・相院寺家前(朝)

30代くらいの栄介(えいすけ)が相院寺(そういんじ)家に一人で入っていく
藤馬(とうま)(18)、それを見ている

藤馬M「この町の幽霊屋敷にあいつが出入りしているのを何度か見たことがある。消えそうな雰囲気のあいつは、いつかあの家の幽霊になるんだと思った」

朝の日差しに空を見上げる藤馬

藤馬M「いつだって眼鏡の奥の瞳はこの世にあるものじゃなかった」



・自室

布団に寝ている藤馬、額にハンカチを乗せている

栄介 「外に出られたんですね……」

ため息を吐く栄介、体温計を見て呆れる

藤馬 「お前だってまたあの幽霊屋敷にいただろ……」
栄介 「それが?」

栄介、冷たく返す

藤馬 「……」

拗ねる藤馬

藤馬 「あそこで何やってんだよ…?」
栄介 「何もしていません」
藤馬 「だったらどうしてあんなところに……あそこは幽霊が出るんだぞ」
栄介 「出るなら会いたいものですね」

栄介、何食わぬ顔をして道具を鞄に閉まっている

藤馬 「……」

悲しげに栄介を見る藤馬

藤馬M「この町で一番大きな屋敷。相院寺家。だけどあそこにはもう誰も住んでいない。俺がまだ小さかったころ、あそこで人が三人死んだ。長男とその嫁になる女の人。そして次男。その次男が二人を殺した後に首を吊って死んだんだと聞いた。次男は妾の子だったから、いろいろと迫害されていたらしい。その復讐に二人を殺したと有名な話だった」

栄介 「では」

栄介、鞄を持って立ち上がる

藤馬M「その次男を栄介はずっと診ていたらしい。俺と同じ様な病気だったと言っていた」

藤馬 「もう帰るのか…?」
栄介 「えぇ。今日は隣町まで行かなければいけませんので」
藤馬 「そうか……」

藤馬、残念そうな顔をする
それを見てもう一度膝をついて座る栄介
藤間の髪を撫でる

栄介 「遅くならなければもう一度診に来ます。それまで外には出ないでくださいね」
藤馬 「あ…あぁ…」

照れたように目線を逸らす藤馬
藤馬の声を聞いて立ち上がると踵を返す栄介

栄介 「では」

栄介の後姿を見ている藤馬

藤馬M「悲惨な状況を一番初めに見つけたのは栄介だった」



・朔哉の部屋(夜中)(回想)

家政婦A「え…栄介…さん……」

目を見張る家政婦A

栄介 「……」

栄介、ただ天井からぶら下がる朔哉(さくや)を座ったまま見上げている

家政婦A「そ、そんな…」

家政婦A、口元を押さえて走り去る

家政婦A「誰か!誰かっ!」
栄介 「……」

パタッ、パタッと朔哉の白い足先から血が滴り落ちる



・相院寺家前(夜中)(回想)

パトカーのランプがくるくると回っている
人だかりが出来ている中、家の中から警官に支えられて出てくる栄介

藤馬 「……」

幼い藤馬がそれを見ている

藤馬M「初めて栄介を見たとき、こいつも殺されたんだと思った。虚ろな目でどこかを見ている。その姿は生きている人には見えなかった」



・自室(回想)

布団に寝ている藤馬
栄介が母親と部屋に入ってくる

藤馬M「その後、頭首を失った相院寺家はすぐに潰れてしまった。だけどあんなことがあったというのに栄介はこの町を離れることは無く、医者を続けていた。しばらく経った頃、父さんが俺の医者にと栄介をこの家に入れた」

藤馬 「っ……」

栄介に気が付く藤馬

母親 「藤馬さん。この方が新しいお医者様の一條(いちじょう)栄介さんよ」
栄介 「一條です。よろしくお願いします」

栄介、微笑んで頭を下げる

藤馬M「その時の微笑んだ表情に何故か恐怖を抱いた」

藤馬 「……」

言葉を出せずにいる藤馬

母親 「藤馬さん。ご挨拶なさって」
藤馬 「え?あ、ごめんなさい…」
栄介 「いえ。今日のお加減はどうですか?少し失礼しても?」

栄介、藤馬の隣に座る

藤馬 「あ、あぁ…」
栄介 「失礼しますね」

栄介、藤馬の額に触れる

藤馬M「冷たいものだと思っていた手は、暖かかった」



・自室(夜)

縁側に座っている藤馬

栄介 「藤馬さん」

藤馬、声に後ろを振り返る

栄介 「失礼します」

栄介、言いながら部屋に入ってくる
縁側に座っている藤馬を見て呆れてため息を吐く栄介

栄介 「今日はもう起き上がれないと思っていたのですが…」
藤馬 「ずっと寝てたら頭がおかしくなる」

藤馬、ぷいっとそっぽを向く
隣に行く栄介

栄介 「まだ寒いのに、こんなところに浴衣一枚でいる方がおかしくなってしまいますよ」

栄介、自分の着ていた上着を肩にかける

藤馬 「……」

かけられた上着に戸惑う藤馬

栄介 「布団に入りませんか?」
藤馬 「まだ入らない」

藤馬、頑なになっている

栄介 「そうですか」

栄介、もう一度呆れる
不意に何かを思い出し、表情が明るくなる藤馬

藤馬 「どこへ行ってきたんだ?どんなところだった?」
栄介 「…隣町のお屋敷ですよ」

栄介、藤馬の表情に少し笑って答える

藤馬 「何しに行ったんだ…?」

不思議そうに考える藤馬

藤馬 「あそこにも医者の一人くらいいるだろ?どうして栄介が…」
栄介 「奥様が変死なされたので」
藤馬 「変死?」

驚く藤馬

栄介 「警察を呼ぶ前に私が呼ばれたわけです」

栄介、藤馬を見ない

藤馬 「変死って……」
栄介 「結局のところ、自殺で片付けられましたが」

無表情のまま話している栄介

藤馬 「な、なんでお前がそんなことで呼ばれるんだよ。栄介はただの医者だろ?」

心配そうな目で栄介を見る藤馬

栄介 「えぇ」

栄介、微笑んで藤馬を見る

栄介 「私はただの医者ですよ」

その表情に目を逸らす藤馬

藤馬M「時々栄介は人形の様に笑う。その表情に魂なんか宿ってもいない様で、あの時の栄介と同じに見えた。あの日、栄介は本当に次男に殺されてたんじゃないかと思うんだ。それが怖くて仕方が無い」



・相院寺家池(夜)

栄介、一人で暗い庭を歩き池にかかった橋を渡る

栄介 「……」

孝之 『栄介さん。どうしよう。浮かんでこない』

栄介 「……」

栄介、橋の真ん中で立ち止まると池を覗く



・相院寺家池(朝)(回想)
    
孝之(たかゆき)(10)、朔哉の母親の柑菜(かんな)を後ろから池に突き落とす
それを本家の方の庭から見ていた栄介

孝之 「……」

孝之、橋の上から池を見下ろしている
栄介がそこへ駆け寄る

栄介 「孝之さん……」
孝之 「……栄介さん」

孝之、ゆっくりと栄介の方を無表情で見る

孝之 「栄介さん。どうしよう。浮かんでこない」
栄介 「っ!」

栄介、橋の上から池を覗き込むが水面が静かに揺れているだけで柑菜は浮かんでこない

栄介 「どうしてこんなことを…!」

栄介、孝之の目線にしゃがみ孝之の肩を持つ

孝之 「…母さんが毎晩泣くから」

孝之、うつろな目をしている

栄介 「っ……」
孝之 「死んで欲しいって泣くから…」

孝之、言いながら池の方を見る
するとゆっくりと柑菜の体が上がってくる

孝之 「っ…!」

孝之、それを見て目を見張る

孝之 「どうしよう…俺…ほんとに……殺した……」

孝之、頭を抱えると錯乱しだす

栄介 「孝之さん!」
孝之 「こんなこと……!ほんとはするつもりじゃなかったのに!死ぬとは思わなかった…!」

栄介、孝之の肩を強く掴む

栄介 「孝之さん!」
孝之 「どうしよう!俺!!」
栄介 「孝之さん!しっかりしてください!!」
孝之 「っ……」

孝之、栄介を見る

栄介 「いいですか。よく聞いて下さい。このことは私とあなただけの秘密です」
孝之 「秘密…」
栄介 「えぇ。私が何とかして柑菜さんは自ら命を絶ったことにします」
孝之 「……」

孝之、目に涙を溜めている

栄介 「あなたは何もしていない。あなたは不幸な場面を見てしまっただけです」
孝之 「何も…していない…」
栄介 「えぇそうです。分かりましたね?」

栄介、言い聞かせるように強く孝之を見る

孝之 「分かった……」

孝之、栄介の目にただ頷く
栄介、孝之、水面に浮かぶ柑菜を見る



・自室

藤馬 「栄介?」

藤馬、布団に寝ながらぼーっとしている栄介を呼ぶ

栄介 「え…?」
藤馬 「なんだよ。白昼夢でも見てたのか?」

藤馬、呆れたように言う
栄介、それにふっと笑う

栄介 「いいえ。少しぼーっとしてしまって」
藤馬 「……」

面白くなさそうな顔をする藤馬

栄介 「近頃は体調の方、とても調子がいいみたいですね」
藤馬 「うん……」
栄介 「では日も傾いてきましたし散歩に出かけましょうか」

栄介、微笑む

藤馬 「え?いいのか?外に出ても」

藤馬、驚く

栄介 「えぇ。外に出るのも薬の一つですよ」
藤馬 「ほんとに!?やったッ!」

藤馬、嬉しそうに笑う

栄介 「その代わり、少しでも変わったことがあれば言って下さいね」
藤馬 「うん!」



・公園(夕方)

近くの大きな公園の並木道を歩いている藤馬と栄介

藤馬 「なぁ。栄介」

藤馬、栄介の少し前を歩いている

栄介 「はい」
藤馬 「あそこの家の次男は俺と同じような病気だったんだろ?」
栄介 「…そうです。あなたより、もう少し重い症状でしたが」
藤馬 「そいつともこんな風に外を歩いたのか?」

藤馬、少し目線を下げて歩いている

栄介 「いいえ。あの人は一歩もあの家から出たことなんてありませんでしたよ」
藤馬 「え?」

藤馬、振り返る

栄介 「生まれた時から、死ぬまでね」
藤馬 「……だったら仕方が無いな」

藤馬、また前を見て歩き出す

栄介 「?」
藤馬 「そんな境遇なら俺だってあんなことしてるかもしれない」
栄介 「ふっ」

栄介、鼻で笑う
藤馬、それに振り返る

栄介 「孝之さんと小夜(さよ)さんを殺したのはあの人ではありませんよ」
藤馬 「……」

栄介、感情の無い微笑みを浮かべている
藤馬、不可解な表情をする

栄介 「朔哉さんはそんなこと出来る人じゃなかった」

歩みを止めている藤馬を追い越して歩いていく栄介
それの後を歩くが少し後ろを付いていく藤馬

藤馬 「…でも皆そう言ってた。殺したから自殺したんだろ?」
栄介 「自殺?」

栄介の声が少し笑っているように聞こえるが表情は見えない

栄介 「朔哉さんは自殺だなんてしていません」

明らかに笑いながら言っているように聞こえる
その声に不安そうに栄介の後姿を見る藤馬

藤馬 「何言ってるんだよ…。首を吊ったその人を見つけたのはお前だろう?」
栄介 「えぇ。そうですよ」
藤馬 「だったら」
栄介 「朔哉さんはただ、孝之さんの後を追っただけですよ…」
藤馬 「……それは自殺したってことだろ」

藤馬、目線を下げて呟くように言う

栄介 「あなたは自殺した人を見たことがありますか?」

藤馬の視界に振り返って歩みを止めた栄介の足が写る
それに藤馬も歩みを止め、栄介を見る

藤馬 「そんなの…見たこと無いに決まってる…」
栄介 「私は何度も見たことがあります」
藤馬 「……」

栄介の言葉に眉をしかめて目線を外す藤馬

栄介 「首をくくった人は醜いですよ。体液を垂れ流して顔が膨れ上がって、人とは思えない色になっている。それが風に吹かれて不気味に揺れていたり。とても直視なんかできたものではありません」
藤馬 「……そんな話」
栄介 「でも朔哉さんは醜さなんて欠片も感じさせなかった」

藤馬、栄介の言葉に栄介を見る
栄介、どこか遠くを見ている

栄介 「あの白い肌に赤黒い血が垂れていて、それが物凄くよく映えていました。それは白百合のようで」

藤馬M「こんな栄介は初めて見た。まるで愛しい人のことを語っているみたいじゃないか」

栄介 「生前の美しさを失うことは無くて。むしろずっとずっと美しかった」

藤馬M「どうしてそんな惨い話を、そんなにも愛おしそうに話せるんだ」

栄介 「だからあの人は自殺なんかしたんじゃないんです。そんなものではないんですよ」

栄介、不気味に微笑んでいる

藤馬 「……栄介はその人のことが好きだったんだろ…?」
栄介 「……そうですね」

藤馬、栄介に抱きつく

藤馬 「栄介。もう忘れろよ」
栄介 「藤馬さん…?」
藤馬 「もし栄介が死んでも俺は美しいだなんて思えないよ。悲しいだけだ。いくら好きでもそんなこと思えない!」

藤馬、泣いている

栄介 「どうして…」

栄介、戸惑う

藤馬 「栄介……お願いだから正気になってくれ…」

藤馬、息が荒くなってくる

藤馬 「もう…あの屋敷にも…いかないで……。お願いだから…このままじゃ……栄介どこか行っちゃうんじゃないかって……」
栄介 「藤馬さん…!」

藤馬、膝から落ちる
それを抱きとめる栄介

藤馬 「お願いだから……」

藤馬、気を失う



・自室(夜)

藤馬M「死んだ次男が羨ましかった。死んでも尚栄介を虜にさせられるなんて、俺には到底出来そうも無い。俺が死んでも栄介はなんとも思わないだろうから」

藤馬 「……」

藤馬、布団に眠っている
目が覚めて右手に違和感を感じ、右側を見ると栄介が手を握っている

栄介 「藤馬さん」

藤馬M「栄介の手はやっぱり暖かかった。生きてる人の体温だ」

栄介 「お水、飲めますか?」
藤馬 「……」

藤馬、心配そうな栄介の表情を見て涙を流す

栄介 「……」

栄介、一瞬驚くがその後少し微笑んで涙を拭う
手は繋いだまま

藤馬 「ずっと…ここにいてくれたのか…?」
栄介 「えぇ」
藤馬 「……」

藤馬、涙が堪えられない

栄介 「辛いですか?熱は大分ひいたんですが。何が一番辛いですか?」
藤馬 「辛くない……」
栄介 「…我慢しないでくださいね。氷、換えてきます」

栄介、微笑むと手を離そうとする
しかしそれをぎゅっと掴む藤馬

藤馬 「嫌だ…行かないで……」

藤馬、涙を零して栄介を見る

栄介 「藤馬さん…」

困ったようにする栄介

藤馬 「お願い…他に我侭なんか言わないから…俺の傍に居て……。俺のことなんか…好きにならなくてもいいから…どこにも行かないで……」
栄介 「……」

驚く栄介

藤馬 「行くんなら…俺を殺していってくれ……」

栄介、藤馬の言葉にゆっくりと深いため息を吐く

栄介 「私は汚れた人間です。あなたに好意を抱かれるような存在ではない」

栄介、手を握りなおす

藤馬 「……」

ただ栄介を見つめる藤馬

栄介 「この間、隣町に行った時の話を覚えていますか?」
藤馬 「うん…」
栄介 「奥様は他殺体でした」
藤馬 「他殺…?」
栄介 「えぇ。それを私は自殺だと嘘を吐いたんですよ。そのために私は態々呼ばれたんです」
藤馬 「どうしてお前が…」
栄介 「私はあの屋敷でそういうことをしていました」
藤馬 「……」
栄介 「私は汚れた人間なんです」



・朔哉の部屋(夜)(回想)

二十代の朔哉と孝之、縁側に座っている

孝之 「朔哉。明日こっそり家を出ようか」
朔哉 「え?」

驚く朔哉

孝之 「明日はお前の誕生日だろ?日が出ているうちは無理だけど、翳って来た頃は大丈夫だろう。栄介さんの許可も貰った」
朔哉 「し、しかし…そんなこともし誰かに知られでもすれば大変なことに…」
孝之 「大丈夫だよ。俺が朔哉を守ってあげるから」

孝之、微笑んで朔哉の手を握る

朔哉 「で、でも…」

照れている朔哉

孝之 「な?朔哉だって外の世界を見てみたいと思わないか?」
朔哉 「それは…」
孝之 「ふふっ。そんなに気にしなくても大丈夫だよ。俺に任せて」
朔哉 「あぁ…」
孝之 「楽しみにしてろよ」
朔哉 「うん」

朔哉、嬉しそうに笑う



・朔哉の部屋の前(夕方)(回想)

孝之が歩いてくる
すると部屋の中から声が聞こえてくる

朔哉 『嫌…っ……やめて…ください…』
父  『うるさい…黙れ』
朔哉 『っ……んっ…嫌…っ…』

孝之 「……」

孝之、足を止め拳を握り締める



・朔哉の部屋(夜)(回想)

息を荒くして寝込んでいる朔哉
その隣に孝之が座っている

孝之 「……」

孝之、朔哉の手を握る
朔哉、目を覚ます

朔哉 「…たか…ゆき……?」
孝之 「朔哉。ごめん、起こしちゃったか」
朔哉 「孝之……すまない…」
孝之 「え…?」

驚く孝之

朔哉 「約束…守れなくて……」
孝之 「…朔哉は悪くない。悪いのは全部父さんだ」
朔哉 「孝之…?」
孝之 「朔哉。俺が守ってあげるから」

孝之、朔哉の手を握る



・父の部屋(夜中)(回想)

父  「っぐ……」

孝之、父に馬乗りになって父の首を絞めている

父  「たか…ゆき……おまえっ…」
孝之 「お前のせいだ…お前がいるから……朔哉は……」
父  「ぅっ……」

父、息が止まる

孝之 「……二人目……か」



・父の部屋(夜中)(回想)

栄介 「っ……孝之さん…」

栄介、部屋に入ると同時に中の様子を見て驚く

孝之 「あぁ、栄介さん。ごめんね。こんな時間に呼び出したりして」

孝之、何事も無かったように立ち上がる

孝之 「父さんまでとなるともう無理だよね。どうしよう。俺」

孝之、笑う
栄介、その表情に驚くが首を振る

栄介 「あなたが今いなくなってこの家はどうなると思いますか。この家が無くなれば朔哉さんはどうなるんです」

栄介、孝之を真剣な目で見る

孝之 「……」
栄介 「誰にも見つからないように部屋に戻ってください。私が、なんとかします」
孝之 「……ごめんね。栄介さんは何も悪くないのに」

孝之、ふっと笑う

栄介 「…朔哉さんの、為ですから」
孝之 「そうだね」

孝之、栄介に悲しげに笑いかけると襖に手を掛ける

孝之 「栄介さん。俺、嫁を貰うよ」
栄介 「えっ?」

驚く栄介

孝之 「これで終わりにしよう。もう我慢も限界だ。朔哉は俺のものだから」

孝之、振り返らずに去っていく

栄介 「……」



・自室(夜)

栄介 「その後、起きたのがあの事件です。誰もいなくなり、仕事をなくした私はその後もこういうことを続けてきたんですよ。いつ死んでもよかったのですが、いつまで経っても迎えはこないんです。そして誰も咎めてくれない」
藤馬 「死にたいのか……?」
栄介 「どうでしょう。分かりません。なんならあなたが言うように、あなたに殺してもらいたいですね」

栄介、少し笑う

藤馬 「だったら死んだと思って俺に頂戴」

藤馬、ゆっくりと起き上がる

藤馬 「咎めて欲しいのなら俺がしてあげるよ。だから俺の傍にいて」

藤馬、栄介を抱きしめる

栄介 「馬鹿な人ですね。私の話を聞いていましたか?」
藤馬 「聞いてたよ。でも好きなんだ。お前が罪を犯してても、誰かを思っていても。俺は栄介が好きなんだ」
栄介 「……」

栄介、鼻でため息を吐くと藤馬の頭を撫でる

栄介 「辛いのに起き上がらせて、私は医者失格ですね」

栄介、藤馬を離れさせる

藤馬 「栄介…」

悲しそうに栄介を見る藤馬

栄介 「私はあなたの主治医ですから。あなたが治るまではどこにも行きませんよ」

栄介、キスをする

藤馬 「っ……」
栄介 「だから安心して今は眠ってください。私はここにいますから」

栄介、藤馬を寝かせる

藤馬 「うん……」
栄介 「おやすみなさい」
藤馬 「おやすみ」

藤馬、眠りにつく
その寝顔を見て、庭に目線を移す栄介

栄介 「……最後に…一度だけ……さよならを言いに行こうか…」

藤馬M「あの時栄介は殺されたと思った。心を持っていかれたと思ってた。眼鏡の奥にある瞳はいつもどこか不安にさせて、消えてしまいそうで怖かった。でも触れた栄介の唇は、温かくて。抱きしめた背中は生きてる人の体温だった。栄介はすぐ傍にいた」



・相院寺家前(早朝)

門を開けて中に入る栄介
朝靄にあたりの景色がぼやけて見える
玄関の戸を静かに開ける栄介

栄介 「……」

明るい以前のような空気が漂う
その光景に言葉を失う栄介

栄介 「……どうして…」

栄介、中に入ると急いで奥へ行く



・朔哉の部屋(早朝)

部屋の襖をさっと開く栄介
縁側に朔哉が座っている
栄介に気が付き、振り返る朔哉

朔哉 「なんだ、お前か」

朔哉、残念そうな顔をする

栄介 「朔哉…さん…」

驚きを隠せない栄介

朔哉 「いくら長年この家に慣れ親しんでいるとしても、私の部屋に挨拶もなしで入ってくるとは。さすが藪医者のすることだな」

呆れる朔哉

栄介 「どうして…どうしてあなたがここに…!」

栄介、思わず声を上げる

朔哉 「?何を言っている。ここは私の部屋だぞ?」
栄介 「そうですが…でもあなたは…」
朔哉 「どうした。とうとう頭がおかしくなったか」

笑う朔哉

栄介 「そんな……」
孝之 「どうしたんだ?栄介さん、また朔哉に何か言われた?」

笑いながら後ろから現れる孝之

栄介 「孝之さん…!」

驚く栄介

孝之 「?やっぱり何かあったのか?」

孝之、中に入って朔哉を見る

朔哉 「何もしていない。さっきから頭がおかしくなったようだぞ」
孝之 「またそんなこと言って…。ほら、栄介さんも中に入って。診察の時間なんでしょ?」

孝之、微笑んで手招く

栄介 「しん…さつ……」
朔哉 「ほら、来い。今日は調子がいいんだがな」

微笑んでいる朔哉

栄介 「……」

栄介、一歩踏み出す

藤馬 「栄介ッ!!」

後ろから聞こえた藤馬の声に栄介、振り返る

藤馬 「栄介…何してんだよ…」

不安そうにしている藤馬

栄介 「藤馬さん…。どうしてここに」
藤馬 「目が覚めたらお前がいなくて……探してたんだ…。お前誰と話してたんだ?」
栄介 「誰って…朔哉さんと孝之さんが…」

栄介、部屋の中を見る
朔哉と孝之がいる

朔哉 「栄介。何をしている。早く来い」
栄介 「はい。今行きます」

栄介、行こうとすると藤馬が手を掴む

藤馬 「栄介ッ!どこ行くんだよ!行っちゃ駄目だ!ここには誰もいない!」
栄介 「何を言ってるんですか…ちゃんといるじゃないですか。私は朔哉さんの診察を…」

栄介、誰もいない部屋を指差す

藤馬 「栄介…惑わされちゃ駄目だ…。誰もいないよ。ここにはもう誰もいない。皆死んだんだ」

藤馬、泣きながら訴える

栄介 「死んだ?お二人はそこにいるのに?」

栄介、不思議そうな顔をする

藤馬 「栄介!お願いだから戻ってきて。行っちゃ駄目だよ。俺の傍に居てくれるって言ったじゃないか!」

藤馬、栄介にキスをする

栄介 「藤馬さん……」
藤馬 「昨日言っただろ?俺が治るまで傍に居てくれるんじゃなかったのかよ……」

藤馬、息が上がってくる

藤馬 「ここには誰もいない…お前が見てるのは幻だ…皆死んだんだ……もう誰もいないんだよ…お願いだからどこにもいかないで……お願いだから……」

藤馬、栄介の服を掴んだまま膝から崩れ落ちる

栄介 「藤馬さん…!」
朔哉 「栄介?早くこっちにこい」

朔哉、微笑んでいる

栄介 「……」

栄介、朔哉を見るがどうみてもそこにいる
しかし藤馬を見るとその場は廃墟に変わる

栄介 「私は……」

回る世界に戸惑う栄介

朔哉 『栄介』
藤馬 『栄介』

頭に響く声
両手で頭を抱える栄介

栄介 「私は……」

藤馬 『栄介…どこにもいかないで…』



・自室

布団に眠っている藤馬
目を覚ますと傍に栄介がいる

藤馬 「栄介…!」

藤馬、起き上がって栄介を抱きしめる

栄介 「藤馬さん…」

栄介、抱きしめ返す

藤馬 「良かった…戻ってきてくれた……」

微笑む藤馬、強く栄介を抱きしめる

藤馬 「……えい…すけ……?」

藤馬、栄介の肩越しに見える縁側に歩いていく栄介を見る
しかしちゃんと栄介は腕の中にいる

藤馬 「……」

庭で微笑む朔哉を見る
朔哉と微笑み合って去っていくもう一人の栄介

藤馬 「栄介……」
栄介 「私は、あなたの傍にいますから」

抱き合っている二人

藤馬M「抱きしめた体に感じるのは、凍えるような冷たさと、いなくなった心の隙間。傍に居ると誓ったあなたは、ただただ強く抱きしめて──」





おわり


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