・公園

雨が降っている
傘も差さずに、ただ俯いてベンチに座っている聖二(せいじ)
その前に亮太(りょうた)が立っている

亮太M「ただ消えていく影を追って、彼は必死に生きようとしていたんだと思う」

亮太 「……」

聖二、亮太を静かに見上げる

亮太M「彼の姿を確認できる、唯一の人間になった僕は、目の前にいる彼をどうにかして助けたいと思うしか出来なかった」

聖二 「なぁ………、俺のこと…まだ見えるか……?」

亮太M「どうして僕が最後に残ったのか。君はこんなにも悲しい顔をする人ではなかった」

亮太 「見えるよ。聖二くん。ちゃんと見えてる」

聖二、静かに微笑むと涙を流す



・公園

前を歩いている聖二
まだ雨は降り続いている
誰もいない静かな海沿いの公園を二人で歩いている
亮太、聖二の少し後ろを歩いている

聖二 「啓一(けいいち)、覚えてるか?」

聖二、後ろを伺いながら話す

聖二 「最初に俺が見えなくなった」
亮太 「うん。覚えてるよ」
聖二 「あいつ、もう俺の声も聞こえなくなったんだ」
亮太 「え…?」
聖二 「だからもうすぐ皆そうなるんだと思う」
亮太 「……」

亮太、俯く

聖二 「それにさ、俺のこと誰だかわかんないみたいだ…」
亮太 「そんな……」

亮太、一瞬聖二の方を見る
ただ前を見て歩いている聖二
また俯く亮太

聖二 「…俺の名前聞いて、誰だって言ってた……」

亮太、ぎゅっと拳を握る

亮太 「っ…」

突然視界に聖二のつま先が映り
パッと顔を上げる亮太
歩みを止める

聖二 「ごめんな」

聖二、悲しげに微笑む

亮太 「なん……」
聖二 「迷惑かけて」
亮太 「迷惑なんかっ!」

亮太、首を振ると俯く

亮太 「謝らなきゃいけないのは僕の方だ。僕なんかが最後に残るなんて、君にはもっと大切な人が沢山いるのに。どうして僕なんかが……」

拳を握る亮太

聖二 「馬鹿だな。お前が謝る方がおかしいよ」

聖二、微笑むと亮太の頭を撫でる
その表情を見て亮太、焦る

亮太 「ごっ、ごめん!違うんだ!こんなこと……言いたかったわけじゃなくて……」
聖二 「うん」

微笑む聖二

亮太 「あ、あのっ、寒くない?聖二くん、いつも薄着だから」
聖二 「あー、まぁ寒いっちゃー寒いけどさ。濡れてるし、仕方ないよ」
亮太 「そうだよね、あっ。そうだ。これ着なよ」

亮太、着ている上着を脱ごうとする

聖二 「いいよ。お前小さいから入んない」

笑う聖二

亮太 「あっ」
聖二 「これ、貸して?」

聖二、亮太の首に巻いてあったマフラーを取ると自分の首に巻く
その姿を見てきょとんとしている亮太

聖二 「雨、止んだな」

いつの間にか止んでいる雨
聖二、また歩き出す
その少し斜め後ろを歩く亮太

亮太 「ほんとだ。……一度家に帰る?」
聖二 「……」

聖二、亮太を伺う

聖二 「俺、もう家に帰らないつもりなんだ……」
亮太 「えっ?」
聖二 「母さん達が俺のこと分からなくなるのをこの目で見て、正気でいられる自信が俺にはない……」

聖二の表情が見えない

聖二 「……」
亮太 「聖二くん」

亮太、聖二の隣に行くと聖二の手を取る
立ち止まる二人

亮太 「僕の家においでよ」
聖二 「亮太……」
亮太 「その……君が良ければだけど……」

亮太、少し目線を外す
聖二、亮太のその仕草に少し笑うとまた頭を撫でる

聖二 「ありがとう」



・リビング

朝、朝食を食べている亮太と聖二

亮太 「ビラ配りのバイト?」
聖二 「そう。俺が見えなくなるのはさ、親しい人ばっかりだから。すれ違うだけの人なんかは大丈夫なんだよ。一定の場所で働くのはダメみたいだけど、ビラ配りならいろんな人と通り過ぎるだけの関係だろ?大丈夫なんじゃないかと思ってさ」

パンを口に含む聖二

亮太 「そうだね!いいよそれ!」
聖二 「はした金だけどさ、何もしないわけにもいかないだろ?」

聖二、申し訳なさそうに笑う

亮太 「そんな、気にしなくていいのに」
聖二 「これくらいさせてくれ」

聖二が笑うと亮太も笑う



・街

人ごみの中を歩いている亮太

亮太M「彼に起こっているこの異常な状況は、病気なのか、超常現象なのか、はたまた地球外の何かの仕業なのか。何も分かってはいない。ただ、一人また一人と彼が見えなくなっていく。それは彼の周りからじわじわと起こっていった」

ふと交差点の信号脇でティッシュを配っている聖二を見つける

亮太 「十個くださいっ」
聖二 「えっ?」

声のする方を見ると亮太がいる

亮太 「へへへっ」
聖二 「亮太っ!びっくりした…十個って」

笑う聖二

亮太 「ここで配ってたんだね。偶然」
聖二 「あぁ、今日はな。もう学校終わったのか?今からバイト?」
亮太 「ううん。今日はバイトはお休みだよ。帰って夕飯作んなきゃ」

笑って言う亮太

聖二 「そっか」
亮太 「今日は何が食べたい?」
聖二 「亮太が食べたいものでいいよ」
亮太 「聖二くんいつもそれだもん。今日は聖二くんが食べたいもの作るよっ」
聖二 「そう?じゃあ炒飯とから揚げが食べたいな」
亮太 「うん!じゃあそうするね。お仕事頑張って」
聖二 「あぁ」

笑って手を振る二人



・街

買い物袋を持って歩いている亮太

亮太M「ただこの日々が続けばいいのにと思う時がある。それは僕一人だけでも彼の傍にいられればいいという、僕の勝手な思いで──」

マンションの中に入っていく亮太



・自宅

買い物袋をテーブルの上に置くと、畳んである聖二の布団を見る

亮太M「気丈に振舞う彼が、夜中にうなされて泣いているのを見ると僕は自分を死ぬほど恨む」



・リビング

食事をしている二人

聖二 「なぁ、亮太もうすぐ誕生日だよな?」
亮太 「えっ?」
聖二 「違ったっけ?」

亮太、カレンダーを見る

亮太 「あ…ほんとだ。忘れてた」
聖二 「忘れてたって…。お前なぁ、自分の誕生日を忘れるかー?」

呆れる聖二

亮太 「はははっ。でも急にどうしたの?」
聖二 「いやー、さ。その……」
亮太 「?」
聖二 「俺に気使ったりしないでいいからな」

聖二、笑いながら言う

亮太 「どういう意味…?」
聖二 「亮太だって誰か連れてきたりするだろ?俺、出て行くからさ。遠慮しないで言ってくれよな」

聖二、目を合わせずに笑っている

亮太 「何言ってるの。誰も来ないよ。忘れてたって言ったでしょ?」

亮太、微笑む

聖二 「でも、今から誘ったり…」

遠慮している聖二を見て鼻でため息をつく亮太

亮太 「じゃあそうしようかな」
聖二 「あ、あぁ。じゃあ俺」
亮太 「聖二くんその日空いてる?」
聖二 「え?」
亮太 「僕誕生日なんだけど、その日一緒にいてくれないかな?」

微笑んでいる亮太
聖二、驚く

聖二 「お、俺?」
亮太 「だめ?」
聖二 「ダメなんかじゃないけど!俺でいいのか?」
亮太 「うん。そうしてくれると嬉しいな」
聖二 「あ、あぁ。俺でよければ」

聖二、笑う
その表情を見て笑う亮太

聖二 「俺、バイト終わったらケーキ買ってくるよ」
亮太 「ホントに?楽しみだな」

笑い合っている二人



・玄関

聖二 「いってきます」

ドアノブに手を掛ける聖二

亮太 「待って!」
聖二 「ん?」

亮太、玄関に急いでくる

亮太 「傘。今日夕方から雨降るって言ってたから」

亮太、聖二に傘を渡す

聖二 「サンキュ。じゃいってきます」
亮太 「うん。いってらっしゃい」

聖二、出て行く
ドアを閉めずに聖二の後姿を見送る亮太

亮太M「大好きな君を救えるのなら、僕のすべてを手放したっていい。ただ笑っていられるなら。僕のすべてを君にあげたかった」



・街

聖二 「よろしくお願いします」

聖二、ビラを配りながら空を気にする

聖二 「もう降ってきそうだな……」

雨雲が空を覆っている

聖二 「お願いします」

ビラを配る聖二

聖二 「よろしくお願──」

聖二の手が通行人に透けて通る

聖二 「っ!」

自分の手を見る聖二
首を振る
気を取り直してビラを配る

聖二 「お願いしま……」

今度は自分の体ごと透けて通る

聖二 「なんだよ……これ…」

聖二、辺りを見回す
沢山の人が自分を透けて通っていく

聖二 「どうなって…」

雨が降ってくる

バイトA「中止中止ー!」

バイトAが車から出てくる
聖二の少し離れた場所でビラを配っていたバイトBに向かって言う

バイトA「あれ?もう一人の子はー?」

バイトA、隅に置いてあったビラの入った段ボール箱を持ってバイトBに言う

バイトB「あれ?どこ行ったっけ?」
バイトA「何だよ逃げたのか?ってー、名前、なんだっけ…?」
バイトB「名前?えーっと……」
バイトA「まぁいいや!とりあえず車戻って!」
バイトB「はい!」

バイトA、B車に戻っていく
去っていく車

聖二 「……」

その光景を見て雨に打たれながら呆然としている聖二
その間も通行人は聖二を透けていく

聖二 「あああああああああああっ!!」

頭を抱えて叫ぶ聖二



・リビング

外は雨が降っている
聖二、濡れたままソファに座っている



・家の前

傘を差して帰ってくる亮太
家の前で傘を畳むと家に入る



・リビング

亮太 「ただいまー」

電気のついている部屋
しかし誰もいない

亮太 「聖二くん?」

亮太、ソファの前を通り過ぎて寝室のドアを開ける
しかし誰もいない

亮太 「?」

亮太、振り返る
ソファに聖二が座っている

亮太 「聖二くん…」

驚く亮太
それを見て額を押さえて俯く聖二

亮太 「早かったん─」
聖二 「見えないのか…?」

聖二、声が震えている

亮太 「え…?」
聖二 「俺が見えないのか!?」

聖二、泣きながら亮太を見る

亮太 「見えるよ…」
聖二 「うそだ……」

また俯く聖二
亮太、聖二の傍に行く
聖二の前にしゃがみこむと濡れた髪に触れる

亮太 「嘘じゃないよ。傘、使わなかったの?」
聖二 「さっき見えてなかったじゃないか…」
亮太 「さっき…?」
聖二 「俺ずっとここにいたッ!」
亮太 「え…?」
聖二 「亮太まで……」
亮太 「見えてるよ!髪が濡れてる。濡れて帰って来たんでしょ?見えてるよ」
聖二 「っぅ……」

聖二、嗚咽を漏らすとソファから下りて亮太に抱きつく

亮太 「聖二くん…」
聖二 「俺のこと…皆通り過ぎていく……透けて…俺…障害物でさえなくなって……」

亮太、聖二を抱きしめる

聖二 「お前まで見えなくなったら……俺…」
亮太 「大丈夫だよ…見えてるよ……」
聖二 「怖い…怖いよ……。どうなってんだよ…俺どうなるの?このまま消えてなくなるのか?」
亮太 「……っ」
聖二 「皆から見えなくなって……俺…死にもしないで一人ぼっちになるのか…?」
亮太 「聖二くん」
聖二 「そんなこと耐えられない!」
亮太 「聖二くん!」

亮太、ぎゅっと抱きしめる

亮太 「大丈夫だよ。僕見えてるから。ちゃんと君のこと見えてるから。見えなくなんてならないよ。僕だけは絶対見えなくなんてならない」
聖二 「なんで……そんなこと……」
亮太 「君が好きだから」
聖二 「え…?」

亮太、聖二から離れると泣きながら微笑む

亮太 「聖二くんが好きだから。だから僕は見えなくならない。最後に残ったのもそのせいだ。僕はどうしようもなく君のことが好きだから。だからずっと見えてるんだよ」
聖二 「亮太…」
亮太 「この先もずっと、そうだよ」

亮太、聖二の手を取り、自分の手を合わせる

亮太 「ほら。ちゃんと見えてるから手だって合わせられる」
聖二 「……」
亮太 「一人になんか……させない…」

聖二の手が薄く透けて見える
亮太、涙を零しながら聖二を見る

亮太 「僕がずっと傍にいるから…っ」

亮太、手を握りこむ

聖二 「亮太…」

聖二、空いている方の手で亮太の頬に触れる
透けて見える聖二

聖二 「俺も好きだよ。だからずっと一緒だよな?」

泣きながら微笑んでいる聖二

亮太 「うん…」

亮太が頷くと同時に聖二、亮太にキスをする

亮太 「っ……んっ…」
聖二 「りょう、た……」
亮太 「……ん…せい、じ…くん…聖二くん…」

離れると抱きしめあう二人

聖二 「ありがとう」
亮太 「え…?」
聖二 「お前…嘘が下手なんだよ……」
亮太 「……」
聖二 「本当のこと、言ってくれ」

離れて手を繋ぐと向き合う二人
亮太、涙を流す

聖二 「なぁ亮太、俺のことまだ見えるか?」

泣きながらゆっくりと首を振る亮太
見えない聖二

亮太 「…でも…でもっ、聖二くんの温もりは感じるよ…」

亮太、何もない場所に手を伸ばす
抱きしめ合う二人

聖二 「大好きだよ亮太……ありがとう」
亮太 「聖二くん……」



・寝室

手を繋いで眠っている二人

亮太M「手の温もりは消えることは無かった。目では確認できなくても、触れれば君が傍に居ると分かる。声だって聞こえる。絶対に一人になんかさせない」

亮太M「僕は君の傍にいる」



・寝室

朝の日差しに目を覚ます亮太

亮太 「聖二……くん…?」

手を見る
寝室を飛び出す亮太



・リビング

亮太 「聖二くん!」

部屋を見渡すとソファにそっと触れる亮太
しかしなんの感触もない

亮太 「聖二くん、いるなら返事してよ…ねぇ…」

部屋を見て立ち尽くす亮太

亮太 「聖二くん…」

呟くとテーブルの上に置かれているリボンの付いた箱を見つける
駆け寄る亮太
箱の上に封筒を見つける

亮太 「手紙…?」

中を開ける亮太

聖二 『亮太へ。誕生日おめでとう。約束破ってごめん。ありがとう。さようなら」

亮太、その場に泣きながらへたり込む

亮太 「なんで……なんでだよ…。一人にさせないって言ったのに…」



・リビング

外は夜になっている
テーブルの上にケーキが置いてある
その周りには豪華な食事が用意されている
一人で座ってぼーっとしている亮太

亮太M「ずっと待っていた。帰って来てくれることを信じて。少しの物音も聞き逃さないように、ずっと耳を澄まして待っていた」

涙を流す亮太



・リビング

亮太、ケーキ箱を持って帰ってくる
テーブルの上に置くと、キッチンに立って料理を始める

亮太M「あれからもう一年が経つ。巡り来る僕の誕生日。いつものように二人分の食事を作る」



・リビング

出来た食事をテーブルの上に二人分置く亮太

亮太M「あの日からずっと、彼を待ち続けた。いつ帰って来てもいいように、二人分の食事を作り、お風呂はお湯を落とさずに眠る」

亮太 「よしっ」

並べた食事を見て微笑む亮太

亮太M「聖二くん。僕は今でも君を覚えているよ。見えなくなっても、君を忘れることなんかなかった。僕は今でも君を想っている」

携帯が鳴る
携帯を開く亮太
メールが来ている

亮太 「……」

画面を見て言葉を無くす
画面には聖二からのメールが表示されている

聖二 『誕生日おめでとう亮太。あの日、何も言わずにいなくなってごめん。このメールが、お前には誰からのメールか分からないかもしれない。俺はそれを確認するために戻ってきた。これは賭けだ』

亮太、涙を流す

聖二 『あの日から俺は亮太だけを想って生きていた。あの日までお前だけが俺を確認できていたことが、亮太の言うとおり俺を想う気持ちだったなら。この一年、亮太を想い続けていれば、もう一度お前に俺を見てもらえると思ったんだ』

聖二 『もしもこの願いが叶うなら、亮太の記憶が消える前に五分だけでもいい。一瞬でもいい。亮太に俺が見えて欲しい』

亮太 「……」

聖二 『なぁ亮太。俺は今お前の家の前にいるよ。このメールが俺からのメールだとまだ分かるのなら、扉を開けて、出てきて欲しい。亮太に会いたい』

亮太、携帯を落とすと同時に玄関へ駆け出す



・玄関

扉を開ける亮太

亮太 「……っ…」

外を見て涙を流す

亮太 「聖二くんっ」

亮太、扉の前で笑っている聖二に抱きつく

聖二M「一瞬だけでも十分だ」





おわり



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