第五章「十五夜の月にもう一度」


・教室

那智 「おはよー達弘」

達弘に笑顔で声をかける那智

達弘 「あぁ。おはよう」
那智 「なんだよ?俺の顔になんかついてる?」

達弘、那智をじっと見ている

達弘 「お前まだ思い出せないのか?輝夜のこと」

那智、うんざりした顔をする

那智 「なに、またその話?だから知らないって言ってるだろー?輝夜なんて人、俺の知り合いにはいないんだって!」

達弘、悲しげな顔をする

那智 「お前ここ最近その話ばっかだもんなー。いい加減飽きたっ」

那智、剥れる

達弘 「でも…」
那智 「なぁそんなことどうでもいいからさー、昨日の宿題した?」
達弘 「あ、あぁ…」

那智M「達弘が俺に輝夜≠ニいう人のことを聞くようになってから一月になる。俺は知らないその人を、毎朝毎朝思い出したかと聞いてくる」



・自室

学校から帰ってくる那智
鞄を置く

那智M「知らないと言う度に、達弘は何故だか悲しい顔をする。それが俺にはどうしてだかわからなくて、なんだか不安になる」



・自室

夜、ベッドに座って窓から月を眺めている那智
ベッドに貼られているテープに触れる

那智M「この意味不明なテープも何故か剥がせなくて、月を見る度に胸が痛くなるのはどうしてだろう」

突然チリンと風鈴のような音が聞こえる

那智 「…?」

辺りを見回すが何もない
また空を見上げる



・舞台の上

男  「もうどうしても抗うことはできません。せめて私の最後を見送ってはくれませんか」

舞台上で演技をしている男を見ている那智
男の顔が見えない

男  「あの者が持つ天の羽衣を着れば、私の心はたちまちに変わってしまうといいます。しかし、私はあなたと過ごしたこの日々を、決して忘れることはないでしょう」

那智、突っ立ったまま涙が零れる

男  「どうか、お元気で」

去っていく男に那智、手を伸ばす

那智 「輝夜ッ!!」



・自室

那智 「っ!」

目が覚める
泣いている那智

那智 「……」



・教室

那智 「なぁ、達弘」

那智、沈んだ顔で達弘を呼ぶ

達弘 「あぁ、那智。おはよう。?どうした」

那智、席に座る

那智 「輝夜って誰だ……?」

那智、俯いている

達弘 「那智っ!思い出したのか!?」

首を振る那智

那智 「知らないんだ。誰だか。でもなんか知ってる気がする。文化祭で、あの時かぐや姫の役だったのは誰だ?知ってるはずなのに、思い出せないんだ。どうしても、名前を聞いても分からなくて…」

那智、頭を抱える

達弘 「輝夜だよ!それが!」
那智 「……でも知らないんだよ……。誰なんだよ輝夜って…」
達弘 「那智!文化祭の準備で俺達竹を切りに行っただろ?」
那智 「?」
達弘 「その時光ってる竹があって、それを切ったら輝夜が出てきたんだ!」
那智 「そ、それはかぐや姫の話だろ…?」
達弘 「違う!本当に出てきたんだよ!俺達の前に!」
那智 「……」
達弘 「…お前最初はさ、輝夜が我侭ばっかり言うって嫌だって愚痴ばっか言ってたけど」
那智 「え…」

達弘を見る那智

達弘 「でも過ごしていくうちにすっげぇ仲良くなってんの」
那智 「……」
達弘 「俺さ、那智のことは俺が一番良く知ってるんだって思ってた。幼稚園からずっと一緒だったしな」
那智 「うん」
達弘 「でも輝夜が来て、その一番が俺じゃなくなったって思った。嫌だって口では言ってたけど、お前輝夜といるとずっと笑ってんだもん」
那智 「……」
達弘 「輝夜がいつかはいなくなるのかなって言ってた時、お前すっげぇ悲しい顔してたよ。文化祭の劇で泣いたのは、かぐや姫と輝夜を重ねたからだろ?」
那智 「泣いた……?」
達弘 「そうだよ。お前泣いてた。それだけ好きだったくせに、なんで忘れてんだよ……」
那智 「……」
達弘 「思い出せばお前は辛いかもしれない。だってかぐや姫みたいに月に帰ったんだとしたら、もう輝夜は二度と帰ってこないんだ」
那智 「……」
達弘 「あいつも全部忘れてるかもしれないよ。でも、それでもさ……」

達弘、俯く

達弘 「もう会えないんだったら、思い出だけでも持ってたっていいじゃねぇか……」
那智 「達弘……」
達弘 「こうなったのが輝夜の最後の優しさなのかもしれない。でもこんなの俺悲しいよ……。那智があいついないのに、なんでもない顔して過ごしてるなんて。輝夜と過ごしたあの二ヶ月は何だったんだよ……」
那智 「……」



・自室

ベッドに座って窓から外を見ている那智
空には満月が輝いている

那智M「思い出せない継ぎはぎの二ヶ月間の記憶。それはただ、今の生活にはなんの支障もないことで、心のどこかがもやもやするだけのこと」

那智 「……」

那智M「だけどもし、この輝く月のどこかで俺のことを見ていたならそれはとても悲しいことなんじゃないだろうか」

那智M「二度と会えない人のことを、思い出しても悲しいだけ。だけどそこには笑っていた記憶がある」

那智 「綺麗な月だな……」

那智M「俺はこんな風になることを、望んでいたんだろうか」



・自室

男  「那智……」

声が聞こえる

男  「那智?聞いているのか?」

ゆっくりと目を開ける那智
目の前で笑っている男がいるが、顔がはっきりと分からない

男  「なんだ、寝ぼけているのか?」

首を振る那智

男  「そうか。なぁ、那智」

男が手を伸ばして髪に触れる

男  「私はそなたの笑っている顔が好きだ」

那智、何かを言う

男  「ふふっ、そうか?しかし本当のことだ。そなたの笑顔はとても愛おしい」

那智、顔を背ける

男  「そう怒るな。私はそなたの笑顔が見られればそれだけで幸せになれるのだ」

那智、男を抱きしめる

男  「そなたを悲しませるようなことは絶対にしない。だからそなたはずっと笑っていてくれ」

頷く那智

男  「那智。愛している」



・自室

眠っていた那智、目が覚めて起き上がる
まだ外は暗く、空には満月が輝いている
ベッドから立ち上がって部屋を出て行く



・学校横

一人で歩いている那智

那智M「長い黒髪からとてもいい香りがして、抱きしめる手は大きく語りかける声はとても優しい。俺の記憶の中の誰か」

竹やぶの中に入っていく



・竹やぶ

竹やぶの中を歩いていく那智

那智M「思い出せないはずの笑顔に安心して、ずっと離れたくないと思った」

那智M「あれは夢?」

那智M「それとも俺の中の思い出なのか」

那智M「目が覚めて、ここに自然と足が進む」

風鈴のような音が聞こえてくる

那智M「何かが分かるような気がして」

開けた広い場所に出る
満月が輝いている

那智M「ここに来れば、会えるような気がしたから」

那智 「……」

真ん中に那智の背丈ほど伸びた切れた竹がある

那智M「我侭で、高飛車で、綺麗な顔したかぐや姫」

竹の横に深緑の着物を着た男が立っている

那智M「十五夜の月にもう一度──」

振り向く男
微笑んでいる
それを見て走り出す那智

那智 「輝夜っ」








おわり


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