第三章
・病室
ベッドから窓の外を見ている渚
看護士「渚さーん。点滴代えますね」
渚 「はい」
ドアからそれを見ていた俊祐、ドアを閉める
・病院廊下
俊祐 「で、永久は?」
生徒A「捜索願が出されてるみたい。ご両親も分からないんだって」
廊下を歩いていく二人
俊祐 「どういうことだよ……」
生徒A「責任感じて姿をくらませたって考えるのが一番じゃない?
まさか自殺だなんていくらなんでも考えないでしょ」
俊祐 「責任感じてんなら先生のこと一番に考えるんじゃねぇのか?弱ってる先生置いて消える奴がいるかよ。クソッ……」
生徒A「せっかくまた幸せそうな顔してたのにね…」
俊祐 「犯人は?」
生徒A「その場で捕まってるわよ。まともなこと話さない状態だって」
俊祐 「どうして先生なんだよ…」
生徒A「……。せんせね、笑ってるのよ。びっくりしちゃったあたし」
俊祐 「え?」
生徒A「話聞いて会いにきたとき、どんなこと言ってあげればいいんだろうって、すっごい考えてたんだけどさ、顔見たらせんせ、笑って話すのよ。あんたに貰ったスーツが台無しだとかさ。いつも通りに先生なのよ…」
俊祐 「……」
・病室
俊祐が入ってくる
俊祐 「せんせー。元気?」
渚 「哉家!来てくれたのか、ありがとう」
笑っている
俊祐 「…いーえ、どう?調子は」
椅子に座る
渚 「うん。術後の経過もいいってさ。もうすぐ退院できるだろうって」
俊祐 「そっか。よかった」
渚 「そうだ、あのスーツ。穴開いちゃってさ。初めて着たのに」
俊祐 「いいよ。直してやるから安心しろ」
渚 「よかったー。もう駄目かと思って心配してたんだ。花もありがとな、皆大騒ぎしてたよ」
俊祐 「そ?それならよかった」
渚 「そうだ、その時の写真が……」
脇の棚を探る
渚 「あっ」
写真を出すのと一緒にスケッチブックが落ちる
扇風機にページが捲られる
春の顔ばかりがスケッチされている
俊祐 「……」
渚 「……」
それを拾い上げる俊祐
俊祐 「はい」
渚 「あ、ありがとう」
俊祐 「先生さ、それは空元気なの?」
渚 「……違うよ」
俊祐 「ほんとに?」
渚 「うん。ほんとに。元気なのは元気だよ。寂しいけどね」
俊祐 「そう」
渚 「俺が今沈んでても、きっと春は帰ってこないだろ。沈んでる方がきっと春は帰ってこない。だから元気だして、早く怪我治して春を探しに行くんだ」
俊祐 「あいつが逃げたことにはどうとも思ってないわけ?」
渚 「……思ってないわけないだろ…」
俊祐 「そうだよな。ごめん」
渚 「辛いし、寂しいし、悲しいけど、でも俺は彼と一緒に生きていくって決めたんだ。彼も俺を一生かけて幸せにするって言ってくれた。だから俺は信じてる。俺のこの傷以上にきっと彼は今頃傷ついて悲しい思いをしてるよ。俺はそれを慰めてあげなくちゃいけないんだよ。春を抱きしめてやれるのは、俺しかいない」
俊祐 「そっか。うん。じゃあ俺も協力してやるよ」
渚 「え?」
俊祐 「ほんとはさ、弱ってる先生につけこんで今度こそ俺のもんにしてやろうかとか思ってたんだけど、それだけあいつのこと思ってるならそんな隙もねぇもんな。先生を幸せにするには協力するしかねぇだろ?」
笑う
渚 「ありがとう」
渚M 「ほんとは泣きたくてしかたなかった。どうして俺を置いて行ってしまったのか、考えても分からなくて捨てられたんだろ?と心のどこかで思うところもあった。でもあの雨の日、彼はもう追い詰められていたんだと思う。あの時ちゃんと話を聞いてやっていれば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。後悔ばかりだ。俺達の道は。どうしても繋がっていられないらしい。でも、それでも、俺は彼と一緒に生きたい。生きていたい。だから諦めないで、彼を見つけ出してみせるんだ。イタリアの海を、二人で見るって約束したんだから」
・病院前
生徒A「せんせ〜!」
俊祐と生徒Aが車を用意して待っている
渚 「わざわざありがとう」
俊祐 「いいよ。ほら、行くぞ」
・車
生徒A「あたしもいろいろ調べたんですけどね──」
渚M 「三週間の入院の後、哉家と大谷(おおや)が少しでも手がかりを見つけようと車を出してくれることになった。この入院生活の間、春の手がかりは一向に掴めないでいた」
大谷 「やっぱりイタリアに行ってる線が強いと思うんです」
俊祐 「でも仕事先に連絡いれても辞めたって言われたんだろ?」
大谷 「うん。だけどやっぱり行くとしたらイタリアだろうなって」
俊祐 「そんな安易に見つかるようなとこに行くかー?」
大谷 「あたしもそうは思ったんだけどね、せんせ、彼と約束したんですよね?」
渚 「あ、あぁ」
大谷 「話聞いてる限り、かなりのロマンチストだし、そういうとこに行きそうなのよ。それに勝手がいいでしょ、五年も住んでたんだから。あっちには知り合いだって沢山いるだろうし」
渚 「イタリアか……」
大谷 「そこーで!なんとあたし来週ローマに出張なんです。凄くないですか?」
渚 「ほんとに?」
大谷 「えぇ、ほんともほんと。あたしもビックリしました。彼が留学していたフィレンツェはローマの隣だし、あたしちょっとあたってみます」
渚 「ありがとう」
大谷 「せんせの為ならあたしはどこへでも飛んで行きますよー!」
大谷、笑う
俊祐 「んじゃま、イタリアはあんたに任せるとして、今日はどうする?先生、なんか気になるとこあるか?」
渚 「あぁ…、あの展示館…あそこに向かってくれないか?」
俊祐 「了解」
渚 「……」
窓から外を見る
・展示館
受付で話を聞いている三人
大谷 「心当たりありませんか?どんな情報でもいいんです」
受付 「そうですねぇ、知ってるんですよ。この方。『渚』には私も驚かされたんです。あんな若いのにあれほどの物を作れるなんてねぇ…。でもこのところ見かけてはいませんよ。目立つ人だし、見てれば覚えてると思うんですが…」
渚 「そうですか。ありがとうございます」
受付 「えぇ、お役に立てませんで…」
受付を離れる
俊祐 「ここにも来てないかぁ……」
大谷 「せんせがあの時幻見たのもここなんですよね?」
渚 「あぁ」
・展示館
『渚』と『春』の前にいる三人
大谷 「あたしこれ見たとき、びっくりしたんですよね。まさかこんな二つ並べられて飾られるとはって。まさに運命感じたなぁ」
俊祐 「いくら主催が同じだからってなぁ。っつか恥ずかしくないか?二人そろって相手の名前だぞ。俺だったら恥ずかしくて抗議するな」
渚 「はははっ、さすがにこれは驚いたけどね」
大谷 「そうですか?あたしこういうの憧れる」
渚 「君は昔から臭い題名ばっかりだったしね」
大谷 「あ〜それどういう意味ですかぁ?」
笑う
男性 「あの……」
振り返る三人
掃除係の職員が立っている
男性 「さっき、永久さんを探されてるとかって…」
大谷 「はい!何かご存知ですか?」
男性 「はい。僕見たんです」
渚 「ここで?」
頷く
男性 「凄く覚えてます。先月の十七日の開館した直後です。誰もいない館内で、一人ここでこの像と絵を見ていました」
俊祐 「十七日って、事件のすぐ後」
渚 「うん」
男性 「僕この像の式典に行かせて貰ってたんです。だから永久さんのことは凄く覚えてました。一言声をかけようと思ったのですが、とても声をかけられる雰囲気ではなかった」
大谷 「……」
男性 「しばらくすると、彼はそのまま去っていかれました。その後は分からないですけど、僕は確かにここで彼を見ました」
・展示館
夕日が窓から差し込んでくる
まだその場にいる三人
大谷 「最後に見ておこうと思ったんですかね…」
俊祐 「だろうな」
渚 「……」
大谷 「……」
大谷、渚を見てから夕日の差し込む窓を見る
大谷 「あ……」
俊祐 「なんだ?なんか分かったのか?」
大谷 「いや、また運命感じた…」
渚 「?」
大谷 「この像ってせんせなんだよね?」
渚 「あぁ、それがどうかしたのか?」
大谷 「ここからイタリアは北西です。この像も北西を向いてる。イタリアを見てるんですよ!」
俊祐 「はぁ……しょうもねぇ…」
大谷 「いやいや!あたしの感は当たるのよ!ねぇ!せんせ!」
渚 「そうだね」
笑う
大谷 「永久春は絶対イタリアにいるわ!」
呆れる俊祐
笑っている渚
・展示館前
出てくる三人
渚M 「彼女が言ったことを信じたかった。でもあれはきっと俺の思いがそうさせたんじゃないかと思う。『渚』はずっと春を思ってイタリアを見ていた」
道の先、あの時春を見た場所を見る
あの時のことを思い出す
渚 「……」
渚M 「彼は今、俺を思ってくれているのかな……」
・喫茶店
大谷 「ごめんなさい…」
渚 「いいよ。謝らないでくれ。行ってくれただけでもありがたいんだからさ。お疲れ様」
沈む大谷
俊祐 「イタリアでも行方知れずか…」
大谷 「勤めてた会社はやっぱり分からないって。辞めてから連絡を取ってる人もいないみたい。留学してた学校にも問い合わせてみたけど、そこの先生もしらないみたいで…。結局分かったのはフィレンツェが凄くいいところだったってことだけよ…」
渚 「ハハハッ」
大谷 「あー、それと」
渚 「?」
大谷 「聞く人聞く人、みんな彼のこといい奴だって言ってました。学校の先生なんて、一時間も彼の魅力を語ってましたよ」
渚 「そう」
大谷 「何でもできる天才くんは中身も最強なんですね。あんたは勝てないわ…」
俊祐 「うるせぇ」
渚 「ふふっ」
渚M 「それから当て所もなく彼を探し続けた。だけど手がかりさえも見つからなくて、時がたつほどに、彼の面影はこの街から薄くなっていく」
・教室
窓から見える木々は、枯葉が散っている
画板に向かって絵を描いている
渚M 「あれほど忘れられなかった彼の笑顔も、だんだん、だんだん薄れていく。記憶の中で笑う彼は、もう俺の手では描きだせない。あんなに綺麗だった彼を、もう描けなくなっていた」
絵の中顔に影がかかっている
ため息をついて、窓の外を見る
渚M 「もう季節は冬になってしまった──」
・自宅
ソファでイタリアの美術雑誌を見ている
ため息をついてベッドに寝転がる
春 『海の近くで暮らしましょう。僕はずっと先生と二人であの海が見たいと思ってた』
春 『もうあなたの手は離しません』
渚 「……嘘つき……」
涙を流す渚
・友人宅
イタリア、窓辺のソファに座って外を見ている春
ダリオ「電気もつけないで。そんなに外にいい女でもいるのか?」
春 「あぁ、おかえり…」
ダリオ「あぁ、お前は女に興味ないんだったっけ?」
春、笑う
ダリオ「この四ヶ月、何も聞かないつもりでいたけど、そろそろ聞いてもいい頃かな?」
春 「……聞いたって気分のいい話なんかじゃないよ」
ダリオ「いいよ。じゃあ俺の気分を害してくれ」
春 「君は……。君のそういうところ好きだよ」
ダリオ「おいおい、俺は男には興味ないぞ」
春 「あんしんしろ、好みじゃないから」
笑う
・ダリオの工房
眼鏡をかけて黒のベールを作っている春
傍に黒のドレスを着た像がいる
ダリオ「知り合った時からずっと思ってたけど、お前やっぱり天才だな」
ダリオ、工房に入ってくる
春 「邪魔だったらどくけど」
ダリオ「いや、いいよ。お前を見てると創作意欲が一気になくなる」
呆れる
春 「言ってくれるね」
ダリオ「ずっと何を作ってるのかと不思議だったんだ。こんな趣味の悪い暗い人形作ってんだもんな。でもお前の恋人の話聞いて全部分かったよ。そんなに好きなら日本に帰ればいいのに」
春 「帰れたらこんなとこにいないよ」
ダリオ「ごもっとも」
・ダリオの工房
夜中
月明かりが窓から入っている
ダリオ「おい、春。まだやって──」
作業台の上で眠っている春
ダリオ「こんなとこで寝て…」
春の肩を叩こうとすると
春の目から涙が零れる
ダリオ「……」
黒いベールをかぶった像を見る
ダリオ「そんなに会いたいなら素直になればいいのにな…」
ため息をつく
・部屋
ベッドで目を覚ます春
春 「あれ…いつの間に……」
目を擦ってリビングへ行く
・リビング
ダリオ「おぉ、起きたか。もうすぐ飯できるから座ってろ」
キッチンで朝ごはんを作っているダリオ
春 「僕いつの間に部屋に戻ってたんだ?」
ダリオ「俺が運んだに決まってるだろ。それより春。お前ちゃんと食ってねぇだろ。アーシアより軽かったぞ」
春 「はははっ、それは彼女に怒られるな」
ダリオ「冗談言ってないで食えよ」
料理を持ってくる
春 「あぁ、ありがとう」
ダリオも座って食べる
ダリオ「そうだ、お前あの人形コンテストに出さないか?」
春 「え?」
ダリオ「いい線いくと思うぞ」
春 「……考えてみるよ」
ダリオ「あぁ」
・自宅
学校から帰ってきた渚、ポストに入っていた荷物を見つける
渚 「?」
家の中に入り、ストーブに火をつけ
ソファに座る
渚 「誰から……イタリア…!」
中を開けると雑誌が入っている
ページを捲っていくと手を止める
渚 「……」
あの像が写っている
渚 「ミ…スクーズィ……春だ。春が作ったんだ…」
製作者を確認するが書いていない
渚 「で、電話…!」
・喫茶店
雑誌を見ている俊祐と大谷
大谷 「これはもう決定ですよ!」
俊祐 「あぁ……」
渚 「どうしよう…」
大谷 「どうしようもこうしようも!会いに行きましょうよ!きっとこれも彼が送ってくれたんですよ!」
俊祐 「…いや、俺は違うと思う」
大谷 「どうして?」
俊祐 「あいつはこんなことしねぇよ。こんなことするくらいならきっと帰ってきてる」
大谷 「じゃあ誰が…」
渚 「俺もそう思う」
俊祐 「どうするんだ先生。あとはあんたが決めるだけだ」
渚 「……」
大谷 「せんせ…」
渚 「行くよ。彼を探しに」
俊祐 「おっし、じゃあ決定だ」
大谷 「差出がやっぱりフィレンツェですね。あーもう!もっとあたしが調べてれば!!」
俊祐 「今更どうこう言ってもしかたねぇよ」
笑っている俊祐
渚 「あぁ、今度こそ見つけるよ」
渚M 「冬の真っ只中。あれからもう半年が経っていた」
・空港
俊祐 「ごめんな、先生」
渚 「いいよ。俺一人で大丈夫だから。仕事ちゃんとしてこいよ」
俊祐 「あぁ、あんたも絶対捕まえて来いよ」
渚 「うん」
手を振る俊祐
・飛行機内
窓から外を見ている
渚M 「今までずっと探しても見つからなかった。彼はどうしてあれを作ったのか。一目で分かる、あの像。悲しい顔した『Mi scusi(ミスクーズィ)』あれは春なのか?今君はあんな顔して暮らしているのか?俺は怒ってなんかいないのに、どうしてあんな……」
・空港
外に出ると雪が降っている
渚M 「フィレンツェに着いてみると、その日は珍しく大雪だった。視界のぼやけるその光景は、あの時見た夢と良く似ていて、あの時みたいになるんじゃないかと怖くなった。だけど、もう嫌われてもいい。しつこいと思われても、それでも俺は春に会いに行く」
・美術館前
渚 (立派だな……)
外観を見上げる
・美術館
渚M 「『Mi scusi』が受賞した賞は、イタリアでも有名な賞らしく、沢山の人が来館していた。中でも一番奥に飾ってあったあの像は、遠くからでも分かるほどに美しくて、見る人皆がため息をついた」
渚 「……」
人だかりの一番端で像を見ている
渚M 「ただ嬉しくて、溢れる涙が止まらなかった」
泣いている渚
・受付
赤い目をしている渚
渚 「あの、すみません。『Mi scusi』を作った人は…」
受付 「残念ながら非公開ということですので、質問にはお答えできません」
渚 「え…。あ、そうですか。あの、伝言とかもお願いできないでしょうか?」
受付 「手紙などは受け付けていますよ」
渚 「そうですか。あの、何か書くものを貸してもらえませんか?」
受付 「えぇ。どうぞ」
紙とペンを受け取る
渚M 「間違いない。間違えるはずがないんだ。春と会えればそれでいい」
渚 「これを、お願いします」
受付 「承りました」
頭を下げて去っていく渚
・美術館
スーツを着た春が歩いている
春 「そんな……」
出て行く渚を見つける
春 「……」
・控え室
椅子に足を組んで座っている
ノックがし、係員が入ってくる
係員 「さきほど手紙を承りまして、?日本語…のようなのですが…」
春 「日本語…?」
係員 「こちらです」
春 「……」
渚の字で『おめでとう。Fホテル1503号室に居ます。会いたいです。渚隼人』と
書かれている
係員 「失礼します」
去っていく
春 「……」
春、メモをぎゅっと握り椅子に座ると
机に肘をついて頭を抱える
春 「どうして……」
ノックされ、ダリオが入ってくる
ダリオ「?どうしたんだ?」
春 「……」
机に置いてあるメモを見つける
ダリオ「日本語…?あ!彼が来たんだな!」
春 「君が何かしたのか……」
ダリオ「あぁ、雑誌を送ったんだ。お前が名前も公表しないって言うからさ。会ったのか?」
春 「なんてことしてくれたんだ…」
ダリオ「おいおい、何をそんな…会えなかったのか?」
春 「余計なことしないでくれ!僕がいつ君に頼んだ!?僕はもうあの人に会うつもりはないんだ!」
ダリオ、鼻でため息をつく
ダリオ「あんな顔してられるこっちの身にもなれよ。そろそろ素直になったらどうだ?お前の気持ちもわからないでもないけどな。そんないつまでも怖がったままだと、お前はこの先ずっと不幸なままだぞ」
春 「いいんだそれで…僕がいるから彼は……あんなこと…」
ダリオ「馬鹿馬鹿しい。あんな顔して泣いてたくせに、なにを言ってんだよ」
春 「放っておいてくれ……僕はもう死んだも同然なんだよ!」
ダリオ「あぁそうか!分かったよ!じゃあ俺は勝手にするからな!」
出て行くダリオ
春、泣きながら頭を抱える
・ホテル
ベルが鳴る
渚 (春!?)
急いでドアを開ける
ダリオ「ハロー」
渚 「?…は、ハロー…」
ダリオ「君、イタリア語は話せる?」
渚 「え、えぇ…」
ダリオ「良かった。俺は日本語も英語も駄目なんだ」
渚 「あの…あなたは…?」
ダリオ「君、春に会いにきたんだろ?」
渚 「!春を知ってるのか!?」
ダリオ「あぁ、知ってるも何も。王子様は俺の家でずっと篭城されている」
渚 「……」
渚、涙目になる
ダリオ「君、ホントに春より年上なのか…?日本人は若く見えるが高校生くらいじゃないのか?」
渚 「これでも…三十超えてるんだ……」
ダリオ「なんだって!?俺より年上なのか…。いや、そんな話はどうでもいいんだ。王子様を迎えにきてやってくれないか?」
ダリオ、優しく微笑む
渚 「もちろんだよ」
ダリオ、渚の頭を撫でる
ダリオ「そうしてくれると助かるよ。ここに来るまで苦労したんだぜ?日本語のメモを見てもちんぷんかんぷん。日本語が分かる奴を探して、やっとここにたどり着いた」
笑う
渚 「彼はどうしているんだ?」
ダリオ、鼻でため息をつく
ダリオ「ご立腹だよ」
渚 「え?」
ダリオ「あの雑誌を見て来てくれたんだろ?あれを送ったのは俺だ」
渚 「そうだったんだ…」
ダリオ「俺は良かれと思ってやったんだ。それが王子は気に入らなかったらしい」
渚 「そうか……」
渚、泣く
ダリオ「あー、泣くな泣くな。大丈夫。あいつは素直じゃないんだよ」
渚 「彼が素直じゃない?そんなわけ…」
ダリオ「そうか?俺には全然素直じゃないけどな。こっちに来てからずっと沈んでてさ。あんな辛気臭い像を作ってばっかり。お陰で俺の仕事は進まないし、工房で眠りこけては泣いてばかり」
渚 「泣いていたのか……」
ダリオ「あぁそうだよ。だから君が迎えに行って慰めてやってくれ。さぁ、行くぞ」
渚 「あぁ。ありがとう」
・ダリオ宅
ソファに座って窓からそとを見ていると
ダリオの車が前に止まる
その中から出てくる渚とダリオ
春 「……」
驚く春
渚を外で待たせてダリオが上がってくる
春 「余計なことはするなって言っただろ!」
ダリオ「俺は勝手にするって言っただろ。ほら、ここまできたんだ。会って来いよ」
春 「無理だ……会えないよ……」
春、俯く
ダリオ「いい加減にしろ春!」
春 「君が迷惑だって言うなら出て行くよ……だけど彼には会わない…」
ダリオ「何をそんなに意固地になってんだ!?好きなんだろ!」
春 「好きだ!好きだから会えないんだよ!僕にしか分からない……」
ダリオ「あぁそんな偏屈な考えお前にしか分からないだろうな!クソ!」
ダリオ出て行く
泣いている春
・ダリオ宅前
出てくるダリオを見て一瞬表情が明るくなるが
ダリオが首を振る
渚 「……」
ダリオ「だめだ、俺とじゃ話しにならない。なんであんなに馬鹿なんだろうな…」
渚 「俺にはそんなこと一言も言わなかったな……」
ダリオ「なんだ?のろけか?」
渚 「いや、俺には彼は凄く大人に見えていたよ。わがままなところなんか、一度も見たことなかった。いつも考えはまっすぐで、頼りになって、いつでも俺を支えてくれてた。でも本当の彼はきっとそうじゃなかったんだろう……」
ダリオ「おいおい。君もそんななのか?俺はそうは思わないね。まぁ確かに好きな人の前では気丈に振舞ってたかもしれないけどな。今のあいつは完全にただの馬鹿になってるだけだ。ホントのあいつじゃないよ」
渚 「……もう少し、ここで待たせてもらえないかな」
ダリオ「あぁ、家に上げてやりたいところだけどな。このままだとあいつに噛まれちまいそうだ」
渚 「はははっ」
ダリオ「俺が手を貸せるのはここまでだ。あとはあんたら次第だよ。頑張って王子様を連れて行ってくれ」
渚 「あぁ。ありがとう」
・ダリオ宅
窓から渚を見ている春
渚、家の前の階段に座って行き交う人を見ている
春 「……」
・ダリオ宅前
渚 (ここから海は見えないか……)
町並みを見ている
渚M 「泣くほど俺のことを思ってくれているのなら、今すぐ出てきてくれればいい。何も怖くない。怒ってなんかもない。ただ俺は君を愛しているだけだ。それ以外の感情なんか、もうないんだから。お願いだから、顔を見せて」
窓を見上げる
・ダリオ宅
相変わらずソファの上にいる春
・ダリオ宅前
俯いている渚
男性 「こんにちは」
渚 「?こんにちは…」
男性 「こんなところで何してるの?」
渚 「えっと…いや、ちょっと…」
男性 「暇なら僕と遊びに行こうよ」
渚 「えぇ!?いや、いいです。暇じゃないです」
男性 「いいからさ、ほら、行こう」
無理やり手を引かれる
渚 「ちょ、ちょっと待って!俺はここにいなきゃ──」
手をつかまれる
春 「この人に何の用?」
見上げる
渚 「春……」
男性 「なんだ、相手がいたの。それじゃあね」
男、去っていく
春 「……こんなところにずっと居ると危ないですよ。タクシー呼びますから帰ってください」
目も見ずに戻っていく
渚 「春!待って!」
春 「……」
渚 「話だけでも聞いてくれ!」
春 「話すことなんてありません」
渚 「俺はあるんだ!なぁ、お願いだから──」
春 「これ以上…僕の傍にいないでください……」
渚 「春…」
春 「あなたを忘れられなくなるから……」
泣いている春
それを見て微笑む渚
渚 「こんなに可愛い人、置いていけないよ」
渚、春を抱きしめる
渚 「やっと会えた。君はどれだけ僕を傷つければ気が済むんだ?」
春 「だから──」
渚 「君が居ないと生きていけないようにしたのは君だぞ。責任取れよ」
春 「……ひどい…」
春、両手で涙を拭いている
渚 「言ってくれ。お願いだから。もう待つのは嫌だ。約束したじゃないか。幸せにするって」
春 「いいんですか……ほんとに…あなたは幸せになれるんですか…」
渚 「君にしかできない」
春 「先生」
キスをする
春 「愛してる。ごめんなさい…」
渚 「もういいよ。ずっと探してた。もういなくならないでくれ。お願いだから」
渚、泣く
春 「ごめんなさい……僕…」
渚 「何も言わなくていいから。俺の傍にずっといてくれ」
春 「はい…」
抱き合う二人
・ダリオ宅
手を引いて中に入る
玄関に入った途端座り込む渚
渚 「っ……ぅっ……」
春 「先生」
しゃがみこむ春
渚 「こ、怖かった…もうほんとに会えないかと思った……」
春 「……」
渚 「ぅぅ……っ……」
春 「先生」
抱きしめる
春 「ほんとに僕でいいの?」
渚 「まだ言うのかよ……さっさとベッドに連れてけよ……ぅぅ…」
春 「今の僕にはカッコイイことなんか言えないですよ。それでもいい?」
渚 「もうなんでもいいから。春だったらいい」
首に手を回して抱きつく
春 「ごめんね」
抱き上げて二階へ連れて行く
・部屋
ベッドに下ろしてキスをする
春 「鼻水が垂れそう…」
渚 「ほんとにかっこよくない……」
春 「だから言ったでしょう」
渚 「もう鼻水でもなんでも垂らしていいからもっとキスして。会えなかった分。いっぱいして?」
春 「うん」
・部屋
抱き合っている二人
渚 「あっ…や、だ……っん…もう……!」
春 「いいよ…」
渚 「あっ、や、…でるっ……はる……やぁっ…んっ…あぁっ───っ!」
春 「先生っ……!」
・部屋
眠っている春の寝顔をスケッチしている渚
渚M 「久しぶりに見た彼の寝顔は随分幼く見える。本当に疲れきって夢も見ずに眠っているのだろう。微かな寝息を立てているところを見ていると、子守唄でも歌ってやりたくなる」
目を覚ます春
渚 「おはよう」
春 「またあなたは勝手に……」
渚 「君はいつもいいところで目を覚ましてくれるんだ。本当は起きてるんじゃないのか?」
笑ってサインを描く
春 「分かってたらやめさせますよ。見せて」
渚 「ふふっ、可愛いだろ?」
絵を渡す
春 「はぁ……」
渚 「はははっ、そんなため息つくなよ。俺、君に謝らないといけないな」
春 「謝る?それは僕でしょう?」
渚 「いや、今回のことで良く分かった。君は見た目よりもずっと子供だよ」
春 「……」
渚 「もっと話を聞いていればよかった。どこかで君なら大丈夫と思ってたんだ。俺は俺のことしか考えてなかったんだよ」
春 「たしかに僕は子供ですよ。きっと先生が思っているよりもね。すぐ逃げるのもそう。でもそのせいで僕は先生をあんな目に合わせたんです。あんなに近くにいたのにあなたを守ることさえも出来なかったんだ」
渚 「あの距離で飛んできてくれたら君は本物のスーパーマンだな」
笑う
春 「本当はあの時もう死んだほうがいいかと思った」
渚 「何言ってるんだ」
春 「先生が病院のあのベッドで寝ているのを見て、そう思ったんです。最後に先生のあの絵を見たくて、あそこへ行ったら相変わらず『渚』は笑ってました。それを見てたらなんだかもうどうすればいいか分からなくなってそのまま逃げたんです。その後どうしようかとか考えもできなかった」
渚 「……」
春 「『Mi scusi』を作ってたのもただ気を紛らわせるためだった。あんなもの作ってどうするんだって思って、出来たときにはもう壊してしまおうと決めてた。ダリオにコンテストに出せって言われて、考えるとは言ったけど最後まで悩んだんです。こんな暗いもの、人目に触れさせるものじゃないと思った。でもこれで最後にしようと思ったんです。全部終わり。何もかも終わらせようって」
渚 「……」
春 「そしたらあんなことになって。正直皆おかしいんじゃないかと思った。あんなもののどこがいいのか分からなかった。僕の僕自身への憎悪の塊が、美しいと言うんです。ありがとうだなんて一度も言えなかった。まさかあそこで先生をみつけるだなんて思いもしなくて」
渚 「?知ってたのか?」
春 「えぇ。驚きましたよ。一人で歩いているんだから。あのメモを貰っても行く気にもなれませんでした」
渚 「……」
春 「会ったらもうお終いだと分かってたから。あなたのことは心から愛してた。嫌いになんかなれるはずなかった。会ったらもう、あなたに縋るしか出来なくなる」
渚 「……」
春 「それでこの通り。もう分かったでしょう?僕のみっともない子供じみた性格を」
渚 「うん。だから謝るって言ってるんじゃないか」
春 「……話ちゃんと聞いてました?」
渚 「聞いてたよ。俺がいなきゃこんなことになってなかった。俺がいるから君はこんなになったんだ。あの時言ってた通り、俺は君の弱点なんだって分かった」
春 「……」
渚 「だから謝るんだ。あの時君は教えてくれてたのに、それを理解もせずに放っておいた俺が悪い。目先のことだけで君のこと理解して、
ちゃんと中身を見てなかった。ごめんね」
春 「……」
渚 「でもこれで全部分かったよ。俺が居れば君は大丈夫なんだ。また逃げ出そうとしても、今度は絶対手放さない。逃げてもまた追いかけていく」
抱きしめる
春 「……こうして僕はどんどんみっともなくなっていくんですね…」
渚 「俺はどんどん君の事好きになっていくよ」
春 「馬鹿ですね。後悔してもしりませんよ」
渚 「後悔なんかしないから、お願いだからずっとこうしていてくれ」
春 「うん。このまま捕まえててください」
渚 「愛してる」
春 「えぇ。愛してます」
キスをする
・部屋
ダリオ「おーい。もういいかい?」
ダリオ、ドアを少し開けて中を覗く
春 「まだだよ」
ダリオ「なんだ、まだするつもりか?いい加減に出て行ってくれこの大馬鹿野郎」
笑いながらドアを開ける
春 「君は終わるとさっさと服を着るタイプなのか?アーシアが可哀想だな」
ダリオ「おいおい。なんだ?俺に感謝の言葉もなく憎まれ口ばっかり垂れやがって。君こんな奴でホントにいいのか?」
渚、春を見る
渚 「俺にはこんなこと言わないよ」
笑う
ダリオ「俺にはいつもこんな感じさ。こんな奴はさっさと日本に帰った方がいいと思うね」
春 「残念だったね。僕は海の見える場所に家を建てるんだ。ねぇ、先生?」
渚 「え?あ、そう…」
ダリオ「彼は乗り気じゃないぞ。ハハハハッ!」
春 「先生…」
渚 「ふふっ、楽しみにしてるよ」
春、キスをする
ダリオ「お〜い、ほんとにまだやるつもりか。邪魔者は退散するよ」
笑いながら出て行く
それを見て笑い合う二人
・海の見える家
庭先で海を描いている渚
コーヒーを入れてくる春
笑って話をしている二人
海をバックにキスをして幸せそうに笑い合う
おわり
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