・クラウの店

夜、スーツ姿で走って来る恵(けい)
家のチャイムを鳴らすとクラウが出てくる

クラウ「お帰り」
恵  「電話しようと思ってたんだけど、電話が見つからなくて」

息を切らしている恵

クラウ「走って帰って来たのか?大丈夫だよ。千尋(ちひろ)は今眠ったところだ」

微笑むクラウ

恵  「今?そうか…」
クラウ「起こすのも可哀想だ。恵、久しぶりに遊んできたらどうだ?」

笑っているクラウを見て不思議そうな顔をする恵

恵  「え?」
クラウ「子育て頑張ってるじゃないか。君も若いんだ。少しは息抜きでもしてくるといい。千尋のことは心配することないから」
恵  「でも」
クラウ「俺の家では心配で預けてられないか?」

笑いながら言うクラウを見て呆れる恵

恵  「わかったよ」
クラウ「朝飯も任せておけ」

クラウ、恵にウインクするとそれを見て笑う

恵  「俺にもサンドウィッチ残しておいてくれよ。迎えに来たとき食うから」

恵、手を振って歩いていく

クラウ「あぁ、恵の好きなハムとレタスたっぷりのな」



・バー

カウンターに座って一人で飲んでいる恵

バーテン「どなたかと待ち合わせですか?」
恵   「え?どうして?」
バーテン「とても素敵な格好をなされているので」
恵   「あ、あぁ。これね。友人の結婚式だったんだ。待ち合わせなんかじゃないよ。寂しく一人酒だ」

笑う恵

バーテン「こんなに素敵な人が一人だなんて、世の中間違ってますね」

微笑みかけるバーテンを見て呆れる恵

恵   「こっちにきて四年になるけど未だにそういうところに驚くよ」
バーテン「そうですか?あなたの生まれは?」
恵   「日本だ」
バーテン「日本!日本には綺麗な男性が多いのですか?」
恵   「俺の他にもいたのか?」

笑いながら酒を飲む恵

バーテン「えぇ。このところ毎日あなたの丁度隣の席に座って一人、静かにお酒を飲まれる方がいましてね。その方もとても綺麗な日本人の男性なんです」
恵   「へぇ。それは見てみたいな」
バーテン「会えるといいですね」

バーテン、微笑むと他の客に呼ばれてどこかへ行ってしまう

恵  「綺麗な日本人ね……」

春  『恵ちゃん』

恵  「……」

酒を飲む恵
店の扉が開く音がする
その後に靴音がこちらに近づいてくる

恵  「……っ」

恵、その靴音に振り返ると男が立っている
男、恵を見て微笑む

男  「ここ、空いてますか?」
恵  「あ、あぁ…」

隣に座る男
バーテンが来る

バーテン「先ほどあなたの話をしていたんですよ。綺麗な日本人の方がいるって」
男   「綺麗?俺が?」
バーテン「はい」

微笑むバーテン

バーテン「日本の方は綺麗な方が多いんですね」
男   「ふっ、まぁこの人に言うなら分かるかな。あんたも日本人か」
恵   「あぁ」
バーテン「いい夜を」

バーテン、去っていく
男、煙草に火をつける

男  「誰か待ってんのか?」
恵  「皆そう言うんだな。この格好はただ友達の結婚式があったからで──」
男  「いや、さっき振り返ったとき誰かと俺を間違えただろ?」

恵、男を見る

男  「約束すっぽかされでもしたのか?」
恵  「…違うよ。靴音がさ、同じだったから。懐かしくて」

恵、少し笑う

男  「昔の男か」

煙草を咥えながら笑う男

恵  「いーや、旦那だ」
男  「旦那?」

男、恵の左手薬指の指輪を見て微笑むと煙草をふかす

男  「そういうことね」
恵  「俺、靴のことには詳しくなくてさ。でもそのブランドは分かるよ。それnobody(ノーバディ)だろ?あいつの靴箱の大半がそれだった」

笑う恵

男  「ふっ。そうか。でもあんたの靴もいい趣味してんじゃん」
恵  「あぁ、これもそいつが選んだんだよ。これが似合うってさ。俺にはぜーんぜんわかんねぇ」

笑うと一口酒を口に含む恵

男  「いい旦那じゃねぇか」
恵  「あぁ…。いい旦那だよ」
男  「喧嘩でもしたのか?こんなところで一人で酒なんか飲んでていいのかよ?」

笑いながら煙草を吸う男

恵  「いいや。もういないんだ。四年前に死んだ」
男  「……。そうか」
恵  「生きてりゃ拗ねてでもくれただろうけど」

笑う恵

恵  「あんたは?こんな田舎に何しにきたんだ?仕事?」
男  「まぁ仕事も含めてんだけど。人探し」
恵  「人探し?」
男  「大学の時に、どう頑張っても追いつけない奴がいたんだよ。そいつが憎たらしいほど何でもできる奴で、恨むくらい性格も悪かったらよかったんだけど、いっつも笑ってる奴だった」
恵  「へぇ」

恵、笑って話を聞いている

男  「俺そいつに勝つのに必死になってたんだけど、追いつくことも出来ないうちに急にいなくなりやがったんだ」
恵  「うん」
男  「あの頃の俺はそいつしか見えて無くてさ、周りの誰かに褒められても、あいつに勝ててないんだから意味なんかないって思ってた。でももうそいつはいない。留学したんだって聞いた」
恵  「留学…」
男  「しかも今付き合ってる奴の前の男だったんだよな、そいつが」

笑う男

男  「どこまで俺は囚われてんだかとか思ってたんだけどさ。今やっとそいつとちゃんと渡り合えるようになったと思うんだ。そう思ったら、もう一度会いたくなって。会って昔の自分をバカだって笑うのか、それとも負けてるってまだ思うのか確かめたいんだよ」

煙草をふかす男

男  「見たこともない綺麗な顔してて、いつも工芸室で何か作ってた。俺の一つ上だからもうあいつもいい歳になってんだけど」
恵  「あんたまさかシュンスケか?」

男、恵を見る

恵  「nobodyのデザイナーの」
男  「あぁ。そうだよ」

俊祐(しゅんすけ)、微笑む
恵、俊祐から視線を外す

恵  「ハヤトって知ってる?」
俊祐 「あ、あぁ。俺の恋人だ。どうして…」
恵  「……」

恵、肘を付いて額に触れ、俯く

恵  「あいつ一度だけ俺に話してくれたことがある。nobodyの靴ばっかり買うから何がそんなにいいんだって聞いたんだ」
俊祐 「?」
恵  「そしたら大学時代の後輩で凄く綺麗な男がいて、いっつも睨まれるんだけどそれが可愛くて友達になりたいって思ってた子がいたって」



・リビング(回想)

ソファに座って雑誌を見ている恵
その隣に座っている春(はる)

恵  「へぇ、それって好きだったんじゃないの?友達じゃなくて」

拗ねている恵
春、恵の方を向いて座っている

春  「違うよー。だって僕嫌われてたもん」
恵  「相手に嫌われてるのと、こっちが好きなのは関係ないだろ」
春  「もう、恵ちゃんは可愛いね。昔の話だよ?それももう十年くらい前の」

春、恵を抱きしめる

恵  「で?nobodyの靴とそいつの話の何が関係あるんだよ」
春  「その子が履いてる靴がね、どれも僕の好みだったの」
恵  「はぁ?」
春  「一度見たあの六十年代ヴィンテージの革靴…。僕欲しかったのに持ってなかったんだよね」
恵  「へぇ……」

呆れている恵

春  「それでね、こっちにきて少しした頃に彼がブランド立ち上げたの」
恵  「それがnobody?」
春  「そう。やっぱり僕と彼は好みがピッタリなんだよ〜。どれもすっごく良くてね」
恵  「それであの靴箱の中になったわけ?」
春  「そう!」
恵  「ふーん」

嬉しそうな春に呆れる恵



・バー

恵  「その子は服飾科だからお洒落だったけど、見るたび見るたび履いてる靴が自分好みで、作る服も凄く好きだったって言ってた。あいつ、あんたと友達になりたかったんだって」

恵、俊祐を見る

俊祐 「あいつって…」
恵  「あんたが探してるのは永久(ながひさ)春だろ?」
俊祐 「まさか」
恵  「四年前に死んだんだ」

恵、目に涙を溜めている

俊祐 「死んだ…?」
恵  「あぁ」
俊祐 「……」

俊祐、額に手をやり俯く

恵  「……」
俊祐 「どうして?」
恵  「病気だ。ごめん。あの時ちゃんと調べてればあんたにも知らせることが出来たのに」
俊祐 「いや、あんたが謝ることはない。俺と永久は先輩後輩とも言えない関係だったんだ。俺が勝手に追いかけてただけで、話したことも少ししかない。そうか……。亡くなっていたのか…」
恵  「……あんたの言うとおり、何でも出来ていっつも笑ってる奴だったよ」

恵、涙を一筋流すと笑う

俊祐 「こんな可愛い奴残していきやがって」

俊祐、恵の頭をガシガシ撫でる

恵  「なぁ、あんた春のことが嫌いだったのか?」
俊祐 「ふっ。嫌い?どうだろうな」
恵  「春はあんたのこと、ずっと好きだったよ」
俊祐 「それは靴の方じゃないのか?」
恵  「はははっ、そうかもしれない」
俊祐 「あいつが俺の靴履いてたのか」

俊祐、煙草を消すと新しい煙草に火をつける

恵  「あんたの恋人のハヤトって人、春と付き合ってたんだよな?」
俊祐 「あぁ」
恵  「俺、その人が描いたあいつの絵、見たことあるんだ。春が死んで、家の整理してたら大事にその絵が取ってあった。俺さ、すっげぇやきもち妬きだから昔の話とか聞かなかったんだけど、その絵見て一目で分かったよ。お互いのこと好きだったんだろうって」
俊祐 「もしかしてそれヌードデッサンか?」
恵  「そうそう!って、あんたも描いてもらったのか?その人に」
俊祐 「あぁ」
恵  「そういう趣味の人なの…?」
俊祐 「馬鹿いえ。違うよ。先生だ」
恵  「先生?」
俊祐 「絵の先生」
恵  「へぇ」
俊祐 「で?その絵にやきもち妬いたって?」
恵  「そりゃあな。あれだけ大事に取ってあったんだ」
俊祐 「捨てたりでもした?」
恵  「するかよ。隠してたわけでもないしな」

俊祐、笑う

俊祐 「そうか」
恵  「春に会いに行ってやってよ。きっと喜ぶだろうから」
俊祐 「そうだな」
恵  「なんならそのハヤトって人も連れてきてくれても構わない」
俊祐 「いいのか?」
恵  「あぁ。…なんだよ?」
俊祐 「いや」
恵  「あんたなぁ!」
俊祐 「はははっ、ごめんごめん」

笑う俊祐を見て拗ねる恵



・寝室

恵、電気を点けずに上着を脱ぐとベッドに横に寝転ぶ

恵  「春にも友達いたんじゃん」

恵に膝枕をして髪を撫でる春がいる

春  「失礼だなぁ。いるよ」
恵  「嫌われてばっかりだって言ってたのに」

恵、春の右手を握る

春  「ホントだよ?あんまり話しかけてくれないんだもん。みんな。でも恵ちゃんは違ったよね。初めて会った時から笑ってた」
恵  「あれは呆れてたんだよ」
春  「えぇ?そうなの?」
恵  「そう」

笑う恵

春  「恵ちゃん怒ってる」

春少し笑いながら、恵の頬を指で突付く

恵  「なんで?」
春  「あの絵のこと、言わなかったんじゃないよ」
恵  「分かってるよ。言えなかったんだろ?」
春  「……いつか話そうと思ってた」
恵  「いつかなんてないんだよ」

恵、鼻で笑う

春  「そうだよ。恵ちゃんはちゃんと話したいことは話さなきゃだめだよ?」
恵  「あんたに言われなくてもわかってる」
春  「そうだね」

恵、手を握りなおす

恵  「懐かしいな…」
春  「うん」
恵  「靴音って覚えてるもんなんだな。びっくりした」
春  「僕も覚えてるよ。君の香りも、手の感触も、抱きしめたときの体温も」
恵  「うん」
春  「恵ちゃん」
恵  「ん?」
春  「おやすみのキス、して?」

恵、微笑むと起き上がって春の首に腕を回す

恵  「おやすみ」

キスをする二人

春  「おやすみなさい」

微笑む春



・路地

朝の日差しの中、恵と千尋、手を繋いで歩いている

恵  「やっぱり朝飯はクラウのサンドウィッチだなー」
千尋 「美味しかったねー。恵ちゃん昨日は一人で寂しくなかった?」
恵  「ちょっと寂しかった」

ぶりっ子で言う恵

千尋 「ごめんね?今日は手繋いで寝ようね」
恵  「はははっ、うん。でも昨日春が夢に出てきた」
千尋 「パパが?」
恵  「うん。あいつまだおやすみのキスしないと寝れないんだってさ」

笑う二人



・L'ULTIMO BACIO

店を開けて一人でレジに座って机の上に顎を置いてダレながら店の外を見ている恵
昼の日差しが路地に差している
暖かそうな雰囲気



・店の前の路地

千尋、店の前でハーモニカを吹いて遊んでいる



・路地

店の前の路地を俊祐と渚(なぎさ)が歩いてくる

俊祐 「確かこの辺なんだけど…」
渚  「……」

渚、ふと立ち止まる
俊祐、渚の目線の先を見て言葉を無くす

俊祐 「なが、ひさ…」

店の前で遊んでいる千尋
二人に気がつくと微笑む

千尋 「チャオ」
渚  「あ、あの…」
千尋 「お客さん?」
俊祐 「L'ULTIMO BACIOって知ってる…?」
千尋 「お客さんだー!恵ちゃーん!お客さん!」

千尋、店の中に向かって叫ぶと二人に駆け寄って二人の手を引いて店に連れて行く

千尋 「ここだよー」

千尋を見て驚いている二人



・L'ULTIMO BACIO

笑って二人を迎える恵
千尋を春の息子だと言うと驚く俊祐と渚
笑っている千尋



・墓地

春の墓に向かって手を合わせる俊祐と渚
渚、泣いている
俊祐、花を手向ける



・廊下

玄関脇の部屋を開ける恵
中には春の服や靴が並んでいる
春のクローゼット
nobodyの靴が並んでいるのを見て笑う俊祐
呆れて話をする恵



・リビング

アルバムや、デッサンを机の上に並べて話しをしている
恵、千尋、俊祐、渚
皆笑っている



・門の前

手を振って俊祐と渚を送る恵と千尋
後姿を見送ると家の中に入っていく

千尋 「楽しかったねー」
恵  「だな。また日本に行ったら会えるといいな」
千尋 「うん!」
恵  「よっし、んじゃ飯作るかー」
千尋 「わーい!」

千尋、笑いながら玄関を開けて中に入っていく
恵も後ろに続こうとすると
ハーモニカの音が聞こえる

恵  「?」

ふと庭の方を見ると、庭のベンチに春の姿を見る

恵  「春…」

見ていると、春、微笑む
庭の方へ行こうとする恵

恵  「っ!」

急に強い風が吹き一瞬目を瞑るともう春はいない

恵  「……」

ベンチを見ている恵

千尋 「恵ちゃん?」

リビングの庭へ続く戸を開けて千尋が顔を出す

千尋 「どうしたのー?」
恵  「いや。なんでもない」

恵、微笑むと玄関に入る



・リビング

キッチンで料理をしている恵
その手伝いをしている千尋
Leaving On A Jet Planeを歌っている二人
ハーモニカが聞こえてくる
それに気がつかずに二人とも笑っている
庭のベンチでハーモニカを吹いている春がいる







おわり

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