飲む
春 「……ふふ」
俊祐 「?」
春、飲みながらソファに体を預ける
俊祐、それを見て不思議そうにする
春 「いや、僕たちも歳取ったんだなーって」
俊祐 「なんだそれ。そりゃあれから15年経ってんだ」
俊祐、呆れる
春 「そうだね。15年か。色々あったなー…」
春、庭を見る
俊祐 「……」
俊祐、春の姿を見るとティーカップを置き頭を抱えてソファに体を預ける
俊祐 「はぁー……」
春 「?」
俊祐 「なんか」
俊祐、頭を掻く
俊祐 「思ってたのと違う……」
春 「えー?なに、僕ガッカリさせちゃった?」
春、笑う
俊祐 「いや。俺も成長したつもりだったんだけどな。やっぱあんた見るとなんつーか。変わって無いというか…」
春、微笑んで紅茶を飲む
俊祐 「俺もまだまだかなー…」
春 「そんなことないよ」
俊祐 「え?」
春 「君はもう僕のずーっと前を歩いてる」
春、儚げに笑う
俊祐 「……」
俊祐、その表情に驚く
春 「あれから15年。ほんとに色々あったよ」
俊祐、何も言えずに紅茶に口をつける
春 「あの頃の僕の方が今より大人だったかもしれない。何も知らない子供だったから」
春、少し笑う
春 「駄目な大人になっちゃったのかも。恐れを知ったらあの頃みたいに色んなことが出来なくなった」
俊祐 「恐れ?あんたが?」
春 「ふふ。そう。まぁでも元から怖がりだったけどねー。すぐ逃げちゃう癖があるし」
俊祐 「まじかよ。俺にはあんたは怖いもん無しの超人の様に見えてたけどな」
俊祐、笑う
春 「そんな人いないよ」
春、笑う
俊祐 「そうだな…」
春 「でも今は凄く幸せだよ。こんな風になれるなんて思ってもみなかったけど」
俊祐 「あぁ。見てたら分かる」
春 「そう?」
俊祐 「うん」
春 「ねぇ。あの頃僕のこと嫌いだったでしょ?」
俊祐 「え!?あ……いや…」
春 「いいよ言って。僕嫌われるのには慣れてるから」
春、茶化すように笑う
俊祐 「まぁ…そうだな…でも──」
春 「うん。今は嫌いじゃないよね?」
俊祐 「……なんだよ。なんでもお見通しってか?」
俊祐、呆れる
春 「ふふふ。やっぱり君はすっごく大人になったよ。ほんとに。羨ましくらい」
俊祐 「はぁ?」
春 「あの頃も可愛かったけど、今の君も凄く素敵」
俊祐 「可愛い!?」
春 「はははっ。うん。可愛い」
俊祐 「やっぱあんたおかしいわ」
春 「よく言われるよ」
笑いあう二人
春 「僕が初めて君を見た時もすっごく怒ってたんだよね」
俊祐 「俺が?」
春 「うん。あのね、学校の。ほら、インフォメーションに飾ってあった展示品あったでしょ?」
俊祐 「あぁ…」
春 「あそこで僕の作った人形を睨みつけてたの」
春、言いながら笑っている
俊祐 「……」
俊祐、照れる
春 「その姿、今でも思い出せるよ」
・大学インフォメーション(夕方)(回想)
夕日が差し込み、インフォメーションが赤く照らされている
その中で一人、春の展示品の前に立っている俊祐(18)
春(19)、インフォメーションの二階から階段で下りてくると俊祐を見つける
春 「……」
・大学インフォメーション(夕方)(回想)
春、階段を下りる
その足音に気が付く俊祐
俊祐 「……」
不機嫌そうな顔で春を見ると去っていく俊祐
春 「……」
・リビング
春、笑いながら紅茶を一口飲む
春 「綺麗な子がいるなーと思って、声かけようとしたんだけどね」
俊祐 「……」
俊祐、額を押さえる
春 「その後も見るたび見るたび怒ってたんだよねー」
春、懐かしげに笑う
俊祐 「あの時は!」
春 「?」
俊祐 「あの時は…あれがあんただって知らなかったんだよ……なんかニヤニヤして見てる奴がいると思って…」
春 「ハハハッ!ニヤニヤか…確かにそうだったかも」
俊祐 「えぇ?」
春 「あの時僕も若かったから。それに君可愛いし」
俊祐 「はぁ?どういう意味だよ?」
春 「あわよくばって考えてたんだよね」
春、俊祐を見てニコっと笑う
俊祐 「……」
俊祐、呆然とする
春 「あれ?そこまでは気が付かなかった?」
俊祐 「え?って…どういう…」
春 「いやー、こんなこと恵ちゃんに聞かれたら怒られちゃうな」
春、一人で笑っている
俊祐 「や、やめろ…俺の思い出を壊すな…」
俊祐、青ざめる
春 「でも下心抜きでも君の事は気になってたんだよ?」
俊祐 「下心ってなんだよ…」
春 「ははっ。君の作る服ってね。まぁ好みが似てるっていうのもあるんだろうけど、凄く力強くてさ。好きだったな。でも君インタビュー受けてもぜーんぜん嬉しくなさそうだったし、なんだか決められたこと答えてるみたいで。何がそうさせてるのかなーって」
俊祐 「……」
俊祐、鼻でため息を吐く
俊祐 「なぁ、なんであんたは工芸を選んだんだ?」
春 「え?うーんと、まぁ小さい頃から物作るのが好きだったしね」
俊祐 「そっか」
春 「うん…?」
俊祐 「俺も服作んのが好きだよ。ガキの頃からずっとなりたいものは『服を作る人』だった。んでそんな俺の前に現れたのがあんただ」
春 「僕?」
俊祐 「初めてすげぇと思った奴があんただったんだよ。あの時のあのインフォメーションの人形見て」
春 「……」
俊祐 「でもあんたはまったく畑違いの人間だった。なんか悔しくてさ。でもあの時あんたが同じ道の人間だったら今の俺はいないかもしれないな。きっとあの時もう挫折してたんじゃねぇかな」
春 「どうして?」
俊祐 「改めて会いに来て分かったよ。俺はあんたには勝てない」
春 「そんなこと…」
俊祐 「いや、違うな。勝ちたくない」
春、困った顔をする
俊祐 「この歳まであんたの後姿ばっか追いかけてたんだよ。ここに来るまでさ。あんたを探してる途中も何度も思った。もし会いに来て、どうしようもない奴になってたらどうしようとか」
春 「ふふ」
俊祐 「ふっつーのあの頃の面影も無いおっさんになってたらどうしようとかさ」
俊祐、笑う
俊祐 「俺にとってあんたはずっと雲の上の存在なんだよ。今分かった。だからこれからもそれでいい。あんたのお陰で俺はここまで来れたんだ」
春 「僕はあの頃と変わり無い?」
春、笑いかける
俊祐 「あぁ。全然変わってねぇよ」
春 「そっか。良かった」
俊祐 「あーやっぱ来て良かった。すっきりした」
俊祐、伸びをする
春、その姿を見ると微笑む
春 「ちょっと待ってて」
春、立ち上がると玄関の方へ行く
俊祐 「?」
俊祐、春の後姿を見て不思議そうにする
・リビング
春、戻ってくると手には赤いタータンチェックのワンピースを持っている
春 「あったあった」
俊祐 「それ!」
俊祐、ソファにもたれていた体を起こす
春 「これでしょ?あの時の服」
春、言いながらソファに座る
春 「今見たらすっごい粗いよ。恥ずかしいな」
笑いながら俊祐に服を渡す
俊祐、それを受け取ると広げてみる
俊祐 「……」
春 「プロに見られるとは思ってなかったよ」
春、笑う
俊祐 「ちゃんとタグまで付けてんじゃねぇか…やっぱ凄いなあんた…裏地もしっかりしてるし…」
俊祐、まじまじと見る
タグにはpromiseと書かれている
俊祐 「プロミス?」
春 「うん。あの人形の題名だったんだ。うわー。なんかすっごい懐かしいー…」
俊祐 「……」
俊祐、服を見たまま黙ってしまう
春 「哉家くん?」
俊祐 「あ…いや。なんか俺も懐かしいと思って」
俊祐、ふっと笑う
春 「やっぱりあの時お茶しなくてよかったね」
春、優しげに笑いかける
俊祐 「なんで」
春 「こんな風には話せなかったと思う。あの頃の僕では君の力になれなかっただろうから」
俊祐 「それは俺がガキだったってことだろ?」
春 「違うよ」
俊祐 「ふっ。いや、あの時でもあんたは今と同じ様に話してくれたと思うよ。きっとな」
俊祐、微笑む
春 「そうかな」
二人笑い合う
・リビング(夕方)
庭の戸口に立って庭から見える海を見ている俊祐
外を見ていると門が開く音がする
門の方を見ると植え込みの上からウサギの耳が出てくる
俊祐M「ウサギ…?」
不思議そうにそれを見ているとウサ耳をつけた千尋(ちひろ)(8)が玄関前に現れ俊祐に気が付く
俊祐M「!!永久のミニチュア…!」
千尋 「?お客さん?」
俊祐 「……」
千尋 「ねー、恵ちゃんかっこいい人がいるよー?」
千尋、門の方にいる恵に問いかける
恵 「あぁ、春の友達」
千尋 「パパのお友達?」
千尋、庭を通って俊祐の傍まで来ると見上げて笑いかける
千尋 「buongiorno」
俊祐 「あ……」
恵、玄関のところからこちらを見る
恵 「おいちー。日本人だ」
言うと玄関に入っていく恵
千尋 「え!?日本人なの!?日本のパパのお友達!?」
俊祐 「あ、あぁ…」
千尋 「わぁー!初めてだね!」
俊祐、千尋に驚いていると春が後ろから来る
春 「ちー、ちゃんとご挨拶して?」
俊祐 「永久…あの…」
千尋 「初めまして!僕千尋っていうの!お兄さんは?」
俊祐 「俊祐……だけど…」
千尋 「俊祐さんかぁ!ふふふっ。よろしくね」
俊祐 「あぁ、よろしく…」
春 「ちー、ちゃんと玄関から入って」
千尋 「はーい!」
千尋、玄関の方へ去っていく
春 「僕の息子だよ」
春、笑っている
俊祐 「いや、それは見れば分かるけど…」
春 「びっくりした?あはは」
春、言いながらキッチンの方へ行く
恵、リビングに入ってくる
春 「恵ちゃんどこ行ってたのー?」
恵 「動物園。なに、もう約束終わったの?」
春 「うん。これから夕飯作ろうと思って」
恵 「え?材料買ったのか?」
春 「ううん」
恵 「なんだ良かった。俺買ってきたから。あんたも食うんだろー?」
恵、突然俊祐に振る
俊祐 「え?いや俺はいいよ」
春 「えー?どうして?あ、誰かと約束してる?」
俊祐 「いや、してないけど…飯まで悪いし」
恵 「何言ってんだよ。久しぶりなんだろー?食ってけ食ってけ」
恵、言いながらキッチンへ入る
俊祐 「でも」
春 「恵ちゃんのご飯美味しいんだよ?」
俊祐 「あー…」
答えようとすると千尋が洗面所の方から走ってくると俊祐に抱きつく
千尋 「帰っちゃうの?」
俊祐、驚く
俊祐 「え!?」
千尋 「まだ僕とお話してないもんー。帰らないでー!」
俊祐 「……」
俊祐、春を見る
春、笑う
春 「ね?」
俊祐 「……じゃあ」
千尋 「わーい」
・リビング(夜)
夕飯後、ソファに座っている俊祐、春、恵、千尋
千尋は俊祐にべったりくっついている
恵 「おい、ちーさっそく浮気かよ。哲平(てっぺい)に言うぞー?」
からかう様に言う恵
千尋 「違うもんっ!俊祐さんは特別ッ!」
俊祐 「……」
苦笑いをしている俊祐
・庭(夜中)
庭のベンチに座っている俊祐
煙草を吸いながら夜空を見上げる
俊祐M「15年か…。ほんとに色々あったよ。こんな歳になるまで気が付かなかったなんてな。やっぱりあいつは凄い。なんだかもうほんとに遠い昔なんだな……」
夜空に向かって煙草をふかす俊祐
恵 「ご一緒してもよろしくて?」
恵、リビングから顔を出す
手には煙草とジッポーを持っている
俊祐 「ん、あぁ。どうぞ」
俊祐、座る位置を少しずらす
恵 「どうも」
言いながら隣に座る恵
座ると煙草に火をつける
恵 「なに、枕変わったら寝れない人?」
恵、ふかしながら少し笑う
俊祐 「いや、そんなことは無いんだけど。なんだろうな。興奮してんのかなー」
俊祐、いいながら煙草を消すと新しい煙草に火をつける
恵 「え。欲求不満なの?」
恵、疑わしげに俊祐を見る
俊祐 「違ぇよ。しかし、いいとこ住んでんな」
恵 「ほんとだよ。あいつどっから金沸いて出てんのかわかんねぇからな」
恵、笑う
俊祐 「邪魔して悪かったな、泊まる気は無かったんだが」
恵 「いいよ別に。15年ぶりなんだろ?」
俊祐 「そうだな」
恵 「あんな嬉しそうな顔してんの久しぶりに見た」
恵、煙草を吸う
俊祐 「なんだよ、仲良くねぇのか?そんな風には見えなかったけど」
俊祐、心配そうに恵を見る
恵、俊祐を見る
恵 「俺以外に。な」
恵、言うと笑う
俊祐、吹き出す
俊祐 「そうかそうか」
恵 「昔あんたの話してた時もすっげぇ楽しそうだった」
恵、背もたれにもたれた体をずらす
俊祐 「そんな怒んなよ。俺と永久がどうこうなるなんてありえねぇよ」
俊祐、笑う
恵 「別にあんたには怒ってねぇよ」
恵、うな垂れたまま煙草を吸っている
恵 「春の顔見てたら下心あんの見えてんもん。よっぽど仲良かったんだなって。俺はあいつが日本にいた時のことなんか知らねぇしさ。というか、あいつが日本で暮らしてたとかなんか信じられねぇというか」
俊祐 「……」
俊祐、煙草をふかす
俊祐 「俺はあいつが大っ嫌いだったけどな」
恵、俊祐の言葉に驚いて俊祐を見る
恵 「えぇ?」
俊祐 「色々あったんだよ。馬鹿みたいな話だ。永久はあの頃と何にもかわんねぇけどな」
俊祐、空を見ている
恵 「……」
恵、俊祐を見ていたがその表情を見て同じ空を見る
恵 「なんだ、春の片思いか」
恵、煙草をふかす
俊祐 「やめろ」
俊祐、笑う
俊祐 「俺とあいつがどうこうなるとか想像してみろ。気持ち悪ぃ」
恵 「うーん…」
恵、考える
恵 「いや、春ならもうなんでもありと言うか…多分食われるぞ…」
恵、呆れたように俊祐を見る
俊祐 「ふっ。まぁ確かに何でもありだよなぁ。あの頃から不思議だったんだよ。今でも何考えてんのかわかんねぇな」
俊祐、笑いながら話す
俊祐 「ひょっこり帰って来てなんか全部持ってかれるんじゃねぇかと思ってたのに」
俊祐、また空を見ている
恵 「?」
恵、俊祐を見る
俊祐 「会いに来てみれば旦那がいるとか、そっくりの子供がいたとか。もう何がなんだか」
俊祐、ふっと笑うと恵を見る
俊祐 「まさかお前もあいつのガキじゃねぇよな?」
恵、呆れる
恵 「なんだそれ?それはねぇよ」
恵、笑う
俊祐 「永久ほどの奴が全然名前を挙げないのも不思議だった。来てみればこんな可愛い店やってんだもんな。探すのに一苦労したぞ」
俊祐、笑いながら煙草を空に吹く
それを見て恵、少し悲しげに微笑む
恵 「あいつも色々あったんだよ」
俊祐 「……」
俊祐、恵を見る
恵 「日本にももう帰る気は無い。ちーが生まれた時にいろいろあったんだ」
俊祐 「……あいつの母親は?」
俊祐、恵を見ずに言う
恵 「いないよ。ちーを産んですぐに亡くなったそうだ。俺もその頃のことは知らない。話聞いただけ。でも相当トラウマ持ってるんだと思う。表に出そうとはしないけどな」
俊祐 「……」
恵 「それにあいつ4年前に一回死に掛けてるしな」
俊祐 「え?」
恵 「ほんと、なんかもうすっげぇ人生送ってるよあいつ」
恵、笑う
恵 「春らしいっちゃらしいかもな」
俊祐 「ふっ。そうか」
俊祐、ふっと笑う
恵 「でも何となく分かる気がするなー」
俊祐 「何が」
恵 「春があんたを気にかけてた理由」
俊祐 「はぁ?まだ言うか」
恵 「なーんかあんだよな。まぁ容姿は俺も好き」
俊祐 「そりゃどうも」
恵 「色々あった中であんたは春のこと大っ嫌いだったんだろ?」
俊祐 「あぁ」
恵 「でもそんな仲なのにあんたらはここまで来るほどの約束してたわけだ」
俊祐 「……」
俊祐、懐かしげに笑う
春 『ねぇ、今度お茶しない?』
春 『わーい。じゃあ今度ね。楽しみにしてるよ』
恵 「何があったか知らねぇけど、あんたはその頃なんか問題抱えてたんだろ」
俊祐 「……あぁ」
俊祐、空を見る
恵、少し笑う
恵 「変な趣味というか、あいつなんか問題抱えてる奴が好きなんじゃねぇかなぁ」
俊祐 「えぇ?」
恵 「放っておけないとでも思ってんのかな。まぁその辺は聞いたこと無いからわかんねぇけど」
俊祐 「……」
俊祐、少し考えると渚(なぎさ)と真央(まお)のことを思い出す
俊祐 「確かにそうかも知れねぇな…」
恵 「やっぱり!」
恵、笑うがその後少し剥れる
恵 「ということは大学時代もそんなことやってたのかあいつ…」
俊祐 「えぇ?ははっ、まぁな」
俊祐、恵の表情を見て笑う
恵 「まぁ分かってたけどー」
恵、拗ねる
俊祐 「俺もあいつがお前のこと好きなの分かるわ」
俊祐、笑う
恵 「えー?それは俺が可愛いからだろ」
俊祐 「良く分かってんじゃねぇか」
俊祐、笑う
恵 「本気かよ」
恵、呆れて笑う
・階段(夜中)
庭から俊祐と恵の笑い声が聞こえてくる
それを階段の一番上に座って聞いている春
俊祐 「いい土産話が出来た」
春、微笑んで立ち上がる
恵 「何、あいつ友達いないとか言っておきながらいるんじゃん」
恵、笑っている
春、階段を下りようとする
俊祐 「先生だよ」
春 「……」
春、足を止める
恵 「先生?」
俊祐 「あぁ。元気にしてたらいいってさ」
春、その言葉を聞いて微笑むと階段を静かに下りて行く
・リビング(夜中)
庭では俊祐と恵が楽しそうに笑いながら話しをしている
それを少し横目で見てトイレの方へ行く春
・玄関
玄関にいる俊祐、春、恵、千尋
千尋、俊祐に抱きついている
千尋 「もっといればいいのにー!」
恵 「ちー、しかたねぇだろ」
千尋 「だって…だって…」
千尋、俊祐を涙目で見上げる
俊祐 「ははっ、お前がもうちょっと大きくなったら会いに来い」
俊祐、千尋の頭を撫でる
千尋 「俊祐さん」
千尋、嬉しそうに笑う
春 「気をつけてね。これ」
春、俊祐に紅茶の瓶を渡す
春 「まだ残ってるから」
俊祐、瓶を受け取る
俊祐 「あぁ。また、な」
俊祐、笑う
俊祐 「じゃあ、世話んなったわ。サンキュ」
恵 「今度は飲みにいこーぜ」
俊祐 「あぁ。それまで元気で」
俊祐、玄関を出ようとする
春 「哉家くん」
春、呼び止めると少し微笑む
春 「先生は元気?」
俊祐 「……」
俊祐、驚くがその後笑う
俊祐 「あぁ元気だよ」
春 「そっか。よかった」
春、笑う
俊祐 「あんたが戻ってきてももう席は空いてねぇからな!んじゃ!」
俊祐、いい捨てると去っていく
それを見て笑う春、恵、千尋
・路地
一人で歩いていく俊祐
俊祐M「あいつに会いに来るまでいろんなことがあった。もう会わない方がいいかとも何度も思った。会って今までのことが全部崩れることもあると思ってたんだ。でもあいつはやっぱりそんな奴じゃなかった。永久の背中は、あの頃と何も変わってなんかいなかった。今なら分かる。あいつは何度も振り返ってくれていた」
俊祐、少し笑う
俊祐M「今やっと、何も考えずに隣を歩けた」
・工芸室前(回想)
俊祐(18)、廊下を歩いて来る
俊祐M「工芸室…ここか」
俊祐、工芸室の札を見ると中を覗く
俊祐 「……」
部屋の中で一人銀細工を作っている春(19)がいる
春、俊祐に気が付くと微笑む
俊祐M「あいつこの間の…!」
俊祐 「っ…」
俊祐、踵を返して去っていく
春 「……」
その姿を見ている春、残念そうにするが笑っている
・俊祐のオフィス
オフィスのエントランスにあるガラスケースの中に立っているマネキンに
あのタータンチェックのワンピースを着せている俊祐
そこへ社員が来る
社員 「わー!可愛いですね!新作ですか?」
俊祐 「いや、俺の原点」
俊祐、少し笑ってガラスケースを閉じる
社員 「原点?」
俊祐 「これ見てたらなんかやる気が出るんだよ」
ガラスケースを見つめる俊祐
昔の自分が重なる
俊祐M「15年経ってやっと、後姿の呪縛は解けた」
おわり
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